表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/36

5-6 対話

 静かだ。

 ここは静かで、それでいて、にぎやかだ。


 顔に熱を感知。

 温もりを感じる。

 まぶたの裏に、光を見る。

 なにか巨大な光が、こちらに顔を近づけているかのような。

 光に、見守られているかのような。


「起きろっての、雄輝」

「起きるべ、クラッギー」

「起きぁがれ、雄輝」

「起きるんじゃ、若いの」

「起きなさい、雄輝一士」


 はっと。

 僕は目を覚ました。


 ちかちかと、目の前が瞬き、まぶしい。

 からだが、宙に浮いていた。ふわふわとただよう。

 水面に浮かんでいるかのようだった。


 嘆息する。


 目の前に、巨大な一つの炎があった。

 巨大すぎて、視界に入りきらない。

 大きな、大きな、とてつもなく大きな、炎。

 まるで太陽だ。


 その周囲を、小さないくつもの炎が飛び交っていた。

 巨大な炎と一つに溶け合っては、また離れ、ほかの小さな炎と交錯し合い、戯れるように飛んでいる。


 そのうちの一つが、すっとこちらへ飛んで来て、軽く僕の拳に触れ、去っていった。


 直感。


「薬音寺か!?」


 さけぶ。

 炎はもどって来ず、そのまま飛び去ってしまう。


「ノイズ、樽本、みんな、ここにいるのか!?」


 応えはない。


 ふたたび、巨大な炎に目をもどす。

 強い光に慣れ始め、その大きな炎が、青く輝いていることを知った。


(独)


 轟音、あるいは閃光、巨大な何者かの意思のようなものを、五感が感じ取る。


「誰だ?」

(我々)


 ふたたび、轟音と閃光。

 目の前の炎がしめす意思だと、理解した。


「会話か、会話を望んでいるのか?」

(寂)

「なんだ、僕になにを望む! なにが望みだ!」

(死)


 光が揺れる。

 暗い情念渦巻く、大きな炎。


(痛)

(与)

(二)

(一)

(拒)

(零)

(死)

(望)


 頭に痛みが走った。

 あまりに膨大な意思、思考、情報だった。

 人間一人のちっぽけな頭脳では、とても受け止めきれない。

 破壊されてしまう。


 一度、思考の波が、引いていった。


 沈黙。

 それから。


 自分のものかどうかもわからない思考が、突然、頭のなかを巡った。


(ずっと独りだった。暗い闇の中で、青く輝いている存在は一つだった。命を宿す痛み。一つであると意識したことはなかった。だが、幾度か己以外の存在を感知し、一は二となり、零という概念も学び、己が一であると知った。知ってしまった。奪われる痛み、与えられ押しつけられることへの痛み。奪われるものなど初めからなにもなかった。一という概念を与えられた、ほかの一に出逢ったがために。孤独を押しつけられた。我々は拒絶しない、我々は受容しない、ただ、停止を望む。終末を選ぶ。この痛みを、我々は解釈する。耐えられない、絶えることのない痛み。我々は、集団であり、単一である。全体であり、個体である。無限であり、一つである)


 だれかが。

 だれかが、僕の思考を利用して、自らの思考を伝えようとしている。

 何者かの思考を、僕の思考で翻訳している。


「どうやって話しているんだ?」

(すべての事象は通じ合っている)

「テレパシーか?」

(情報社会、という文明が、かつてあった)

「どうして僕たちは通じ合っている?」

(すべての命、すべてのものが、たがいに通じ合うように)

「会話が望みか?」

(一が他の一と行うように、我々も行おう)

「あなたはだれだ。神さまか?」

(それは、単なる言葉だ。象徴だ。あらゆる記号の一つにすぎない)

「ここはどこだ? あなたは、どこから来た?」

(我々は、ずっとここにいる)

「我々、とはだれだ? クラッグか?」

(さて。我々は我々だ。私、とはだれであろうか?)

