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プロローグ

 僕は日本という国のある世界から、アレントゥールという国のある世界への転生者である。


 子どもの頃には前世の記憶というやつは曖昧で、はっきりしたものではなかった。

 ただ、なんだかおかしい、違和感がある、既視感がある、ことあるごとにそんな風に思っていた。


 記憶は曖昧でも事実上二度目の人生だったせいか子どもらしくない分別も残っていて、それを騒ぎ立てることはしなかった。

 周りの大人からすると、妙に勉強ができて、立ち回りの上手い賢い子どもだっただろう。

 言い換えれば子どもらしくない小賢しいガキだっただろうが、生まれついたのがこの国の名門貴族の嫡男という立場で父親は一国の宰相なんてものを務めていたから、周囲は小賢しい方が馬鹿よりよろしいという価値観だった。


 勉強ができたのは、勉強の仕方を知っていたからだと思う。

 この世界や国の歴史や地理や言語なんて、現代日本の知識でどうにかなるものじゃない。

 しかし六歳から院まで二十年に及ぶ詰め込み教育からの受験戦争を経て専門課程への長き勉学の道を通った身だったので、僕は「勉強する」ということ自体が得意だったのだ。


 本来賢いことと、勉強ができることと、小賢しいことはまったく別物である。

 だが、どうすれば褒められるかも、どうすれば気味悪がられるかも何故かわかっていた僕は、少年期を上手く立ち回った。


 子どもの頃の薄ぼんやりした違和感が明確になり、それと共に記憶も鮮明になったのは、従弟の王子殿下であるイーサンとの付き合いの中でだった。

 王妃様が父の妹、つまり叔母上で、イーサンとは同い年の従兄弟である。


 イーサンのことは子どもの頃から、どこかで見たような顔だな、と思っていたんだ。

 既視感というものだ。

 けっしてイーサンが、どこにでもいるような埋没する顔だというわけじゃない。

 むしろ子どもの頃から、ちょっと派手なくらい綺麗な顔立ちだった。


 自分の顔もどっかで見たようなと思っていたけれど、これは鏡を見たらいつでも見られるわけで、いつも見てるだろと思ってしまってそこから先に進まなかった。


 だけどイーサンは、確かに前にも見たと思うのだ。

 綺麗で派手な顔だからどこかで見ていたら忘れないはずだと思うが、イーサンの遊び相手として城に連れてこられ、初対面の時にそう思って、違和感は残り続けた。


 イーサンの遊び相手が学友という名前になり、同じように連れてこられた三人の貴族の子息の学友たちにも同じような既視感を持ち、いよいよこれは己の頭がおかしいのではないかと悩みが深くなった頃、イーサンが婚約することになった。


 転機はこの時だった。


 イーサンの婚約者の名は、エリス・トールネン侯爵令嬢。

 我がディネイザン家とは古くからライバル関係にあるトールネン家のご令嬢だ。


 僕の父は現宰相で、現王の王妃は叔母なのだから、権力は現在我が家に偏っている。

 そして世継の王子の学友……将来の側近の中で、宰相の息子の僕が飛びぬけて頭が良いとされ、将来宰相を継ぐと言われている。


 宰相を継ぐってなんだよ。

 宰相は世襲制じゃないだろ。


 ちゃんと選べよ……と思っていたが、空気を読んで口に出したことはない。


 国の歴史を紐解くと、実際に数代の間世襲のように継がれていたこともしょっちゅうあった。

 法で定められたものではないから、宰相家が政争に負けて失脚したり、政治力のバランスが崩れると終わる程度の世襲制だが。


 ともあれ、このまま僕が宰相を継ぐことになったなら、代を重ねてディネイザン家に権力が偏る。

 エリス嬢とイーサンの婚約は、そのバランスを取るための縁談だった。


 そして、違和感既視感と引っかかるばかりだった僕の記憶のスイッチを入れたのは、イーサンとエリス嬢が並んでいるところだったのだ。


 二人を見て、ああ、こんなスチルあったな、と思った。

 あれはもっと大人になった二人だったが。


 すぐさま、スチルってなんだよ、と、自己ツッコミを入れた。

 だがその光景が確かに僕のスイッチを入れたようで、流れるようにスチルの正体も理解していた。


 スチルと言うのは、乙女ゲームのイベントの一枚絵の画像のことだ。

 妹がハマっていた乙女ゲームのイベントのスチルに、あの二人が並んでいるものがあったのだ。


 今の妹のジュリアは違う。

 なら、妹って誰だ、とも思ったが、それは前世の妹だった。


 そしてパズルのピースが填まるように、自分の違和感と既視感の全体像がわかった。


 僕は転生したのだ。


 あのゲームの舞台である、魔法のある、この現代もどきファンタジーな世界に。

 現代もどきというのは、魔法でかなり現代に近いこともできるような世界だからだ。

 そしてチョコレートもコーヒーも紅茶もある。

 ジャガイモだってサツマイモだって米だってある。


 今まであまり意識してなかったが、どこで見つかって、どこから伝来して、どこから輸入されてるんだ、そういう品は。

 元の世界とは違うだろうが……


 しかし、確かにそういうところは適当なゲームだった。

 自分でやったわけじゃないから、全部は知らんが。


 前世の妹に散々つき合わされたのだ。

 声優のイベントへの送り迎えもさせられたし、漫画の原稿も手伝わされた。

 どんな漫画だったかは、妹の名誉のために詳細は語らないでおく。


 僕は思い出そうと思えば前世の様々なことを思い出せたが、積極的に考えないことの記憶は、やっぱりぼんやりとしていた。

 なので受け入れられない量の記憶で処理オーバーして知恵熱を出すようなことにはならなかったが、目の前にいる既視感バリバリの人物たちについてはどうしても考えないではいられなかった。


 イーサンは、あの乙女ゲームのメインの攻略対象だ。

 そしてヒロインの前に立ちはだかる、悪役令嬢のエリス嬢。


 思春期真っ只中の十四歳……中二な頃に婚約とか、もう正直、運命があのゲームに向かって動いているような気がする。

 中二の男子に優秀で大人びた同い年の令嬢なんてあてがったって、照れまくって上手くいくわけないよなあ。

 それで、あれか、愛はなかったとか言っちゃうわけか。


 これについては他人事でもない。

 僕、アーノルド・ディネイザンも攻略対象だからだ。


 イーサンの学友たちは皆そうだ。

 僕と他の攻略対象たちは、あのゲームの通りに進んでいくなら、決まった婚約者も持たずに乙女ゲームに臨むのだろうが……


 それもなんだか不自然な話だ。

 家同士の都合で婚約をする者は、この国の貴族では多い。

 男でも、早婚なら学園に入る前に結婚なんてこともある。


 そんな世相で王子の取り巻きが誰も決まった相手を持たないってのも、奇妙だが……本当にそうなるんだろうか。


 そうして僕は前世を思い出した十四の歳から、この世界が乙女ゲームに向かって動いていくのか、そうでないのかを繰り返し考えていた。

 乙女ゲームの始まる、十八の歳まで。


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