兆 候
26日0550時 ブリトゥン島沖5㎞ 『希望』艦内戦闘情報センター
本来ならば戦闘時の艦の中枢として機能するCICは墓場の如く静まり返っていた。さらに言えば、CIC内部にはこれといった灯りは無く、各種ディスプレイからの仄かな青白い光のみが唯一の光源として機能するという状況だった。
大した情報も無いこの状況で眠気を感じない人間がいる訳は無い。当直の中で最上位にいる新任士官にしてもそれは同様だった。当直開始時から何度目になるか分からない欠伸をかみ殺しながら彼は時計に目をやった。
総員起こしまで実質後5分。そうなればCICにおける最上位仕官である砲雷長が自分と引継ぎを行い、自分は軽い仮眠にありつける。そんな考えに浸っていた士官は不意に部下の発した大声によって現実に引き戻された。
「SSM探知!距離3千!」
地対艦ミサイルだと!それも3000mという至近距離で?!
彼はとっさの事に一瞬の思考停止状態に陥る。そして、その一瞬は命取りだった。
「対空防御!近接防御システムで叩き落せ!」
慌てて叫んだものの、時速200kmを誇るミサイルはその一息のうちに目標との距離を詰めていた。
「ダメです!間に合いません!」
「耐ショック姿勢!」
衝突が確実になった時点で、士官は手元に配置してあった非常用ボタンによって艦内に警報を鳴らした。同時に室内の全員が両手で頭を抱え、耐ショックの姿勢を取る。
「当たるぞ!」
CICに怒声が木霊した直後、衝撃が彼らを襲った。
ドシン、という音と共に軽い地震にあったように床が揺れ、艦内各所で物が落下する音が響く。
「着弾場所は!?」
「SSM、第二格納庫に着弾!!・・・火災発生!」
「火災班は直ちに所定の位置へ!各ポジション、ダメコン急げ!」
「レーダー!第二撃に備えろ!」
「飛行甲板上のSH-60K、ホープ01を直ちに発艦させろ!SSM発射地点の特定急げ!」
排水量3.5万トンを誇る大型艦が小型ミサイル、ましてや機関部への直撃無しで沈むわけが無い。各員がそれぞれ反射的に行動を起こしていく中、新任士官にその居場所は無かった。彼に出来た事と言えば砲雷長を呼びにいくことだけだった。
同時刻 『希望』貴賓室
突如として衝撃に襲われたのは何も戦闘員である乗員だけでなく、隼人たち民間人も同様であった。
「何だ?海流に掴まったか?」
爆発音が聞こえなかったため、至って彼らは平穏だったが、その場での最年長者は不意に厭な予感に苛まれた。
「一応艦橋に確認してみるわ」
すぐさまベッドから起き上がり、備え付けの艦内電話に手を伸ばしたジェーンだったが、彼女の知りたいことは直ぐに全艦放送によって知らされることになった。
『全乗員に告げる!本艦は所属不明勢力からの攻撃を受けている!各員は速やかに戦闘配置に!尚、第二格納庫がミサイル直撃を受け炎上中、注意せよ!』
一気に捲し立てるような放送に隼人たちは唖然となるしかなかった。
「また、なのかよ」
キムがぼそりと呟いた言葉が全員の耳に残る。
誰もが数日前に自身らの身に降りかかった人生の転機を思い起こす。
そんな中でフェイは前回と同じく動揺することなく、冷静な態度だった。
「さて、どうする?」
「現状が何も分からない上に、今回は手元にVAがある訳でもないわ。正直今の段階ではお手上げよ」
フェイに対してこちらもなんでもないように返すワンを見、隼人はこいつらの適応能力は尋常じゃないな、と変に納得していた。
0605時 『希望』CIC
「ホープ01より報告入りました。モニターに出力します」
ヘリ管制官からの言葉を聞き、河野はモニターに視線を移した。
モニターに表示されたのは東からの朝日に照らされる緑溢れる島の情景だった。
これだけを見ればあたかも観光用のPVのようであったが、彼らはこの緑一色の中から敵の姿を見つけ出さなければならないのだ。
一昔前なら人が画像を見ることによって探していたが、幸いにして今はある程度ならコンピューターによって不審物を認識することが出来る。
