【9】
僕たちはまた先程のサロンまで戻ってきた。
鍵は開いていた。
先に戻ってくると言っておいたから、空けたままにしておいたんだろう。
ぴったりと、扉を閉じる。
普通は令嬢と二人きりになる時には、扉は開けておくものだ。
でも、今から彼女の秘密を暴くため、扉を閉じる。
そのまま据え付けの長椅子までレベッカを連れて行き、並んで座る。
「君はこの先に何があるのか知っているんだよね?」
「アーノルド様もご存じなんでしょうか?」
「質問に質問で返すのはずるいな。でも君がまず警戒心を解いてくれないことには進まないね。……そうだよ、僕も知っていると思う。君より詳しいとは思わないけど。妹がね、好きだったんだ」
とりあえず、やっと答えてくれた。
明言は避けても、これは前世の記憶があると判断していいだろう。
そして僕は、彼女の秘密を暴いた。
――ついでに違うものも暴いて、二人きりで密室にいた既成事実が成立した。
「アーノルド! ああいう方法は良くないぞ」
今、僕はイーサンに説教されている。
僕がやらかしたことで、ちょっと学園長から苦言が入ったらしい。
とりあえず今のところ身内だけの話で収まっているけど、広まれば在学中の王族周りの醜聞だから、学園長は気にするだろう。
そんなわけで僕はイーサンに説教を受けていて、まあ学園長の嫌味を聞かせた分はと、大人しく聞いているのだ。
でも、まだレベッカと一線を越えたわけじゃないから、そこは誤解しないでほしい。
後に退けなくなるようにちょっと脱がして、あれやこれやはしたけどね。
どっちかって言うと、そこまでしても我慢できた自分が怖い。
これが乙女ゲームの攻略対象チートなのか……
正直、普通は止められずに最後までいっちゃうんじゃないかって思う。
思うのに、我慢できた。
それが、我がことながら怖い。
本番で大丈夫なのか、僕……
いずれにせよ、僕の答えは決まっている。
「責任は取るつもりだ」
「責任って……それが目的だったのに、その図々しさはどうなんだ」
イーサンが生真面目を発揮して、苦々しい顔をしている。
「責任取ればいいってものじゃないでしょ」
ぺしっと後ろからステファンに叩かれた。
「僕が急いで閉めなかったら、後ろにいた殿下とエリス様とかにも見えちゃったよ!?」
実際は先頭でジェラルドが開けた扉の握りを奪ってステファンが即座に扉を閉じてくれたので、長椅子の僕たちが見えたのはジェラルドとステファンだけだった。
それもイタしてると思った瞬間に閉じたそうで、レベッカの姿までは二人とも確認できなかったそうだ。
いい仕事をしてくれた、ステファン。
「ありがとう、ステファン。おかげであられもない姿の彼女を見られることなく済んだ」
「もー! 計画的だったのに、そのお礼ってどうなのさ!」
「見られないに越したことないに決まってるじゃないか」
「レベッカ嬢も酷い男に捕まったよね!」
ぷりぷり怒るステファンのせいで気が削がれたか、イーサンの勢いは弱まった。
軽く息を吐いて、続ける。
「男はいいが、こういうことで急いで結婚となると女性ははしたないと言われてしまうからな。高位令嬢に醜聞を起こして婿入りする下衆ではないんだから、ちゃんと手順を踏めば良かっただろう。正式に申し込めば、ディネイザン家が断られることはなかっただろうに」
「ああ、それはもう、正式には申し込んであるんだ」
「は?」
イルマンの家に婚約の申し込み済みの話はしていなかったから、僕の言葉に驚いたのかイーサンが目を見開く。
「両家で話はついてるんだけど、レベッカが知らないだけだったんだ。もう式用のドレスもできてる。すぐ結婚したいから特別婚姻許可証を貰う算段にしているが、準備自体は終わってる。なので来週から蜜月で一ヶ月ほど休むけど、許してくれ」
「な……」
イーサンが言葉を失ったようにぱくぱくと口を動かしている。
真面目だからなあ、イーサン……
「ほんっとうにレベッカ嬢も酷い男に捕まったよね……」
ちょっと、その汚物を見るような目で見るのはやめてくれ、ステファン。
「いいじゃないか、アーノルドがこんなに情熱的だとは思わなかったよ。二年以上もたもたしてたのが嘘のようだね」
ルーカスは僕を擁護してくれるようだ。
二年間のほとんどはそのつもりじゃなかったけど、それは黙っておくことにする。
「戦は静謐からの速きを尊ぶな。未来の宰相が兵法を知っているのは素晴らしい」
ジェラルドも違う。
けど、黙っておこう。
「アーノルドが彼女を口説いていたことは知られているからな……せめて遊びで失敗してと思われないだけましか……」
ああ、とうとうイーサンが頭を抱えた。
「すまん、イーサン」
でも、ヒロインが現れてゲームが始まるだろう日まで、後十日ばかりだ。
僕はその前に結婚式をして、いち抜けする。
さよなら、まだ見ぬヒロイン……僕はレベッカと、幸せになるから。
多分……いや、きっと!