整備用ワーカーのお仕事は大変です 似非猫耳テロリストと普通のテロリストと金ぴかテロリスト
一級蒸気機械運転技師及び一級蒸気機関整備技師。これが俺の正式な職業名である。
蒸気稼働機械、一般的にはワーカーといわれる機械の運転手だ。
二足歩行の蒸気機械を動かし、地下に存在する巨大な都市蒸気機関を整備・修理するという完全なブルーカラーの職業だが、一般的に言われているほど待遇は悪くない。
暗く汚れた空気が立ち込めた空間で作業をするなんて、何十年も昔の話である。
現場には必ず送風機が設置されワーカーには必ず法定性能の空調が搭載されているので、運転席は常に快適だし、ワーカーが故障して現場で修理なんてことも、新入りが整備不良で現場に来ない限りまず起きることはない。
労働時間だってルールがあり、ワーカーに乗っていられるのは1日8時間まで、4日に1回は休みである。休みが曜日と連動しない以外は労働環境も給料もいい。
「でも万年人不足なんだよなぁ」
一人ごちる。そもそも娯楽小説とかで最底辺の職業みたいに扱われているからか非常に人気がない。大企業に入った大学同期なんて、24時間戦えますかみたいな非人道的な扱いを受けているうえに給料は安いんだから、そっちの方がよっぽどだと思うんだけどねぇ。
いつもの指示書に従い、都市蒸気機関の確認をしていく。全自動で石炭が運ばれて炉で燃やされていく。2000度で燃える炉から出るのは二酸化炭素と少量の水だけ。技術革新により燃焼効率は段違いであり、昔のように煤だらけになるなんてことはない。
ここでできた蒸気と運動エネルギーが町全体を動かしているのだから確認はいつも気を引き締めて行っている。
「炉、良し。水蒸気導管、良し。燃料搬入口は……問題はないが……」
石炭を運び込む導管を支えている金属棒が、錆びている。交換時期は再来年なはずなのだけれども…… 不良品つかまされているのかねぇ。確認項目外の点だが一応報告をあげておく。124本の金属棒で支えている以上、1本や2本折れてすぐにだめってことはないんだけれども、余裕をもって交換しておけば事故は起きない。俺の仕事は事故を起こさないこと、そのための確認なのだから慎重になってなり過ぎることはない。
「項目外事項記載、良し、と。最後に廃棄ろ過機を交換して、これで確認は終わりだな」
そんな感じで日頃の繰り返し業務を終わらせ帰ろうとすると……
「うわ、なんでここに人がいるんだ……」
通用路に人が落ちていた。都市蒸気機関周辺は基本立ち入り禁止であるうえ、立ち入り可能な関係者も万が一に備え、ワーカーでしか立ち入らない規則になっている。
生身の人間がいるということは何か規則外のことが起きているということだ。
都市蒸気機関は、都市をさせる重要な装置である。テロの対象にもなりかねないため警備も厳重で、だれか立ち入ったなんてことが起きれば、総点検をしなければならない。
うんざりしながら、落ちている人をつまみ上げる。見た感じ、15,6歳の少女である。頭には猫耳の仮装を付けた少女であった。大かた調子に乗って入り込んだ近所の高校生とかだろう。ひとまず彼女を、ワーカーの腰についた収容檻に入れる。テロリストの可能性がある以上操縦席には入れられないのだ。
「にゃー!!! なにするにゃー!! ここからだせにゃー!!」
大騒ぎするテロリスト容疑者の少女。これだけ元気なら怪我などもしていないだろう。あとで親と先生に無茶苦茶怒られろ、と思いながら本部に無線を入れる。当然至急帰れ、という指示であった。
緊急対処で残業かなぁ…… とか思いながら、地下通路を通り駐機場に向かう。
「冗談抜きで奴らが来るから早く逃げてー!!!!」
「はいはい、話は署でゆっくり聞くからね。お巡りさんが」
「そんなこと言ってる場合じゃないのー!!!!」
途中までニャーニャー言っていた少女がそれまでの設定を投げ捨てて騒ぎ始めた。しかしもう遅いのだ。お前は警察で、親の迎が来るまで説教されるコースだ。
憂鬱な気分になりながら進んでいくと、地下通路の先に蒸気機械が見えた。合計5体、とお目で見た感じ軍用のソルジャーに見える。警備用のソルジャーとも、同僚のワーカーとも違う蒸気機械を前に、思わず操縦桿を強く握る。
「おい、そこの似非猫耳、あいつらなんだかわかるか?」
「あ、あいつらがきた!! 悪の秘密結社『黒獄会』のソルジャーだよ!!! 勝てるわけないよにげてえええええ!!!」
