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1-2 名もなき都市と共鳴者

 ヘリが上昇し、基地へと帰還する。


 途中、ヘリから見える景色は、とくに変化なく、見わたすかぎり、荒野がつづいている。

 草一本見あたらず、枯れ果てた地が延々と伸びている。

 クラッグにより焼きつくされた世界だ。


 クラッグの吐く息は、分析の結果、成分としては火山ガスに近い。

 百度の熱を帯びたそのガスは、周囲の生態に大きな影響を与える。

 そのため、兵士たちは耐熱スーツを着用、ガスマスクも常備しており、周辺の大気成分を分析した衛生兵の判断によっては、身に着けることも多い。


 すべての動植物に死をもたらす生命体、クラッグ。


 ヘリが都市へと近づいていく。


 守られた都市。守るための都市。

 大勢の人間が住む都市。

 かつての埼玉県を中心とした地点に造られた、高く厚い外壁に囲まれた、とてつもなく巨大な都市。

 人類の、どこまでも広がろうとする飽くなき欲求を捨て、一つの都市に閉じこもることで、いまのところの安全を確保している都市。

 おそらくは、現段階でのこっている日本の集合体のなかでは、もっとも大きく安全な都市。

 外部の集合体との接触・交渉など念頭になく、取りこむか、もしくは気にしないかのどちらかしか選ばない都市。

 自らを完全に閉ざし、それを求める者だけを受け入れ、成長も失墜もせずに、変わらぬ安全を提供している都市。

 名もなき都市〈シティ・ウィズ・ノー・ネーム〉。


 長いことつづいた戦いは、徐々に県の境を削り、全人類を等しく巻きこみ、もはや日本には首都も道府県も存在せず、ただ、都市の内側か外側か、ということだけが問題になった。