「解析開始します」
別の砲術員がすぐさまプログラムを始動させる。
余りにも障害物の多いジャングルの探索は時間がかかるだろうと見越した河野はCICから艦橋にいる船務長へと無電地電話で連絡した。
「船務長、損害報告は集計できたか?」
『今のところは火災だけです。人的被害も軽傷者が数名報告されているのみで、機関系統および飛行甲板の使用に異常はありません。ですが、第二格納庫内にあったサイフが火災の影響で損害を被っているそうです。鎮火後、詳細を知らせるように言ってありますが、整備員の話では一機にミサイルが直撃したとの事で、おそらくは使い物にならないだろうと』
「燃料に引火する可能性は?」
『その点は大丈夫です。作戦行動が予定されていなかったので、全機、分解修理中でした。燃料は投入されていません』
最悪の可能性が除去されたことでとりあえず一安心したが、同時に彼は船務長の言葉に引っかかるものを感じた。
「全機、分解修理中と言ったな?ということは、今我々の手元にあるVAはすべて何かしらの被害を被ったと言う事か?」
艦としての被害が軽微であっても、艦載VAをすべて失うなどとはかなりの損耗になる。
まずい、という思いが河野の中に満ちてくる。そして、その不安を助長するかのような声がホープ01からの画像解析を行っていた砲術員からもたらされた。
「SSMランチャーをもった兵士と思われる人影を発見。画像検索の結果、SSMはFGM―148対戦車ミサイルである模様。こいつは、米軍の制式採用品です」
「田舎ゲリラの連中ならそんな高価な代物を使うわけがないな。連中の主力はRPGだ」
砲術員からの報告に対して、思わず、といった感じでウォンが口を挟む。一瞬経ち、しまったと思ったのかウォンは軽く頭を下げた。河野はそんなことを気にするほど権威主義ではない。彼の脳裏を過ぎったのはジャングルに逃げ込んだ歩兵をどう片付けるか、という一点だった。
「あのエリアに歩兵投入は可能か?」
河野は、傍らで分析画像を見ていた歩兵部隊担当幕僚に対して質問したが、その答えは芳しいものではなかった。
「正直、歩兵のみの単独投入は自殺行為としか思えません。あれだけのジャングルです。ヘリからの支援も困難でしょうし、せめて歩兵戦闘車かVAを随伴させて下さい」
「 Su―33からの爆撃では駄目か?」
「障害物の除去が行われてからの方がたしかに、作戦は簡素になりますが、軍令部からの許可もなく山火事を引き起こしかねないような大規模爆撃を行うことは私の一存では判断しかねます」
一般人が聞けば物騒極まりない会話であるが、彼らとしては部下の命がかかっている以上、敵の事などに構っていられる状況ではなかった。
「今からお伺いをたてる訳にはいかないな。87式偵察警戒車とVAの混成で何とかなるか?」
機甲部隊担当幕僚が歩兵担当幕僚に告げるが、河野は先ほどの船務長との会話を思い出し、その会話に割って入った。
「ちょっと待ってくれ。確か艦載VAは先ほどの攻撃で全機が使用不可能との報告が入っているぞ。87式しかないんじゃないか?」
その情報は機甲担当幕僚も知らなかったのか、彼らは驚いた顔になった。
「本当ですか?VAが使えないのは痛いですね」
「なら87式ということで何とかしよう」
話が一段落しかけた所で思わぬところから横槍が入ってきた。
「待ってください。ここからでは|エア・クッション型揚陸艇《LCAC》のビーチングを行うスポットがありません。87式の歩兵との同時投入は不可能です」
揚陸を担当する砲術士官からの思わぬ報告に対し、またしても彼らは驚いた顔をするしかなかった。
「となると、機甲戦力の随伴は無理か」
歩兵部隊担当幕僚が首をひねる中、横で彼らの話を聞いていたウォンが口を挟んできた。
「小官に愚案が一つあるのですが」
0620時 『希望』CIC
