回 避
0715時 ブリトゥン島内ジャングル ブリーズ2分隊
PREF軍の兵士達を約200m先に捉えつつも、グリーンベレーに属する彼らは決して自分から動こうとはしなかった。
自身らの持つM4カービンの射程距離が約300mであることは重々承知しているが、ジャングル内でそんな中距離からの攻撃を仕掛けたところで、それは自身らの位置を相手に知らしめる以外の効果を持っていない。
もちろん、きっちりと狙いを定めた初弾を命中させるだけの技能は持っているが、彼らの技能の本質は対象を確実に仕留める“射撃技能”ではなく、対象を確実に仕留めるまでの距離へ近寄る“接敵技能”なのだ。何より、今回は敵側の機甲兵力として30mmチェーンガンを構えた新型VAがいるのだ。手持ちの対戦車ミサイルの残弾などを考えれば、極力近くまで引き寄せた上での奇襲による必要がある。
その考えは地元ゲリラに対しても徹底され、決して自身の判断で勝手に発砲せず、その場にいる最高位の者の命令を待つことが絶対とされた。
そして、その中で命令権限を持つグリーンベレーの一等軍曹は今か今かと敵が近づくのを地面に伏した状態で待ちわびていた。
「現在、目標まで215ヤード」
横にいる双眼鏡を構えた観測手からの言葉に指揮官は黙って首を振る。
「エンドラインまで来なきゃタッチダウンは出来んさ」
つまり120ヤードまで引き込むことを暗に示した指揮官の言葉に観測手は「一発でトライでも狙ってるんですか?」と愚痴を返した。無論、その言葉は唇をほとんど動かさず、且つ出す声量も極限まで絞った中での会話であった。
「キックが外れそうなんだ、仕方あるまい」
それにしても待ちすぎだ、内心で観測手は愚痴を更に溢さざるを得なかった。通常ならば自分らはとっくに戦闘状態に突入し、今頃は一発の対戦車ミサイルを発射してからの移動を行っているはずだ。もしこのまま相手を近寄らせれば、間違いなく陣地変更は不可能になる。それはつまり、全滅へのカウントダウンに他ならず、最悪の結末を想像した観測手は自身のすぐ脇においてある対戦車ミサイルへと意識を移した。
彼にとって不幸だったのは、その意識を移すというわずかな動きが状態を保持していた双眼鏡にまで影響してしまったことだ。微妙なブレを見せた双眼鏡のレンズは地上へと燦々と降り注ぐ太陽光を一瞬だけ反射させた。そして更に不幸だったのは、150m先を行軍するPREF兵士がその反射に気づいたということだ。
ガルーダコックピット内
小隊の先遣として本隊の数十m先を行く伍長が確かに右前方で何かが光るのを確認したとの情報が隼人にもたらされた。だが、南米のジャングルと異なり、群生している木同士の間がかなり開けているアジア風ジャングルの中ではそういった反射光などが全くない訳ではない。
自身の五感が信じられない訳ではなかったが、伍長は隊長を経由してガルーダのカメラによる確認を求めたのだ。
要請区画の通常画像解析を行いつつ、彼は念には念をの意味を込めて、同じ箇所に対して赤外線走査を行った。周囲が既に朝焼けによって温められ、結果はいまいち分からなかったが、彼は画面の一部に何か奇妙な違和感を覚えていた。
「何でここだけ、色合いが斑なんだろう?」
画面上に指を置きながら考えていた隼人に対してガルーダの搭載コンピューターからの応答が答えを出した。画像解析の結果、赤外線モニターで彼が気にしていた箇所が拡大され、そこには間違いなく、腹ばいに伏した人間がこちらを双眼鏡で伺っている様子が見て取れていた。
「ヴァルキリー1より全隊へ!敵を補足!距離170m!右前方の大樹の陰!」
通信の規定も何もあったものではなかった。彼は送信機に対して思いっきり叫び、瞬く間に歩兵は敵を視認した。
『各員は周辺走査をもう一度行え!囲まれてるかもしれないぞ!偵察班は威力偵察を敢行!ヴァルキリー1は直ちに戦闘態勢へ!』
歩兵部隊指揮官から矢継ぎ早に指示が出される中で、隼人の指は既にガルーダの装備する30mmチェーンガンへのトリガーへと掛かっていた。
頼むから、俺に撃たせないでくれ、と内心に祈りながらも彼の心の一部は敵の動きを冷静に観察するようにも働きかけていた。
ここで奴らが撃ってきたらすぐさま回避して、発射地点周辺に30mmチェーンガンを叩き込んでしまえば良い。いや、もっと簡単にTLSを散布するというのも手だ。機甲兵器の装甲を簡単に切断できるレーザーなら人間なんて簡単に切れるだろう。むしろ先に撃ってしまってはどうだ?そうすればこちらが撃たれる事もない。そんな恐ろしい考えが彼の脳裏を徐々に占めていった。彼の手はそんな主人の思いを反映してか、小刻みに震え、今にも引き金を引いてしまいそうだった。
同時刻 ブリトゥン島内ジャングル ブリーズ2班
敵歩兵の動きを観測していた観測手は敵が何かに対して備え始めた瞬間を見逃してはいなかった。
