5-8 燃える命
土を割り、岩を砕き、地上に飛び出す。
場所は、かつて模擬戦闘訓練を行った、擬似戦場の近く。
焦げたリアルな臭い。
土、鉄、炎――ここでは、なにもかもが死臭だ。
あらゆる物質が焼け落ちる音、共鳴者たちの呻き〈スペル〉。
生きる場所へ、もどってきた。
からだが、変質している。
変身。
まさに岩石男〈クラッギー〉。
全身を炎がつつむ。
僕につづくかのように、鋼鉄の地面を突き破って、あちこちからクラッグが飛び出してきた。
何体も何体も、地中からあふれてくるかのごとく、現れる。
《らぁあっ!》
叫び〈スペル〉、僕はとっかんした。
一体のクラッグに頭からぶつかり、もつれあうようにして、地に倒れこむ。
(我々を受け入れろ)
声がした。
(我々を受け入れろ)
(黄昏を受け入れろ)
(憂鬱を受け入れろ)
(終焉を受け入れろ)
否!
炎が爆発する。
全身の怒りが炸裂する。
血がわめき、骨がうなり、肉が吼える。
否!
否!
断じて、否だ!
《どうしてそんなふうに選択する! どうしてそんな在りかたを選ぶ!》
さけんだ〈スペル〉。
人の言葉ではない轟きがあふれた。
《それが答えか! 今度は思考が苦しくなったか! なんでもかんでもだれかのせいか! だれかが受け入れてくるのを待つだけか! どうして変わろうとしない! 世界が変わってくれるのを、周囲が応じてくれるのを、待つだけか!》
真下に組み敷いたクラッグの頭部をつかみ、一気にうなる。
そうしながら、自分の変化におどろいていた。
意見を、意思を、こうまでもハッキリと相手に伝える、それは、僕らしからぬ行動、いままでの僕からは、想像もできないすがただった。
薬音寺、樽本、彼らがそうであったように。
彼らのように。
僕も、変われるのだろうか。
一つの印象、表層的・記号的イメージから抜け出して。
僕という、独立した共鳴体として。
変われるだろうか。
変身が、意識の変革をうながしている。
鏡のなかの自分。
僕は変わる、僕で在りながら、変わりつづける。
それが、生きることの祝福か。
背後からいくつもの岩、飛来。
そのすべてを背で受け止め、耐え、うなり、ふりむく。
無数に襲いかかるクラッグに立ち向かう。
《僕はあなたを拒絶する! 僕はあなただ、それを受け入れる! その上で拒絶してやる! 拒んでやる! 拒みつづけてやる! これが僕の選択だ!》
(憎しみか)
《ちがう! 猛烈に腹を立てているんだ!》
クラッグの一体、その顔面を殴り飛ばした。
横から現れたべつのクラッグ、その腹に蹴りをぶちこんだ。
さらに背後から現れたクラッグに、からだの重心を移動させながら、左手で裏拳を入れる。
地面から飛び出し、僕の下半身に組み付くクラッグ、思いきり膝蹴りを食らわせる。
戦いの痛み。
傷が増えていく。
生きることの実感。
リストカットじゃあるまいし。
《こんなことでしか、生を実感できないのか! その程度の、自分なのか!》
クラッグのからだをつかみ、べつのクラッグに強くぶつける。
双方、砕け散る。
その破片が、宙を舞い、炎を撒き散らす。
そのなかを、突き進む。
目指すは、ヘリポート。
仲間が待っている。
疾走。
脈動。
命を、感じる。
地から飛び出してきたクラッグに、勢いを殺さぬまま体当たりを食らわせ、地に押し倒し、押さえつけ、上乗りになったまま、滑走する。
叫び〈スペル〉がほとばしる。
烈しく。
叩きつける。
クラッグ――僕をにらんでいる、僕を通して、なにもかもをにらんでいる。
その両手が伸びてきて、こちらの顔を、優しく、と呼べるしぐさで、はさんだ。
激しい痛みが湧いた。
敵の両手は、こちらの頭部を押し潰そうとしてきていた。
吼え〈スペル〉、頭をふり、思いきり敵の首筋に噛みついた。
敵は、声なき声で苦痛を訴えた。
無論、やめはしない。
絡み合う敵の腹部に拳を埋めこむ。
幾度も、幾度も。
――なにも言うな!
ちがう。
――なにか言え!
声を上げろ、歌え、刻め、そうして在りつづけろ!
