序ー5話
患者を診終った藤十郎は、その足で湿地へと急いだ。
「吉野、首尾はどうだ?」
「あぁ、藤十郎はんお帰りやす。首尾は上々、あとは待つだけどす」
吉野が、そう言って辺りを見回す。
そんな吉野の様子を見て、藤十郎は頭をかきながら話しかけた。
「そんなに心配しなくても、奴は来る。それにここは良い場所だ。お前の仕掛けが見えねぇんだから」
「せやけど……、力が弱くなるって、相手も分かっとりますやろ?」
「確かに妖は、人里に近づけば力は弱くなる。だが、それでも奴は来る。自尊心の塊だからな」
藤十郎が、そう言い切るのとほぼ同時に西に傾いていた日が完全に沈んだ。
それと同時に、ひゅうっと一陣の風が吹きわたるのと同時に巨体が現れる。
「ホウ、我ヲ待チ構エルトハ。オ主ハ、阿呆カノ? クカカカカ」
顔は猿、軆は虎、尾は蛇、そして前足に傷がある鵺が目の前に居た。
鵺は、藤十郎を見ると猿の顔をニタリと歪ませる。
「生憎と、こっちは仕事でね。てめぇの顔なんざ見たくもねぇが、ご領主様からの依頼だ。消えてもらう」
藤十郎が正面から啖呵を切ると、鵺は先日と違う様子に少し訝しんだ。
「小僧ガ、何カ罠デモ仕掛ケタカ? マァ良イ。此処デ目論見ゴト果テサセテクレヨウゾ」
鵺はそう言うと、一瞬揺らめいたかと思うと、藤十郎との距離を一気に縮めてくる。
そして、一瞬の間も置かずにその鋭利な爪で引き裂きに来た。
だが、その動きは藤十郎も瞬時に反応して太刀を盾に防ぐ。
ギィン! と甲高い鉄の音が辺りに響くのと同時に、鵺と藤十郎のつばぜり合いが始まる。
「おいおい、エテ公! それは山でやりあった時に通じないって学ばなかったか!?」
「フン! 半端者ノ半妖風情ガ! 貴様如キ、力デ押シキッテヤルワ!」
そう言うと鵺は、先日よりも強い力で太刀を折ろうとしてきた。
それに対して藤十郎は、力を込め、逸らしながら太刀を守る。
「ウヌヌヌ、小癪ナ!」
藤十郎の安い挑発に乗った鵺は、先ほどから全力で力を籠めるが、太刀は一向に折れる気配を見せない。
それどころか、先ほどから力が抜け始める感覚が鵺を襲ってきたのだ。
「ハッ!? マサカ妖刀カ!」
鵺が太刀をよく見ると、最初は3尺程度の長さだった太刀が9尺近くにまで大きくなっているのだ。
「やっと気づいたか? これは太郎太刀。お前の妖気を吸う、正真正銘の妖刀だ!」
藤十郎が叫ぶのと同時に、鵺はつばぜり合いから一転して、一気に距離を取った。
そして、距離を取るのと同時に自分の状況を確認し始めた。
「チッ……、妖気ガ少シ吸ワレタカ。……ダガ」
莫大な妖気を持っている鵺からしたら、吸われた妖気はほんの少し。
その事にも気づいた鵺は、距離を保って辺りを周回し始める。
「要ハ、近ヅカナケレバドウトイウ事ハナイ」
そう言って、旋回し始めると同時に鵺は無造作に爪を振るってきた。
「そんなところから何を……、わぁ!」
藤十郎は、一瞬何が起こったのか分からなかった。
刀を構えて正面を見ていると、鵺が爪を振るったのと同時に突然衝撃が走って吹き飛んだのだ。
「おいおいおいおい! 衝撃波とか狡いだろうが!」
「クカカカカ! 殺シ合イニ狡ナド無カロウ」
有効打を見つけた鵺は、不気味に笑いながら藤十郎の周りを旋回し始める。
そして、隙を突くように衝撃波を繰り出してきた。
「ぐっ! 畜生……、これじゃどこから来るか。ぐはぁっ!」
衝撃波一つ一つは、そこまでの威力を有していなかったが、直撃すれば骨が折れるくらいの衝撃がある。
それを、藤十郎は風切り音だけで反応し、直撃を避け続けていた。
「クカカカカ! 無様ダナ! マルデ虫ケラノ様デハナイカ!」
「こん畜生め!」
鵺に嘲笑われて、腹にきた藤十郎は声のする方に向かって太刀を振り回す。
だが、その太刀に手ごたえなどあるはずもなく虚しく空振りするのだった。
「何処ヲ狙ッテイル? 我ハ此処ダゾ? クカカカカ!」
闇雲に動く藤十郎を目の前に、鵺は勝利を確信していた。
だが、いつ何があるか分からないというのも、前回の戦いで学習していた。
そのため、口では油断しつつも動きは徹頭徹尾緩急をつけ、虚実を織り交ぜ、かく乱し続けていた。
そんななか、藤十郎も闇雲に動く愚を悟って息を整える。
「ふぅ……」
(息はついたものの、さてどうやって捉えるか……)
思案しつつも有効だが見出せない藤十郎は、スッとその場にしゃがみ込むのだった。
そんな藤十郎の様子を見た鵺はほくそ笑む。
(ヤット、覚悟ヲ決メタカ)
そう思った鵺は慎重に、慎重を期してそれから数度衝撃波を放つが、藤十郎は避けようともしなかった。
ただ、倒れたままにもならず、同じ姿勢に戻るのだった。
(オカシイ……、何ヲ企ンデイル?)
そんな藤十郎の様子に訝しみながらも、鵺は何かを仕掛けてくる前に止めを刺そうと彼の後ろに回り込む。
そして、一思いに彼の首に爪を立てようと襲い掛かった。
※イラストは、キサさんからのFAです。
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