貴賓室から半ば拉致のように、CICへと連れてこられた隼人は困惑気味であったが、河野からの話を聞かされるにつれ、その困惑は別の意味のものへと変質していった。
「そんな・・・無理ですよ。突然出撃しろ、なんて無茶苦茶ですよ」
彼に告げられた話とはずばり歩兵に随伴し、ブリトゥン島内に潜伏する不明勢力を掃討する任務に当たれ、とのものだった。
「これはなんら問題のない命令だ。君の身分は先月からPREF太平洋方面軍の所属であり、さらに今出撃できるVAはガルーダとサイフタイプπだけだからな」
「歩兵随伴用の陸上戦力が必要だって事は分かりましたし、VAがそれだけしかないって話も分かりました。でも何で俺なんですか?パイロットの方は他にもいらっしゃるでしょう?」
至極もっともな理屈だったが、そんな口上を一蹴したのは河野の傍らにいたウォンだった。
「ウチにいるパイロットは今までノーマルタイプのサイフにしか乗ったことがない。いまさら機種転換訓練をしている余裕はないし、元来ガルーダに搭乗予定だったパイロットは東洋丸水没時から行方不明だ」
あからさまに上から見下すような視線をこちらに向けてウォンに対して隼人の抱いた第一印象は『嫌な奴』という一言だった。
「じゃあお聞きしますが、PREFの兵士の方々は俺なんかより使い物にならないってことですか?んな訳ゃないでしょ。大体、何で対戦車ミサイルで攻撃されてすぐに現場から離れようとしないんですか?対艦ミサイルじゃないんならすぐに沖合に出れば射程外でしょうが」
興奮に身を任せて喋繰りたいだけ喋った隼人は、喋りながらそういえばなぜ敵はわざわざこんな海域で、それも対戦車ミサイルなどという中途半端な攻撃を仕掛けてきたのかという疑問に駆られた。しかし、今はそんな疑問を提示できるような状況ではなかった。目の前の砲術士官が河野の制止も聞かずにこちらににじり寄ってきたからだ。
「貴様、この状況でそんな口を利くか?敵がそこにいるんだぞ?それもPREFにとっての内海であるこの場所でだ!」
それが無茶苦茶だと言っているんだ、と言い返そうとしたところで傍らにいた砲術長らしき士官がウォンを引き離した。
「この非常時に面倒を掛けさせるな!・・・高槻君、申し訳ない。我々が此処に拘る理由なんだが、それにはガルーダが大きく関わっているんだ」
ウォンがアッという顔をするが、砲術長はそれに構うことなく続けた。
「だが、ともかく時間が惜しい。第一格納庫のガルーダまで歩きながら話そう。・・・高野少佐、こちらへ」
CICの扉をくぐる時に隼人の傍らへ寄ってきたのは、彼らがここにいる間接的な理由を作った太平洋方面軍技術開発局の高野であった。
0630時 『希望』第一格納庫
仰向けに横になった形で整備員たちから何かしらの整備を受けているガルーダを見ると、隼人は本当にこれに乗って戦ったのだろうかという感覚に捕らわれた。
まるであの時、ブラウン管越しに戦っていた誰かの様子を見ていただけなのではないかという感覚だ。そんな感慨に浸っていた隼人だったが、すぐに高野の言葉によって現実に引き戻された。
「ここまでの説明で何か不明なことはあったかい?」
「ありません。こいつの、ガルーダの開発に関わっていた施設があの島にあって、そこで俺らが解放される予定だからこそ、あの島を安定させておく必要がある。・・・そういうことですよね?」
頷く高野に対して隼人はそれと自分が出ることに何の繋がりがあるのか、という先ほどからの最大の疑問を飲み込み、再度ガルーダに目を移した。そんな隼人の思いを汲んだのか、高野はそっと隼人に耳打ちした。
「正直なところを言うとね。この艦にいる人間なんかにガルーダを扱って欲しくないから、私が君を推薦したんだ」
隼人は驚くしかなかった。何か言おうと口を開きかけるが、それよりも先に高野はさらに続けた。
「あれから今日までの間、君の戦闘データをログから検証していたんだが、調べれば調べるほど、君はまるでVAを体の一部にしているのではないかって感覚になってくるんだ。“リンクス”や“SEED”でもないのにあんな機動ができるなんて正直今でも信じられないほどだ」