「軍曹、どうやら感づかれたみたいですね。敵が周辺警戒態勢を取り始めました」
そして彼は、敵の内の何人かがこちらに対して銃口を向けようとしていることにも気づいた。
「敵、こちらに銃口を向けています!」
観測手からの言葉を待つまでも無く、敵がこちらの位置を掴んだであろう事を感じ取った分隊長は即座に指示を出した。
「各員は直ちに所定を開始!“ルースター”に対して一斉発射しろ!」
その言葉を聴いた観測手はすぐに傍らの対戦車ミサイルを担ぐや、その役割を観測手から射手へと変化させた。分隊長は少し引き付け過ぎたか、という疑問が頭をよぎったが、その分ミサイルは当たりやすいだろうと考え直した。
その思いに応えるかのように、横の射手は躊躇することなく、肩に構えた全長1.5m弱のミサイルの目標設定を即座に始めた。彼が担いでいる対戦車ミサイル、FGM―148、通称ジャベリンは最初の目標設定さえ済ませてしまえば、後は簡単なものだ。俗に“撃ちっ放し”式と言われる自動追尾型のミサイルは、射手が引き金を引く際に入力した目標に対して、自身で経路を考え、更に赤外線を自身で発信することでほぼ確実に近い精度で目標に命中する。
射手が“ルースター”を目標として設定し、その引き金を引いた瞬間、ミサイル本体は発射機からの電気的信号によって最後尾に備えた燃料に点火し、発射機から猛スピードで飛び出していった。
ミサイルは迷うことなく、木々の間をまっすぐに突き進んで行った。時速が200kmにもなる対戦車ミサイルはその所定の効果を果たすべく、170m強の距離をそれこそ一秒にも満たない一瞬のうちに直進し、目標に当たるものかと思われた。
30秒前 ガルーダコックピット内
ミサイルが発射されるであろう事を感じ取った隼人は、最悪に備えてガルーダを歩兵から離しておこうと考えた。被弾するにせよ回避するにしろ、自分の足下に歩兵がいたのでは安心して戦えないと考えたのだ。彼の考えは今回ある意味で敵の動きを呼んだ行動だったと言えるだろう。
彼は敵が引き金を引いた瞬間、まさにその瞬間にガルーダを横に数m移動させたのだ。無論、時速200kmのミサイルは秒速に直せば約555mだ。そしてガルーダと敵との距離はおよそ170m。
隼人の行動によって、発射された直後のミサイルはガルーダのすぐ横を通過するだけになってしまった。経路変更する時間さえなかったのだ。
白い噴煙を残しながら一瞬のうちに自身の横を掠めて行ったミサイルによって、隼人の興奮は一気に高まった。
このままじゃマズイ。あんな近くから撃たれたらとてもじゃないが、かわせる訳がない。彼の興奮を一層高めるかのように、周囲の中でも一際大きな木に衝突したミサイルが爆発炎上する。鳥が飛び上がり、動物たちが騒ぎたて、爆炎で周辺の湿った草木が黒い煙を巻き上げる。赤道直下独特の鳥達の耳に残る鳴き声が爆発音に負けず劣らずとジャングル中に響き渡る。
そんな映像と音声をモニター越しに捉えた瞬間、隼人は即座にスラスターのレバーを最大にまで押し込み、一気に最高出力を搾り出した。
ともかく撃ってきた方向に対して距離を取らなければならない。
その一心で彼は自機を反転させ、敵勢力と離れようとした。一瞬の噴射で数百mは離れ、スラスターの勢いを落とす。
まず状況の確認をしなければ、そう思って通信を開こうとした瞬間だった。
今度は、彼のちょうど真横から赤外線照射を受けることになった。
サイドビューモニターからは真っ白いミサイルがこれまた真っ白な噴煙を引きながら迫ってくる。いや、隼人自身の目では迫ってくると言うより、もう当たる一瞬前と言った状態だった。
幸い、赤外線照射に対して反応していたガルーダの自律操縦プログラムによって機体は再び自身を前進させた。急速な加速運動に対して隼人の体にはかなりの負荷が生じたが、機体にとってそんなことはどうでも良い事であった。
ミサイルもまた、急激な加速を行ったガルーダに対応しきることが出来ず、その巡航速度のまま、またしても機体後部を掠めていった。
ブリーズ2班
『ミサイル、“ルースター”に命中せず!繰り返す、“ルースター”に被弾は認められない!』
『敵歩兵部隊こちらへ発砲開始!応射開始します!』
なんていうことだ、というのが分隊長の偽らざる気持ちだった。
2発の、それもほとんど同時と言って良いようなタイミングで行ったミサイルによる十字砲火に対して一切の被弾を避けて見せるとは、とてもではないが人間業とは思えなかった。
これで自分たちの手元に残った対戦車ミサイルは合計3発。明らかに奴を仕留めるには足りな過ぎる。なら自分たちは何をする必要があるのか。自分たちで仕留めることができない以上、その始末を誰かにお願いするのは当然の考え方であるが、そのために自分たちに出来ることは一体なんだ?
