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接 触

7月20日2330時 東京都港区六本木 某バー


漆黒のスーツに身を包んだ妖艶な金髪美女が一人でカウンター席にいて、かつ嬉しそうな顔をしているのを見れば往々の男は大方待ち人が現れるのを心待ちにしているのだろうと考えるだろう。

手元には混ぜずにシェイクされた一杯のウォッカ・マティーニ、通称ヴェスパーと呼ばれる英国の誇る著名なスパイの好む酒である。さしずめ自身は殺しのライセンスを持つ最愛の男と結ばることを夢見るヒロインといったところであろうか。

確かに彼女は男からの一報を心待ちにしていたが、それは男に興味があるためではなく、その一報の内容を心待ちにしているためであった。そんな彼女の思いが通じたのか、彼女の胸元に収まっていた携帯電話が振動を始めた。

来た、と気づいた彼女は俊敏な動きで携帯を耳に当てていた。

「私よ。今日はやけに深夜まで待たせるのね」

軽やかに流れるその言葉に一瞬、バーテンダーも視線を送るが、すぐさま職業倫理に気付き彼は目線をそらした。

その様子に気付いて彼女は心の中で微笑を浮かべるが、すぐさま会話へと没頭していった。

『こちらではランチタイムなんですけどね。それで、調子はどうですか?』

「順調極まりないわ。で、新しいのは入った?」

すぐにもがっついていきたい気持ちを抑えつつ、彼女は何気ない風を装って訊いた。

『ええ、とてつもなく良いのがね。・・・例の新型、どうも連合にばれたらしいですよ』

えっ、という声を上げずに対処できたのは長年の職業上の訓練の賜物でしかなかった。彼女にしてみれば最重要計画の成就に関わってくる最大の要素たるテストを間近に控え、気が気でなかった事態が発生したといっても良い位なのだ。

「・・・そう。で、どう出る気なのかしらね、彼らは」

内心の動揺を電話先の男に勘付かれない様必死に平静を装った彼女は男の理想とする上司像を必死に演じて見せた。

『意外に驚きませんね。あちらはアレの奪取を計画中だそうです。それもわざわざディエゴガルシアから長距離輸送機を使ってね』

「海なんて大きな水溜りよ。すぐに飛んでいけるわ。それより、奪取されるのは問題ね。計画に支障がでかねないわ」

幼少からの口癖で一蹴するも、彼女の不安は高まるばかりだった。

『ですね。どうします?』

語尾には、誰を消せばいいか、という暗黙の問いかけがあったが、彼女にしてみればいま表立って動くのは得策ではなかった。

「ディエゴガルシアからの出撃ということならばおそらくは正規ルートで下された

ラングレー

命令ね。 CIA やNSAの独自行動なら本土から子飼いの特殊部隊を派遣するはずよ。海軍情報部《ONI》の独自行動って線も考えられなくはないけど、それでも普通ならインド洋に出張ってきてる特殊機甲強襲連隊を持ってくるはず。・・・あそこは精鋭揃いだしね」

『となると、既に話は上層部の方へ繋がってしまっていると?』

「おそらくね。・・・でも幸いなのはディエゴガルシア駐屯の海兵隊の機甲部隊を投入してくる彼らの姿勢ね。戦力の過小評価をしているのか、それとも戦力データの収集が目的か、ハッキリとは分からないけど、奪取という最悪の事態の回避は十分可能よ」

『自信たっぷりの言い方ですね。何か勝算でも?』

断定するような物言いに何か思うところがあったのか、軽口を叩く男に彼女は不安定要素の存在を示した。

「ちょっと腕の良いパイロットがいるの。彼に賭けてみようと思うわ」

『オヤ、あなたに信用されるなんて、そいつは幸運な男ですね』

皮肉な態度を崩さない男に対して、彼女は超然として言い放った。

「奇跡を起こしてくれるわよ」

その言い方に何か思うところがあるのか、男の軽口はフッと止んだ。

『では、それに期待するとしましょう。それでは“EIの為に”』

「 “EIの為に”」

志を共にする同志であっても警戒しあわなければならない自分らはどこまで不幸なのだろうか。心の奥底に響いた声に彼女は一抹の寂しさを感じた。



日本時間22日1400時 千葉県

新東京国際空港第二ターミナル出発ロビー カンタス航空受付前


色とりどりのスーツケースとそれを持った学生らしき男女が5名、空港にいるとしたら間違いなくひと夏のアバンチュールを楽しむのだろうと、周囲の大人達は羨ましい様な許せないような複雑な思いに駆られるものである。だが、そこに金髪の妙齢らしき女性が混じっているとしたら彼らはその集団がいったい何を目的にしているのかの判断に困ることになる。特にその場の男3名が暗い顔をしていたのならば、だ。

