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帰 還

0820時 デバステイターコックピット内


一体何が起こったのか、一瞬ではあるがスミスの行動は停止せざるを得なかった。

“ルースター”が消えた?

そう思わせても仕方のないような事態だったのだ。何せ回避行動を取ったはずのVAがまさか横転するとは考えていなかった。FCSですらもあまりの変化に一瞬目標へのロックを解除してしまうものだった。だが、敵が無防備にこちらの銃口を見ていてくれる現状はこの上ないチャンスである。

映画などではこれ幸いにと何かしらの口上を述べている間に反撃を食らうのがオチではあるが、生憎と生粋の軍人であるスミスにそんな趣味はなく、彼はすぐさま“ルースター”を再度ロックすると、迷うことなく引き金を絞った。

だが、彼の予想外であったのはその一瞬のうちに空中から接近した別のPREF機が投げた盾によって、自身が放った弾丸が妨害されてしまったことである。

「何?」

思わず叫び、レーダー画面を見ると、先程まで接近中であったヘリコプターの指標から別の指標が切り離されている。

なるほど、VAの空輸のために接近していたと言うわけか。

そして、そのVAは見事に“ルースター”が倒れこんだ一瞬を狙って彼を助けることに成功したという事だな。

合点がいったスミスは、倒れこんだ“ルースター”に止めを刺すべきか、新たに接近しつつある敵影に対処するのが先かを考えたが、どうやら新たに接近しつつある敵はこちらにそんなことを考えさせる余裕を与えないようにしているらしい。

ロックされたことを伝える警告音が流れるのとほぼ同タイミングでこちらに向かって徹甲弾が飛来する。先程までの“ルースター”の当たらないような弾丸とは異なり、こちらは確実に当たる軌道で発射されている。本腰を入れて回避するしかないようだ。すぐさま彼は倒れこんだ“ルースター”を無視し、新たに登場した敵影に対処することを一義目標と考えた。



サイフタイプπコックピット内


何とか間に合った。

その一念だけだった。

「おい、相棒。まだ生きてるか?」

半ば苦笑のように隼人に問いかけるフェイだったが、無線からの返信はなかった。

「オイ!隼人!返事しろ!」

空電すらも返さない無線に対して不安感が募る。まさか、という言葉が胸を満たしていくが、彼にそれを悠長に確かめている時間はなかった。どうやら奇襲から立ち直った敵がこちらに標的を変更したのか、コックピット内にロックオンを警告する音声が響き渡ったのである。

「ちっ!」

舌打ちと共に彼は機体を急速旋回させ、ガルーダへの接近を諦めざるを得なかった。

仮にガルーダの近くで戦闘した場合、流れ弾で損傷を起こしてしまうかもしれないし、敵に心理的な人質として利用される恐れがある。

ともかく、こちらの最優先目標が隼人の保護であることを感づかれればおしまいだ。そう考えたフェイはすぐにガルーダの近くに落ちた盾を回収するや、ジャングルの中を疾走する敵を追撃し始めた。何が待っていようが構うものか、隼人さえ助けることが出来れば良いんだ!

彼は出力レバーに伸ばした右手を再び握りなおした。



デバステイターコックピット内


まさかの敵増援に対してスミスは逡巡していた。

ここであのTVFー18の派生機を倒すことは可能だろうが、そうしてしまった場合おそらく時間的な関係から“ルースター”を仕留める事が出来なくなる可能性がある。現に、こちらは “ルースター”から距離を取らされている。

おそらく敵の狙いは“ルースター”の保護だろう。その目的は既に達成されつつある。

こちらが囮になって味方歩兵部隊に“ルースター”を仕留めて貰おうかとも考えたが、生憎とGPS反応を見る限り、どの部隊も撤退までの時間を考えれば到底間に合う距離とは思えなかった。

