5-4 兄妹
美奈の手をにぎると、美奈は、不思議そうな表情で、こちらを見上げた。
「行こう」
「了解、しました」
美奈の手を引いて、小型トラックへと向かう。
真幸もやってくる。
そしてふと、立ち止まる。
「美奈」
「はい」
「この人が、見えるか」
「目の前の、死体の、ことですか」
樽本の遺体。
その前に美奈を立たせることは、酷なことだろうか。
だが、会わせなければならない。
美奈には、たとえその意味を理解できなくとも、見せておかなければ、ならない。
兄の、最期を。
「これは、君の、お兄さんだ」
「すみません、上官。分かりません」
「僕の名前は雄輝。それが、いまを生きる、僕の名だ」
「雄輝」
「そうだ。お兄さんが、見えるか?」
「死体として、識別しています」
「最後まで、君を守ろうとしていた」
「すみません、分かりません」
「それでもいい。だが、一つだけ」
美奈の肩に、そっと手を置く。
「手を、にぎってやってくれないか」
「この死体の手を、ですか」
「そうだ」
「了解しました」
美奈が両膝をついた。
その行動に、勇気が湧く。
手をにぎるだけなら、身をかがめて、にぎることだってできる。
「手を握れ」と指示しただけなのに、自ら、両膝をついたのだ。
それが意味するところは、大きい。
美奈は、両手をゆっくりと伸ばし、樽本の手に触れた。
そのまま、美奈の動きが止まった。
「――美奈?」
「すみません、上官」
謝り、美奈は、もう一度、樽本の手をにぎろうとする。
だが、ふたたび動きが止まる。
「すみません、上官」
ふたたび。
ふたたび。
「すみません、上官」
機械的な口調で謝りながらも、美奈の瞳から、ひとすじの、かけがえのない涙が、こぼれ落ちた。
心を埋め尽くすしがらみの合間を縫って、流れた涙だった。
両手がふるえている。
そんな自らの変化を、美奈は理解できないという冷静な瞳で、見つめている。
だが、その頬は、いまたしかに流した涙によって、濡れていた。
「もういい、美奈。すまなかった」
美奈の手を、そっと、樽本の手から離そうとすると、美奈は、ふと、顔を上げ、目の前で目を閉じている、血にまみれた兄の顔を、じっくりと見つめた。
あ、と真幸が声を上げた。
美奈の手が、しっかりと、樽本の両手をつつみこんでいた。
その時間は、しばらくつづいた。
兄妹の時間。
それは、誰にも妨げることのできない、空間だった。
やがて美奈は、自らの意思で、としか言いようのないタイミングで、兄の手を放した。
「さあ、行こう」
小型トラック――真幸は荷台の上に乗りこんだ。
「美奈、乗って」
言うと、美奈は素直に助手席へと乗車した。
運転席に乗りこみ、エンジンをかけ、発進する。
車が走り出すと、どこに隠れていたのか、共鳴者たちが、次々と湧き出てきた。
「真幸、後方を頼む! 美奈、援護を!」
美奈は短機関銃をかまえ、前方から向かってくる共鳴者たちに、的確な銃撃をくわえ始めた。
死体を踏んだのか、トラックが大きく揺れる。
だが、止まらない。
ヘリポートへ向けて、最大速度で、トラックを走らせる。
ミラーを覗くと、後ろから追いかけてくる共鳴者たちのすがたが見えた。
だが、なかの一人が真幸の銃弾を食らい、ほかの者をも巻きこみながら、その場に倒れこみ、転がる。
美奈が、弾を装填し、ふたたび撃ち始める。
小型トラックは、あらゆる障害物を乗り越えながら、都市内部を、疾走した。




