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【6】


「この席にどうぞ」

「ありがとうございます」


 レベッカはにこにこと僕の示した椅子に座った。

 僕はもちろん、その隣の席を確保する。


 今日はエリス嬢とその取り巻き令嬢の皆さんを招いての合同試験勉強会、二日目だ。

 一日目は昨日だった。


 女子学生は花嫁修業的な講義が主だけれど、未来の王妃の取り巻き令嬢ともなれば将来は仕えられる立場にも、更なる貴人に仕える立場にもなり得るので、異国からの来賓と接することを考えて他言語の講義は受けている。

 試験も一部被るので、こうした勉強会の誘いもおかしくはなかった。


 今更だが、エリス嬢と一緒にいる彼女たちを取り巻きというのは失礼かもしれない。

 彼女たちは一人を除いて、トールネン家がエリス嬢の学友にと選んだ同派閥の同年生まれのご令嬢である。

 もちろん除かれる一人はレベッカである。

 レベッカ以外は皆、家の都合で決められた付き合いなわけだ。


 いいや、もしかしたら、これはゲームの都合なのかもしれない。

 エリス嬢の取り巻きの彼女たちはエリス嬢のイベントの背景として……レベッカ以外は、僕の知る乙女ゲームの中に二次元のイラストだけれど特徴の一致する顔が出てきていた。

 いずれにせよ、本人の意思とは異なるところで決められたことだ。


 まあ、表立っては言わないので許してほしい。

 僕たちもイーサンの取り巻きだ。


「エリス、どこかわからないところはあるかい?」

「まあ……今日もイーサン様が教えてくださるのですか?」

「私にわかるところだったらね」


 肝心の主筋の二人は既に並んで座って顔を寄せ合い、いちゃつきながら勉強を始めている。

 昨日もそうだったので、他のご令嬢たちもここは空気を読んで、あの二人には近づかない。


 イーサンの「わかりやすく愛情を示す」行為は、成功を収めていた。


 元々イーサンはエリス嬢に好意がないわけじゃない。

 エリス嬢は美人だからね。

 男は美人に弱いもんだ。

 思春期も落ち着いた後は普通に会話もできていた。

 出会いのタイミングが良くなかっただけだ。

 あのタイミングは、やっぱりゲーム仕様だったということか。

 最初の頃のイーサンの態度は、お世辞にも良かったとは言い難かったから……

 結果的には今回のことも、ゲームへの流れを変える一助にはなったと思う。


 でも手を握るくらいは大目に見るけど、握った手を撫でるのは人目のあるところではおすすめしないぞ、イーサン……

 いや、人目があってこれなら、ないと危ないのか。

 ほら、エリス嬢真っ赤になってるし。


 これは二人きりにはできないな。

 イーサンがエリス嬢を孕ませたりしたら、僕たちも責任を問われそうだ。


「お二人、とても仲睦まじくていらっしゃいますね」


 僕がイーサンとエリス嬢に気を取られている間、レベッカも二人を見ていたようだ。

 相変わらずと言えば相変わらずで、そして今は抱いている疑問のためにそのキラキラした眼差しが気になった。

 僕たちにも向けられていたけど、恋情ではなく色目でもないそれは、かつての前世でアイドルを追っかける女性の視線に近いものな気がした。


 この世界には魔法が発達していてかつて生きた現代日本に限りなく近い部分もあれば、発展してない古めかしい分野もある。

 そのうちの一つが通信や電波関係で、テレビやラジオにあたるものが未だにない。

 そのため芸能関係も舞台芸術止まりで、舞台俳優や女優は生身の相手なので、入れ込んだら劇場通いするしかない。

 だからチケットが安めの設定の大衆劇場はあるけれど、本当の意味で大衆的な趣味ではないんだ。


 金持ちは入れ込めば高級な舞台でも劇場通いするけどな。

 むしろ大枚叩いて家にまで呼びつける。

 で、そんな金持ち相手だから……俳優や女優はとても全年齢の場では言えない裏稼業と表裏一体だ。


 そんなわけで、この世界のアイドル稼業はこんなキラキラした眼差しが向けられないので、失念していた。

 レベッカのこの眼差しは、あれに近い。


 そして、昨日の第一回勉強会のうちに、やはりレベッカがエリス嬢に「イーサンが浮気した場合について」の薫陶をしたことは裏が取れている。

 まるで隠していなかったので、昨日の勉強会で他の令嬢たちの勉強を見ている間に聞き込みして、すぐにわかった。


 そしてその薫陶だけでなく、イーサンと仲良くなるように、彼女は色々とエリス嬢をけしかけているらしい。

 やはりレベッカは異分子だ。


「さあ、僕たちも勉強しよう。どこかわからないところはある?」


 多分、彼女は……


「そうですね。わたし、昔から外国語は苦手で……読み書きはできても喋れないんです」


 レベッカは教本を開いた。


「昔からなの?」

「そうなんです」


 下位の貴族令嬢が他国語の家庭教師をつけることは珍しい。

 多分、それは、子どもの頃の話じゃなくて……


 僕は、彼女もまた、僕のように転生してきたのだろうと思う。

 あのゲームができる世界から。

 あの国では、外国語の読み書きはできても喋れないという人もけっこういたはず。


 それだけじゃない、すべてが、そう思えば辻褄が合う。

 あのゲームの登場人物を憧れの相手のように見つめているのもそうだ。

 イーサンとエリス嬢の仲を取り持っているのも、エリス嬢が破滅しないようにだ。

 それは未来に起こることを知っていればこそ。


 本来いないはずの彼女は、自らの意思で取り巻きの中に混ざったんだろう。

 それならば僕の心配は無駄だったってことだけど、それはむしろ嬉しい。

 彼女が死なないと思ったら、とてもホッとした。


「試験には会話もあったね」


 わざとレベッカに体を寄せて、顔を近づけて覗き込む。


「ええ」

「試験風に練習してみようか」

「ありがとうございます」


 ……この距離で動揺一つしないのは、どうかな、と思うんだけど。


 いや、僕は負けない。

 彼女が僕と同じように前世の記憶を持つならば、唯一の仲間だ。

 前世の話をしても大丈夫な相手だ。

 その上、笑顔も可愛い。

 逃がしてなるものか。


 そしてゲームの始まる前に結婚できれば、決定的にゲームと状況が変わる。

 この国の離婚は面倒臭いから、まず僕はゲームに操られることなく自分の意志を貫けるだろう。

 一石三鳥だ。


 僕は、レベッカを口説き落としてみせる……!


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