5-7 グレース
目の前には、相変わらず、巨大な炎が、渦巻き、脈打ち、回転している。
それを取り巻く、無数の小さな炎。
命。
精神。
無数の思考。
多のなかの一。その集まり。
やがて、一つの炎が寄ってくる。
向かい合う。
小さく火照っている。
知らない温もりだった。
けれども、知っている。
予感があった。
「君は――グレースだね?」
肯定するように、炎が揺らめいた。
炎は、おもしろがるように、僕の周囲を回った。
炎を目で追い、からだを回転させながら、つづける。
「お母さんが、さびしがっている」
炎は、小さくうつむくように揺らめいた。
「君は、生きたかったか?」
思わず訊いてみた。
炎が、ふたたび肯定の揺らめきを見せる。
「君に、祝福があるように」
つぶやいた。
すると、幼い少女のような声が、脳裏に響いた。
(ありがとう。でも、大丈夫)
炎が、ゆらり、と身を躍らせる。
幼い少女が、あどけなく行う動作のように。
(もう、もらったよ。お母さんが、私に、この名前をつけてくれたときに。私を、身に宿してくれたときに。もう、もらってたんだよ)
ぐん、と身体を引かれる感触があった。
地上に引き戻されようとしているのがわかった。
巨大な炎、それが一挙に遠ざかっていく。
天へ、地上へ向かって、僕のからだは、急速に浮上していく。
大地の奥深く、地球の中心で、いくつもの炎が集い、戯れ、波打つなか、自らも揺らめいている一つの炎が、こちらを見上げている。
声が、聞こえる。
(伝えてほしいの、お母さんに。素敵な名前を、ありがとう、て)
「きっと伝える。約束する!」
遠ざかりながら、声のかぎりにさけんだ。
(約束だよ)
かわいらしい炎が、会釈をするように、揺らめいた。
(ありがとう。ばいばい)