「じゃ、出席確認と同時にチケット配っちゃいましょう。キム君」

隼人はいやにテンションの高い引率教員にあきれ返っていた。

「はい」としっかりした返事をする同期を横目にしながら、その横顔がなぜか癪に障った彼は何の気なしに周囲を見渡した。

あれ、と思った次の瞬間、その疑問は顕在化した。

「・・・あれ?後藤君は?」

出欠確認を行っていたはずの教員より先に欠員に気づいたワンは、何気なく疑問の声を上げたが、ジェーンにしてみればそれは予想外の出来事だったようだ。

「え?後藤君来てないの?うそっ?私何の連絡も受けてないわよ?」

疑問符ばかりの台詞が飛び出すが、居ない者は居ないのだからどうしようもない。

すかしやがったな、あの野郎。口をついて出かけた言葉をあわてて呑み込んだ隼人はフェイに目配せをした。

「ま、いないもんはいないんだし、一応携帯に連絡入れてみたらどうですか?それでも無理そうならほっとくってことで」

すかさずフォローに入ったように見えたフェイの顔は明らかに善人の顔だったが、隼人にしてみれば明らかに放っておこうとする考えが透けて見えた。

「そうね。体調不良とかだったら困るし」

そう言ってジェーンは携帯を取り出し、キムから聞いた番号を打ち込んだのだが、その顔にはあきらめの色が浮かんでいた。

「どうしたんですか?」

「電波が入ってないか、繋がらない場所にいるって・・・。あと30分もしないで搭乗手続きなのよ?・・・どうしよう」

そんなギリギリの時間に集合させるからだ、と誰しもが心の中で突っ込みを入れていたが、未だ来ない一名に関してはその場にいる学生全員に心当たりがあった。

「絶対ありゃ東大受験の塾合宿に行ったな。夏前から受験受験言ってた奴だし。大方宿舎内は携帯禁止ってことなんだろ?」

フェイが隼人に耳打ちするが、そんなことは隼人にもわかりきっていることだった。だが彼がわからないのはなぜそのことをはじめに言わなかったか、ということだった。

「先生!後藤の奴はこの合宿に行くのを了承したんですよね?」

まさか、と閃いた事態が事実かどうか確認した隼人は案の情の事態に頭を抱えることになった。

「え?いや、彼うんうん頷いてしかいなかったから、オーケーなんだろうなぁ、って」

「先生その時よっぽど強引じゃなかったんですか?単位やらないぞぉ、とか」

フェイが更なる追い討ちをかけた瞬間、ジェーンの目に動揺が走ったのは明らかだった。

「俺に対してもその技使ってましたしね。指定校推薦も狙ってた後藤にとったら二者択一のきわどい選択だったでしょうね」

で、おそらく彼はその場を何とか取り繕って、後々体調不良やなにやらの言い訳を作って乗り切ろうとしたのだろう。その言い訳の連絡を忘れたおかげで選択肢をひとつに絞れたことを彼は幸運と捉えるのかどうか彼らには判別がつかなかった。

しかし、目の前にいる女性教師が確実に彼の単位を何らかの形で潰してしまう事だけは何となく予想がついた。

「・・・覚えておきなさいよ。ま、いいわ。えーっと、続けます。高槻君」

「ハァーイ」

後藤の単位がつぶれたことに対して同情しないわけではなかったが、小気味の良い気分が少々勝った隼人の返事は晴れ渡ったものだった。

「・・・リ君」

「ふぁい」

そのあからさまな態度に溜息をするのも悪しいのか、少しの沈黙を挟んだ直後にジェーンは氏名確認を何事も無かったかのように続けた。その態度にはフェイも同意のようでまるでやる気の無い返事を寄越した。

「ワンさん・・・は確認するまでもないか」

教師より先に集合場所に現れ、誰よりも先に欠席者に気づくような人間に対してズボラな教師は言うべき言葉を持たなかった。

「それで、居ないのは後藤君だけっと。それじゃ、搭乗口へ行きましょう」

と張り切って言われたものの、その元気に付き合いきれるだけの図太い神経を持つものは生憎とその場には存在していなかった。その後、搭乗手続き自体はどうやら団体として申請してあるらしく、これといった問題もなく進んだ。

