1-4 対人模擬戦闘訓練
障害物や高台がまばらに設置された砂地の擬似戦場で、二個の分隊が互いの陣地にあるフラッグを奪い合う、対人模擬戦闘訓練。
訓練用ペイント弾を用い、撃たれた者は即、戦線離脱。
少し離れた監視塔から、大人の訓練教官たちが、腕組みしてこちらを俯瞰している。
高いところから命令を下すだけで、実際には戦地へと赴かない大人たち。
棒立ちの監視者〈ウォッチャー〉というあだ名のゆえんだ。
「準備はいいかよ、お前ぇら?」
樽本が隊員を見まわす。銃をかまえ、教官の合図を一べつする。
「ロックンロール!」
号令。
障害物に身を隠しつつ、突撃を開始する。
粉砕分隊は、この訓練において、総合成績一位を獲得している。
今回の対戦相手は、粉砕分隊のせいで、不動の二位を余儀なくされている爪牙分隊〈ファング〉だ。
粉砕分隊が青、爪牙分隊が赤のチーム。
ペイント弾、ヘルメット、腕に巻いたバンダナ、目標の旗、それら全てが、自軍に定められた色に設定されている。
擬似障害物で視界の悪い道を、索敵しながら進む。
樽本の指示で二手に分かれ、左右に展開する。
薬音寺・マリア・真幸の三人とともに、敵地の奥へと向かう。
前方斜め右の物陰から銃撃。敵は二人だ。
すかさず死角に隠れる。薬音寺もとなりに来る。
壁にたたきつけられるペイント。
「奴さんたち、必死だぜ。敵意むきだしだ」
つぶやきつつ、薬音寺が、そうっと顔を出す。
再開される射撃。頭を引っこめる薬音寺。
「さぁてと、どうしたもんかね。進めねぇや」
単発的な射撃音。
無音。
無線連絡。
《あのぅ、そちらの物陰の敵を始末しました。クリアです》
「でかしたぜ、真幸!」
薬音寺がさけび、だれよりも速い疾走を再開する。
すかさず追走。
銃声。
避ける。
腕をペイント弾がかすめる。体勢を立て直す。
索敵──目の疼き。
燃えるような痛み。
「っ!?」
足を止める。呻く。
左眼が熱い。
痛みが引いていく。
熱さだけが残る。
視界が赤みを帯びる。
視覚的情報が、心なしか、くっきりと見える。
聴覚も異常に研ぎ澄まされ、耳もとで、離れたところにいる人間の吐息音をキャッチする。
あまりの大音量に顔をしかめる。
しだいに馴染み、調整されていく感覚。嗅覚や触覚も同様に。
あきらかなからだの異変に、銃をにぎる自分の手を見つめる。
左脇に気配。
ふりむく。
敵が物陰から飛び出して来る。
戦地の真ん中で突っ立っている間抜けな標的を狙い撃とうとする。
こちらも遅れて動き出す。
銃を敵に向けるが、脳内シミュレーションの結果、直感が、間に合わないと告げている。
撃つ。
倒れる敵。
すべてがスローモーションのように見えていることに気がつく。
さらに右脇から気配。
一人を狙った挟み撃ちか。
敵の位置が、実感として分かる。
ふりむく前から分かっている。
銃を向けられ、おどろく相手の顔まで、はっきりと認識している。
撃つ。
ふりむいたときには、すでに敵が倒れている。
驚愕の表情。
いまや、焼け石を押し当てられているかのように、熱くなっている左眼。
さらに前方からだれかが駆け寄って来る。
迷わず。
撃つ。
またしても驚愕した顔。
その顔が近づいて来る。
黒いサングラスが光る。
そこでようやく、左眼の熱が引いていく。
一気に頭が冷める。
薬音寺のおどろいた顔。
防具にくっきりと張りついている青いペイント。
「なんだよ、恨みでもあるのかっての」
唖然と聞く薬音寺。
その手には、敵側の赤い旗。
やがて、訓練終了の笛音。