大騒ぎする似非猫耳。悪の秘密結社とか、フィクションかよと思うが、なんにしろ不法侵入者だ。
できれば逃げたいのだが、駐機場への地下通路はこれのみだ。あそこを抑えられるとどうしようもない。本部に連絡したが、『警備用ソルジャー到着まで15分、緊急事態により非常事態を宣言する。各自適宜対処されたい』とだけ帰ってきた。
敵ソルジャーは見た感じ旧式に見えるが、見た目だけではわからないし、こちらは作業用のワーカーだ。対爆用に強化された装甲だけは丈夫だが、手持ちは工具ばかりであり、とても戦闘ができるような機体ではない。ひとまず隠れながらどうにか奴らが都市蒸気機関に近寄らないように足止めを……と考えていると
「お困りのようだね!!」
後ろに新たなソルジャーが現れた。
金ぴかにごてごてと飾りのついたまるでアニメに出てきそうなソルジャーである。
武装がいくつもありそうだが、この距離ならナイフのほうが早い。振り向きざまに、切断用ヒートカッターで、首元の蒸気導管をたたききった。ぴー!!! という甲高い蒸気音を出しながら、後ろのソルジャーは沈黙した。
「味方がき、なにやってるのー!!!!」
「テロリストはみな排除だ」
全員不法侵入者はテロリストと推定される、法律にもそう書いてある。この似非猫耳にとってはこの神輿みたいなごてごてソルジャーは味方だったようだが、ここの職員にとってはすべからくテロリストである。大体の人型蒸気機械は、首元の蒸気導管をたたききられると、蒸気炉の蒸気がそこから抜けてしまうので無力化できるのだ。このソルジャーも構造は変わらなかったようで完全に無力化されたようだ。
ただ、このぴー!!!という甲高い蒸気音は計算外だった。前にいるテロリストに完全に気づかれるだろう。
「おい、似非猫耳テロリスト、流れ弾に当たらないように祈ってろ」
「テロリストじゃない、ってなんで死ぬことになってるの!? 死なばもろとも!?」
「いや、死ぬのはお前だけだ、操縦席の装甲は都市蒸気機関が爆発しても耐えられるようになってるからな」
「何それひどい!!!」
都市蒸気機関整備用のワーカーは100万kWの都市蒸気機関が万が一爆発しても耐えられる構造になっている。軍用の超重装甲ソルジャーよりもさらに丈夫なので、戦闘になっても俺は死ぬことはないだろう。ただ、オプションの収容檻は当然そこまで丈夫ではないので、当たったら一瞬にして爆発四散である。自業自得だからしょうがない。
「いやー!! しにたくないー!! しにたくないー!!!!」
「頑張って祈るんだな」
ひとまず倒した金ぴかソルジャーから武装を奪い取る。蒸気長銃を手持ちで持っていたので、ひとまずこれを使わせてもらおう。接続部分の形状はっと……重松重工業型とか、戦前かよ!!! 古すぎんだろ!!!!
さすがに接続部分の形状を調整している時間もないので、形状の近い接続部分に強引に差し込む。蒸気がシューシューと漏れているが仕方ない。あとは出力で補うだけである。
今乗っているワーカーには蒸気機関が内蔵されていない。そのかわり、都市蒸気機関から排出される蒸気を直結でとれるようになっている。軍用ソルジャーの最新型の蒸気機関だってせいぜい1000kWしかない。こちらはその1000倍の出力が出せるのだ、理論上は。
最大出力で蒸気を銃に充填する。ぶしゅうううううう!!!!! と蒸気がだだ漏れるが気にしない。普段なら始末書物の無駄遣いだが、現在は非常事態宣言中である。
「あつい!!! あついにゃあああ!!!」
漏れる蒸気を浴びる似非猫耳が大騒ぎしている、耐えろ、頑張れ。こっちは空調完備だから全く暑くないんだ。
明らかに出力超過の蒸気を受けて、銃がメキメキ言っている。見た目と音的に超硬鉄鋼製だろう銃の限界まで蒸気を吹き込む。銃が蒸気に耐えられず爆発したら、俺はともかく似非猫耳テロリストは無事では済まない可能性が高い。頑張って爆発しないように祈れ。
銃に備え付けられた蒸気充填計が完全に振りきれメキっといったそのタイミングで、俺は銃の引き金を引いた。
ぼがあああああん!! と爆発音とともに飛び出した銃弾は、こちらの異音に気付き向かってきていたソルジャー5体を吹き飛ばし、T字路部分の壁を完全にぶち壊してから止まった。
蒸気銃の銃身は完全にめくれ上がり、ただの鉄くずと化してしまった。
「えぐ、あついにゃ、あついにゃぁ」
似非猫耳は生きていた。