半ば恍惚に近いような高野の物言いに、隼人は一瞬恐怖に近い感情を抱いたが、それと同時に自分にそこまでのセンスがあったのか、と嬉しい様な小恥ずかしいような奇妙な感覚に浸らされていた。
「褒めていただけるのは有難いですけど、あんなのはまるでマグレですよ。殆どが自動操縦と性能の良い武器のおかげです」
それになにより、人殺しを賞賛するようなことを言われたところで何も嬉しくは無い。心の中でつぶやいた隼人だったが、高野は隼人の言葉を額面通り受け取ったのか、一層嬉しそうな顔になった。
「いやいや。正直開発チームの中であれだけの装備を一機に集積するのは無謀じゃないかって意見もあったんだ。使いこなせる人材が居なくなるんじゃないかってね。でも、これで上の連中も何も言えない筈さ。君みたいな前途有望な若者がPREF内にまだまだ居るはずだ。そんな彼らにガルーダが行き渡れば、大西洋連合なんて物の数じゃないさ」
高野の目に一筋の狂気を感じ取った隼人は、これ以上関わり合いになるのは不味いのではないかと不安に駆られた。そんな高野に気付いたのか、ここまで同行していた砲術長が話を本筋に戻した。
「高野さん。技術的な話はそれまでにしましょう。まずは現状を乗り切るほうが先です。高槻くん、現状の把握は完璧だろうから、改めて問いたい。今回の任務、出撃してくれるかな?」
周囲から一気に視線が集中する。
屈強そうな整備兵や装備の点検をしている歩兵部隊までもがこちらに目を向けている状況下で、それもたった一人の中でNoと言えるだけの胆力を18歳にも満ちていない少年に求めるのは酷だった。
「・・・行きます」
同時刻 『希望』貴賓室
「いったい何だってんだよ!」
何度目になるか分からないキムの呟きが部屋の中に響く。
先ほど突然押し寄せた兵隊たちによって状況に対する説明もない中、隼人が連れて行かれてから、彼らはただただ沈黙に身を任せるしかなかった。
呟きよりも大きいかもしれない貧乏ゆすりが、やけにハッキリ聞こえるような沈黙の中、フェイは意を決したかのように立ち上がり、パイプ椅子を片手に水密扉へと歩み寄った。
「どこへ行くつもり?」
背中越しにジェーンからの問いが投げかけられる。
フェイはハッキリした口調で「ま、見ててください」とだけ返すと、拳骨で水密扉を猛烈な勢いで叩き始めた。
「おい!誰かいないか!?ワンが倒れたんだ!ココを開けろ!」
突然の行動に部屋の中の人間たちは固まるしかなかった。
だが、戸を叩きながら振り返ったフェイと目配せをしたワンは、即座に胸を押さえて床に倒れた。
「おい!女の子が倒れたんだぞ!ここを開けろ!でなきゃ医者を呼んできてくれ!」
ドンドン扉を叩き続けるフェイに対して外にいた警備要員もさすがに気にかかるものがあったのか、「ちょっと待ってろ。今ここ開けるから」と告げ、外からなされていたかんぬきを外すかの様なゴソゴソした音がした。
その様子を感じ取ったフェイは内向きに開かれる扉の影へと椅子と共に身を潜めた。慎重に扉を開いた警備要員は部屋の中を見渡し、倒れているワンを見つけると、中へと入ってきた。
「持病でもあったのか?」
警備要員が傍にいたジェーンに問いかけている。その後ろへフェイは音を立てずに忍び寄るや、パイプ椅子を高々と掲げ、座面を一気にヘルメットの上から兵士に向かって叩きつけた。
バン、とも、ゴン、とも聞こえる鈍い音が響くと同時に意識をなくした警備要員の体が糸の切れた繰り人形のようにダラリと崩れ落ちる。
「生憎と健康だよ」
即座に警備要員の腰のホルスターから銃を抜き取ったフェイが笑いながら、意識をなくした兵士に語りかけた。そして彼は踵を返すと扉の手前までダッシュする。
「おい。どうしたんだ?」
外の警戒を担当していたもう一人の兵士が部屋の内部へと視線を移す頃には、フェイの構えた拳銃が兵士の頬のすぐ横にあった。
