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1-3 感染

 意識が回復する。


 近くに気配を察知する。

 二名。男と女。なにかを話している。二人とも、既知の声だ。


「感染の可能性がある。危険すぎるわ」

「けどなぁ、あいつぁまだ十四だぜ。その年齢で感染した前例はねぇし。現在、感染が確認されてんのは、十八歳を越える人間だけのはずだよなぁ。それ以下の者は、スペルを聞こうが、傷を負わされようが、感染するこたぁねぇ。周知の事実だろ?」

「奴らがヘリを操縦して基地のまんなかに現れるなどという前例もなかった。なにごとにおいても、もはや楽観視や予断は許されない状況なのよ、曹長」

「奴らに傷を負わされた連中なんて、大勢いるじゃねぇか」

「私が問題にしているのは、その傷が、あっという間に消えてしまったということよ」


 目を開く。

 状況把握。ベッドに眠らされている。

 ぼんやりと、天井の蛍光灯を見上げる。

 ──両眼で。


 はっとして、手を左眼にやった。

 なにも異常はない。問題なく視界は良好、火傷の跡もないようだ。


 上体を起こし、周囲を確認する。

 ここは、医療施設の中の隔離室だ。

 マジックミラーに囲まれた、ベッドがあるだけの小さな部屋。


「お目覚め?」


 となりで、青い防護服に身をつつんだ少女が言った。

 バイザー越しに顔を確認する。

 村崎二等陸尉。十七歳の小隊長。

 眼鏡の奥、ナイフの切っ先にも似た、鋭い眼光が、こちらを見ている。


 横には、おなじく防護服に身をつつんだ樽本。


 発病したときのために、成人ではない二人が寄越されたのだろう。


 村崎二尉の言葉に答えず、部屋をかこむ鏡に目をやる。

 何も変わらない、自分の顔がそこに映っている。


「何か言いなさい、雄輝一士」


 声に険しさを察知して、村崎をふりかえる。鋭い視線が待つ。


 なにも言うな、と遠い記憶が呼びかけてくる。

 拳をにぎりしめる。


「自分は、どうなったのですか」


 声を発すると、あきらかに安心した顔で樽本が溜息をもらした。


「それが分かりゃあ苦労しねぇよ。お前ぇは、倒した共鳴者の肉片に目を焼かれ、気を失った。即座に医務室へと運ばれたが、直後、その目は──再生した」


 樽本は、わけが分からんと手を広げて見せた。


「検査の結果、肉体的にゃ、とくに異常は見受けられなかった。ただ、脳波に少し異常があるってぇ診断が出ている。けどそれもわずかなもんで、見たところ問題ねぇ。お前ぇなら、今すぐにでも、勤務に戻れるだろうよ」