本部に上申して撤退までの時間を延長させることが出来ればそのような事はないのだが、今回指揮を執っているのは自身の直近の上司であるジャック・ライアンだ。

合理的思考では行動しないと分かっている上官に何を言ったところで無駄だろう。

本来なら報告すべき“思考”ではあったが、そんな事を言ったところで時間の無駄でしかないし、プライオリティである“任務の遂行”に対する障害に成りえる事を考えるならそのような思考はなかったこととして処理するのが妥当だろう。

ならば、少なくともこの一機を仕留めておく事で今後の撤退作戦が優位に進むようにしておくのが現状の自身に出来うる役割であろう。

さて、そんな敵はレーダー画面を見る限りまだこちらを追走している。

そろそろ、攻撃に移っても問題はないだろう。

そう考えた彼はFIM―92Fの信管設定ウィンドウを呼び出し、貫通衝撃信管モードを手動設定によってオフにし、時限設定を上書きした。



サイフタイプπコックピット内


突然敵が止まり、こちらの方向を向き直った瞬間、フェイは考えるより先にチェーンガンの引き金に手をかけていた。本来ならば回避行動に移るべきところではあったが、ジリ貧の考え方を嫌うフェイは何の躊躇もなく敵を殺しにかかっていた。

その考え方は本来ならば失策であるのだが、今回は成功した。

敵は肩部に設置されたミサイルを発射することに専念し、こちらが発射した弾丸によって発生する被害を考えていなかったのだろうか、ともかく彼の放った弾丸は敵のチェーンガンに見事に命中し、その姿を一瞬のうちに見るも無残なものへと変容させた。

良し、と喝采を上げようとしたフェイであったが、手元の武装を破壊されても尚目的完遂を試みる敵は肩部からミサイルを2発発射してきた。

慌てて回避行動に入ったフェイだったが、ガルーダ程の機動性を有していないサイフタイプπが近距離からのミサイル攻撃に対処しきれる訳は無かった。

一瞬の喜びの後に訪れた絶望に覚悟はしていたものの、フェイは体中から血の気が引くのが分かった。

だが、その感触を味わったのはほんの一瞬だけだった。百数十mの空間をほぼ一秒以内に横切ったミサイルが眼前に迫り、そのまま機体の両脇を擦過といって良い位の近さで掠めていったのだ。本来ならば貫通衝撃信管であるスティンガーだ。それが目標に当たらずに通り過ぎる等有り得ない。その理屈を補強するかのように、外れていったスティンガーは遥か後方で勝手に自爆した、ように感じた。

軍事的な知識があれば、信管が時限式に切り替えられたであろう推論を抱き、そこに理由を見出そうとするだろうが、そういった知識を全く有していないフェイは単にミサイルが目標を外しただけであると考えた。

これは願っても無いチャンスに違いない。絶望から即座に立ち直ったフェイは現状を棚ボタ的に訪れた本日最大級の幸運だと感じた。彼はミサイルを放った後に急速反転しこちらと距離を取ろうとしていた敵機に対して再度狙いを定めると、一気に引き金を絞った。



デバステイターコックピット内


後方の敵からの攻撃が尽く直撃したことに対してスミスは驚きを隠せなかった。

馬鹿な、と自分らしからぬ悪態が脳裏をよぎるが、少なくとも今はそんなことよりもこれ以上の直撃による被害を最小限にするほうが先決だ。

このYVTA―13αの背面装甲は大部分の均質圧延装甲と重要箇所の複合装甲とのミックスで構成されている。

まだ機能に対して直接の被害を生じさせるような被弾は無いが、このまま事態が推移すれば確実にそういった一撃が発生する。そういった事態を避けるべく彼が採った方法は敵に対して正面を向けながら徐々に後退するというものだった。

この状況で牽制の為の弾幕が張れれば最適なのだが、生憎と手元に残された火器は肩部のFIM―92Fが一発限りだ。やはり先程後退の為の眼くらましで時限信管設定した二発を単にばら撒いたのが失敗だったとしか思えない。