「音を立てると俺、ビックリして何をするか分かんないぜ。・・・両手を頭の上に置いて、おとなしく部屋の中に入りな」
その一連のきびきびとした動きに一同は唖然とするしかなかった。兵士もこういった事に慣れている訳ではないのか、すぐにヘルメットの頂上に手をやると、素直に部屋の中へと入ってきた。そしてフェイは後ろ手に扉を閉めると、持っている拳銃の銃杷で兵士の首筋を殴打した。
うっ、という声と共に兵士が床に倒れる。
その様子を見るや、フェイは最初に倒れた兵士を引きずり、二人目の兵士と並べ、共に首筋に手をやって脈を調べ始めた。
「・・・両方とも規則的に動いてるな。2人目はさすがに不安だったんだが、単なる気絶で済んでくれたみたいだ」
「まるで映画ね」
床に倒れた状態から立ち上がったワンは、並べられた兵士の体を見て、感嘆の息を漏らした。
「正直ここまで上手く良くとは思わなかったね。パイプ椅子で人が気絶するのはプロレスで知ってたけど、メット越しで効くかは疑問だった。それに、銃で人を殴ったら間違いなく首の骨が折れちゃうんじゃないかとも思ったしな。生きててくれたのはホント有り難いね」
そう言いながらもフェイは兵士が持っていた手錠で二人を給水パイプへと繋ぎつける。
余りにも慣れた手つきに、ジェーンは訝しげに問いかけた。
「リ君、こんな言い方するのも失礼かもしれないけど、どこかで“訓練”を受けたことでもあるの?」
一瞬だけ厭そうな顔をしたフェイだったが、直ぐに鉄面皮のような無表情を作った。
「・・・さぁ、どうでしょう」
兵士から更に拳銃の弾丸を回収したフェイは、先ほどの殴打でフレームが歪んでいないかをチェックした。更に兵士の体からボディアーマーなどの装備を剥ぎ取ると慣れた手つきで着用していく。
全てを終えたときにはまるで一人の兵士が立っているかのようになっていた。
無論、床には下着姿の青年が転がっていた。そしてフェイは全員を見渡すと、まるで軽い散歩に出かけるかのように告げた。
「ちょっと情報収集に行ってきますよ」
そう言って水密扉を潜っていくフェイの後ろ姿を見、今まで何も出来なかったキムは思わず、「いったい何だってんだよ」と再び呟いた。
0635時 ブリトゥン島特殊作戦キャンプ
『ブリーズ2よりCP。“ルースター”を“ホエール”の甲板上に確認。他の地上兵力として甲板上には60名ほどの歩兵を確認。送れ』
偵察要員からの報告を受け、キャンプ内に設けられた仮設指揮所からは島内各所に散った戦力へと指示が出されていく。
「ブリーズ2。こちらCP了解。・・・ブリーズ分隊およびタンゴ・ストーム各隊へ。現況に変化なし。“ルースター”の本島上陸が確認され次第、所定の作戦行動を実行せよ」
『こちらブリーズ3。了解』
『ブリーズ4。了解』
『ブリーズ5了解です』
『ブリーズ1。了解』
グリーンベレーを中心としたブリーズ班は、島内の重要ポイントに散開し、拠点ごとの要撃を担当している。いずれも手練ればかりだが、如何せん合計人数が20名もいない。主力とするには余りにも心細い人数だ。
『こちらタンゴリーダー。全小隊の配置確認』
モルッカ解放戦線のメンバーで構成されたタンゴ隊は合計人数100名の主力部隊だ。今回は4個小隊に分け、担当区域ごとに敵戦力の撃退にあたることになっている。
『ストーム班。了解』
そして島内にいる8名のデルタを集結させて編成したストーム隊は遊撃として、指揮所からの指示に直接従う。以上がゲリラ側の歩兵戦力の全てであった。
そして今作戦の中核を担うのは司令部横の擬装用ネットが被せられた一機のVAだった。
「こちらCP。スクランブル1、現況知らせ」
『スクランブル1。OSの起動終了。即時作戦行動可能。送れ』
「CP了解。スクランブル1は現況保全のまま待機」
『スクランブル1了解』
VAに搭乗しているのは駐留米軍の中で最年少であるスミス・ゼロ少佐だった。
