03. 東京レズ姉ランド
魚戸 春。花もうらやむ18歳。
この春私は、東京の大学に通うために、故郷の仙台から上京した。
これから、私の新しい生活が始まるんだ。
この、出水荘で……。
「はぁーるちゅわぁーんっ!」
「うげっ!」
私の意識高い系の宣誓は、突然の抱きつき攻撃によって中断させられた。これはもしかして、東京名物のフリーハグ…………なんてはずもなく。
「ちょ、ちょっと夏姉っ! 今、いい感じにキメてるんだから、邪魔しないでよっ!」
「えー、だって久しぶりの生春ちゃんで、思わず抱きつかずにはいられなかったんだよぉーっ! お姉ちゃんは、ずっとずっと春ちゃんに会いたかったんだよぉーっ!」
そういいながら抱きついたまま顔をこすりつけてくるのは、私の3人いるお姉ちゃんのうちの1人、三女の夏未姉だ。
昔から、姉妹の中で一番スタイルがよくて、一番男子からモテてたのに、誰とも付き合わなかった夏姉。なんでかなぁってみんなで不思議に思ってたら、高校の卒業式の日に、当時まだ中学生の私に突然告白したりして……。とりあえず、エキセントリックさでは群を抜いている、4姉妹の問題児だ。
ちなみに、告白はもちろん丁重にお断りした。
「わ、分かったからっ! それはもう分かったから、とりあえず離してよっ!」
タコみたいに体グニャグニャにしてくっついてくる夏姉を強引に引きはがした私。とりあえず、久しぶりに会っても何も変わっていない非常識な彼女に、説教しようとして……。
「ったく! こんな朝っぱらから、大声で恥ずかしい声出して抱き着いたりして、何考えてるのよっ! ここ、どこだと思ってるの⁉ お姉たちが住んでる出水荘の目の前の道路でしょ⁉ ご近所様に迷惑かけたりしたら、あとあと困るのはお姉たちで……って、おぉぉーいっ!」
その途中で、私は思いっきり叫んでしまった。
「な、な、なんつーカッコしてんのよっ⁉」
だって、突然抱きつかれたから気づかなかったけど、その時の夏姉は、とんでもないカッコをしていたんだもん。
上下ともにピンクの下着姿に、かろうじてパレオみたいな薄手の布を、腰に巻いているだけという……。
「えー? なんか変?」
なんでもない風に首をかしげるお姉を、今度は私から抱きしめる。
だって、そうでもしなくちゃ、この痴女の姿が、公衆の面前にさらされちゃうことになるし!
「変だよっ! もう変なんてもんじゃないくらいに、どっからどう見ても変だよっ! 変100%だよっ!」
「えー。でも、タヒチとか南国にいったら、結構みんなこういう格好してるよー?」
「それは、そこがタヒチとか南国だからだよっ! ここは日本! 日本だと、みんなそういうカッコはしないのっ! もう、早く着替えてきてよっ!」
「えー、でもせっかくだから、このまま近所のみなさんに私のかわいい妹の春ちゃんを紹介するために、この辺一体をパレードしようとか思ってたんだけどー……」
「いやいやいや、何だそのエロトロピカルなパレードわっ⁉ 絶対ダメだからっ! わいせつ物陳列罪で捕まるから! 何でもいいから、早く着替えてきてってばっ!」
「うー……ざーんねん」
そんなこと言ってしばらく渋っていたけれど、それでもようやく、夏姉は出水荘に戻ってくれた。
とりあえず周囲を確認して、お姉のあられもない姿を見るためにギャラリーが集まってたり、あるいは、通報されてパトカーが集まってたりしてないことを確認して、私は一安心の大きなため息をついた。
「はあ……」
そう。
実は今日から私が住むことになるこの出水荘は、居住者が全員私の姉で構成されているという、なんとも特殊な場所だったんだ。しかも、さらにそれに加えて今日から私も加わることで、魚戸家の4姉妹が全員住んでいる特殊度120%物件になっちゃうという……。
ああ……。ホントは私、普通に大学の近くのワンルームとかに一人暮らししたかったのにな……。お母さんがここじゃないとダメとか言って……。私も、女手一人で私たちを育ててくれたお母さんに迷惑かけたくなくて……。
ま、まあ、過ぎたことはもういいよ……。
おかげで家賃はかなり安く済むし、家事とかも分担すれば4分の1で済むって考えれば、結構な好物件ってことになる……よね?