一瞬考えに困った分隊長だったが、すぐに彼は一定の結論に至った。
本部へ連絡して他の部隊に任せるしかあるまい。こちらは目の前にいる主力歩兵部隊を足止めしなければ、VAと歩兵の共同運用をさせてしまうことになってしまう。
瞬時に戦術を練り直した分隊長は直属の隊員と指揮下にある現地ゲリラであるタンゴ2小隊へと矢継ぎ早に指示を飛ばしていった。
「各員へ連絡。ジャベリンは極力温存だ。俺からの命令があるまで発射を禁ずる。タンゴ2は敵歩兵部隊への攻撃を続行。挟み込まれないように注意しろ。・・・タンゴ2を基点としてブリーズ分隊員は敵後方へと回りこむ。“ルースター”が敵本隊と離れた今を狙って歩兵部隊に集中砲火だ。グレネードだろうがなんだろうが惜しみなく叩き込んでやれ!」
『了解!』
勢い良く返事を返したタンゴ2指揮官は指示通りに敵主力歩兵部隊に対してのRPG―7などを用いた一斉砲撃を開始した。
これで少し時間稼ぎが出来る、と内心に呟いたブリーズ分隊長は本部へと通信を回していた。
「CP、こちらブリーズ2。状況はイエロー。こちらへの増援を要請する。現在我が隊はタンゴ2と共同して敵歩兵部隊に主敵を移行。“ルースター”との引き離しに掛かる。送れ」
『ブリーズ2、こちらCP。ストーム班がそちらに急行中。“ルースター”に対処する。貴隊はそのまま敵歩兵部隊に対して攻撃を続行せよ。送れ』
本部からの指令を受けて、彼はすぐに了解の答を返した。正直な話、デルタの連中に美味しい所を持っていかれることに対して苛立ちが無いわけではなかったが、自分たちで処理できない問題が頑として存在する以上、誰であってもその問題を処理できるであろう人材にその処理を委託することは何ら問題のあることではないだろう。
実用主義的な軍人としての思考回路で、すぐさま自身を納得させ、彼は目の前の歩兵をどう処理していくべきかという課題に取り組み始めた。
ガルーダコックピット内
続けざまに何度も、それも毎回別方向への加速によるGに襲われた隼人の体はかなりの負荷に晒されていた。一瞬、喉仏の辺りまで何かがこみ上げて来る感覚があったが、まだエチケット袋のお世話に成るほどではなかった。
ここまでの波状攻撃を受けてきた隼人はまたしてもどこかからの攻撃があるのではないかと考え、すぐに周辺の安全確認を行いつつ、いつでもスラスターを全開できるような準備を整えていた。
次こそはやられただけでは済まさない。連中に一矢報いる位でなければ、ジリ貧に追い込まれてしまう。どこだ?!どこから狙ってくる?!
自身の正面にあるHMDからしか画像情報が得られないというのに、彼は密室のコックピットの中で周囲をキョロキョロと見回した。ともかくは状況を整理しなければ、という思いから彼は現在自分が島の中でどの位置にいるのか、そしてこれまでの攻撃はどの方向から行われたのかをサブディスプレイに表示させた。
「今俺がいるのが島の南岸付近。最初上陸したのが南西部だから、・・・攻撃にあったのはココと、ココか・・・」
ディスプレイを指差しながら、彼は何か厭な予感を感じた。
「攻撃地点が十字砲火の方向にあるって事は、まさか」
囲まれている、という発想が脳裏をよぎった瞬間、その予感が的中したことを告げる一発の音がコックピット内に響いた。
「ミサイル接近。オートアボイダンス、エマージェンシーモード」
警告音とともに彼は機体管制が自律プログラムに持っていかれるのを感じ取った。
「ばかっ!それじゃあ反撃が!」
文句を言えたのもそれまでだった。彼の体はまたしても強烈なGによってシートへと叩きつけられることになっていた。
なんとか、こいつをキャンセルできないのかよ!