唯一特記するとするなら隼人の持ち込んだ改造電動ガンがX線探知でものの見事に引っかかり、あえなくスカイマーシャルに没収されることになったくらいである。


「そういえば先生、合宿って何するんスか?」

フェイが思い出したかのように尋ねた。その質問に対して、ジェーン自身も何かを思い出したかのような表情になった。

「そうですよね。私たち、これからの事って全く聞いてませんし」

追撃をかける様に王が先導者の準備不足を指摘する。

うぅ、という擬音が聞こえそうなくらいに唸りこんだジェーンに対して生徒達の口撃は更に続いた。

「そりゃ何やるかも教えてくれずに5日間も時間取られるなんて聞かされたら後藤も不安になっちゃいますよ」

「ま、先生の普段を鑑みれば有り得ないことではありえませんがね」

徹底的に叩きのめされた教師は一瞬シュンとしたものの、すぐさま反撃に移った。

それもたった一言で全員に衝撃を与えるものだった。

「皆さんには、・・・現地で仕事してもらいます」

全員の目が点になる。

「「嘘ぉ!!」」

全員の声がシンクロする。普段は思考回路からして真逆の発言が多いキムと隼人の両名もこの時ばかりは感情を共有した。

「その代わり、給料が出るから」

そんな事はどうでもいいだろうが、の一言を飲み込むのには苦労した。

「給与が出るって、それは完全に仕事じゃないですか!・・・というか、今回は研修名目じゃなかったんですか?実地ならもう去年の4月に一応履修済みですけど?」

ワンが即座に反論を試みるが、ジェーンも負けじと対抗した。

「あくまでも給与は依頼先のご好意の一環としていただくものよ。交通費や何やらで学校側だけでやりくりできる金額じゃないからね。それと今回の研修だけど、細かい話は私も一切聞いてないのよ。新東高工大の上のほうから直に話があった事みたいで学内でも今回の話を知ってる人間はかなり少ないし、私自身訳が分かんない状態でね」

半ば、というか開き直りそのものだったが、あくまでもにこやかに此方に語ってくる様相は『これ以上聞くな』と暗示しているようであり、人生経験で劣る生徒たちはその迫力に引き下がる他なかった。



同日 現地時間2000時 ココス(キーリング)諸島

ディレクション島沖20km コンテナ船『東洋丸』


インドネシア船籍であるはずのその船は見る者が見れば明らかに異様なだった。

第一に人員の少ない筈のコンテナ船であるはずなのに甲板上に乗組員が何十人も見受けられ、次にその乗組員全員に徹底した規律の存在が見られる点である。それだけで、思考の回る者なら、ある可能性を考えるだろう。

これは何かの偽装である、ということに。

その考えは完全に正解だった。というのも東洋丸に乗り込んでいる乗員の全員が歴とした環太平洋連邦軍に所属する軍人であるからだ。

また、東洋丸というのは今作戦におけるコールサインでしかなく、その船の本当の所属も環太平洋連邦太平洋方面海軍特務艦隊であった。そんな船の艦橋に詰める人間たちは目の前に浮かぶ小さな島を双眼鏡で眺めながら今夜が眠れない夜になりそうだと感じていた。

「高野少佐、お休みになられたらいかがですか?明日は朝から東京からの“荷物”が届く予定ですし、作業が開始されれば眠る時間などありませんよ」

さすがに船内では衛星から覗かれる可能性が低いのか、軍服を着用している男が貴賓席に座る男に声をかける。

「原大尉、私は2時間前に仮眠を上がったばかりだぞ?・・・休んだほうが良いのは君のほうだな」

艦長席に座る高野は苦笑して原に返した。

だが、高野自身も原の興奮する気持ちがわからないでなかった。

何せ明日は自身らがこの半年行ってきた成果すべての成就する日なのだ。

太平洋方面軍技術開発本部装備開発課として統合戦力整備計画に参加してきた彼らは、その全身全霊をかけて作り上げた新型機が世界に認められる明日という日を心待ちにしてきたのだ。だが、その最終局面になって司令部からの横槍によっていらぬ “荷物”を抱え込まされることになった彼らの心境はいささか複雑だった。