一番の問題だと思ってたさっきの夏姉も、一応は日本語が通じるようだし……。
私は気を取り直して、まずは自分の部屋に行くことにした。
ほとんどの荷物は、段ボールに詰めて先に送ってあるはずなので、まずは荷解きをしよう。それから、新生活に足りないものを買ってきたりもしなくちゃ。大学が始まるまでのこの数日間は忙しくなりそう!
と、勢い勇んで出水荘の玄関に入った私は、そこですぐに出鼻をくじかれた。
「なっ⁉」
玄関先にあったのは、私が仙台の実家から送った段ボール箱の山。だけど、その中で「服」とか「下着」とか書いた箱だけが、ピンポイントに口を切られて開けられていて、中身が空になっていたんだ。
「ちょ、ちょっと、夏姉っ! 私の服……!」
と、一番怪しい容疑者の名前を呼んでから、私は気づいた。
よく見ると、その口を切られた段ボール箱をスタートして、点々と私の服が、1階の廊下に落ちている。そして、その服たちが作る「道標」は、一階の奥の部屋に向かっていたんだ。
「えー? なになに春ちゃーん? なんか呼んだー?」
さっきの私に対する夏姉の声は、2階から聞こえてくる。ってことは多分、夏姉の部屋は2階だ。
え? じゃあ、この奥の部屋は……?
私は靴をスリッパに履き替えて、服が落ちている先のその部屋へと恐る恐る進んでいく。建物の奥にいくにつれて光が差し込まなくて、昼間だっていうのにどんどん薄暗くなる。その上、ひんやりと首筋に湿り気まで感じる。
やがて、私がその奥の部屋の前までたどり着くと……。
「1枚……2枚……3枚……」
「え⁉」
その扉の向こうから、震えるような女の声が聞こえてきた。
「4枚……5枚……い、1枚足りない……」
「こ、これって……!」
その声が意味する意味を察した私は、思い切ってその扉を開け放った。すると、そこには……。
「ど、どうしよおぉぉ……。は、春ちゃんのぱんつ、1枚なくしちゃったぁぁ……」
薄暗い部屋に私の下着を並べて数えている、次女の千秋姉がいたのだった……。
ああ……どうやらここは、想像以上にホーンテッドなマンションだったみたい……。
「ちょ、ちょっと秋姉っ! な、何してんのっ!」
「ひ、ひぃぃー! は、春ちゃぁーん! お、怒らないでぇーっ!」
ビクビクと震えながら、体を小さくする秋姉。それだけなら別にいいんだけど、ちゃっかり私のパンツを抱え込んで、ポケットにしまおうとしてるし……。いや、それについては普通に怒るよ?
「ち、違うのぉぉ……わ、私、春ちゃんの下着をとるつもりなんかなくって、ただ、最近の女子高生はどんな服着てるのかな? とか気になって、作品の資料に使えればと思って、そ、それで、つい出来心で、春ちゃんの服の入った箱を開けちゃってぇぇ……」
「う……」
秋姉は、4年前に大学在学中に漫画家デビューして、それ以来この出水荘に引きこもって作品を描いているらしい。私も1回だけ見せてもらったことがあるけど、男性向けの、ちょっとエッチなやつだ……。
「あのー、服はまだいいけど、私の下着が秋姉の漫画に出るのとか、普通に嫌なんだけど……。JKの下着が気になるなら、ネットとか雑誌とかで調べてよ……」
「あ、あ、ああ、それなら安心してぇぇ! 私、春ちゃんの下着を、自分の漫画に描いたりしないからぁぁ! このぱんつたちは、服を調べてたらたまたま見つけてぇぇ……それで、自分で楽しもうと思って、部屋に持ち帰っただけだからぁぁぁ……」
「なぁーんだ、じゃあよかった…………とはならないよっ! むしろ、そっちの方がヤバいでしょっ! 楽しむって、一体何しようとしてんのっ⁉ もういいから、全部返してよっ」
無理矢理下着を取り返そうとする私に対して、必死に抵抗する秋姉。
「ああぁーんっ! せめて1枚だけ、1枚だけでもぉーっ!」