彼に与えられた機体は米軍をはじめとする北大西洋連合軍で次期主力機として制式配備されることが決定しているYVTA―13α、公式愛称『デバステイター(破壊者)』であった。
なんとも大層な通り名だ、と一般人なら考えるが、当の搭乗者であるスミス少佐にしてみれば機体の名前にさして意味があるとは思えなかった。彼にとって重要なのは任務の完遂であり、その目標を達し得る為の手段として用いる機体は別に何でも構わなかった。
だが、彼の周りにそう考えている人間は居らず、秘匿前線に先行配備するという司令部の愚考ともとれる決定に疑問を抱くしかなかった。本来なら虎の子として本土防衛部隊から順次配備されるべき新型機をわざわざ敵地のど真ん中に隠匿するのだ。
発見されたときのリスクは計り知れない。
一般兵士でも考え得る最悪の可能性に司令部の人間が誰も気付かないことなど考えられない。なんらかの思惑が働いていると考えるのが妥当だったが、この基地の中で唯一その答えを知っていると思われる陸軍中佐は赴任当時から一切口を噤んだままだ。
おそらくはこういった事態こそが、司令部の想定していた事態なのかもしれない。
だとしたら現場レベルとしては非常に助かる話ではあった。
なにせこちらの兵力は練度も大してない地元ゲリラが100名に精鋭特殊部隊員合計30名弱しかいない。
攻撃ヘリや新型VAの支援を受け、かつPREF軍の中でも精強と名高い軍令部直下の部隊とやりあうには、些か心細い点があることは否めない。デバステイターとそれに搭乗する“化け物”をも含めての戦力に頼らざるを得ない一面があることは確たる事実だった。
同時刻 『希望』飛行甲板
本来なら艦内のブリーフィングルームで行われるはずの状況説明だったが、隼人に対するそれは、飛行甲板上に移されたガルーダのコックピット内で行われた。
出撃を明言してから彼はすぐにパイロット用のドレッシングルームに放り込まれ、整備兵に二人掛りで衣服を剥ぎ取られた挙句に、サイズが合っていないのかやけに窮屈なVAパイロット用の耐Gスーツを着させられた。隼人は不機嫌極まりなかった。
「ほんとにこれ175cm用ですか?」
コックピットに乗り込み、圧搾空気給気用のコネクタにホースをつながれ、出来の悪い巨人の胎児のような格好にさせられた隼人に対して、機体の整備状況を説明する高野はいたって冷静に「あぁ。本来ならオーダーメイド品が一番なんだが、まぁ代用品って事で我慢してくれ」と返した。
その様子に返す言葉をなくした隼人は、あきれた様にコックピット内を見回した。
つい先日乗ったばかりだというのに、今こうして見回してみると何か懐かしいような感覚になる。
まともな感覚ではないことは十分わかっていたが、状況に慣れつつある自分を肯定するためには、運命だとでも思わないとやっていられなかった。しかし、運命だとしてもなんともとんでもない世界に引き込まれたものだ。
軍隊に興味があるといってもそれはあくまで画面越しに感じるだけの、まるで想像上の世界のことであるか捉えていた。
それがどうだ。
すでに自分は念願だったVAに搭乗し、それを用いて人を3人殺し、今こうしてまたそのVAに乗り込んでいる。その目的といえば、ジャングル内に潜伏した歩兵の掃討、というなんとも戦争じみた人殺し行為なのだからよく自分も了承したものだ。
これから人を殺しに行くと宣言しているようなものだ。正当防衛もくそもない。
どう考えても・・・。
「・・・という訳なんだが、・・・高槻君?」
目の前でなにやら説明をしていた高野の声によって隼人は現実に引き戻された。
「え?すいません。ちょっと考え事をしてまして」
そう言って高野を見返した隼人は先ほどまでの考えを頭の片隅へと追いやった。まずは自分が“生きる”ことを考えなければならない。なぜか前回の搭乗時から頭にこびり着いて仕方ないフレーズをリフレインした隼人は高野の説明を入念に聞き始めた。
高野の状況説明からわかったことは次の3つだった。
ひとつ目に、敵性勢力は米軍である可能性が非常に高いこと。