「しかし、よりにもよって学生だと?どこの馬鹿が言い出したのやら・・・」

そう、明日東京から送り込まれる“荷物”とは新東京高等工科大学からくる引率教授を含めた5名であった。司令部からの通達ではその学生に観測施設の外観を製作させ、衛星や諜報機関からの目を欺くのだという。

現場の彼らにしてみれば、馬鹿も休み休みにしろ、と声を大にして言いたい事だったが、太平洋方面軍令部を含めた上層部の決定を覆すことは出来ず、彼らとしては如何にそいつらを関らせないように作業を進めていくかが明日の最重要課題だった。

「大西洋連合に何やら感づかれてはまずいからな。哨戒は厳に。・・・といってもまだこのあたりは本土の目の前だからな。そうそう心配することはない」

力強く頷いた原の心境はまさに高野と同じものだった。

いくらディエゴガルシアに近いとはいえ、ここは普通にインドネシアやオーストラリアからの目の届く範囲内だし、非常事態に備えて近隣のクリスマス島沖には太平洋方面軍軍令部指揮下の巡洋艦と強襲揚陸艦が向かっているはずだ。イレギュラーを感知すれば航空機もすぐさま急行できる体勢がとられていると聞いている。

「えぇ、無論細心の注意を払っています。もしも“積荷”に何かあったらそれこそ悔いても悔やみきれません」

ううむ、と唸った高野は偽装コンテナ船の船倉に安置された“積荷”こと新型VAを慮った。その一機にどれだけの人間が注視し、またどれだけの人間が動員されているのかを理解している高野にとってまさに原の言葉は真理だった。

無論、兵器とは壊れることを前提に作られるものだ。しかし、試作機は決して壊れてはならないのだ。

壊れれば即座に量産機の生産中止が命令され、開発者たちの努力は灰燼に帰す。ゆえに試作機とは万能たる存在であることをアピールする必要がある。

「・・・すべては明日、か」

ひとりごちた高野は艦橋の外に映る明かりひとつ見当たらない島がいやに大きく見えた。



現地時間23日0800時 ココス(キーリング)諸島 ウェスト島

ココス島国際空港


「着いたぁ!!」

オーストラリア、パース空港午前2時発のボンバルディアQ400に接続された簡易タラップを駆け下りきった瞬間に隼人はココス島上陸の雄たけびを上げた。

15時間以上飛行機に乗り続けた体はすでにガチガチに固まっていたが、飛行機の狭い機内から飛び出した瞬間に広がった一面のココナッツ林とエメラルドグリーンの海は、南国特有の風と共に隼人の体を解きほぐしていった。

続けてフェイやキムたちがタラップを降りてくる。いずれもみな体の各所が固まってしまったらしく、かなりゲッソリとした様相だった。

輪をかけた様に酷かったのは引率の教師だった。

「・・・若いって良いわね」

事前に用意していたのであろうか、鍔の大きな麦藁帽子を被ったジェーンはタラップを一段々々と踏みしめるかのようにゆっくりと降りてきた。

「みんな揃ってる?荷物が無いとか誰かいないとかはない?」

常時行動を共にしてきたのにこんな質問を投げかけるとは、この教員の頭は熱でいかれてしまったのか、それとも単に場を和まそうとしているのか、生徒たちには判別がつかなかった。

「とりあえず、荷物に関してはなんら問題ないですよ」

飛行機の貨物エリアから作業員によって運び出されるコンテナを指差しつつフェイが言った。

さらに言えば、定期便ではないこの機体に搭乗していたのは隼人たち5名と航空会社関係者の合計8名しかいなかった。置き忘れの可能性もほぼゼロだ。

「そうね。・・・じゃあ、これからの予定を簡単に説明します。とりあえず、ここにクライアントの窓口の方がいらっしゃる予定だから、以後はその人から詳細な仕事内容を聞いて、可能なら早速取り掛かります。もし、時間が掛かるようなら細かい話は私に任せて、あなた達はホテルに向かっちゃって」

「そんな投げやりに言わなくても・・・。それに俺達、ホテルの場所聞いてないんですけど?」

キムがいちいち挙手をして発言する。その様子が生理的に気に入らなかった隼人だが、あきれ果てているような様相でも最小限の意見表明をするのはさすがだと感心した。

「投げやりなんて言わないでよ。こっちだってあなた達とそうそう立場は変わらないんだから。それから、ホテルだけど、この島にはまともなホテルは一軒しかないらしいわ。予約名は“NTAIT HIGH SCHOOL”で取ってあるから」