「いやいやいや! この状況で、どうして1枚だけならもらえるとか思ってるの⁉ もうその発想が怖いよ!」
このまま秋姉と話していると、なぜかこっちの方が罪悪感感じてきてしまいそうで、私はさっさと下着を取り返した。
「で、でも、お姉ちゃん……うれしいな……」
無事に下着を回収して、部屋を出ていこうとしたところで、秋姉がそんなことを言った。またどうせろくでもないことだとは思ったけど、私は振り返って尋ねる。
「……何が?」
「だって、だってね……」
言いながら、秋姉は漫画の資料らしきファイルの山の中から、ひときわパンパンに膨らんだ年季の入ったファイルを取り出した。そして、そのファイルを開くと……。
「ほら、見て? 昔は春ちゃん、こんなかわいい下着をつけてたでしょ?」
そのファイルに入っていたのは、私の下着。それも、今使ってるやつじゃなく、私が小学生とか中学生のときに着けてたスポブラとかパンツが、年齢と合わせてファイリングされていたんだ。
「それが今じゃあ、さっきみたいな色っぽいのを付けるようになるなんて……。春ちゃんも、少女から大人の女性に成長してるんだね……うふ」
「あ、秋姉……」
「ほら? 昔はこんなにイッツ・ア・スモールなワールドだった胸も、いつの間にか、さっきみたいにビッグサンダーなマウンテンに育っちゃってさ……」
「秋姉……ってば……」
「きっとぱんつの中も、今では立派なジャングルのクルーズが……」
「こぉら、秋姉えぇぇーっ! こんなもん、全部没収だよーっ!」
私は出水荘中に響き渡るくらいに絶叫して、そのファイルごと、秋姉の「下着コレクション」を取り上げた。
「う、ううぅぅ……そ、そんなぁぁあ……」
自分のコレクションを失って、しくしくと泣いている秋姉。その図々しさに、もう感動する。(よく見ると、涙を拭いているハンカチも、なくしたと言っていた私のパンツだったので、それも取り返した)
それで、ようやく秋姉の部屋を出た私は、開けられてしまった段ボール箱に下着をしまいなおして、さっきの夏姉のときと同じくらいに大きなため息をついた。
「はあ……」
おっかしいなあ……。
夏姉は結構前からあんな感じだったから、もうあきらめてたけど……。秋姉の方は、もうちょっとマトモな人だと思ってたんだけどなあ……。
でも、よくよく考えてみれば、今年25歳の秋姉は、私とは7歳も年が離れている。秋姉が高校卒業してこの出水荘に来る前、秋姉と私が一緒に実家で暮らしていたときは、私はまだ11歳の小学生だったんだ。何かおかしいなって思っても、高校生の秋姉にうまいこと言いくるめられて、誤魔化されていたんだろう。
くっそ、あの人、そうやって私の使用済み下着を集めてたのか……。
そう考えると、秋姉に裏切られたことと、そんなお姉の変態性に気づけなかった自分の愚かさのダブルショックで、とてつもなく悲しくなってくる私だった。
は……!
そして、そこで私は気づいてしまう。
秋姉と一緒に暮らしていたのに、幼い私はあの人の変態性に気づけなかった。
って、ってことは……。あのとき秋姉よりももっと大人だった長女の美冬姉が、実は同じくらいに変態だったとしても、私には気づけるはずがないってことだ……。
そ、そんな……そんなまさか……。
記憶をつかさどる頭脳をフル回転して、冬姉と一緒に過ごしていた時のことを思い出してみようとする。でも、いくら考えても、冬姉が私に対しておかしな気持ちを持っていたとは思えない。
でも、でも、でも……もしも、仮に、本当にそうなのだとしたら……この出水荘の居住者は、4人中の3人が変態ってことになっちゃう! しかも、その3人が全員私に変な気持ちを抱いてるってことで……。
地獄かよっ!
そんなの無理無理無理! もし本当にそんなことになってるんだとしたら私、お母さんに直談判して絶対に別の場所に一人暮らしさせてもらうから……!
