序ー1話
2019.02.17 本日7本全て出します。時間ごとに出しますので、ブックマークされる方はお気をつけください。
時は応仁戦国時代、世情が荒れ始めた戦乱の中。
一人の男と一人の女が山の中を駆けていた。
いや、一人の男と女らしきものが駆けていたというべきか。
男は、痩せぎすな体に不釣り合いな大太刀を肩に担ぎ。
女は、艶やかな着物に高下駄を履いていたが、全身が木綿布にくるまれていた。
「はぁはぁ……、全く次から次へと性懲りもなく! しかし、何だってこんな道を!」
傷ついた男が肩で息をしながら、女へと文句を言った。
「よぅ言わはる。こっちで良いと言わはったのは、藤十郎はんどすえ?」
女は、男と違って平気な様子で悪びれもなく言いのける。
どこかのんびりした京言葉でしゃべるせいか、少し棘があるようにも感じられた。
「だからって、こんな魍魎が大量に居る場所、吉野お前なら分かっただろ!?」
「あらぁ? そらぇろう悪いことしました。あては、藤十郎はんが魍魎を狩りたいのやと思うたんどす」
そう言ってぴしゃりと藤十郎を言い負かすと、吉野と呼ばれた女は木綿布を取り出した。
いや、正確には自分にまかれている物から取ったというべきか。
そんな彼女の行動を藤十郎は一切気にすることなく、木綿布を巻かれながら考える。
「しかし、このままではまずいのは変わりない。どうにかして突破しなければな……」
「せやねぇ、このままでは危ないどすな。なんせ、刻一刻と魍魎は集まったはります」
「……マジか?」
「えぇマジもマジ、大マジどす」
吉野がそう言い切ると、藤十郎は文字通り頭を抱えた。
ただ、手にある身の丈を超える大太刀と背負った薬箱を手放す気は無いらしい。
そんな彼の様子に、吉野は声をかける。
「とりあえず、薬箱だけでも降ろして行ったらどないどす? 少なくとも生き残れるかもしれへんやろ?」
「アホを言うな! これを置いて行ったらそれこそ厄災が起こるわ!」
男は、怒鳴りながら背中のものを指差したが、吉野も負けていなかった。
「せやかて、ここで死んでもうたらあての目的果たせませんわ。契約忘れはったんどすか?」
「忘れてねぇよ。……って厄災よりそっちかよ!?」
「そっちどす。それがあての長年の願い、宿願やさかい」
先ほどまでののんびりした様子とは打って変わって、吉野は真剣に言い切った。
厄災よりも優先して彼女が求める目標それは自分の肉体だ。
吉野は、かつて稀代の遊女と言われる美貌の持ち主だった。
そんな吉野は、一つの失敗から全身を骨だけにされ木綿布で巻かなくてはならなくなったのだ。
そんな折りに出会ったのが、この藤十郎である。
彼は、『出来損ない』と呼ばれる半妖半人だった。
ただ、妖としては出来損ないでも常人と比べれば数倍する力を持っている。
彼は、自分のそんな力を持って物の怪の類を専門とした退治屋である、倒魔師を生業としていた。
「確かにそれは分かっているが、だからと言ってここで折角封印した厄災の種を置いて行くわけにはいかない」
吉野の真剣な様子に、男も先ほどまでの弱り切った様子を消して真剣に言い切った。
彼が言う厄災の種とは、これまで討伐してきた妖の事である。
彼は、自分が退治した妖の肉片と魂を団子状にして薬箱に封印しているのだ。
「せやかて、ここで死んだら意味なんておまへん。あてはまっぴらごめんどす」
「そんくらい分かってら! こっちだって事情がある事くらい分かってるだろ!?」
二人はそう言うと、敵中ど真ん中で睨み合いを始める。
正直正気の沙汰とは思えないものだが、頭に血が上っていた彼らは周囲の状況を忘れていた。
互いにしばらく睨み合った二人は、周囲に大きな気配を感じてハッとなった。
先ほどまで追い廻してきた有象無象の魍魎とは違い、純然たる妖の気配が迫っていたのだ。
「おいおいおいおい、こんなの聞いてねぇぞ?」
「そんなん言うたかて、あても今初めて知ったんえ。えろぅ気配を消すのが上手かったんや」
藤十郎が、一瞬後ずさりながらも吉野を庇う様に動いた。
そんな藤十郎の動きなど気にする事もなく、妖は歩を進めてくる。
「ホウ、我ヲ感ジテ卒倒セヌカ。見ドコロガアルナ」
遠くからではあるが、威圧的な気配を纏った妖がご丁寧にも聞こえるように声をかけてくる。
威嚇の意味があるのだろうが、それ以上に「狙いを定めたぞ」と脅しにかかったようだった。
「生憎と、これでも妖なのでね。そう簡単に気は失えぬよ」
藤十郎が精いっぱいの強がりを妖へと向ける。
それと同時に、妖は藤十郎をマジマジと見て突然呵々と笑い始めた。
「クカカカカ! 半妖風情ガ粋ガル! オ前ノ様ナ出来損ナイ初メテ見タワ!」
妖はそのサルの様な顔、タヌキの様な軆に蛇の尾をくねらせながら姿を現した。
「鵺か……、まずいのに出会ったな」
鵺とはいわゆる雷獣で、動きが素早く、目で追うのが至難の妖である。
吉野が気配を消すのが上手いと言っていたが、実のところ気配を消していたのではない。
より遠くから見ていて、興味を覚えたから一駆けで近づいただけなのだ。
「藤十郎はん、勝てるんどすか?」
「勝てる勝てないじゃないだろう。勝たなきゃならない!」
吉野が心配して声をかけると、藤十郎は真剣な目で鵺を威嚇しながら言い放つ。
だが、いかんせん相手の方が格上であり、藤十郎一人ではとても勝てる見込みがない。
「我ヲ相手ニ勝ツ気カ、益々面白イ!」
鵺はそう言うのと同時に、藤十郎へと襲い掛かる。
地面を一蹴りして、目の前に出た鵺は爪で切り裂きにかかってきた。
――は、速い!