その言い分はどうみても投げやりではないか、と言う疑問は生徒皆に共有された思考だった。


「新東京高等工科大学の方ですか?!」

突如として、静かな南の島の空港に声が響いた。皆が、滑走路の反対側の端からメガホン状に手を丸めて声をかけてきた男を視界に捕らえた。

全身を迷彩服に覆われていた男の様相はまるで軍人そのものだった。しかし、なにぶん距離が遠いことから、あまり細かくは見えなかった。そんな中、軍事オタクたる隼人の反応はすばやかった。

「ありゃ、・・・たぶん太平洋連邦軍と戦略陸上自衛軍(陸自軍)で採用してる14式戦闘服だな。こんな辺鄙なとこに戦自軍が出張ってくる訳ゃねぇし、てことは連邦軍、それもインド洋方面軍てとこか?」

ついで反応したのはコンビを組んでいるフェイだった。

「ん?にしてはやけにモンゴル系の顔つきだぞ?英語の発音だってやけに日本っぽいし」

軽く50mは離れていそうな男の人相をハッキリ見分けている事に驚愕したのは、キムだけだった。

「お前視力いくつだよ?普通あんな遠く裸眼で見えないぞ?」

「あぁ、俺裸眼で視力2.0だから」

つんけんに答えたフェイの視界は遠方にいる軍人の姿を正確に認識する事にのみ使用され、どうでもいい同級生の事などに割り振られるものではなかった。

生徒たちが思い思いの行動をとる中、引率者たる教師は礼節を以て質問に答えた。

「そうです!あなたはPREFの技術開発局所属の方ですか?」

冷静に答えた教師に対してギョッとしたのは生徒一同だった。

「何で先生、相手が連邦軍だって知ってるのよ?」

「俺に聞くなよ。でも今明らかに“プレフ”って言っただろ?にしても技術開発局って一体なんだ?」

「そりゃお前、文字通りの意味しかないだろ。なんか研究してんだよ」

そんな彼らの反応をよそに、軍人は言語を切り替えて教師との会話に専念したままだった。

「お待ちしていました!私は技術開発局装備開発課主任の原と申します!課長がお待ちです!どうぞこちらへ!」

「わかりました!・・・ほらみんな行くわよ!」

すっかりテンションが切り替わったジェーンをよそに生徒たちの頭上にはクエッションマークが透けて見えた。



現地時間同日0730時 インド洋上ディエゴガルシア島 アメリカ海軍基地


キャサリン・カーウィンは朝から不機嫌だった。

アメリカ海軍第7艦隊第79任務部隊強襲機甲連隊C中隊第1小隊長である彼女はつい先ごろ海軍士官学校を卒業したばかりの新米士官だ。ディエゴガルシアには自分から志願して配属された。ここがインド洋上における連合軍の最前線だからだ。

無論主戦場は太平洋な訳だからグアムという手もあった。だが、そんな危ないことは御爺様が許してくれるはずもない。妥協の産物としてのディエゴガルシアだった。

だが、小隊を率いる立場になったのならいずれは出撃のお鉢が回って来る筈だった。

そして、それは今日の筈だったのだ!

「なんで、私だけ待機命令なのよ」

呟いた一言がすべてをあらわしていた。

昨日まで、インド洋上の群島のひとつで行われるであろう敵新型機の偵察任務につくことが予定されていたというのに、今朝になって急に中隊長から小隊長である自分だけに待機命令が出た。次席以下だけで完遂可能な任務だから島に残ってデスクワークをしろと言うのだ。隊長不在の部隊で出撃なんて話は今まで聞いたことがない。最初は冗談かとも勘ぐった位だ。

原因はわかってはいる。大方、上層部に自分の情報が漏れたのだ。

危ないところには行かせない、そう呟く祖父の姿は瞼を閉じればすぐに思い描けた。

基地司令以下幹部の人たちが朝から交代々々にやってくる。皆の口ぶりは違えど、言っている内容に遜色はない。

『お前に死なれると俺が困る』

恋人にでも耳元で囁かれれば嬉しい台詞だが、自分の保身を考えたオヤジ共に言われれば腹が立つことこの上ない台詞だ。何度目になるかわからない舌打ちをした彼女の元に部下の一人が走ってきた。慌てて表情を取り繕う。

