【3】
食堂にはイーサンとその許した者だけが使える特別なテーブルがある。
そこは他の誰も使えないので、ゆっくりと食堂に踏み入れても席がないということは起こらない。
イーサン以外の席は決まっていないが、エリス嬢は今は隣に座っている。
ちょっと前までは向かいだった。
ここでも二人の距離は近付いている。
いいことだ。
イーサンがヒロインにきちんと恋をするならするで仕方がないが、イーサンの思春期の身勝手と誤解と勘違いで何もかもヒロイン有利では、やっぱりそうなるように仕組まれているようで癪に障る。
イーサンもエリス嬢も物語の小道具ではないのだから。
もちろん僕もだし、レベッカもだ。
「ここ、いいかな」
「どうぞ、アーノルド様」
僕はレベッカの隣に座った。
この二年近く、僕はレベッカのできるだけ近くにいるようにしてきた。
そもそもは普通に接していたら、レベッカの体調に注意を払うことはなかなか上手くできないと気づいたからだった。
距離が近い方が、体調の良し悪しの観察はしやすいに決まっている。
幸い、エスコートはスルーするレベッカも僕が隣に座ることに嫌悪感は示さない。
このテーブルで昼食を摂る場合は、メニューは決まっているので注文の手間はない。
ほどなく同席する全員に同じ料理が出される。
今日は授業が遅れたのかぎりぎりでステファンが食堂に着き、空いている席に座った。
配膳された後にはいつも必ず誰かがイーサンの皿と自分の皿を交換して、毒見のために先に一口ずつ食べてから、イーサンがカトラリーを手に取る。
今日はジェラルドが毒見をした。
「いただこうか」
イーサンが口にしてから、皆も食べ始める。
食事をしながら、ちらりと横を見た。
彼女の体調は良さそうだ。
一年観察してきたけれど、レベッカは特に不健康ということはない。
でも病気は急に発症することもあるし、本人が軽く見ていて手遅れになることもあるだろう。
注意するに越したことはない。
「レベッカ嬢、今日の体調は如何か」
「ええ、とてもいいです」
レベッカはにこにこと僕の方を見て、返事をしてくれる。
うん、よかった、元気そうだ。
「それはよかった」
僕とても、この会話がおかしいことには自覚がある。
いや、一度二度ならそうでもないし、レベッカが元々病弱であるのならおかしくない。
でも今日までレベッカは健康そのもので、けれど僕は三日にあげずこれを訊く。
「アーノルドは相変わらずだね」
「そうか?」
ステファンが呆れたように言った。
二年見ている他の奴は、もう何も言わない。
ステファンも、もう一年近く見ているんだから慣れてもいいだろうに。
「そうか、じゃないでしょ。お天気の話じゃないんだから」
「アーノルド様はレベッカ様のことをお気遣いくださっていらっしゃるんですわ」
「そうね、少し羨ましく思いますわね」
呆れるステファンの横で、正しくエリス嬢の取り巻きのご令嬢たちが笑いさざめく。
そう、僕のこの問いは、仲間たちには拙くてあからさまなアプローチを繰り返していると思われている。
……でもこれはアプローチじゃなくて、訊くことに意味があるんだから、仕方がないだろう。
見た目にはわからない不調ということだってあるじゃないか。
「いつもお気遣いいただいて、申し訳ございませんわ」
レベッカもにこにこと会話に加わっているが、レベッカは多分あまり僕の問いに疑問を抱いていない。
ご令嬢たちも悪意で僕をからかっているわけではないので、レベッカが僕を嫌がって意図的にスルーしている可能性は低いと思っている。
ご令嬢たちには、僕とレベッカは微笑ましく見られている……気がする。
多分、彼女はそれすら気が付いていない。
こういうところはぼんやりしていると言うか、鈍いんじゃないかと思うが、大怪我を心配させるほどのドジでもない……というところか。
しかし怪我は、不慮の事故ということもある。
そういうものを防ぐには、もっと常時近くにいなくてはならないだろう。
今の距離では駄目だ。
だけど、これ以上近づくには、恋人くらいにならなければ無理だ。
だが周りから僕が拙いあからさまなアプローチを繰り返していると思われている今でさえ、一年以上に渡って僕たちの関係はそれぞれイーサンとエリス嬢の取り巻きの一人から、なんら変化がない。
このままでは、レベッカと恋人になるなんて難しいだろう。
いや、レベッカと恋仲になりたいわけじゃない。
わけじゃないんだけど、そうならないと近くにいられないんだ。
僕は昼食のソテーを腹に詰めながら、レベッカの顔色や肌艶を十分観察して健康を確認しつつ、もっと長い時間を彼女と過ごすことができる方法を考えていた。