序ー3話
それから川沿いをしばらく歩いた藤十郎たちは、人里へと降り立った。
辺り一帯は田畑の広がる平たい場所に、家がぽつぽつと建っているだけだった。
その家の中から、ひと際大きい家を藤十郎は選んで戸を叩いた。
「朝の早くに申し訳ない。旅の倒魔師の者だが、屋敷の御主人は御在宅か?」
少しかしこまった様な口調で、藤十郎が声をあげると戸が開き、男が出てきた。
「これは、これは、倒魔師殿。このような辺鄙な村に何か御用でしょうか?」
「うむ、ここら辺りのご領主様の命でな、魑魅魍魎の退治を依頼されてきたのだ。ただ、先ほどまで夜の山中を駆け回っておったので、少しこちらで休ませて頂きたいのだ」
藤十郎がそう言うと、男はなるほどと頷きながら少し考えたかと思うと、道を譲ってきた。
「それはそれはご苦労様です。何のおもてなしもできないかと思いますが、どうぞお休みくだされ……、それでそちらの布で巻かれた方は……」
「あぁ、彼女は私の小間使い兼依頼主だ。あまり気にしないでくれ全身の火傷を隠したいだけなのだ」
藤十郎がそう言うと、男は少し引いたような表情で頷きながら「そうですか」とだけ答えた。
もちろん、このやり取りに当人の吉野はあまり面白くはない、といった憮然とした様子を見せている。
そんな吉野に、藤十郎は男に聞こえない様に耳打ちした。
「毎度の事だが、ここで憮然とするな。ただでさえお前の見た目は不気味なんだから」
「まいど不気味に思われるのもしゃくどすけど、藤十郎はんのあてに対する態度が嫌なんどす」
きっぱりとそう言い切った吉野に対して、今度は藤十郎が憮然とした顔になった。
そんな二人の様子を気にする事もなく、男は家の中をずんずんと進んでいき、一つの部屋の前で止まった。
「こちらの部屋をお使いください。衣については見繕ってお持ちいたします。おい! お客様に膳を!」
男はそう言うと、そそくさと部屋の前をあとにした。
部屋に入って藤十郎たちが待っていると、まずは膳が用意された。
「朝餉の残りで申し訳ないのですが、竈の火を落としてしまっておりましたので……」
そう断って女中らしき女が運んできた膳は、水粥に漬物が少しと干し肉だった。
「いやいや、寝床を貸して頂けるだけでもありがたいのだ。食事まで頂けるとは感謝のしようがない」
「そうどす。それにこの人放っておいたら土でも食べはりますから」
「は、はぁ……。あ、いえ、そう言っていただけると」
女中はそう言うと、藤十郎たちの前をあとにした。
彼女が部屋から出るのを待ってから、今度は藤十郎が憮然とした顔で文句を言い始める。
「いくら何でも土はねぇだろ。せめて木の皮にしてくれ」
「そこ、そういう問題どすか?」
「気分の問題だ。俺は鳥じゃねぇんだから、ちゃんと食えるものを食ってる」
「鳥も土は食べたぁらへんと思いますけどな」
何とも言えない空気の中、二人が出された膳を平らげるとすぐさま衣が運ばれてきた。
そして、その衣を二人は分け合って板の上で寝るのだった。
「お客様の様子は?」
「今お休みになられました」
藤十郎たちが寝静まったころに、家の主たちが話し合いを始めた。
主としては、倒魔師というのは助かる反面、厄介ごとの種にもなるものだった。
特に、妖退治をしてきた倒魔師は体に瘴気を帯びていることもあり、それが子供などに入ると病となるのだ。
この家にも年端の行かない子供が数人おり、できる事なら断りたかったというのが、男の本音である。
「とにかく、一時休憩されたら出て行かれると思うから、子ども達は遠くにな」
「大丈夫でございます。おひい様方は先ほど市を見に行かれましたので」
「なら、暫くは大丈夫か」
男は、そう言うと胸をなでおろした。
せっかく授かった子ども達が、どこの誰だか分からん奴に傷物にされてはかなわない。
そう思いながらも、倒魔師のもう一つの役割である治癒にも期待を寄せていた。
特にこの村は、先ほど藤十郎たちが下りてきた山が近くにあり、魑魅魍魎も多い。
魑魅魍魎が多いと、病人が増え村全体の活気も落ちてしまうのだ。
「なんとか、村の病人の治療だけして帰ってもらわねばな」
男はそうぽつりと呟くのだった。
※イラストは、しょーさんからのFAです。
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