「小隊長、あの、今日の任務のことで相談が・・・」

言いにくそうに、もじもじとする部下を見、キャサリンはすぐにこの部下が自分を心配して来てくれたことを悟った。

「トム、あまり無理しないで。心配が顔に出てるわ」

え、と言った顔をした部下に対してキャサリンは続けた。

「私のことなら、気にしないで。むしろ怒ってくれていいわ。せっかくの初出動にいない隊長なんて用無しも良い所よ」

「いえ、自分は決して、そんな・・・」

どもるトムに対して彼女は更に続けた。

「しっかりしなさい。あなたは優秀よ。オニール曹長の指揮とエップス二等軍曹の補佐も付ければ完璧よ。私の分も撃墜数を稼いできて頂戴。あなたがしっかりしてくれれば、隊長の私の鼻も高くなるわ」

そう、ここでウジウジしても始まらない。

なら自分は隊の邪魔にならないように彼らの心配を取り除いてやるだけだ。

「偵察任務って言っても新型機を見てくる以上、敵も相当警戒しているはずよ。厳しい任務なのは間違いないわ。でも、私たちの隊にこの任務が回ってきたのはそれが可能だと判断されたからよ。PREFの連中に7thフリートの実力を思い知らせてきなさい。・・・頑張ってね」

「ハイッ!」

トムの敬礼に答礼した瞬間、キャサリンの心はどこか晴れた気がした。



現地時間同日1000時 ウェスト島バンダム港『東洋丸』前


その船が今座礁しているのか、それとも港に停泊しているのか、隼人たちには判別がつかなかった。

何せ水深はおよそ10m弱。透明度が高いため、底の起伏まではっきり見える状況下で目の前にあるコンテナ船の巨体は明らかない不釣合いだった。はじめて見る大型船舶に生徒たちが度肝を抜かれていた間、学校側との交渉窓口である原とジェーンは何やら言い争いをしていた。

「高校生?!聞いてませんよ。私たちは東高工大に今回の仕事を依頼したんですよ?」

「そんなこと言われましても、我々だって大学事務局から急遽言われてここまで来たんですよ?!それが人違いでした、ではどうしようもありませんよ。ここまで来るのに何時間掛けたかお分かりでしょう?!」

「そのお気持ちはよく分かりますが、この仕事は下手すれば軍事作戦の一環になるんですよ?まだ未成年の彼らを関与させて、もしマスコミにでも嗅ぎ付けられたら大学も軍も、なにより彼らにどれだけの悪影響になるか、想像できない訳ではないでしょう?!」

先ほどからの言い争いを要約すると、軍としては未成年を戦争に加担させたくないから帰ってくれ、と言い、学校側としてはいまさら帰れとはどういうことだ、と言うことらしい。しかもその結論を出したのはどちらもこの場にいないカーペンタリアにいる軍のお偉方と東京にいる大学教授会だそうだ。

大学側としては大学生に被害を出したときより附属校生が死んだときのほうが自分たちの被る被害が少なくて済むと言う目論見があるらしく、軍としては先ほど原が言ったように未成年を軍事作戦に徴用したとマスコミに叩かれるのを警戒しているとのことだ。

どっちでも良いから早くしてくれ、というのは隼人たち学生の偽らざる思いだったが、唯一フェイのみは「軍の作戦に関わるなんて真っ平だね。とっとと帰ろうぜ」と公言してはばからなかった。

反戦主義者なのだろうかと皆は考えたが普段の彼を知る隼人にして見れば妙な話だった。普段自分が戦車やVAについて雑誌片手に熱弁を振るっている時は何も言わず、単に相槌を打っているだけなのだ。

そこまで軍隊が嫌いならそもそもその手のオタクの自分など真っ先に血祭りに上げられている。疑問に首をかしげる隼人だったが、それくらいしかやることがない現状ではいくらでも首を傾げようかという気分になってくる。

キムなんかは早々に長引くことを予見したのか、鞄から単語帳を取り出しブツブツと口の中で単語を反芻し始めている。ワンはこちらもまた大人に付き合いきれないと考えたのか、コンパクトカメラで周囲の自然を撮る事に専念し始めた。