自動で物理攻撃を回避するというガルーダの長所は、連続的波状攻撃を前にして隼人にとって最悪の短所と化していた。
ストーム班
現地調達のバンを用いてブリーズ2班の近くまで接近したデルタフォース8名は、車内からルースター”を視認するや、半分の4名が直ちに降車し、近くの草むらに伏せ、迷うことなくジャベリンを一発放った。残りの4名は、下車班の降車を確認後すぐにバンを発進させ、“ルースター”を横目に見ながら、なるだけ奴の進路上に位置するような狙撃地点を探すべく周辺走査に乗り出していた。
『駄目だ!またかわされた!“ルースター”東へ100m移動!』
『クソったれめ!ありゃ戦闘機クラスの機動力だぞ!』
無線からの声に混乱を感じ取った班長はすぐに部下たちの動揺を鎮めようとした。
「無駄口を叩くな!・・・ジャベリン残弾は?」
無線で別働隊に問いかけつつ、自身の率いるメンバーを見やった班長は手元にある対戦車ミサイルの数が4本であることを見て取った。
『先ほどの攻撃で一本消費。残弾3』
班長の一括によって冷静さを取り戻した別働隊からの報告は彼らの本来のスタンスである冷静沈着を体現したかのようなものだった。
「・・・よし。お前らは“ルースター”をそのまま背後から追撃。グレネードで足元を崩すことを狙え」
『了解』
通信が切れたのを確認した班長はバンの運転を担当する伍長に対して新たな指示を出した。
「 “ルースター”の進路上に先回りして、クレイモアを仕掛ける」
「クレイモアですか?歩兵戦闘車程度の装甲相手では、なんら効果がないと思いますが?」
部下からの質問に対して、班長は前を見据えたままで返答を返した。
「地面に設置するわけじゃない。ある程度の高さに置いて、関節や頭部の機器を潰すのさ」
部下は納得の表情を返したが、班長の頭は既にクレイモア設置のポイント策定のためのルート作りを考え始めていた。
「ですが、班長。このまま直進すればジャングルが開けて住宅地に入ります。そうなれば戦闘行為には向きません。“ルースター”から一斉射を受けた場合、遮蔽物の無いエリアでは危険です」
地図を広げていた班員からの言葉で班長は自身の位置を再確認した。
そう、いくら開発の手が余り入っていないとは言え、インドネシアの中心部に位置するブリトゥン島には一定数以上の住民が居住している。
“ルースター”が歩兵部隊と距離を取った事によってそれらの地域が接近しつつあることを失念していたのだ。
「なに。市街地ならそれはそれで戦術の立てようがある。だが、まずは確認だ。・・・CPへ、こちらストーム1。市街区における戦闘の許可を求める。送れ」
ブリーフィングでキチンと内容を詰めておくべきだったと自身の不手際を責めながら班長はすぐに指揮所へと許可申請を行っていた。
少々の間の後、指揮所からの返答があった。
『ストーム1へ、こちらCP。市街区での戦闘は許可できない。繰り返す。市街区での戦闘は許可できない。“ルースター”にはジャングル内で対処せよ。送れ』
「CPへ。納得できない。説明を願う」
こちらを見やった運転手に対してはボディーランゲージで直進を命令しながら、班長は無線越しに上司に対して反駁した。
『市街区での戦闘によって死傷者が発生した場合の“政治的”リスクが主因である。何かほかに質問は?』
「・・・了解した。通信終わり」
要請を一刀両断された班長は苦々しげに部下に対して命令変更を告げた。
「ジャングル内に入って住宅地への進入ルート上にクレイモアを設置。“ルースター”をジャングル内へと誘導する。・・・別働隊は“ルースター”を島南側へ誘導するよう、攻撃を加えろ。以上」
「了解」
『了解』
目の前の部下と無線が共に了解の返事を返したが、班長は既に別の戦術を考えるのに必死であり、彼らの声は頭に入ってこなかった。
ガルーダコックピット内
今度こそ、隼人はシート前に設置されたエチケット袋のお世話になる羽目になった。機体管制が自身の手元に戻り、緊急回避運動から静止状態に至った瞬間、彼は迷うことなく体を前面へと倒し、ゴム製の袋の中に自身の胃の内容物をぶちまけた。
それでもまだ気持ち悪さは抜けきらず、彼は幾度かむせ返ったが、パイロットスーツの袖で口元をぬぐい、冷静さを取り戻そうとした。
サブディスプレイを見やり、未だに自身が敵によって追撃されている状態であること、自身が歩兵部隊とかなり距離を取ってしまっていることを認識した隼人は、これ以上の急回避を避ける為、何か手はないかと模索し始めた。
少なくとも自律制御モードはこちらの操縦の妨げにしかならないとはいえ、こいつの御陰で直撃を避けていられるという現実は確固として存在している。
なら機能切断という選択肢は除外だ。そもそも自分はその方法を知らないし、誰に聞いて分かるというものでもないだろう。
では自分はどうすれば良い?
当たらないようにする?
どうやって?
ミサイルを自律制御モードに切り替わる前に発見して回避すれば良いのでは?
そんなのは到底不可能だ。時速200km以上の飛翔体を追うなんて動体視力は生憎と持ち合わせていない。
なら出来ることは?
・・・発射源を先に叩く。それしかない。
やられる前にやらなければ、いずれは此方がやられることになるのだ。
そうだ!これは“自分が生きる”為に必要な行為なんだ!
覚悟を決めろ、高槻隼人!
「俺は!こんなとこで死ぬわけには行かないんだ!」
自身に言い聞かせるかのように叫んだ隼人は自身への追撃部隊の方向へとガルーダを転換させ、目標識別を始めた。
メインモニター上には合計で4人の兵士が映っている。いずれの人間も迷彩服を着込み、顔にはボディペイントを施していたが、先ほどの対戦車ミサイル発射時からその動きをトレースしていたガルーダのセンサーによってそれらは周囲の情景とは別に画面上にマーキングされていた。
こいつらが!