まさか敵がこちらの眼くらましを読んで、ああも的確な対処を行うとは思っていなかった。反省に向きかけた思考であったが、スミスはその思考を強制的に遮断した。

そんな事は終わった後で考えれば良いのだ。

手持ちの装備で使えるものを探し、その上で戦術を起案するしかない。正面の複合装甲に何発も着弾していく中で彼は手元のディスプレイを見やり、損害状況のチェックと同時に周辺情報の収集を始めた。



 『希望』CIC


「ガルーダからの信号が消えた?!」

技局の担当官からの言葉に河野は驚きを隠せなかった。その驚き様が凄まじかったのか、技官は慌てて訂正をした。

「いえ、信号そのものが途切れたのではなく、内燃機関の停止信号を受信したということです」

同じようなものではないか!?

河野は鼻息荒く問い返そうとしたが、彼の元にはそれだけではなく多数の情報が集約されてきていた。

「タイプπが敵VAと交戦中!かなり押してます」

「敵歩兵部隊が後退を始めているようです。ロメオ01から追撃に関する許可申請です」

「ホープ02より弾薬補給のための一時帰艦許可申請です」

戦況が変わりつつある。

伝えられる言葉の端々からそれを感じ取った河野は、矢継ぎ早に指示を出していた。

「ホープ02はガルーダ直上に待機し周辺走査、およびガルーダの状況把握、追って帰艦させろ。ロメオ隊は敵を追うな。ガルーダとホープ61の墜落現場に分散して急行させるんだ。タイプπにも深追いは厳禁だと伝えろ。全部隊はガルーダの援護が最優先だ」

敵の主目的がガルーダであると想定される以上、こちらは動けるうちに戦力をガルーダ周辺に展開させるべきだ。増してや肝心のガルーダがどういうわけだか内燃機関を停止させている以上、そこを基点に防御線を構築する必要がある。

いよいよ以って本格爆撃か機甲部隊が必要になってきたな。

戦況がどう変わっていくか、それが最大の問題だ。



同時刻 ブリトゥン島特殊作戦キャンプ


撤退の準備は滞りなく進行していた。

既にアンボンの本部とも連絡がついたのか、モルッカ解放戦線のメンバーを伴いキャンプそのものの引き払いを手際よく行っていた。

基地撤退という恐れていた事態が見事に発生してしまった事で自身の組織内での立場が危うくなると考えているであろう地元ゲリラの心中をほんの少しだけジャック・ライアンは慮った。

だが、だからといって撤退そのものに異議を唱える輩は一人としていなかったし、作業そのものもなんら問題は無い。恐らくは“ルースター”を活動停止に追い込み、かつシーホーク一機を撃墜したという“戦績”―いずれも我々だが―によってこのキャンプの引き払いを差し引いてもまだ貯金が残ると踏んでいる為だろうか?

そうだとしたら何とも甘い考えだ。

特殊作戦に従事してきた年数は少ないが、彼は士官学校時代に習った戦史を思い出していた。

ベトナム戦争時、地元部族と共闘していた米特殊部隊員達はベトコンに襲撃されて5分以内に迎撃可能かどうかを判断した。仮に迎撃が可能ならば徹底的に粘り、全力を以ってベトコンと対峙する。しかし、仮に迎撃が困難であると考えられた時は一本の無線を行う。ヘリの要請だ。そしてやって来た一機のヘリに特殊部隊員が搭乗し、全力でその場から退避する。無論、部族には『仲間を呼んでくる』と告げてだ。だが、その仲間は決して来ることは無い。

自国兵士の命こそが政府の守りたい物であり、インドシナ半島の中で一つの部族が滅んだところで自身らにはなんら痛みは無い。事態の行く末が何となく見えた彼は腰のホルスターに入れてある拳銃の安全装置にそっと手をかけていた。



サイフタイプπコックピット内


「深追いは避けろ、か。確かにな」

フェイは、たった今管制官に告げられた命令を口の中で復唱していた。現状で敵VAの脅威は殆んど無いと言っても過言ではない。持っていた武装は破壊したし、肩部のミサイルも先程見た限りでは残り一発といったところだった。