 生き残るために日本人が選択した閉鎖。

 それは、全資源・資金を費やした大プロジェクトだった。

 凝縮された日本。それが、この都市だった。


 東北側から、都市の上空へと入る。

 建ちならぶ近代的な建物。高層ビル。夜になれば輝き始める数々のネオン。


 鋼鉄で固められた地面。

 それが、地中からのクラッグの侵入を防ぐ。

 鉄の上を走る車。行き交う人々。


 都市の中心部にある大きな円状の建物は、大気処理工場だ。

 植物の激減した世界のバランスを、何とか人類存続可能な環境に保っている、世界各地に造られた最重要施設の一つ。


 大気処理工場を境目に、都市の東北〈アップタウン〉には裕福な層、西南〈ダウンタウン〉には貧困な層が住んでいるかたちとなっている。

 それは、街の外観からも明らかだ。


 だが、いちばんの大きな差は、目に見えない。

 この都市において新たに定められた、市民権の有無。

 市民権とは、「与えられた権利」ではなく、「獲得する権利」だ。

 市民権資格試験の合格、もしくは、自衛隊志願。

 もしくは、自衛隊への子供の提供。

 提供を行わなかった市民や志願しなかった子供は、西南に住むこととなり、社会的な援助を得ることができない。


 高等教育が高額であるため、西南の人間たちにとって、市民権資格試験の合格は不可能に近い。

 子を産み、その我が子を自衛隊へと差し出すか。

 それとも市民権を諦め、西南での暮らしをつづけるか。

 まさに悪循環だ。

 それを抜け出そうと、もがく人々。

 さっさと子供を産み、捨てるようにして自衛隊に押し付けていく者が多発し、自衛隊で育つ子供が多発する。


 幼いころから訓練を受けた優秀な兵士。

 それが唯一、人類がクラッグに反撃できる対抗策──未来を担うはずの子供だ。


 歪んだ都市。そこでしか生きられない人類。


 音を聞いた気がした。世界が調和を失い、それでも均衡を保とうとして、軋む音。


 自衛隊の基地は、外壁沿いに多数、位置している。

 自衛隊と、都市にのこることを選択した在日米軍の混在によって構成された「軍」の基地。


 大気処理工場の上をヘリが通過する。


 その向こうには、東北側とはうって変わり、村とでも形容すべき状態が見えてくる。

 華々しさなどとはかけ離れた、質素な生活環境。

 まばらに建ち並ぶ、ぼろぼろに腐った古臭い建物。

 地に座って野菜などを売る人々。

 布きれによる簡素なテントのようなものも、あちこち見受けられる。


 粉砕分隊の所属する基地は、西南の外壁沿いにある。

 ヘリが、基地の真上へと到着し、ヘリポートに着地を始める。


 地に降り立つと、「ご苦労さーん」「お疲れー」と大人の兵士たちが声をかけてくる。

 クラッグとの戦場におもむくことのない、成人兵士たち。


「帰って来たな、粉砕分隊」


 いつしか付けられた、分隊のあだ名。その由来は、圧倒的なまでの敵撃破数だった。


 大人たちの声を無視して、基地内部の建物、兵士宿舎へもどろうとする。


 あたりが、さわがしくなる。

 ふりむく。


 一機の米軍用ヘリが、こちらへ向かって飛んでくるところだった。

 シコルスキー・MH‐53・ペイブロウ。


 脇を二機のF‐22戦闘機〈ラプター〉が固めている。

 いつでも撃墜できる態勢だ。

 大人の兵士たちが飛び出して来て、銃をヘリに向けた。

 戦車も待機している。


「なんでしょう?」

「未確認機みてぇだな」


 真幸の問いに答えた樽本が装備を取り出しながらヘリを見上げ、つぶやく。


「ラプターが機体を確認したところ、二週間前に消息を絶ったヘリだそうだ」


 大人の兵士が言った。


「機との交信は?」

「試みているようだが、応答なし」


 ヘリの操縦席に座る男の顔を見る。ヘルメットに隠れてよく見えない。

 敵意を持った人間であろうか。それにしては行動が不可解だ。


 大人たちが、軍用ヘリをとり囲む。

 戦いたくて、うずうずしている様子だ。

 成人兵士が唯一参加可能な戦闘。それが、人間同士の争いだった。


「嫌な予感。気味が悪いだよ」


 ノイズが呟く。


「あのぅ、あの操縦士、様子がおかしいです」


 片膝をついて、狙撃銃のスコープをのぞいていた真幸が言った。

 精度重視の、手動装填方式レミントンM24対人狙撃銃で狙いを定めたまま、つづける。


「小さく痙攣しているように見えます。薬物中毒でしょうか」


 突然、ヘリの窓ガラスが全て粉々に砕け散った。


 寒気。背筋が凍りつく。

 その場の全員が、岩のように動きを止め、ヘリを呆然と見つめた。


 響き渡る咆哮〈スペル〉。


 あちこちで軍用車両や基地の窓ガラスが割れていく。

 ヘリのコクピット内部で、男が灼熱の炎に包まれながら、大声で吼えていた。


「共鳴者〈シンパサイザー〉──」


 樽本が唖然とつぶやく。


「奴らがヘリを操縦できたってぇのか?」


 ヘリ内部で、全身から炎を吹き出しながら、男が吼えつづける。


「あがががぁあぁぁぁぁあぁ!」


 一番ヘリの近くにいた成人兵士が、突然、胸をかきむしり始めた。