自身を追い詰める敵の顔を認識した隼人は何の躊躇も無く、サブモニターで火器管制システムを立ち上げると自身の機体が右手に所持している30mmチェーンガンをセミオートでセットした。
今まで虚空を向いていたマウザー社製VA用チェーンガンの銃口が、すばやく兵士達の潜む草むらへと向けられる。
その仕草を見て取った兵士たちが慌てて散開する。隼人は四方八方に散る兵士達の中でも一番動きの遅い対戦車ミサイルを抱えた兵士に的を絞った。
「お前たちが仕掛けてくるからこうなったんだ!」
彼の右手人差し指は、その体の持ち主からの命令に従ってなんら迷うことなく、自身の置かれている場所に位置するトリガーを押した。
秒速1100mを誇るチェーンガンから飛び出したタングステン製のAPDSはその勢いをなんら減退させること無く、一人の兵士へと飛来していった。
彼もそのことに気付き、慌ててこちらを振り返るが、そのときには既に初弾が彼の体を貫通し、続けざまに飛来した第二弾によって彼の頭部は一瞬のうちに破砕された。
なんら痛みを感じることなく、直径30mmの金属の矢によってその体を完全に粉砕されていった兵士だったが、その様子は周囲からしてみれば一瞬の内に一人の人間が消失し、幾許かの肉片が残された、という位に呆気無いものであった。
モニター越しにその光景を見ていた隼人は本来ならもっと感じるであろう良心の呵責をなんら感じ取っていなかった。人を殺した、という実感は前回の戦闘より遥かに大きかったが、余りにも一瞬の出来事に対して脳が反応し切れていないようだった。
それよりも彼自身が驚くべきことは既に視線が他の兵士の姿を追いつつあったという事実に気付いたことだった。
降りかかる火の粉は皆、敵でしかない。
“生きる”為に敵を殺すことに間違いは無いのだ!
「うわぁぁぁぁ!」
死んでいった敵に対する弔いの為、そしてなによりも自分自身を納得させるため、彼は腹の底からあらんばかりの絶叫をひり出した。
同時刻 『希望』CIC
『うわぁぁぁぁ!』
管制官も思わずヘッドホンを外しかかるほどの大音量で、絶叫が響いた。
「ヴァルキリー1、どうした?!」
何か不吉な予感に駆られた管制官がマイクに吹き込むが、絶叫を残したきりで少年からの返答は無かった。
「パイロットの心拍数は?」
「上昇気味ですがまだ正常値の範囲内です」
「機体状態は?」
「未だ被弾なし、主機数値も正常であり、問題に成り得るデータはありません」
ガルーダ管制のため、CICに入っている技局のメンバーが次々に報告を上げるが、河野にしてみればそれらのデータはなんら役に立っていなかった。戦場で新兵は自身を鼓舞するため、知らず知らずの内に雄叫びを上げる。そんな話を日本戦略陸上自衛軍に所属している防大出の同期に聞いたことがあったからだ。
「作戦行動は可能なんだろ?」
てんやわんやの状態に成りつつあった技術陣に対して、機甲担当幕僚が尋ねる。彼に任せておけば彼らもすぐに静かになるだろうと認識した河野は島全体の地図を表示するディスプレイに目を移した。
現在展開中の歩兵部隊およびガルーダに主だった損害は無い。歩兵部隊の頭上にはヘリ部隊が巡回し、近接航空支援を展開している為、戦力的に問題ではないだろう。
だが、両者の距離が既に直線距離で1km以上離れてしまっている事が気掛かりでならない。仮にヘリ部隊の燃料が減れば、歩兵への支援が手薄になってしまう。
それに、敵がこうまでも広範囲に展開しているとは予想外以外の何者でもなかった。下手をすれば部隊が包囲された挙句に孤立し、最悪の展開を生む可能性もある。何とか他の手段で支援することは出来ないものか・・・。
「揚陸地点の選定は終わったか?」
傍らで他の機甲部隊を送り込む算段を整えている砲術士官に尋ねた河野はあまり芳しそうな顔をしない士官を見た瞬間に、士官の言葉を待たずに次の言葉を発していた。
「急げ。このまま囲まれれば歩兵の連中に本格的な被害が発生するぞ」
「はっ!」
敬礼をよこした士官に対して河野はそういった余計な動作をするな、と咎めようかと考えたがそれもまた時間の浪費に過ぎないと考え、また地図へと目を移した。
それにしても、敵の目的はいったいなんだ?
こちらに対してミサイル攻撃を仕掛けた目的も不明瞭なら、上陸した此方の歩兵部隊に対しても半ば包囲しておきながら本格的な攻勢に移ってくる訳でもない。
まるで、歩兵部隊を其処に繋ぎ留めておく事自体が目的のような・・・。そこまで考えた河野は厭な汗が一筋背中を垂れるのをハッキリと知覚した。自分の予想が正しければ、これは非常にマズイ展開かもしれない。
「まさか、敵の目的は・・・・」
デバステイターコックピット内
『そうだ、我々の目的はあくまでも“ルースター”だけだ。ブリーズ2は無駄に攻めずに敵歩兵部隊を包囲しつつ西方向へ敵部隊を誘導しろ』
通信に対して返答するジャック・ライアン米陸軍中佐はどこか嬉しそうな含みがあった。何を以ってそんな感情を抱いているのか、相変わらずのVAのコックピットの中で待機状態にあるスミス・ゼロ少佐にはわからなかった。
作戦が順調に推移していることは任務完遂に有利ではあるだろうが、それ以外になんら意味を持っていないだろう。それに、主敵である“ルースター”と交戦中であるストーム班は戦死者を1名出しながらも未だに“ルースター”に有効なダメージを与えたとの報告は無い。任務の趣旨を鑑みれば作戦の推移状態は好ましいものではないだろう。そこまで考えた上であの男は嬉しそうなのだろうか?