「春、もう来ていたのね」
と、そこで。
よく通る声で、私の名前が呼ばれた。
「あ……」
振り返った先には、紺色のスーツ姿の真面目そうなメガネをかけた女性……長女の、冬姉がいた。
「あ、あの……」
冬姉は、ひどく落ち着いて冷めた声で言う。
「大家さんには、もうご挨拶に行ったの?」
「え? あ……まだ……」
「だったらさっさと行きなさい。もちろん、適当に手土産も見繕っていくのよ?」
私を一瞥しただけですぐに視線をはずすと、冬姉はさっさと玄関に行ってしまう。
「もう大学生なんだから、それくらい言われなくても一人でできるようになってちょうだいね? ただでさえ、うちは千秋と夏未が『あんな感じ』なんだから、あなたがしっかりしなくちゃダメよ?」
冬姉はそれから靴を履いて、出水荘を出ていこうとする。
「は、はい!」
私は、完全に自分の考えが間違っていたことを思い知らされた。
冬姉は、女性でありながら30歳という若さで警察官僚(いわゆるキャリア組)になって、次から次へと難しい事件をバンバン解決している、本当にすごい人なんだ。そんな冬姉が、しがない大学1年生に過ぎない私なんかのことを、どうとか思うわけない。そもそも、彼女に好いてもらえるような価値もないくせに、妹だってだけで冬姉が私に変な感情を持ってるなんて……そんなのおこがましかったんだ。
さっきの変態2人と同類扱いしてしまったことを心の中で深く反省しながら、私は警視庁へと出勤していく冬姉を、元気いっぱい送り出した。
「ありがとう、冬姉! いってらっしゃ……」
はずだったのに……。
そこで、思いもよらない邪魔が入って……。
「ねえねえ、冬姉ー? この『春ちゃん抱き枕』は、洗濯してもよかったんだっけー?」
2階から聞こえてくる、夏姉の声。
その瞬間、出勤しようとしていた冬姉の動きが、ピタッと止まってしまった。
っていうか、え?
春ちゃん……抱き枕……?
しばらくして、ドタドタと夏姉が2階から降りてくる。相変わらずさっきのままの下着みたいな姿なのは、もうどうでもいいとして……。その腕に抱きかかえていたのは、夏姉の体の半分くらいの長さをした抱き枕だ。しかもそのカバーには、小学生のころの、ランドセルを背負った私の写真がプリントされていて…………って、え? え?
「ねえ、冬姉ってばー? この抱き枕、ヨダレとかいろんな汁がついちゃって汚いから洗濯したいって、この前話してたよねー? 洗濯機にぶっこんでもいいのー?」
「……夏未、あなたいったい何を言ってるの?」
振り返った冬姉は、無表情を装っている。けど……ぴくぴくと眉を動かして、明らかに無理をしているっぽい。
え? え?
こ、この抱き枕って……、もしかして冬姉の……。
と、そこでさらに。
「あ、あ、あの……美冬ちゃん……? 美冬ちゃんの部屋から借りた目覚まし時計が、急に鳴り出したまま、と、止まらないんだけど……ど、ど、どうすれば……」
今度は奥の薄暗い部屋から、秋姉が出てきた。しかもその手にはデジタル表示の大きな時計が握られていて、その時計からは……。
『お姉ちゃん大好きー! 春、大きくなったら美冬お姉ちゃんと結婚するー!』
という声が、エンドレスでなり続けていた。
それは、あんまり覚えてないけど、多分小さいころの私の声だ……。
「あ、あの……冬姉? こ、これって……」
私が詳細を尋ねるより早く、冬姉は獣のように素早く動いていた。靴を脱ぎ捨てて、玄関先から夏姉のところまでジャンプして、抱き枕を奪い取る。さらに、そのまま秋姉の目覚まし時計も回収しようとして……立ち尽くしている私の目の前で、思いっきりすっころんでズッコケてしまった。
しかも、その拍子にスーツのスカートがめくれて、冬姉のパンツが丸見えになってしまって……それはまるで、幼児用のキャラクター下着みたいに、小学生のころの私の写真がでかでかとプリントされたパンツだった……。
「み、見た……?」
静かに起き上がる冬姉。
秋姉から受け取った目覚まし時計を慣れた手つきで停止させてから、私の目を見ずに尋ねる。
「え、えーっとぉ…………うん」
いまさら見てないとか言っても完全に嘘だから、正直に答えるしかない私。でも、それはどこかで、冬姉のことを信じたいって気持ちがあるからだ。
「あ、あれだよね……? よくわかんないけど、多分さっきのもろもろは、何かの間違い……なんだよね? その、どういう風に間違えたらああなるのかは、ちょっと具体的には言えないんだけど……あは、あははは……」
「……そう、見た……のね」
私のフォローにならない言葉は無視して、何かの覚悟を決める冬姉。
それから、ゆっくりと私のところへとやってきて……。
がばっ!
私の両肩をつかんで、ものすごく思いつめた顔を近づける。そして、
「春、ごめんなさい! 私、本当に本当に、あなたのことが、好きなのっ! 好きになっちゃったの! あなたがそばにいてくれないと、何もできなくなっちゃうのっ! だから、枕とか、下着にプリントすることで、あなたを少しでも近くに感じていたかっただけなのよっ! お願い! 信じて!」
と、真剣な表情で訴えてきたのだった。
え? え? え-っと……信じるって、何を?