ふたつ目に、情報部のデータベースによればこのブリトゥン島には分離主義者のグループが駐留している可能性があり、その勢力が援護に回ってくる可能性が非常に高いこと。
最後に、島内のどこから敵が狙っているか不透明であり、かつ味方歩兵の援護を確実に遂行する為には地形追従飛行ではなく、直接歩行によって進行すべきだということだ。
「ジャングルを行軍するんですか?VAが?・・・わざと撃たれろってことですか?」
赤道直下地域に群生する木などに比べて遥かに低い数字ではあるとはいえ、ガルーダの全高は14mだ。暢気に歩行していれば、間違いなく地面に伏せている敵からすれば対戦車ミサイルの良い的に過ぎない。
高校生である隼人ですら簡単に思いつく発想に対して、本職の軍人たちが気づいていないなんてことは考えられない。となれば、そこには何かしらの意図があると考えるべきである。
そこで考えられるのは、単純に囮になれ、ということである。
ガルーダの回避性能を持ってすれば相当な至近距離からでない限り、致命的損傷を受けることはないだろう。ならその長身で相手を誘導して、発射地点から敵の位置を割り出して一斉射をかける方が合理的である、とでも考えられたのかもしれない。
そこまでを考えての隼人の発言に高野は満足したのか、ニンマリと笑った。
「勘が良いね。端的に言うとそういう事だ。あ、勿論君も解かっている様に、ガルーダの自律回避でなら、木が群生しているジャングルの中でも問題なく回避可能なはずだ。なにせこっちの外装は強化チタン合金を主体にしてるんだ。マッハ0.5なら広葉樹の2、30本なら軽くへし折りながら移動できるさ」
高野はさも簡単なように告げた。
そんな簡単にいくものか、と内心につぶやいた隼人だったが、さすがに本職の技術屋に対して意見することはできず、多分出来るんだろな、と自分を納得させることで落ち着くことにした。
「で、随伴する歩兵部隊ってのはどれ位いるんですか?」
話題の転換を試みて隼人は高野に質問した。
「あぁ。ここの歩兵中隊から2個小隊、合計60名が出るそうだ。君の装備は固定武装のほかに30mmチェーンガンと弾倉6つ。ちなみに、空からの援護としてはAOH―1攻撃ヘリが2機とミニガン装備のSH―60KとMCH―101があわせて4機、巡回飛行するそうだ。場合によってはSu―33による空爆もやぶさかじゃないと言ってはいたけど、そこは山火事の観点からすると、少々怪しいね」
余計だが必要な情報を含めて全てを解説した高野の言葉で隼人は少し安心した。
これだけの人員がいれば自分に全ての負担がくることはない。それどころかうまくすれば自分は一切手を汚すことなく全てが終わる可能性だってある。隼人は自身の口元が軽くつり上がっている事に気付いていなかった。そして、その笑いを見て高野がますます自身に対する興味を高めていった事にも全く気付かなかった。
0645時 ブリトゥン島特殊作戦キャンプ
『タンゴ26よりCP!“ルースター”が“ホエール”から発艦!繰り返す!“ルースター”が“ホエール”から発艦した!攻撃ヘリも一緒だ!』
興奮した口ぶりで告げてくる現地ゲリラ兵のタガログ交じりの英語はとてもではないが聞くに堪えないものだった。さらに言えば、同時に発艦したヘリに対しての情報が少なく、偵察の報告としてはとてもではないが、及第点未満だった。
「タンゴ26。こちらCP。“ルースター”発進了解。ヘリコプターに関しては何機が上がったか?送れ」
そこはむろん、心得ている現地指揮官は流暢な英語で復唱し、指揮所に詰める米軍関係者にも情報の共有がスムーズに行くように計らいつつ、必要情報の再提示を命令していた。
『上がったヘリは攻撃ヘリが2機!それから先ほどこちらを偵察に来たタイプの中型ヘリが2機に、大型のヘリが2機だ!』
全く情報に意味がない!こいつは一体どういう教育を受けてきたんだ!
ヘリコプターの種類も分からないというのか?!