つくづく分からないものだ、と結論付けた彼は再び戦況を伝えるサブディスプレイに目を移した。各地に分散した部隊の持つFGM―148の残弾は合計25発。
兵員の減退は今のところストーム班の1名がKIA、タンゴ小隊から数名の負傷者があるのみ。未だに重大問題になりそうな要素はない。
あるとすれば、ブリーズ2およびストーム班からの報告のあった“ルースター”の尋常ならざる回避能力のみだ。23日にディレクション島で“ルースター”を捉えた偵察映像では確かにゼオンの攻撃を回避している様が録画されていたが、距離150mからの対戦車ミサイルを回避すると考えられるほどのものではなかった。
この点に関しては現状認識を変える必要があるほどの重大要素であり、現時点で一番重大な作戦の遂行障害だ。この障害を越える為にはまず敵の動きを分析する必要がある。本来ならば作戦司令部で行うべきだが、無能な連中がひしめいているあの場所で行われた分析が当てになるとは思えず、出撃指令がまだ出ていないのなら自身で済ませてしまうべきであると判断したスミスはサブモニターに“ルースター”の今までの交戦地点と回避方向などを表示し、何かしらの共通点が無いかの洗い出しを始めようとした。
しかし、その必要はまったく無かった。
回避を始めた地点、此方が攻撃を仕掛けた地点、そして回避行動を終了した地点、この三点を地図上に同時に表示した瞬間に彼には何のことは無い結論が浮かんだだけだった。
「単に攻撃が来た方向に対して水平方向で距離を取るだけか。・・・くだらない」
そう、主敵は6時方向からの攻撃に対しては3時方向へ急速移動し、2時方向からの攻撃に対しては5時方向へ急速移動するといった具合に回避しているだけなのだ。
反応するスピードと回避行動そのものの速度が尋常ではない為に脅威認識をしていたが、これは単なるプログラムのようなもの、それも相当に程度の低いものでしかない。一旦引き上げた主敵への脅威認識を低下させたスミスはこの結論を一応本部へと報告することにした。
“自身の思考に関しては逐一報告すること”、それは“与えられた任務を遂行すること”に次いで彼の行動の中でのプライオリティが高いものだった。
「スクランブル1よりCPへ。報告事項あり」
同時刻 『希望』第三甲板通路
正直困ったことになってしまった。
自分が今どこにいるのかすらわからない状況にフェイはホトホト困り果ててしまった。方向感覚は悪いわけではない。寧ろ、人様よりは良い方だと自負していた、つもりだったが、案内表示がある訳でもなく、殆ど画一的なデザインに作られている軽空母の艦内は彼にとって迷路以外の何者でもなかった。
「・・・ここ、どこよ?」
大口を叩いて部屋を飛び出してきたものの、どこに行ったら良いのかの見当すら付けずに来てしまったのはやはりまずかった。とりあえずは隼人がいるであろうCICなる場所に行こうかと試みたが、何処を見渡してもそんな標識の部屋は存在せず、かといって他の兵士に聞いて回るわけにも行かない。
なにせこちらは他人の制服を無断借用している身なのだ。さらに言うなら、現在艦内はどうやら戦闘配置についているらしく、おちおち人に聞いていられるような状態でもない。
さっきは危うく他の軍人に所属を聞かれそうになってしまった。
その時は「急いでいるので失礼!」と強引に逃げてみたが、もう一回同じ手が通じるとは限らないし、不審者として認識されていれば今後の活動の支障に成りかねない。
どうしたものかと悩んでいると、通路の向こう側から人の話し声が聞こえてきた。どうやら小走りをしているようでブーツの硬い足音がどんどん大きくなってくる。
こりゃまずい、と思ったフェイは思わず手近な場所にあった水密扉に飛びつき、内部を確認することも無く飛び込んでいった。
内部は真っ暗であり、人の気配は感じられなかったが、灯りのスイッチの位置がわからず、フェイは暗闇の中で足音が通り過ぎるのを待った。カンカン、と小気味の良い音が通り過ぎ、周囲がまた静寂に包まれると、彼はフゥ、と安堵の溜め息を吐き出した。
暗闇に目が慣れてきたためだろうか、部屋の中がぼんやりと分かるようになったフェイは壁にあった灯りのスイッチを入れた。パッ、と点灯した蛍光灯に思わず目が眩んだが、すぐにフェイは自分がとんでもない場所にいるのではないだろうかという思いに駆られた。
そこは壁面にデフォルメされた船の全景図が描かれ、目の前のコンソールには『BLAZE(火災)』や『FLOOD(浸水)』といった文字が書かれたランプがいくつも並んでおり、それぞれに対応するように『EXTINCTION(消火)』・『BULKHEAD(隔壁)』といったボタンが配置されていた。