フェイが一番ひどい。

「しばらく泳いでて良いですか~?」

と言いつつ既に手がベルトを外しにかかっている。

いつの間に水着を着用したのかをも疑問の種にしなければならなくなった隼人の首の傾きはますます大きくなるばかりだった。

「えーっ、結論が出ましたので、皆さん集合してください」

そういってジェーンが生徒たちを集めたのは30分ほど過ぎた頃だった。

思い思いに30分を過ごしていた生徒たちが海やら木陰やらより飛び出してくる。

「で、どうなったんですか?当然帰るって方針ですよね?」

帰ると言う結論しか頭にないようなフェイは既に珊瑚一杯の海を満喫していたようだった。シュノーケルとフィンが装備されている。

その姿を見てジェーンは一瞬眉をひそめたが、すぐさま意地汚い顔になり、フェイが不機嫌になる発言をした。

「残念でした。これからあなた達には多脚チューンされた四菱製のミヤマに乗ってもらってキッチリ作業してもらうことになりました」

どうやら学校側の意見が通ったということなのだろう。すぐに納得できた隼人は良かったが、どうやらフェイは相当驚いたようだった。

「はぁ!?何でですか?俺らまだ高校生ですよ?軍人でもなければ軍属ですらない。それなのになんで?」

どうにも納得の行かない顔をしたフェイを見、即座に説得が難しいと判断したジェーンは方針を変えたようだった。

「あー、話しは最後まで聞いてほしいかな。確かにあなた達には仕事はしてもらいますが、それはあくまでプレハブ施設の設営のみ。しかも依頼主は軍から直接じゃなくて軍と施設契約を結んでいる四菱重工からの依頼という事になりました。よってあなた方はインターンの一環としてここで一仕事して、バイト代と交通費をもらって明後日には帰国の途に着く、ということ。もし不満なら私のポケットマネーから帰りの交通費を出すわ。作業には参加しないでいい。ただね、・・・バース行きの飛行機は早くても明日の午後3時まで出発しないのよ。・・・という訳で!お給料と暇つぶしが欲しい人!」

そう言って挙手を求めたジェーンに対して「きったねぇ」と言いつつ一番に手を上げたのは予想外にもフェイだった。無論、隼人とワンはフェイが残るなら別になんら問題はないと考えたのですぐに追従した。問題はキムだったが、強固派であるフェイがこうもあっさりと折れた事から抵抗の目は少ないと踏んだのか、こちらも手を上げた。

「ウン!これで全員作業参加ね!じゃぁ、原さんが特別に“良いモノ”見せてくれるって話だからちょっと船に行きましょうか?そこにミヤマもあるみたいだから」

「 “良いモノ”?」

この選択が分水嶺であった事を彼らは後になって認識するのだが、それはまだ少し先の話だ。


「何だコリャ?!」

『東洋丸』内部の貨物室についた一行が見たものは全身を蒼く塗られ、背面に長い筒らしきものを装備し二足で立っている二機のVAだった。

一機の顔面及び頭部はモノアイカメラのほか、各種レーダーが搭載されていることが一目でわかるようなアンテナの類がついていて、それらはまるでインカムマイクのように見える。胴体は若干Tの字に似ていてコックピットがすぐわかった。今までのコアブロックのような立方体からは少々違う形だ。脚部は全体の中でも特にがっちりしていて、ちょっとやそっとの力では機体が倒れないようになっている。

これまでに彼らが見た事がない形のものだ。

もう一機は連邦軍に正規配備されている通称“サイフ”と呼ばれる正式名称18式戦術可変戦闘機だった。だが、そのサイフにしても三角錐のような特徴あるコアパーツから辛うじて認識できるだけで、腕部や脚部パーツはこれまでに正式発表されたオプションパーツでは見た事がないものだった。

元来、汎用作業目的で開発されたVSは、当然ながら兵器転用をも視野に入れて開発された。だがVSは汎用性を高めるために軽量化を進めていったため、兵器転用するには装甲を厚くする為の関節の強化など抜本的設計の改良が試みられた。

