1-7 孤高の獣
外壁付近には、装備一式を積んだ軍事車両が停車していた。
基地で待機していた兵士たちが、すでに到着して戦闘配備についている。
樽本と美奈も到着しており、無線で連絡を取り合い、合流。
みんな、すばやく防具など装備を整え、各々武器を手にする。
都市は周囲すべてを高い外壁で囲まれており、北と南に一つずつある外との出入り口も、巨大な鉄のゲートで閉鎖されている。
兵士たちは、梯子や階段を駆け上り、厚い外壁の上に立って、態勢を整える。
いた。
都市の外に広がる、なにも存在しない砂漠化した空間に、クラッグの集団が群れを成し、怒涛の勢いでこちらへと向かって来る。
まるで、大きな炎がこちらへ向かってくるようだ。
「すごい数だべ」
ノイズの言うとおりだった。
これまでにない規模での防衛戦になる。
いまだかつて、このような数でクラッグが攻めてきたことはなかった。
なにかに触発されたのか、偶然の産物か、あるいは――。
爆発が起こった。
クラッグが、地雷による防衛ラインに突入したのだ。
F‐22戦闘機がうなりをあげながら頭上を飛んで行く。
爆撃。
クラッグたちが悲鳴を上げながら爆発する。
爆発が爆発を呼び、連鎖していく。
それでも敵は次から次へとやって来て、空白を埋めつくす。
鉄のゲートが開き、戦車が出動した。
次々と放たれるロケット弾。
止まる様子もなく、後から後から湧いてきて、着実に近づいてくるクラッグの群れ。
外壁の上に装着された重機関銃が、次々と発射され始めた。
「敵しか、敵しか見えません」
真幸の声。不安、焦り。
戦車が退却を始める。
だが、クラッグのほうが移動が早い。
鉄のゲートがすかさず閉じられる。
見捨てられたも同然の戦車たちを、あっという間に、クラッグの群れがつつみこんだ。
「畜生、悪夢だ」
薬音寺のつぶやき。
外壁の上に並ぶ兵士たちの掃討射撃。
戦車のすがたは、もはや一つも見えない。
地上は燃え盛る炎につつまれていた。
クラッグが壁に到達し、体当たりしてくる。
そう簡単には壊れないはずだが、このままだと時間の問題だ。
銃を真下に向けて連射。
砕け散るクラッグ。
後方のクラッグが、上から見下ろす兵士たちに炎を投げつけてくる。
絶叫。
直撃を受けた兵士が、炎につつまれて落下していく。
炎が、まるで火矢のように飛んでくる。
実際、それは石火だった。
クラッグは、高熱の炎に包まれた自身の身体の一部を、投げつけてきているのだ。
「くそったれ、くそったれ!」
悪態を吐きながら炎を避け、銃撃する薬音寺。
弧を描き、向かってくる数々の石火。
いつものように背中のショットガンを引き抜いて、撃つ、撃つ、撃つ。
ポンプアクションを起こすたび、横に薬莢が弾き出され、地に散らばる。
散弾を受けて、宙で破裂する石火。
火の粉が舞う。
耳もとで絶叫。
すぐとなりで応戦していた兵士に炎が直撃したのだ。
兵士は、悲鳴をあげながら、その拍子で引き金をしぼる。
宙を舞いながら落下していく兵士の、手元から発射された銃弾が飛来する。
直前に避ける。
左の肘辺りをかすめる。
血が一筋、滲む。
ぶわっと熱気が足元から舞い上がった。
あの目の疼き。
燃えるような痛み。
五感が研ぎ澄まされる。
「雄輝!」
となりで薬音寺が、おどろいた声を出す。
恐怖にも近い。
兵士たちの視線が、こちらを向く。
からだが熱い。事実、燃えている。
兵士の一人が慌てて銃をこちらに向ける。
とっさに両手を上げる。
「ちがう! 共鳴者じゃない!」
みんな、あ然とこちらを見つめる。
全身が燃えている。
服や装備はすでに燃え尽き、手にしていた銃器も、熱で歪み、ねじ切れ、溶けていた。
肌は硬質化し、鉛色に変色。
肩や肘などが、尖った岩のように突き出ている。
からだ全体が、岩、または岩の集合体にでも変貌してしまったかのような変身を遂げていた。
はたから見れば、まさに突き出た岩〈クラッグ〉。
でも、ちがう。
僕は意識を保っている。
熱い。
人間の身体が耐えられる温度をはるかに超える炎が、身をくるんでいる。
炎。炎。炎。
生まれたときから、自分は炎だったのではなかったか。
火を噴いていた。
火を纏っていた。
あの人を殺しながら生まれたのだから。
火のような子供だったのだ。
「熱! 熱つ!」
薬音寺がさけんで僕からはなれた。みんな、はなれていく。
「共鳴者じゃない!」
さけぶ。
突如、銃弾が飛来した。
だが、からだに到達する以前に、炎に燃えつくされ、消滅する。
撃った人間――村崎二尉の、おどろきの顔。
共鳴者やクラッグですら、銃弾をぶち込めば殺すことができるはずなのに。
とっさに、やるべきことを把握した。
壁の上から、地を蹴り、クラッグの押し寄せる外世界へと跳躍。
「あああああああっ!」
疑心の目から逃れ、信頼を取り戻し、ひとまずこの戦闘に決着をつけるために。
からだが、なにをすべきか、本能的・直感的に知っていた。
燃え盛る炎のなか、クラッグの群れのどまんなかに、轟音・砂塵と共に着地。
岩のように硬化した身体に損傷なし。
クラッグの炎と自分の炎がぶつかり、混じり合う。
今や周囲は、戦車も一瞬で溶けてしまう灼熱の世界。
クラッグの一体が体当たりをかましてきた。
衝撃は感じたものの、痛みはごくわずかだった。
踏ん張る。
もう一度、攻撃を受ける。
少しよろける程度だった。
息を吸う。
熱く力がたぎる。
拳を突き出す。
目の前のクラッグに叩きつける。
岩で岩を砕く感覚。
まさに粉砕。
拳は、クラッグの表面の殻を突き破り、内側の柔らかい肉を引き裂いた。
コロッケを連想。
そのイメージを削除。
戦闘に集中。
クラッグの群れが押し寄せて来て、からだとからだがぶつかり合う。
強力な重圧。
押しつぶされそうになる。
受け入れがたいなにかを、押しつけられる感覚。
なにも言うな、と怒鳴りつけてくる遠い記憶。
あまりにも理不尽な感覚に、怒りが沸く。
絶叫〈スペル〉する。
否定の詩。拒絶の叫び。
クラッグたちが、甲高い唸り声を上げた。
内側から破裂する目の前のクラッグ。
周囲のクラッグたちも、それにつづいた。
次々と破裂する岩の塊たち。
限界を感じない。
戦う。戦い続ける。
ただ、破壊のために。
それだけのために、生まれてきたような感覚。
だんだん意識が薄れてくる。
絶叫〈スペル〉し、拳を振るいながら、しだいに目の前が暗くなっていく。
僕は、僕は、僕は──。
叫びつづけた。