その部屋が敵の攻撃等により艦が損傷を受けた際に被害が拡大しないように施される処置、俗にダメージコントロールと呼ばれる措置を行うための指令室である応急指揮所であり、目の前にあるコンソールが応急監視制御盤と呼ばれる装置であることもフェイは一切知らなかったが、彼はこの部屋で艦内の情報がある程度収集できるととっさに判断した。
本来なら戦闘時には誰かしらの人員が詰めているべき場所ではあるのだが、昨今ではダメージコントロール機能はCICに集約されつつあり、こういった応急指揮所は殆ど用いられないような言わば無用の長物と成り果てているのが現状ではあった。
「いい具合に地図代わりの物まで置いておいて貰えるとはありがたいね」
だが、フェイにしてみればデフォルメされているとはいえ、艦の全景が表示されていること自体が現状においては非常にありがたいことであったし、艦内各部に通じるような無線器具まで取り置いて貰っていれば、貴賓室にいる他のメンバーとの連絡も出来る為、願ったり叶ったりの部屋であった。
「まずは此処が何処になるのか・・・」
そう言って壁面の地図に目をやろうとしたフェイは不意に手元の無線のランプが赤く点灯していることに気付き、それを耳元へと近づけた。
『艦長より達する。敵の目標はガルーダだ。奴らはガルーダを歩兵部隊と切り離して重複して対戦車ミサイルを発射している。至急、艦上の防空任務についているヘリ部隊はガルーダ上空に展開して近接支援に当たれ』
ガルーダって事は、・・・まさか、隼人が乗ってるんじゃないだろうな。
いやな予感が体の中に満ちてくる。
軍の連中が高校生を戦場に引きずり出しているとは考え難いが、先の戦闘で敵のVAを3機も倒してしまった隼人なら、今回も出撃させられている可能性は無い訳ではない。ますますもってCICへ行く必要があると感じたフェイは壁面の全景図を凝視し始めた。
同時刻 ブリトゥン島特殊作戦キャンプ
流石にミストラル社の連中が熱心に売り込むだけはある。
“アレ”の性能は脳味噌にまで及んでいるらしい。スミス少佐からの思考報告を聞いたライアン中佐は思わず感嘆の溜め息を漏らした。
「 “ルースター”は常に同じ傾向で回避する、か」
「そう判断させるだけの罠、とは考えられないか?気付いていないとしたらあまりにもお粗末過ぎるパイロットだ」
「だが、今までの回避行動はすべてATM発射を確認してからだ。単純に反射行為として回避しているだけとも考えられる」
思い思いの発言をするキャンプ内の連中を見ながらライアンはほくそ笑んでいた。貴様らがいくら考えたところで“アレ”の演算に敵う訳がない。何せ “アレ”は・・・。
「我々とは異なる“世代”の人間なのだからな」
それはそうと、すぐに“アレ”からの報告を現場に伝える必要がある。
「ストーム班へ、こちらCP。“ルースター”の回避行動に一定のパターンがあることが判明した。ヤツは攻撃を受けた方向に対して水平移動することでのみ回避をしている。留意して攻撃を行え。送れ」
『ストーム班了解』
0745時 ガルーダコックピット内
こちらから攻勢に出ては見たものの、最初の一人以外に仕留められたターゲットは無かった。流石に本職の兵士達相手には高性能チェーンガンとは言え、やたら滅多に撃つだけでは何ら効果を上げる物ではないか。
HMDに表示される照準線に何度も兵士を収めながらも命中させる事が出来ない自分に憤りながら、隼人はチェーンガンに装填されている弾倉の残弾の表示が、引き金を引く度に、刻々と減っていくのを苦々しく見つめていた。
「これでもう3つ目か・・・」
弾倉が完全に空になるのを確認したのと同時に弾倉交換のコマンドを入力し、空になった弾倉を放棄する。2回目になる弾倉交換は既にスムーズな動作になりつつあり、一回目に比べて交換に掛かった秒数は3割以上削減されていた。
一個の弾倉に装填されている徹甲弾は150発。低発射モードであっても一秒間に連続で50発を発射できるチェーンガンだ。恐怖で引き金に手をかけ続けていれば直ぐに弾倉が空になるのは目に見えて分かる話だった。
都合300発を既に撃ち尽くし、残る弾倉は現在装填したのを含めて600発、連続して発射したとしたら12秒で消えてしまう。
分厚い装甲に覆われ且つ強力な武装を保持しているVAに搭乗し、歩兵に比べてかなり優位にいるはずなのに隼人はまるで自分の方が追い詰められているような感覚に陥っていた。
「くそったれが・・・!」
思わず口をついた罵りの言葉に何ら意味はなく、相変わらず敵兵をレティクルに捉え続ける事はできなかった。
このままでは無駄弾を撃ち続ける事になってしまう。それは結局自分の身の安全を低下させる事に他ならない。
なら狙いを澄ましてピンポイントで狙撃していけば良いのでないか?