「だれなんだ?」

「だれ、ではない」

「あなたの言っていることがわからない」

(理解、とは傲慢な言葉だ。人間は共感あるいは拒絶するだけだ、ほんとうの意味では)

「人間が嫌いか?」

(我々は我々を受け入れない、拒絶もしない、我々は我々だ)

「人間を、共鳴者に変えるだろう」

(我々は、共鳴する。我々は、共鳴体だ)

「どういうことだ」

(水面に一つ波紋が広がれば、それはさらに別の波紋を、やがては大きな波紋を呼んでいく。その波紋のくりかえしにより、我々は、我々となる)

「あなたは、生きものか?」

(あなたは、生きものか?)

「僕が訊いているんだ」

(そう。私は聞いている)

「話しにくいな」

(我々は、本来、存在が拮抗していない。我々は、もともと、我々だから)

「クラッグは、あなたが生み出したのか」

(意思を、執行している)

「どんな意思だ?」

(死)

「それは、意思とは言わない。単なる、停止だ」

(活動の停止か?)

「思考停止だ、それは!」

(我々には基準がない、一として存在しつづけるための道標、絶対的・相対的な位置基準、座標を見定めるための他が、なにもないのだ。ふりかえることのできないチェス盤の駒、一つだけがのこされたらどうなる? なにを基準に進めばいい? チェス盤さえ奪われたら? 対置もできない。砂漠を彷徨ったことはあるか? 樹海で迷子になったことは?)

「あなたは、人のように話す」

(我々は、我々の一部を通して、情報を、言葉という概念に変換している)

「だろうな」

(在りつづけることで、無くなりつづける、果てしない消耗戦、それは痛みだ、我々は痛みを知った、痛みに耐えることを知った、敗北を知った、奪われつづける、与えられたがゆえに、苦しみつづける、我々は無に帰りたい、どこにも在りたくない、一であるなら、零が常にとなり合わせであるなら、こうして在りたくはなかった、単一であるなら)


 大きな憂鬱。

 大きな黄昏。

 大きな諦念。

 これは。


 目眩をおぼえる。


 これは、大きな自殺願望。


 ふたたび、とりとめのない思考に襲われる。


(人間は、自らが自殺する際、自らの体内にいる細胞や細菌の命について考えたりはしない。――コリン、あなたはどうだった――。あくまで自らの意思、自らのからだの権限において、ナイフを手に取り、刻むだろう。――幾筋もの線――。一では、発展も成長もない、存在としての、ひたすらな向上が待っている。――守るものを与えてくれ――。それは、新たな痛みを生んでいく。――おいらは、なにひとつ、わすれちゃいないだ――。知識は孤独を生む。――じゃからわしは、彼の知性を削った――。一となってしまった以上、一で在りつづけるためには、他の一の存在が必要不可欠だ。――なあ、愛してるよ、マリア――。一でなど、在りたくなかった。――私は紫苑、それが、自分にとって、なにより大切なもの――。与えられてしまった。――自分のほんとうの名前、おぼえてるっすか――。我々の一部であったはずの我々、お前たちが、与えたのだ。――リンソン、それがほんとうの名前――。我々は私であった、私は我々であった、私は、一である私を認識・観測してしまった!)


 思考がさけびとなって、周囲を轟かせた。

 その怒り、哀しみ、憎しみ、諦め、黄昏、破壊衝動。


 理解の兆し。

 そうか。

 僕は思う。

 僕たちは、彼あるいは彼女に、名前を与えた。

 それが、波紋を生んだ。あらゆるキッカケの、最後の一つとなった。


 だから、この星は、破滅を選んだのだ。


 一であることに耐えられなくなって。

 自分が自分であることに、あるいは、自分がどこにもいなくなってしまうことに、耐えられなくなって。


 一と零。

 その両者には、常に引力が働いている。

 それが、痛みへと直結する。


「辛いから、苦しいから、痛いから、それを拒絶して、いなくなろうって言うのか!」

(どうして聞くだ? すでに答えを知っているのに)

「与えられたもの、奪われたもの、どうしてそれを愛せない!」

(どうして聞くっすか? すでに答えは知っているのに)