おもわず怒り心頭といった具合で怒鳴り散らしそうになってしまったジャック・ライアンより先に怒ったのは現地指揮官の男だった。
「タンゴ26。今すぐその場の別の者と無線を変われ。貴様の報告内容では分かりかねる。送れ」
こちらに対して恥ずかしそうな顔を向けた現地指揮官の男を見、ライアンはいささか自身が大人気無い様を晒す所だったと思い直した。
『こちらブリーズ21。CPへ。確認したヘリはAoH―1 “サムライ”2機、EH―101が2機、そしてSH―60が2機の6機構成。遠方の為識別出来ていないが、SH―60はミニガン装備の対地用かと思われる。送れ』
あまりに報告が杜撰な事に腹を立てたのか、別働隊のグリーンベレーから入った追加報告には指揮所の知りたい情報が全て集約されていた。
「こちらCP。了解した」
しかし、得られた情報から芳しい点は得られそうに無かった。
「空中からの輸送機2機、援護機が合計4機ですか。ジャングルで発見されにくいとは言え、赤外線前方監視装置《FLIR》や逆合成開口レーダーを搭載した新型の“サムライ”やSH―60は脅威目標ですね」
「確かにな。だが、通常ならばVAは“ルースター”ではなくジャングル仕様のサイフが来るはずだ。となれば我々の第一撃は少なくとも元来“ホエール”に搭載されていたサイフを使用禁止に追い込むだけの効果があったということだろう」
不安そうな副官からの言葉に対し、逆に満足げに答えたライアンはさらに続けた。
「作戦はプランBで進行。本来なら“ホエール”ごと“ルースター”を沈められればそれがベストだったが、艦から飛び出してくれればそれはそれで好都合だ」
ぬらりと頬を歪めた上司を見た副官は、背中を厭な汗が垂れるのを感じた。それが上司に対する不安に寄る物なのか、恐怖によるものなのかは彼自身も判別できなかった。
0715時 ガルーダコックピット内
完全密閉式のコックピット内に響く音は意外と多かった。聴音マイクが外から拾ってきた音や、足元の超伝導モーターの振動、冷房の空気を吐き出す音などだ。
だが、いま隼人が最も大きく感じている音は、自身の口から漏れる呼吸音だった。
|ヘッドマウントディスプレイ《HMD》一体型ヘルメット越しでもよく聞こえる音は、コックピット内の空気を対流させているのではなく、逆に澱ませているかのようだった。
過呼吸を疑うくらいのペースで繰り返される呼吸音が、只でさえ緊張を高める隼人をより一層追い詰め、そして呼吸が更に速くなるという悪循環を生みつつあったのだ。
『こちらロメオ01。ヴァルキリー1、少し落ち着け。お前さんの呼吸がさっきからこっちにも聞こえる位になってるぞ』
あまりに気になったのか、地上の歩兵部隊の指揮官から直接の通信が入った。
「こちら・・・ヴァルキリー1。すいませんでした」
通信が入ったということに驚き、隼人は一瞬自身がどう返すべきなのかを見失っていた。だから彼は歩兵指揮官の告げた『ヴァルキリー1』というのが自身に割り振られたコールサインであることや、通信上のルールなどを思い出すまでに若干のタイムラグを生じさせてしまったのだ。
『・・・実戦は初めてって訳じゃないんだろ?そう固くなるな。お前さんはこっちの唯一の切り札なんだ。もっと落ち着いててもらわないとこっちが頼れなくなっちまうよ』
こちらの身分に関して技術開発局所属の新米パイロットだと言い含められている歩兵部隊の隊長は、何のこともないように会話をしてくれている。おそらく頼りない新米を励まそうとしてくれているのだろうが、こちらは新米どころか単なる一般人なのだ。先ほどまでは何とかなるであろうと考えていた自身の楽観さを呪いながら隼人は、なんとか通信に答えようとした。
「すいません」
だが口をついて出てきたのはまた単なる謝罪の文句だけだった。
『はぁ。・・・頼んだぞ』
何を言ったところで無駄だとでも判断したのか、歩兵部隊長はため息を残して通信を遮断した。再び彼の呼吸音が響き渡ることになったコックピットの中で、隼人は必死に自身の体と格闘し始めた。