それが出来ていれば苦労はしていないな。
結論に対して苦笑を浮かべたい気分だったが、いまはそんな笑いですら浮かべられる程の余裕は無かった。
こうなったらTLSを起動させて連中を焼き切ってやる!
光の速度で飛来する刃物をかわせる人間がいる訳が無い。一瞬で奴等を仕留められるだろう。隼人も普段であればそこまで飛躍した理論を浮かべる事など無いが、狭いコックピットの中で生死の駆け引きを繰り広げている内に彼の中で倫理や情理といった概念は何処かへ吹き飛び、自身が“生きる”事のみがプライオリティとして設定され、それ以外の事案は何ら考慮の範疇に含まれていなかった。人が死のうが、森が燃えようが、高レベル濃度の毒ガスが放出されて周辺の環境が汚染されようがそんな事は関係無かった。
「ヴァルキリー1より希望CIC。TLSの使用許可を申請します」
同時刻 『希望』CIC
ガルーダからのまさかの通信に対してCIC内部では士官たちが次から次に口を開くことになった。
「市街地まで1kmも無いような地点でTLSなんかを使ったらどんな事態になるかはわからない。あいつの射程は数kmはあった筈だし、有毒ガスも発生しかねないんだろ?」
「TLSの射程はカタログスペックで3km、発生する恐れのあるのはクロロホルムをはじめとする各種ハロゲン化合物。良くて技局トップ交代、悪ければ太平洋方面軍令部トップ連の交代劇だな」
「ですが、ガルーダのパイロットは所詮素人です。ここまで相手に翻弄されてはチェーンガンの弾丸が直ぐに底を着くのは目に見えています。そうなれば、否応無くTLSか24式電磁投射砲のいずれかで作戦を続行するしかありません。なら今のうちに・・・」
「そうにでもなったら直ぐに撤退させればいい。何のためにわざわざあれを投入したと思っているんだ?」
「それを言い出したら既に歩兵と分断されている以上、あれに存在意義はさして無いがね」
各々がめいめい好き勝手なことを言い始めたことを感じた河野は、司令判断として直ぐに決断を下すことにした。管制官からマイクをもぎ取ると間髪入れずに送話口に声を吹き込んだ。
「CICよりヴァルキリー1。TLSの使用は許可できない。直ちに転進し、歩兵部隊と合流、敵地上勢力の掃討に当たれ。以上」
周囲から困惑を含めた様々な視線が向けられる。
だが、河野は自身が間違っているとは微塵にも思っていなかった。その思いはどうやらウォンも同じようであり、彼はしきりに頷いてばかりだった。
同時刻 デバステイターコックピット内
依然として進展しない状況に対してスミスは徐々に苛立つようになっていた。ここまで使い物にならない連中だったとはホトホト呆れたものだ。パターン化された行動しかしない、しかも装備はチェーンガン一門のVAなど、彼に言わせれば射的の的だった。こちらにATMやグレネードが無いならば、苦戦は至って当然のことだろう。
だが、今回の状況ではこちらにはその両者があり、且つ指揮命令系統もきちんと整備されているのだ。中東のテロリスト共の方がよほど良い働きをするだろう。やつらは常日頃からRPGと即席爆発装置《IED》の組み合わせで戦車やVAをいとも簡単に仕留めている。
むしろこちら側の方こそ、通常そういった機甲兵器の支援の下での作戦に従事するばかりで、本来の基本である歩兵戦闘を蔑ろにしてきたのだろうな、と思考した彼は再度、この思考を報告すべきかと通信回線を開こうとした。だが、その行為はCPからの呼びかけで中断させられた。
『こちらCP。スクランブル1は直ちに発進。ストーム班の直援として敵VAに対して攻撃を開始せよ。繰り返す、ストーム班直援として“ルースター”撃破に向かえ』
「スクランブル1了解」
最重要視される任務が与えられたことで、彼は思考の報告を取りやめ、即座に暖気運転にあったデバステイターを戦闘モードへと移行させた。
同時に偽装用の幌を右腕によって跳ね除け、さながらヒーロー活劇の主人公がマントを取り払うかのようなポーズになったデバステイターは、後背部スラスターを全開にし、ジャングル内部へと侵入していった。
戦闘体勢に移行したからといって、スミスが特別に緊張したかといえばそうではない。彼にとって唯一の気がかりだったのはストーム班との連携に際して彼らがこちらの指示を正確に実行できるかという事だった。なにせ、彼らはいくら精鋭と言ったところで所詮人間である。コンマ一秒の正確さを要求される戦術に着いてこれるとは考えられない。だが、かといって作戦を彼らに実行可能かどうかで判断しては肝心の任務の成功の是非に関わってくる。
「特殊部隊と威張るだけのスキルがあるかどうか、試させてもらおうかな」
今日は珍しく独り言を多用していたことに彼はまったく気付いていなかった。