1-6 女戦士
目当ての病室につくと、マリアがノックして「お姉ちゃん」と呼びかけ、扉を開けた。
「やっほい、元気にしてた?」
「マリア……また来たの? ありがたいけど、他にすることないのかしら」
ベッドに横たわったまま、あきれ顔でマリアを迎え入れる姉──キャシー。
やはり赤毛の髪が、肩まで伸びている。
手足が細く、表情が優しいところを別にすれば、妹マリアとよく似た風貌だ。
白いシーツに覆われた腹の膨らみ。
「こんちは、キャサリン。元気だった?」
と薬音寺。
「いつも驚くだが、マリアとそっくりなのに美人さんだ。どういう仕組みだべ?」
ノイズの言葉に、紫苑もうなずいている。
「失礼なこと言わないでよ。お姉ちゃん、産まれるまで、もうちょい?」
「今週中には、てお医者さんは言ってたわ」
「名前とかは? 決めたんですか?」
真幸の問いに、キャシーは肩をすくめる。
「内緒。産まれてきたときに、紹介してあげる」
「男の子だべか?」
「女の子よ。あいかわらず、変なしゃべりかたね、ノイズ」
「こいつは、おいらのアイデンティティーだべ。だれにも真似できねぇだ」
「たしかにな。おい、真幸。キャサリンの娘さんを嫁にもらったらどうだ?」
「真幸君なら、幸せにしてくれそうね。おねがいしちゃおうかしら」
薬音寺とキャシーにからかわれ、真幸はあいかわらず赤面沸騰中。
みんなが笑っている。
祝福の気持ちをこめて。
シーツの下、膨らんだ腹のなかの生命に向けて。
「ここも、一つの戦場っすね」
紫苑が言った。
「死であふれた戦争とは逆の、生を与えるための戦い。女の戦っすよ」
「へー、言うじゃん、紫苑。そのへんが、鉛臭い男どもとのちがいだよねー」
これも一つの戦い。
その言葉が、意識せずも、脳裏で波紋を呼んだ。
(かわいそうに)
まるで無線からの声のように、頭の中を雑音が走る。
おどろき、おののき、壁にもたれる。
今のは?
笑っている薬音寺、真幸、ノイズ、紫苑、マリア、キャシー。
今のは?
急に息苦しくなって室外に飛び出したくなるのと、あちこちで警報が鳴り響き始めるのとは、ほとんど同時だった。
全員、一気に顔つきが変わる。
都市中で鳴り響く警報。
それは、クラッグが都市へと近づいて来ていることを意味する。
スピーカーからの声が、敵は西南側の外壁に接近中だと告げていた。
張り詰める緊張のなか、呻き声が上がった。
「お姉ちゃん!」
マリアが駆け寄る。キャシーは腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。
薬音寺がブザーを押して医者を呼ぶ。
「どうした? 産まれるのか?」
「分か……らない」
キャシーが歯を食いしばり、言う。
「痛い……これは違う……こんな、こんな悲しい痛みなんて……」
警報は相変わらず鳴り響いている。
混乱しているのか、なかなか医者が来る気配がない。
「おいこら、何やってやがるっての! 給料もらってんだろがよ!」
薬音寺が扉を開けて怒鳴る。
気圧された看護婦が、医者を呼びに走った。
くりかえされる警報。隊員への非常招集の声。
とまどい、動けない粉砕分隊の面々。
「行って、マリア」
キャシーが汗だくの顔で言う。
「あなたには、あなたの戦いがある。私もここで戦うから。私は必死でこの子を守る。だから、お願い。この子が生まれてくる、この都市を守って」
キャシーはまっすぐ言った。
気高き母親のすがた。
すでにキャシーは、母だった。
マリアの拳が、開かれ、握られ、開かれ、握られる。
ここにいても、できることは、なにもない。
それでも、そばにいてあげたい。
そう思い悩んでいるのが、見ているだけで伝わってきた。
「行こう。俺たちは、守ることができる」
薬音寺がマリアの肩に手を置く。
マリアは一瞬、両手で顔をおおい、髪をかき上げ、うなずいた。
誇り高き戦士の顔。
やはり、姉妹は姉妹だった。
みんな、キャシーに応援の言葉を投げかけ、病棟を飛び出し、都市の外壁へと向かう。