それならば隼人を守るという観点で判断すれば自分は敢えて攻めこむのではなく、守りに徹した方が良いだろう。目の前のディスプレイ上のレーダーでは、敵と自身との距離も徐々にではあるが引き離されつつある。

ここら辺が潮時かもな。ひとりごちたフェイは直ちに機体を反転させると全力で隼人の元へと急いだ。



デバステイターコックピット内


こちらを追走していたVTF―18が何かしらのアクションをとるであろう事を想定し、スミスは数パターンの戦術を起案していたが、その選択肢として相手の撤退があるとはあまり考えていなかった。

確かにそれは戦術としては納得出来るものではあったが、少なくとも自分ならば先ずは目の前の敵機を仕留めた上で撤退する。深追いという形になり孤立するリスクはあるが、少なくとも脅威レベルの低下している相手を目の前にして放っておくというのは何かしらの考えがある為だと思えた。

CPから連絡のあった固定翼機による爆撃があるという事か?

その為に距離を取っているとすれば非常に厄介だ。

こんなジャングルでナパームの類でも使用されれば歩兵は勿論のことこちらもどうなるか分かったものではない。残弾もない以上こちらも早々にこの場から撤退する他ない。

思いもよらない幕切れに若干の歯がゆさを覚えながらもスミスは敵に向けていた正面を反転させ、最大戦速でその場から離脱していった。

「こちらスクランブル1。再合流ポイントは事前決定のいずれか?送れ」



0900時 『希望』CIC


2時間程で終わった戦闘はどちらかといえば短い部類に当たる。長丁場になれば一旦休戦に入るまで四、五日継続する事もざらではない。

被害にしても軽微といって問題ない程だ。確かにヘリ一機の墜落は大きかったが、流れとしてはもっと負傷者が拡大すると思っていただけに数的には受け入れ難いものではない。しかし河野はそれでも墜落したホープ61へ向けたCSARからの一報を一縷の希望と共に待っていた。

全員死亡か、あるいは・・・。

また、それらに並行して先程発艦させた機甲部隊を動員しての残敵捜索がどのように進むかも気がかりだった。どういう訳だか急にこちらの前から撤退したのは何かの事情に因るものなのか、あるいは罠か。河野はまだ判断を保留させていた。

だからこそ渋る軍令部5課長を口説き落とし、偵察飛行の名目でSu―33を出撃させ、且つ10式戦車を含む戦闘車両を中心とする増援を島へと派遣した。

やり過ぎだとしても構うものか。内心で吐き捨てた河野の元にCSAR部隊からの通信が入った。

「こちらリリーフ01。ホープ61乗員を発見。生存1名、行方不明1名、KIA・・・3名。送れ」

五人中一人生存、一人でも生きていたという事実にCIC内部では重苦しいながらに安堵したため息が漏れる。

「生存者の氏名およびIDを送れ」

管制官が引き続きCSAR部隊と交信するのを横目に見ながら河野は他のセクションへと眼を移した。

「河野中佐、XTF―25についてですが」

技局の高野だった。そういえば、この男は一度格納庫に下りたきりでCICにいなかったのではないか?

小さな疑問が頭をよぎるが、今はそんな事を言っている状況ではない。

聞く用意があることを眼で告げると高野は手元のメモに目を落としながら続けた。

「被弾したのは24式電磁投射砲のみ。他は傷一つ付いていませんでした。しかし、内臓の燃料電池が上がってしまい、自力での帰艦は困難。充電を試みようにも燃料の空輸では時間がかかる上に燃料の爆発の可能性も上がってしまいます。そこでお願いなのですが・・・」