「い、いや冬姉……? な、何かの冗談だよね? そんな、私たち、姉妹だし……女同士だしさ……そんな、好きとかそれって、家族愛的なやつで……」
「大丈夫よっ!」
と言うと冬姉は、玄関に投げ捨てていたカバンからファイルを取り出して、私の目の前に広げる。
そこには、いろんな国の言葉で書かれた、新聞や雑誌の切り抜きがファイリングされていた。
「ほら、見て⁉ 今や世界には、女同士でも結婚できる国がこんなにたくさんあるのよ⁉ だから、私たち、何も問題ないのよっ!」
「い、いやいやいや……」
「ええ、確かに……同性愛と比べると、近親相姦はまだまだ違法としている国は多いわ。それは認めざるをえない。けれど……それだって、きっと近い将来には合法化できるはずよ! 私たちの愛があれば、きっと国の法律だって変えられるはずなのよっ! だから安心して、春!」
「は、はは……」
う、うわー……。
ガチすぎて、一番ヤバイやつだったー……。
だいぶドン引きしている私を差し置いて、冬姉はさらに顔を近づけてくる。
「だ、だから春……まずは私と一緒に、国籍を変える手続きをしましょう!」
「い、いやあ、でも私、まだ東京都に住民票も移してないから……」
「お、お願いよ、春……このままだと私、一線を越えてしまいそうなの! あなたと一つ屋根の下なんて、そんなの、我慢できそうにないのよ! ね? お姉ちゃんを、犯罪者にしたくないでしょ⁉」
「そこは何とか我慢してよ、警察官なんだし……」
「せめて籍だけ……この際、籍だけでも入れてしまいしょう? ね? ね?」
「いや、姉妹なんだから、元から籍は入ってるでしょうが……」
迫ってくる冬姉を、のけぞりながら逃げる私。
しかも、さらにそれに加えて。
「えー、だったら私も春ちゃんと結婚したーい! 国籍は、重婚ありの国にしよー⁉」
「は、春ちゃんが、美冬ちゃんたちに取られちゃう……ど、どうしよう……なんか、興奮してきた……えへ、えへへ……」
夏姉と秋姉も、ここぞとばかりに加わってきて……。
ああもう、なによこれ……。
はは……こんなの、もう笑うしかないよ……。
最初はサッサと逃げ出そうと思ってたけど、なんか私、一周回って楽しくなってきちゃって……。
とりあえず、私の東京生活は、テーマパークみたいに退屈しなそうです。
※
3人の姉に抱きつかれながら、もういろいろあきらめの境地に達していた私。
そのとき突然、携帯のバイブレーションが電話の着信を告げた。
抱き着いてる3人を引きはがしながら、何とか画面を見ると、それはTV電話で……。
『もしもし春ちゃーん? お姉ちゃんたちのところには着いたー?』
「あ、お母さーん? ちょ、ちょっと聞いてよっ! お姉たちったら、いろいろとヤバくて……!」
『あーん、先にこっちの報告させてねー? 実は私ー、この度再婚しましたー!』
「……え?」
『で、で、でね? さっき知ったんだけど、お相手の、あなたたちの新しいお父さんってば、小学生の女の子の連れ子がいたのよー。もー、お母さんビックリー!』
「は、はーっ⁉ ちょ、ちょっと待って待ってよ! いきなり情報量が多すぎて、全然処理できなくて……」
『はーい、ってことで紹介しまーす。この娘が、小学3年生の六華ちゃんでーす! 明日からあなたたちと一緒に出水荘に住んで、そっちの小学校に通うからねー? いろいろよろしくー!』
「ちょ、ちょっと……!」
『じゃーねー!』
言いたいことだけ言ったあと、お母さんは一方的にTV電話を切ってしまった。
私だって、いろいろと言いたいことは山ほどあったのに……。
でも、あれ……?
さっき一瞬だけ見えた、小学生の女の子……。私たちの新しいお父さんの連れ子……ってことは、つまり私たちにとっては新しい妹になるってことで……。
その子の顔が、マブタの裏に焼き付いてしまったみたいに残像として残っている。彼女のことを考えると胸が高鳴って、なんだか不思議な気持ちになる……。こ、これって、もしかして…………。
「り、六華……ちゃん……六華ちゃん、か……うふ……うふふふ……」
どうやら、血は争えないみたいだ。