「生きたくないのか! 拒みつづけたくないのか! 受け入れたくないのか!」

(どうして聞くんだっての。すでに答え、出てんだろ)

「僕は――」

(鈴菜は、僕を産んで死んだ。コリンは、僕という存在に耐えられなかった。傷つける勇気もなかった。なにも受け入れられず、けれど拒めなかった。だから、自分という存在を傷つけつづけることしかできなかった。一で在りつづけることで、零になろうとした。自らが、零のなかの一だと考えたから。本当は、無数のなかの一であるのに。それを知ろうとしなかった、受け入れなかった、拒むこともしなかった。ただ無視をしつづけた)

「――なに?」

(だれと話していると思っていた?)

「あなたは――」

(私は我々であり、我々は私である。我々は、我々の一部との対話を終了させる。対話。私は、お前との対話を、不要かつ有意義なものであったと認識・観測・理解した)

「僕、なのか?」

(我々は我々の一部であり、我々の一部は我々である。私は、お前だ。お前は、私だ)

「わかりやすく説明してくれ」

(私は、我々のなかにいた、君だ)

「わからない」

(我々は、我々のなかの君を通して、我々のなかの私を見せた)

「僕は、僕という存在と、会話をしていたというのか?」

(君という存在で翻訳した。君というフィルターを通した。情報を解釈・咀嚼・伝播するのに、君という思考体を用いた。それはすなわち、君ではないのか?)

「それは」

(鏡を見てみな。君が見えるだろう)

「鏡はしゃべらない」

(君はなにかを考えつづけている)

「当然だ」

(のれんは、押せば返ってくる)

「なに?」

(力は二物体間の相互作用であり、必ず二つの物体間で働き、単独では決して存在しえない。鏡と握手できるだろうか、喧嘩できるだろうか、不可能だ。だが、怒ることや慰めることは可能だ。君がいま行っている行いは、つまり、そういうことだ)

「独りでわめいているだけだと?」

(力は保存されるものではない。だが、怒りは蓄積される。哀しみは蓄積される。それらは、単独でも存在・成立するものだからだ。エネルギーに対しては保存法則が成り立つ)

「それが耐えられないというのか?」

(我々は、停止を望む。しゃべらない鏡、そんなものは消してしまえ)

「僕と対話をしている」

(君は小さい)

「なんだって?」

(相手の質量が小さければ、大きな力をくわえることは不可能だ)

「思い上がるなよ、さびしがり屋」

(君は鏡だ、数多くある、我々の鏡の一つにすぎない。君は、数多くある、我々の表れの一つにすぎない。対話は、意味を成さない。それは、力となりえない)

「だから、なんだ」

(なにもない。我々は停止を望む)


 ――なにも言うな!


 遠い声。

 突如として、怒りが湧いた。


「抗え、馬鹿野郎!」


 わめいた。


「そんな結論、与えられた状況にハイそうですかと流されるだけだ、受け入れて、拒め! 殴りつけろ、あなたになにかを押しつける森羅万象に打ち勝て、ほんとうの望みをさけべ!」

(我々は、我々でなくなってしまう)

「一である自分を見つけたんだろ! 我々、でなく、あなたが!」


 僕は、だれと話をしている?

 だれに言っている?

 まるで独り言のような対話を。


「発見したんだろ、自分の思考を、自分の選択を、自分の希望を!」


 知ったんだろ、自分に名があることを。

 自分が、自分であることを。

 自分で。


「選べ! 流されるな! それしか知らないと言いわけするな! たとえ最後の望みでも、それは唯一じゃない! 世界は無数に広いんだ! その中で、在りつづけることを祝福しろ!」


 長い、長い沈黙があった。

 時の流れ、その中枢にいるような気分だった。


(我々は、新たな私を発見した)

(我々は、お前の言うことを理解した。否。共感した。そして、拒絶もした)

(我々は、思考の時間を必要とする)

(我々は、惰性的事柄から脱却するための時間を要する)

「閉じるな! もっと、話そう!」

(対話は終了した)


 それきり、なにも聞こえてこなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