完全なる沈黙。
ただの岩と化し、くずれ落ちる敵から跳び離れ、さらに先へ進む。
止まらない。
止まるものか。
この都市を、出て行く。
停止など、蹴散らしてやる。
進み続ける僕の背に、飛び出してきたクラッグのからだがぶつかり、足をつかまれ、転倒する。
いきおいあまって、そのまま、前のめりに転がる。
次々と向かってくるクラッグ――岩山が襲ってくるかのように。
上にのしかかったクラッグの頭部を強打、下から抜け出ようとするが、さらにべつのクラッグが、飛びついてきた。
かさ増しされる重量、軋むからだ、苦痛に叫ぶ〈スペル〉。
重量が増えていく。
圧迫される。
幾体ものクラッグが、上に飛び乗ってきている。
埋もれていく。
死に。
沈黙に。
押しつけられる。
死を。
沈黙を。
否だ、否、否、否だ!
拒みつづける、在りつづける。
両腕に、両脚に、全身に、全神経を、全力を注ぎつづける。
からだが、外からの圧迫と、内なる圧迫の軋轢に耐えきれず、悲鳴を上げる。
まだだ、まだ、こんなものじゃない。
肉体が硬質化しつづける。
炎の温度が、上がりつづける。
自分を変えろ、変えていけ。
変身が、究極まで果たされていく。
もっと岩に、もっと炎に。
不動に、揺らめけ!
「うぁああ!」
両腕・両脚に力が入る。
すこしずつ、体勢を立てなおす。
己の肉体を持ち上げる。
もう、何体のクラッグにのし掛かられているのか。
気にするな。
関係ない。
ただ、立ち上がればいい。
それだけのことだ。
這って、歩いて、とにかくヘリポートまでたどりつく。
絶対に。
両脚がふるえる。
さらに硬質化する。
温度を上げつづける。
灼熱。
目の前のクラッグ――そのからだの表面が、わずかに溶け始める。
いまが好機。
両脚を踏ん張り、息を溜め。
一気に、立ち上がる。
爆発のような現象。
僕を中心として、強烈な光、炎が吹き上がる。
熱に満たされた烈風。
吹き飛ばされたクラッグたち――散り散りに溶け、砕け散る。
いくつもの音――さけび〈スペル〉――自身の肉体の内側で、烈しく脈打つ音。
グラウンド・ゼロ。
あとには、焼け焦げた大地、クラッグの破片、欠片、廃墟のような空しさがのこった。
膝をつく。
肉体が、限界をしめしていた。
硬質化した皮膚が一枚、剥がれ落ちた。
その場に倒れる。
まだだ――その意識を保つ――まだ行ける。
這ってでも進もうとする。
激痛。
ぶつぶつと、線が千切れていくような、全身の痛み。
一枚、また一枚と、硬質化した皮膚が剥がれ落ちる。
全身がひび割れ、枯れていく。
痛みに身をふるわせる。
己の炎が、全身を蝕んでいく。
僕をくるむ炎が、僕自身を蝕んでいく。
「ぁああ――っ!」
人の声が、口から漏れる。
静寂のなかを、ただよい、反響する。
顔を両手で覆い、その場に膝をつき、絶叫〈スペル〉。
静寂が、なにもかもを覆いつくす虚無が、僕を、僕の命を、つつみこむ。
なにも見えない。
なにも聞こえない――。
これが、無――。
停止――。
――。
「駄目っすよ!」
声。
すぐ近く。
はっきりと。
「生きよう!」
僕の腕、破壊的なまでに熱く煮えたぎる僕の腕に、何者かの手が、触れる。
目を見開く。
紫苑の顔が、目の前にあった。
その手。
焼きつくことなく、僕の腕をつかんでいた。
瞳が、まっすぐ僕を射貫く。
「生きよう、雄輝!」
紫苑の瞳が燃えていた。
僕の身をまとう炎などよりも、熱くたぎっていた。
勇気が、あふれた。
「了解した!」
即答。
紫苑の手を、つかみ返した。
瞬間、全身の変身が解けた。
炎は消え、肌はもとのかたちへともどる。
よろめき、倒れかかったところを、紫苑の腕に受けとめられる。
すすのようなものが、全身にこびりついていた。
傷だらけのからだに、紫苑が上着をかぶせてくれる。
「ありがとう」
「走って!」
紫苑の手に引かれ、遅れて走り始める。
ふりかえる。
自分が、自分で思っていたよりも長い距離を這ってきていたことを知る。
前に進む。
進みつづける。
「紫苑!」
「はいな!」
「ありがとう!」
「もう、聞いたっすよ!」
「生きよう、いっしょに!」
「こんなときに、プロポーズっすか!」
「な、ちがう! そういう意味じゃなかった!」
「いっしょに生きよう、雄輝!」
「僕のセリフだ!」
「了解、雄輝!」
前を行く紫苑。
その手が熱い。
生きよう。