ギィン!
刀と爪がぶつかり合い、激しい金属音を響かせる。
咄嗟とは言え、藤十郎が肩に担いでいた刀を出した場所が良かった。
その反応に、鵺も一瞬驚いた様子を見せた。
だが、次の瞬間には後ろに飛びのき、距離を取った。
「あっぶねぇ、あと少し反応が遅れてたら……」
藤十郎は冷や汗を流しながら、鵺の一撃を防げたことに驚いていた。
『偶然とは言え、運がある』といえるだろう。
それは、爪を受け止めた感触をもう一度感じて、確信に至った。
「なるほど、速さはあれども力は無しか」
「……ダガ、我ガ速サニ追イツケルカ?」
そう言うと、鵺は周囲を先ほどよりも速い動きで回り始める。
次の瞬間虚実を織り交ぜながら、藤十郎へと攻撃をいれていく。
再びギィン! と金属音が響き、攻撃をすんでのところで防いで藤十郎は、致命傷を避けていた。
「吉野! どっから来るか、一瞬でも良いから分かったら言ってくれ!」
「え、えぇ!? せやけど、あてはそんな事したことないえ? 失敗しても恨み言はなしにしておくんなはれや!」
そう言って吉野は、一瞬躊躇いながらも気配を察知しようと目を瞑る。
周囲を高速で駆けまわる鵺を追い、ひたすらに集中していた。
そんな吉野の感覚に、一瞬相手の止まる気配が入ってくる。
「正面!」
「どりゃぁぁ!」
吉野の掛け声とともに、藤十郎は正面に向かって太刀を突く。
その刹那、鵺の何とも気味の悪い悲鳴が、辺り一面に響き渡る。
「やったか!?」
藤十郎が一瞬歓声をあげるが、鵺の居場所が見えない。
藤十郎が辺りの気配を探りながら身構え続けていると、吉野が声をかけてきた。
「……鵺が去りましたえ」
「なんとか撃退できたか……」
吉野の声に藤十郎は、へなへなとへたりこんだ。
紙一重、あと少しずれていたら死んでいたのかもしれない。
二人が安堵しかけた瞬間、吉野が何かを察知したのか藤十郎を急き立て始めた。
「……ッ! あかん、こんな所でヘたってたらまた来ますぇ」
「またなんぞ来たのか?」
藤十郎が億劫そうに聞き返すと、周囲を警戒しながら吉野は何度も頷いた。
その様子から、ただ事では無いと感じた藤十郎は残った気力を全て使い切る気で動き始める。
「とりあえず、吉野!」
「ん? なんどすぇ?」
藤十郎に急に呼ばれた吉野は、返事もそこそこに宙に浮く感覚に襲われた。
「ちょ、藤十郎はん! なにしはりますの!?」
「一気に森を抜けるから、ちょっと黙ってろ!」
藤十郎はそう言うと、吉野と刀をそれぞれ両肩に担いで走り始める。
その速度はぐんぐん加速し、とても人一人と大型の刀を持っている速さではなかった。
「わわわわ、ちょ、ちょっと藤十郎はん! あての着物が、着物がずれてまいます!」
「今はずれても気にするな! それに吉野、お前骨だろうが! ずれたところでなんも見えねぇよ!」
骨と言われた吉野は、今度は藤十郎の頭に肘打ちを入れながら抗議を始めた。
「ちょ、藤十郎はん! 言っていいことと悪いことがありますえ! あては確かに骨だけどす、せやけど恥じらいまで捨てとりまへん!」
「うっせ! 今駆けてんだ! しばらく大人しくしとけ!」
藤十郎はそう言って、なおも速度を上げた。
多少の傾斜も手伝っているとはいえ、その速度は人のそれではない。
ただ、藤十郎がこれだけ必死に走ってもなお、妖は彼らの後ろにピッタリと着いていた。
「ひ、ひぃ! 藤十郎はん! あれはあかん! もっと速よう!」
「な、なんだってんだ!?」
「鬼! 鬼が出たんや! あれはあきまへん!」
必死に走る藤十郎を、後ろから迫る気配が襲い掛かろうとする。
だが、藤十郎もただ走ってはいない。
後ろから殺気が迫るにつれて、右へ左へと移動し、刀の先を気配の方へと向けていた。
「あともうちょっと! あともうちょっとだ!」
藤十郎がそう言った矢先、鬼が拾った石を足へと投げつける。
「と、藤十郎はん! 足に石投げてきはった!」
「おっと! ……ってえぇぇ!?」
吉野の声に反応し、藤十郎が咄嗟に飛んだ瞬間。
先ほどまで走っていた地面が、終わりを告げていた。
そう、谷である。
勢い余って飛び出した藤十郎は、必死に対岸へと行こうとするが、届くわけもなく谷へと落ちていくのだった。
※「マジ」について語源としては江戸時代中期に芸人言葉として伝わっていたのが、一般大衆に伝わった言葉。そこからもっと前でも一部の芸事関係者は使っていたのではないかと想像し、使っております。
※絵は山内海さんからのFAです。
次回更新は1時間後です。
応援のほど、よろしくお願いいたします。