表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/36

5-4 兄妹

 美奈の手をにぎると、美奈は、不思議そうな表情で、こちらを見上げた。


「行こう」

「了解、しました」


 美奈の手を引いて、小型トラックへと向かう。

 真幸もやってくる。

 そしてふと、立ち止まる。


「美奈」

「はい」

「この人が、見えるか」

「目の前の、死体の、ことですか」


 樽本の遺体。

 その前に美奈を立たせることは、酷なことだろうか。


 だが、会わせなければならない。

 美奈には、たとえその意味を理解できなくとも、見せておかなければ、ならない。

 兄の、最期を。


「これは、君の、お兄さんだ」

「すみません、上官。分かりません」

「僕の名前は雄輝。それが、いまを生きる、僕の名だ」

「雄輝」

「そうだ。お兄さんが、見えるか?」

「死体として、識別しています」

「最後まで、君を守ろうとしていた」

「すみません、分かりません」

「それでもいい。だが、一つだけ」


 美奈の肩に、そっと手を置く。


「手を、にぎってやってくれないか」

「この死体の手を、ですか」

「そうだ」

「了解しました」


 美奈が両膝をついた。

 その行動に、勇気が湧く。


 手をにぎるだけなら、身をかがめて、にぎることだってできる。

「手を握れ」と指示しただけなのに、自ら、両膝をついたのだ。

 それが意味するところは、大きい。


 美奈は、両手をゆっくりと伸ばし、樽本の手に触れた。

 そのまま、美奈の動きが止まった。


「――美奈?」

「すみません、上官」


 謝り、美奈は、もう一度、樽本の手をにぎろうとする。

 だが、ふたたび動きが止まる。


「すみません、上官」


 ふたたび。

 ふたたび。


「すみません、上官」


 機械的な口調で謝りながらも、美奈の瞳から、ひとすじの、かけがえのない涙が、こぼれ落ちた。

 心を埋め尽くすしがらみの合間を縫って、流れた涙だった。


 両手がふるえている。

 そんな自らの変化を、美奈は理解できないという冷静な瞳で、見つめている。

 だが、その頬は、いまたしかに流した涙によって、濡れていた。


「もういい、美奈。すまなかった」


 美奈の手を、そっと、樽本の手から離そうとすると、美奈は、ふと、顔を上げ、目の前で目を閉じている、血にまみれた兄の顔を、じっくりと見つめた。


 あ、と真幸が声を上げた。


 美奈の手が、しっかりと、樽本の両手をつつみこんでいた。


 その時間は、しばらくつづいた。


 兄妹の時間。

 それは、誰にも妨げることのできない、空間だった。


 やがて美奈は、自らの意思で、としか言いようのないタイミングで、兄の手を放した。


「さあ、行こう」


 小型トラック――真幸は荷台の上に乗りこんだ。


「美奈、乗って」


 言うと、美奈は素直に助手席へと乗車した。


 運転席に乗りこみ、エンジンをかけ、発進する。


 車が走り出すと、どこに隠れていたのか、共鳴者たちが、次々と湧き出てきた。


「真幸、後方を頼む! 美奈、援護を!」


 美奈は短機関銃をかまえ、前方から向かってくる共鳴者たちに、的確な銃撃をくわえ始めた。


 死体を踏んだのか、トラックが大きく揺れる。

 だが、止まらない。

 ヘリポートへ向けて、最大速度で、トラックを走らせる。


 ミラーを覗くと、後ろから追いかけてくる共鳴者たちのすがたが見えた。

 だが、なかの一人が真幸の銃弾を食らい、ほかの者をも巻きこみながら、その場に倒れこみ、転がる。

 美奈が、弾を装填し、ふたたび撃ち始める。


 小型トラックは、あらゆる障害物を乗り越えながら、都市内部を、疾走した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