「ヘリで引き上げる。もしくは機甲部隊を運んだLCACで輸送する、といったところでしょう?手配しておきます」

自分の後を引き継いだ河野に満足したのか、高野は一礼して下がろうとした。しかし、そこで河野は一つ気がかりを思い出した。

「パイロットはどうでした?」

「え?ああ、確か生存のはずですよ、電池切れで転倒した際に気絶したとか」

聞かれてようやく思い出したのか、それとも敢えて無視していたのか、どうでも良い事のように高野は続けた。

「全く、良い迷惑ですよね。初陣で挙げた勝利を早くもイーブンにしてしまった。これじゃあ議会やユーラシアからまた批判を受けることになりますよ」

心底そう思っているのだろうか?先日まで一般人だった少年に一体何を期待するところがある?いや、それ以前にまずは生存していた事に対する喜びがあるべきではないのか?

河野の頭の中には疑問符というオブラートに包まれた怒りが次々と湧いてきた。機械さえ無事なら良いってのか?河野は思わず口に仕掛けた言葉を必死に飲み込んでいた。



同時刻 サイフタイプπコックピット内


実質的な戦闘停止から数十分が経過し、ようやっとフェイは自分がどれだけ危ない橋を渡っていたかを実感した。幸い隼人も自分も五体満足である。隼人に関しては意識はまだ戻っていないものの、救助に来た隊員は主だった外傷がないのでおそらくは問題ないだろうとの所見が出した。

無論、精密検査をしなければ何とも言えないだろうが、少なくとも機関銃でミンチにされていない以上、希望はいくらでもある。自身にとって最大の目的であった隼人の救出が行われ、味方の増援が来、敵も引き上げた。

その事実だけでフェイは安堵のあまり脱力してしまいそうだった。

そんな中で一本の無線が入った。

数km先に敵の本部らしきキャンプが発見されたらしく、偵察してもらいたいとの事だった。フェイは反駁しかけたが、管制官の間髪入れない次の言葉で、反論の糸口を失った。

「黒煙があがっている。遠目だが、多数の人間が倒れているそうだ。・・・仲間割れの可能性もある」



0920時 ブリトゥン島特殊作戦キャンプ


直接足を踏み入れたロメオ隊とかいう歩兵部隊の言葉を借りるのなら『酷いものだ』の一言に尽きた。

殆どの建物には火が放たれ、眼下には何によってなされたのか、遺体とも肉片とも取れない物体が其処彼処にごろごろと転がっていた。

ヘリ部隊も今しがた到着し、状況の確認を行っているが、先程までの戦闘時にはこのような光景は確認できなかったと言っている事から、この虐殺―そう呼ぶに余りあるが―がついさっきに行われたであろう事は想像に難くなかった。

今にも吐き出したい気分を堪えながら、フェイは周辺に敵が残っていないかを警戒した。アイボールカメラで下を見なければ臭いも呻き声も感じなくて済むコックピットにいる自分はまだ恵まれている。



同時刻 ブリトゥン島・バンカ島連絡橋入り口前検問


今日はやけにバックパッカーが多いな。そんな感想を抱きながら検問を守護する警官は連絡橋に向かおうとする車を一台ずつチェックしていた。

何やらPREFの連中がゲリラ掃討戦を南部で行うと署長から先程通達があったが、そんなものは島にいる人間なら誰しもが言われずとも承知していた。

何せ朝一でヘリがあれだけの数で飛び回っていたのだ。気付かない方がどうにかしている。増してや噂ではその内の一機が落とされたらしい。ゲリラの連中もやるものだと内心で感心しながらも自身の職務を再認識した彼は上司から渡されたゲリラの主要構成員と思われるメンバーの顔写真と車の中にいる人間との顔を比べていった。

「パスポートは?」

4人乗りのセダンに乗った白人の集団が次の対象者だった。今朝からの出来事に驚いて慌てて島を出るところだと告げる運転手を尻目に警官は車内の人間を一人ずつ見ていった。少年らしき白人、泥の付いた眼鏡をかけている白人、ボディービルダーと間違うような白人。全員が白人だ。パスポートの国籍はカナダか。