「すぐには無理ね。数日間、ここで過ごしてもらうわ。精神科医による、いくつかの軽い診断テストも受けてもらいます」


 村崎が言い添える。

 感染の傾向が現れないかを調べるためであろう。


 三日間。

 診断の合間に筋力トレーニングを欠かさず、からだがにぶらないよう動きつづけた。

 その間、身体・脳に目立った異常なし。

 医師たちも安堵したようだった。


 三日後、せまい部屋を解放され、もとどおりの勤務に就く。


 向かうは、兵舎のとなりに建っている娯楽施設。

 ジムやシャワールーム、図書室などが用意されている。


 その中の一つである食堂。

 皿を手に行列を並び、セルフサービスで料理を取っていく。

 都市の内部で栽培されている植物や、飼育されている家畜が供給されている。

 主に、高カロリー、高栄養素のものが用意されている。


「おお雄輝! 大人しくしてたか? この無敵野郎め」


 薬音寺が大声で呼びかけてくる。

 料理を手に、みんなの待つテーブルへと近づき、座る。


 朝食。

 部隊の生活は、六時起床に始まり、午前中は訓練、昼食を挟んで、午後は体力錬成や整備、夕方五時以降は自由時間となっている。


「無事で良かっただよ。これは、退院祝いだべ」


 ノイズが自分の皿の肉じゃがコロッケを回してくれる。


「すまない、ノイズ。薬音寺、感謝してる」


 型通りの礼儀をしめす。それ以外に、この気持ちを伝えるすべを知らなかった。


「気にすんな。俺の仕事だ」


 肩をすくめる薬音寺。


「別に、雄輝がいなくたって、粉砕分隊は成り立つけどね」


 マリアが、皿の上のサラダを突きながら言う。


「ふだんから影がうすいんだから。でもまあ、無事で良かったじゃない?」

「おいおいマリア、こんなときくらい素直に、好きです雄輝あなたが無事でホッとしてますって言うくらいのサービス精神はないのか?」

「ばーか、あんたなんかコロッケ逆流させて死んじゃえ」


 マリアから投げられたフォークを片手でキャッチし、もう片方の手でウィンナーを噛みちぎりながら、そう言えば、と薬音寺が口を開く。


「お前、普段は無口なくせに、寝言はやたら多かったな。だいぶ、うなされてたぜ」


 顔を上げる。なんと言っていたのか、問う。


「僕は、僕は、てくりかえしてた」

「えー、雄輝の一人称って、僕だったの。可愛いー」


 マリアが喜んで口をはさむ。


「あんたって、自分の思ったこととか話さないもんね。ときどき、会話してて存在をわすれちゃうくらいよ。戦場では、あんだけ存在感あるのに」

「雄輝は、ベッド上の夜戦も、すっごいらしいぜ」

「ばかばかばーか、あんたなんかウィンナー喉に刺さって死んじゃえばいいのよ」


 マリアからフリスビーのように投げられた皿を片手でキャッチする薬音寺。


「雄輝先輩も、僕って言うんですね。僕と同じだ」


 うれしそうな真幸。


「あのぅ、ちょっと言ってみてくださいよ、僕って」

「やべぇ。俺も聞いてみてぇ。言ってみろ、雄輝」


 真幸と薬音寺、マリアまでもが顔を近づけてくる。

 しかたなく、背筋を伸ばして、「僕」と言う。


「なーんか、もの足りねぇな。文章に織り交ぜて言ってみ」

「……僕は、コロッケが大好きだ」


 口に出すと、強い違和感をおぼえた。

 気持ち悪い。

 僕=自分、という感じがしなかった。


「あんたがコロッケを好きだってのも、初めて聞いたわよ」

「新たな発見じゃん。よぉ紫苑、お前も無口だよな。なんかしゃべってみ」


 薬音寺が、会話の矛先を、テーブルの端に座る紫苑へと向けた。

 少女は、なかば自動的に食事を口に運びながら、ぼんやりと宙を見つめているところだった。


「自分、無口なつもり、ないんすけどね」


 顔を上げ、小さな声で言う。


「明るく可愛いお茶目さん、が自分のキャラ設定だと信じてるんすけど」


 紫苑に焦点を移したみんなの会話を聞きつつ、コロッケに箸を突き刺す。

 硬そうな表面を突き破り、内側の柔らかい部分を掘り当てる。

 連想されるクラッグの死体。

 その程度の連想で食欲が失われるわけでもなく、コロッケを口に運び、咀嚼する。


 どうして、と、ふと思う。

 どうして、クラッグは人類を襲うのか。

 そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった。

 なぜ、今になって急に、その問いが頭に浮かんだのか。


(問うことは求めること)


 突然のささやき声。

 雑音のように耳もとをかすめる。

 思わずうめく。


(なにかに向かって問うということは、なにかに問いかけるということ。そこには、問われているもののほかに、問いかけられているものが属している)


 頭のなかを流れる言葉の渦。意味も分からず、その言葉に耳を澄ます。


(我々の一部は我々に問いかけ、問うということを自己の存在の可能性の一つとしてしめした。ゆえに我々の一部は我々と拮抗し、独自の時間軸を築いた)


 僕は、僕は、僕は、


 ぐしゃりと、手元で嫌な感触があった。

 気づけば、いつの間にか、皿の上のコロッケが滅茶苦茶に散らばっていた。

 箸で引き裂き、すりつぶし、かき乱したようだ。


 鼓動が高鳴っている。


 クラッグを殺す。

 それは、なにかへ行き着く手段ではなく、目的。

 その理由など、考えたこともなかった。

 ただ、引き裂き、すりつぶし、かき乱す。

 そのことに、なんの問題があるのか。


 これは、本当に自分の思考か?

 クラッグになんらかの影響を受けているのではないか?


 考えるな。

 コロッケを口に運ぶ。噛み砕く。

 それだけで十分だ。


 以後、行動に支障をきたすような異常がつづくならば、医師に報告すれば良い。


「今日の模擬戦闘訓練には参加すんのか、雄輝?」


 いきなり会話の矛先が戻ってきたことに戸惑い、思考をふりはらい、うなずく。


「そりゃあ、良かったべ。全員がそろえば、ほかの分隊には負けっこねぇだ」

「おうよ。今日も、粉砕分隊の力を、ほかの連中に見せつけてやろうぜ」


 薬音寺がコップを頭上に振りかざす。皆もならう。


「粉砕〈クラッシュ〉!」

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