 その全身を、一気に炎がつつみこむ。

 兵士の内側から、炎が湧き出たのだ。

 その男もまた、吼え始める。

 敵が一匹、増えた。


「撃て、撃て!」

「了解」

「成人は退避だ! 退避しろ!」


 一気に現場はパニックへと陥った。


 そこでようやく理解する。

 あのヘリコプターは、一種の投下爆弾だったのだ。

 基地のど真ん中を狙った、破壊意志。


 問題は、クラッグたちにそのような知恵があるのかということだ。

 共鳴者が、乗り物などの道具を使用できるなどという話も聞いたことがない。


 周囲で共鳴者の数が増えていく。


 戦車が内側から炎に包まれる。

 乗員が発病したのだろう。


 視界が炎だらけになる。

 銃をかまえる。狙いを定める。撃つ。

 クラッグと同じく、共鳴者たちも、ちょっとした衝撃で砕け散る。

 殺すのはかんたんだ。異様なまでに。まるで自らの死を願っているかのようだ。


 周囲にいた大人は、みんな、退却するか発病するかしたようだった。

 とりのこされた少年少女の兵士たちは、炎を噴きだす共鳴者にかこまれている。


「粉砕しろ!」

「りょーかい、任せてよね!」


 マリアが、高機動多様途装輪車両〈ハンヴィー〉のキャビン上に設置された五十口径M2重機関銃による掃射を開始した。

 連続的な発射音、着弾音が響きわたる。

 マリアはそれらに対抗するかのように雄叫びを上げながら撃ちまくっていた。


「真幸、ヘリの奴をしとめろ」

「了解」


 ごぅん、とうなる狙撃銃。

 空気を切り裂く音。一撃で倒す真幸。


 ふいに爆音。

 樽本陸曹長自慢の妹、美奈の業績だった。

 爆発が立て続けに起こり、共鳴者たちが甲高くさけびながら爆発に呑まれ、消えていく。


 薬師寺とノイズが短機関銃を連射している。

 樽本と紫苑は八九式五.五六ミリ小銃。


 こちらは、あくまで三点バースト。

 着実に敵を倒していく。

 一匹、一匹、確実に。

 一発も撃ち損ねず、無駄弾は存在しない。


 ふと、右脇に気配があった。


 爆発し損傷した車両と車両のあいだ、燃え盛る炎のなかから、共鳴者が飛び出してくる。


 咄嗟の判断。

 背中のショットガンに手を伸ばす。


 共鳴者と目が合う。

 瞬間、激しく湧き起こる既視感。デジャヴュ。

 その目を知っている、という不気味な感覚。

 そういうたぐいの目を、自分は知っている。

 思わず相手の目を見つめ、その奥でうごめくものを読み取ろうとする。

 なにかを、求めている目。諦念にも似た、深く暗い欲求。


「遊んでんな、雄輝!」


 薬音寺のさけび。

 はっとして状況を再認識。


 バックステップしつつ、目前に迫る敵に目がけて引き金をしぼる。


 炸裂。

 爆発した共鳴者の肉片が飛び散る。


 避けようとしてバランスをくずす。

 一瞬、地面との距離に目を取られ、ふたたび飛び散る肉片に視線をもどしたとき──。


 左眼に焼けつく激痛が走った。

 苦悶の叫び。


 左眼をかばいつつ、地面へと背中から倒れこむ。

 焦げつく臭い。

 じゅうっとなにかが焼ける音。

 視界を奪われた左眼。

 飛んできた燃える肉片が左眼に命中したのだ、と理解する。

 マスクを装着していなかったからだ、帰還後だったから、とどうでもいいことが浮かぶ。


「雄輝!」


 薬音寺の声。

 のこされた右眼の視界で、駆け寄ってくる衛生兵のすがたを確認する。


「動くな、暴れんな」


 薬音寺の手に押さえられ、初めて自分が左眼をかきむしっていることに気づいた。


「やめろって! 大人じゃねぇんだ。直接接触したところで、感染したりしない!」


(我々は我々の意思で我々を終結させる)


 頭のなかで囁き声がする。脳に何者かの侵入を察知して、絶叫する。


「畜生、しっかりしろ!」


 薬音寺が左眼になにかを押し当て、消毒を試みている。


 敵の制圧は完了しつつあるらしい。

 周囲から、咆哮〈スペル〉が聞こえなくなった。


(我々は我々の一部を我々として迎え入れる)


「雄輝! 聞こえるかっての! 雄輝!」


 その声にすがる。

 雄輝、という言葉が頭のなかでこだます。


 お前も一緒に、という叫び声が、心の闇をつんざく。

 感覚が遠のく。


(我々の一部は我々を拒んでいる)


 感情のこもらぬささやき声に、戸惑いに似た揺れが生じる。


「どうした、なにがあった。雄輝は無事か?」


 樽本の声。

 戦闘は終了したらしい。


 空が見える。

 青くかすむ空だ。


 雄輝、と耳もとで響く。


「様子がおかしいんだって。こんな状態、見たことねぇよ。なんだってんだ」


 薬音寺の上ずった声。


 樽本の呼ぶ声が、頭の中を反響する。


 脳裏で煌めく刃。

 溢れる記憶。

 暗く燃える炎の記憶。

 腕に刻みつけられて紅くにじむ、幾筋もの線のイメージ。

 意識が遠のく。


 最後に、ささやき声が告げる。


 我々の一部は我々と拮抗した、と。

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