言うなれば第一次世界大戦において単なる “武装した車”から無限軌道型の“戦車”へと改良が加えられた様な経緯をVSとVAはその開発史上で行ってきたのである。

隼人たちの通う新東京高等工業大学附属では、基本的にVSの操縦資格である普通可変マニュピレーター操縦免許が授与される。

そしてその中から仮に軍人になる者がいた場合は、機種転換訓練を受けるだけでVAの操縦免許である特殊可変マニュピレーター操縦免許も付与されるのである。

尚、各軍事組織内部には専門の教育機関もあり、そちらで特殊免許の方のみを得る事も可能である。

いずれにせよ学校の授業で各国メーカーのVSを見てきた彼らは一目で初めの一機が既存の機体のいずれとも違うことに気付いた。更に言うなら、軍事オタクでもある隼人は世界各国で使用されているVAのコアパーツはもちろん、組み換え例もかなりの数を把握していた。しかしそんな彼をしても、目の前に存在する機体に見覚えはなかった。ネット上の開発計画書で見る試作CGなどでも見た事がない。

「いったい、コイツは・・・?」

そんな彼の疑問に答える者など誰もいないと思えたが、目を丸くする学生たちを前に自慢の息子を紹介したくなった原は機密に気をつけながら言葉を紡ぎ始めた。

「25式試作戦術戦闘機、連邦の開発した新型VAだ。全高は14m。重量は約30t。コアシステムを全廃してフレーム構造を採用している」

「フレーム式!?」

一番に反応したのは隼人だった。

あの論文のままだ!

彼の脳内にはジェーンから見せてもらった『戦術可変マニュピレーター(VA)の組み換え機構撤廃による運動性の向上の提言』という論文が一瞬で浮かんだ。だがそんな事は露知らない他の3名にしてみれば、なぜそこまで隼人が興奮しているのかがいまいち分からなかった。

「なぁ、フレーム式って30年近く前に廃止された方式だぜ?新型機に積む代物じゃねぇだろ?」

「フェイ、分かってねぇなぁ。良いか、専門機能に特化させるにはだな・・・・」

滔々とフェイに語り始めた隼人を横目にジェーンもまた目を点にしていた。

「これが、連邦軍の新型機。・・・原さん、あの後ろに背負っている筒は一体?」

フレーム採用の機体が現実に存在する事だけで驚きの中、ジェーンの質問は更なる驚きをもたらした。

「あれはレールガンです。一応VAの内臓電池だけで動くように設計されています」

サラっと言った原に対して演説中であったにもかかわらず、隼人は食らいついた。

「レールガン!? 大西洋連合でもまだ数隻の巡洋艦にしか試験配備されてないってのに、それをVAに?!」

「あぁ。これも実験用の物を流用しただけで制式配備って訳じゃない。それに、コイツは数発撃っただけで砲身が壊れるから最初から数発の弾頭とセットにして弾が切れると同時に砲身ごと廃棄するって代物だからな。あくまでVAが運用できるかの試験を兼ねての装備なんだ」

「弾頭は?!アルミ式ですか?それともプラスチック?!」

これ以上はまずいな。

おそらくこの少年なら主機の発電量まで聞いてくるに違いない。内心にそう呟いた原は話の切れ目だと判断した。

「これ以上は軍事機密だ。・・・ここまでも既にかなりの軍機違反を犯しているのでね。それで勘弁してくれ」

「なら、あっちはいったい何なんだ?!あれにはまだ何も触れてないぞ」

即座に話題転換を図ったフェイの指差した先には極度にカスタマイズされたサイフの姿があった。

「あぁ、あれはサイフの改良型で、“タイプπ”と呼ばれるものだ。25式の概念実証モデルだよ。既存のサイフに新技術を搭載したパーツを組み込んで各技術のテストを行うためにあるんだ。今回は25式の予備パーツを兼ねて持ち込んだと言うわけさ。・・・他に質問は?」

「ハイ!写真は撮って良いですか?!」

オタクとしてこんな垂涎極まりない状況を利用しない手はない。隼人の目は爛々と輝いていた。

「別に問題ないけど、撮るときは私の監視の元で撮ってくれ。あと、一応プレスリリースは3日後の予定だからそれまではこちらでカメラを預からせてもらう形になる。

それから、SNSへのアップは厳禁。それで問題ないかい?」

うんうんと首を何度も上下させた隼人はこんな一生に一回有るか無いかの体験にすっかり舞い上がっていた。そしてそんな餌を垂らされた隼人に対してジェーンはすかさず語りかける。

「ね?高槻君、“良いモノ”だったでしょ。でも残念だけど、写真撮影はお仕事の後。・・・奥にミヤマが駐機されてるから、各自まずはセットアップ作業に移って。完了したら順次クレーンで島側に移していくからね」

「はぁーい」

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