手元のリストにはポリネシア系の彫りの深い男たちしか写っていない。早くも対象外と見切りをつけた警官は一応の確認としてトランクを開け、中にやけにごついスーツケースが数個あるのを確認しただけで通行許可を出した。何せ後ろには同じように白人だ黒人だののバックパッカーらしきお気楽な連中を乗せた車が何台も閊えているのだ。こんな仕事さっさと終わらせてしまうに限る。



同時刻 『希望』CIC


生存者見当たらず、という連絡がゲリラキャンプ跡からもたらされた時、河野以下幹部陣はさして驚かなかった。

ヘリカメラから回された映像を見る限りでは原形を留めている死体は少なく、且つ留めている死体であっても頭か胸を一発打たれただけであろう事が想像に難くない出血の仕方であった。

「さしずめ証拠隠滅って所ですか?」

ウォンの一言は耳に障ったが、言い得て妙だとも思った。

あそこにいた何者かは自身らと彼らとの繋がりを完全に絶つ為にここまでの暴挙に及んだのだ。果たして何人の遺体が確認できるやら。河野はミンチを一々確認することになるであろう者たちの気持ちを慮った。

それはそうと、これだけの人数を短時間に殺害したのだ。おそらくは大口径で速射性の高い武器を使用したに違いない。となればこれまでの戦況から考えるにVAが使用されたであろう事は容易に想像が付く。近くに潜伏しているのではないだろうか。

河野は不安を拭い去れなかった。尚、これは後々になって分かったことだが、この時点で既に司令部らしき建物と共にVAは(おそらく)自爆していたのだ。

まさしくウォンの言うところの『証拠隠滅』というやつだった。



1700時 希望艦内医務室


隼人は背中に当たる床がやけに固いのが気になり、そっと眼を開けた。知らない天井だった。

ここは何処だ?

口に出そうとする前に何者かが抱きついてきた。

ギュッ、という擬音がしっくり来るようなハグに眼を白黒させる隼人だったが、その驚きの半分は彼の顔を挟み込む豊潤な胸によるものだった。

半日ぶりに出会うジェーンは泣き腫らした顔の上から更に涙を重ね、しゃくり上げるかの様にひたすら「良かった」という言葉を繰り返した。

起き抜けの隼人は何がなんだか状況が分からず、ただただ慌てるばかりだった。

看護師がそっとジェーンを引き離し、呼吸が自由になった隼人はようやく自身がおかれた状況を知覚し始めた。

「天国?」

「惜しい!船の医務室だ」

横から聞こえた懐かしい声に振り向くと、上から見下ろすかのように立っているフェイと、その横にそっと寄り添うワンの姿が眼に入った。

「地獄って感じでもないな」

「少なくとも世間一般の男は女教師の胸に顔を埋められた状態を天国と感じることが多いらしいな」

ニヤニヤしながらジェーンを見やったフェイと、すばやくその太腿を服越しにつねるワン。イタタと本気で痛がるフェイを見、隼人は自分の置かれた状況を再認識した。

生きてる。・・・俺、生きてるんだ

心の声が現実の声とリンクする。

「そうよ。あなたは生きてるの」

そう言ってジェーンが再びこちらに抱きついてくる。

今度は先程とは違い、そっと彼を包み込むかのように。

「辛かったでしょう?怖かったでしょう?近くに居られなくてごめんなさいね」

まるで母親が話すかのような内容だ。女性に泣きながら抱きつかれ、更にこんな台詞を言われて喜ばない男は少ない。

隼人はこみ上げる感情を必死に押し殺しながら、どう答えるべきかを考え、・・・困ってフェイを見やった。

経験不足の少年には適切なボキャブラリーが見当たらなかったのである。

そんな親友を見返したフェイは、未だにつねるワンに痛い痛いと言いながら、口だけを動かしてこの場に最も良い言葉を教えた。

隼人は眼を輝かせ、教えられた通りにその言葉を口に出した。

「ただいま」

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