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4-7 戦え

《人類の希望、その誕生の瞬間が間近に迫っています!》


 女性リポーターの興奮した声。

 カメラは、手術室の扉を映している。


《人類が受胎能力を失くしてから、五ヶ月の時が流れました。もし、この出産が成功すれば、五ヶ月ぶりの新人類、我々の一員が、この世に誕生することとなります》


 夕焼け色の陽射しが差し込む病室。


 キャシー──からだに異常はないものの、精神的静養のため、入院したまま。

 ベッドの上で、テレビ画面を凝視している。


 真幸、紫苑、樽本、マリア──ひさしぶりに集まった、粉砕分隊のメンバー。

 みんなで、テレビの行く末を見守る。

 紫苑はこちらを見ず、こちらも紫苑に顔を向けられなかった。


 いままさに、この医療施設のどこかで行われている出産。

 受胎能力を失った人類のなかで、唯一、受胎に成功した女性。

 さまざまな現象に対して、なんらかの免疫があったのか。

 それとも、人類は受胎能力をとりもどしたのか。


 無用な混乱を避けるため、このニュースは、出産の直前まで、報道規制がかけられていたらしい。

 それでも出産の確かさが高確率で弾き出されたとき、この大騒ぎとなったのだ。


 そんな女性に関するニュースを、キャシーが虚ろな瞳で見つめている。


「無事、産まれるといいですね」


 真幸──張り詰めた空気を誤魔化そうと発言=失言。

 キャシーをつつむ空気との温度差が歴然としていく。


「……かわいそう」


 がさがさとかすれた声で、キャシーが言った。

 みんなの視線が動く。


「そうよ……あの子は、苦しまないために死んだのよ」


 恍惚とした顔で、とてもキャシーのものとは思えない顔で、その女性は微笑む。


「そう……そうなの……だから……あの子も死ねばいい」

「お姉ちゃん!」


 マリアの怒号。

 真幸が息を呑む。

 実の姉妹であっても聞き逃せない発言。

 たいせつな姉妹だからこそ、聞き逃してはいけない発言。


「お姉ちゃん、あの子の、グレースの死に、意味を押しつけないで!」


 花瓶の割れる音。

 キャシーがマリアのいる方角へ投げつけたのだ。

 壁に激突し、粉々に砕け散る花瓶。

 いつか壊した、クラッグの破片のように散らばる。


「マリアになにがわかるって言うの! グレースは私の……私の……」


 なにか声をかけようとマリアが口を開いたとき──


《生まれました! 生まれたようです! 奇跡の赤ん坊がいま──誕生したとの情報が入りました。さっそく、許可をいただいて、なかに入ってみたいと思います!》


 揺れる映像。

 手術室の扉が開かれ、カメラがなかに入る。


 産声。


 部屋のまんなかで、汗に濡れた顔をゆがませ、笑みを浮かべている黒髪の女性。


 医師が赤ん坊をかかげ、女性の顔の前に連れて行く。


《響子》


 女性が、瞳を潤ませて赤ん坊に呼びかけた。


《あなたの名前は、響子よ》


 リポーターまでもが目に涙を浮かべている。


「ちがう!」


 いきなりキャシーが立ち上がった。


「グレース! グレースなのよ!」


 真幸といっしょにキャシーを座らせようとするが、キャシーは唾を飛ばしながらわめき散らし、ついには、その場にうずくまってしまった。


《まさに天使の産声ですね》


 リポーターの所感。


 直後。


 赤ん坊をくるんでいた布が、ぼうっと音を立てて燃え上がった。


 悲鳴を上げる医師。

 その腕にも炎が燃え広がる。

 とっさに赤ん坊を放り投げようとするが、手に貼りついてしまったように離れなかった。


 ぎょっとなって後ずさるリポーター。


 布が、燃えながら、ゆっくりと床に落ちた。


 苦悶の叫びを上げつづける医師の手のなかで、赤ん坊がカメラを見すえ──


 ──産声〈スペル〉。


 生放送中のカメラを通じ、住宅、店舗、街道、とにかく都市中のいたるところに設置されているテレビへ向かって。


 響いた。


 テレビの中から金切り声〈スペル〉。

 医師が、母となった女性が、リポーターが、そしてテレビ局のクルーが、みんな、発火し、絶叫〈スペル〉し始めた。


 カメラが地に落ちて、横倒しになった。

 テレビが九十度向きを変えてしまったかのごとく映像が回転し、手術室での惨状を伝えていた。


 窓の外からも金切り声〈スペル〉。

 となりの病室からも金切り声〈スペル〉。


 だれも動かない。

 動こうとしない。

 動けない。


 いまや都市中が共鳴者であふれかえったという恐怖の事実を、だれも口にできず。


 樽本が動いた。

 キャシーに近づき、からだにつながれた点滴のチューブを抜き去り、さっと腕を引いて立ち上がらせる。

 それから、腰から取り出した拳銃をにぎり、みんなに向きなおる。


「さっさと移動するぞ。可能なかぎり、早く。もうどこにも、安全な場所なんてねぇんだ」


 みんな、動かない。

 なにか、反論を考えているのかもしれない。


 こんなの、嘘だ。いくらなんでも。


 いままで守りつづけてきたものが、こんなにも、あっさりと──。


「グレエェェェェェス!」


 金切り声。

 すぐとなりで。

 半狂乱に陥ったキャシーが、テレビをつかんでさけんでいる。


「グレエェェェェ──!」


 さけびが途絶えた。


 甲高い音。

 マリアがキャシーに平手打ちを食らわした音。


 マリア──息を大きく吸い込み、これまでにない大声を発した。


「あなたはグレースの母親なのよ、お姉ちゃん!」


 キャシーの肩がふるえる。


「その事実は変わらないし、消されたりしない! あの子だって、きっと知ってる! お姉ちゃんは母親として、恥じることない行動をしないと駄目なんだよ! グレースはお姉ちゃんの子だし、お姉ちゃんはグレースの母親なの! 母親として戦い、母親として生きなきゃ! わかるでしょ?」


 キャシーのえり首をつかみ上げて怒鳴るマリア。


「戦え!」


 芯まで響く。


 そのとき。

 遠くで爆発の音が聞こえ、すべての電気が消えた都市は、瞬く間に暗闇につつまれた。

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