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4-1 排気の黙示録〈エクスホースト・アポカリプス〉

 戦闘が終了したとき、僕は疲れ果て、その場でうずくまっていた。


 ようやく現れる救援。

 戦闘を開始してから、十二時間が経過していた。

 見捨てられていたのだ。


 生き残った者が、満身創痍のすがたで、訪れた二機の救援ヘリの周りに集まる。

 粉砕分隊のほかには、六名しか生き残っていなかった。

 生存者──マリアは涙を流し沈黙。


 樽本が救援ヘリに近づき、操縦士につかみかかる。

 操縦士は、さっさと飛び立たないとクラッグが現れるのではないかと周囲を見わたす。


「なんで、もっと早く来なかった」

「本部の命令で──」

「多くの人間がいて、一人たりとも、たった一人たりとも、命令に逆らってでも助けに来ようって奴ぁ、いなかったってぇのか?」


 樽本が、操縦士を放してヘリに乗りこむ。

 なにやら思い詰めたような、その極端まで行ってしまったような、決意めいた色をその顔に浮かべて。


 一機目のヘリが飛び立つ。


 荒れ果てた戦場には、白い布の掛けられた、死傷者たちの死骸がならべられている。

 もう見分けもつかない、薬音寺のからだも。

 回収班が来るのは、また後だ。


 立ちすくむマリアのすがた。

 夕陽が彼女を深紅色に染め上げている。


 背後にだれかが立つ。

 ふりむく。


 紫苑。


「雄輝は大丈夫すか?」

「ああ」


 紫苑の手が頬に触れる。


「つらかったんじゃないすか?」

「大丈夫だ」


 思わず、差し伸べられた手を払いのける。

 紫苑──傷ついた顔。

 目をそらす。

 立ち上がる。

 マリアに近づく。


「行こう、マリア」

「……嫌。あたし、ここにいる。あいつを置いていけない」

「クラッグがまた来るかもしれない。ここは危険だ。回収班に任せておけ」

「回収、なんて言わないで! あいつは!」


 マリアの、絶叫と等しきさけび。


「あたし、馬鹿だから。全然、気づけなかった。自分のこと、あいつのこと。本当に、馬鹿だったんだ。だって、だって、おかしいじゃない。告られた途端、一人になるなんて。あたし、ここから動かない。動けないよ……」


 二人で夕陽の光に浸かる。

 薬音寺の声がよみがえる。

 何度も頭のなかで。


 人の死になど、慣れていたはずだった。

 この世界で。

 こんな世界で。

 それなのに。


 不覚にも、涙がこぼれ落ちそうになった。


 親友、と呼べる奴だった。と思う。

 もういない。


「行こう、マリア。僕は、お前を死なせられない。薬音寺にしかられちまうよ」


 マリアの口もとから泣き笑いがこぼれた。


「あいつ……馬鹿よ」

「ああ、大馬鹿野郎だった。みんな、あいつが大好きだった」


 マリアが胸に飛びこんでくる。


 僕は──


 薬音寺のように、優しく抱きしめてやることはできない。


 僕は、あまりに硬質で、罪に汚れている。


 軽く髪を撫でてやる。

 その程度しか、できない。


「もう大丈夫……ありがと」


 マリア──目を拭いて、ヘリに乗りこむ。

 僕もつづく。


 ヘリが、空に飛び立つ。


 座っているだけでも全身が痛む。

 帰ったら検査を受けるべきだろう。


 くもった空色。

 なにひとつ会話のない機内。

 思考が、記憶の洪水に追いつかない。


 じっと座っているだけで、いつしか基地が見えてきていた。


「……なんの騒ぎでしょう?」


 真幸がつぶやく。


 基地全体が、なにやら騒がしい。

 成人兵士が走り回り、さけんでいる。


 ヘリから降り立つと、近くにいた大人を捕まえる。


「なにがあったんです?」

「反逆だ」


 大人が告げた。


「樽本曹長が、もとから反発精神のあった少年少女兵士に呼びかけ、視察に訪れていた総理大臣を人質に取った。いまは将校居住区の一画に立て篭もっている」

「早まった真似を──」


 ノイズが踵を返す。


「説得に向かうだ」

「そうと決まったら、早く行きましょう。急がないと、樽本さん、殺されちゃいますよ」


 真幸の言葉に、粉砕分隊の面々はうなずき、歩き始める。

 そこへ、村崎二尉が現れる。


「お前たち、どこへ行くの。樽本曹長に仲間する気?」

「いいえ。説得に向かいます」

「それなら話は早い。ついて来なさい」


 兵舎とは逆方向に位置する将校居住区。

 成人兵士たちが銃をかまえ、周囲を包囲している。

 村崎二尉の説明に、成人兵士たちは、うなずいて道を開ける。

 居住区の建物内に入る。


《聞きやがれ、糞ったれな大人ども。下手な真似ぇしやがったら、さっさとこの大臣殿を撃ち殺して、それで終わりにするぜ。お前ぇらは、いつまでも役立たずの見物人〈ウォッチャー〉でいりゃあ、いいんだ。ただ見てるだけなんだろ、お前ぇらはよ》


 基地中に設置されたスピーカーから、樽本のさけびが漏れる。


 廊下を歩いて行くと、四名の少年兵士が、見張りとして扉の前を固めていた。

 少年兵士の一人が、こちらに銃を向け、軽蔑の目を向ける。


「大人どもの言いなりか?」


 歩み出る。


 こちらを見て、少年兵士が顔を強張らせる。

 人と戦うために変化するつもりはなかったが、駆け引きの道具となるなら、利用しない手はなかった。


「僕たちは自分の意志でここへ来た。悪いが、通してもらうぞ」


 一睨み。

 少年兵士──汗を流し、逡巡し、銃を下ろす。


 こちらが一歩踏み出すと、少年兵士たちは道を開けた。


「悪いだな」


 とノイズが笑みを浮かべて謝りながら、全員、奥の扉へと向かう。


 扉を開ける。

 広い陸上幕僚長専用部屋。


 総理大臣と面会中だったらしい陸将は、頭から血を流し、倒れている。


 樽本を始め、十名ほどの少年兵士が、総理大臣をにらんでいた。

 当の総理大臣は、デスクの前の椅子に座ったまま、自分を囲む少年少女を、余裕の笑みで見つめている。


「待っていたぞ、村崎二尉。これ以上、この私に銃を向けさせるな」


 総理大臣が村崎を見つめ、言う。

 村崎──無表情。


 樽本が、目を通していた書類から顔を上げた。


「いま、ちょうどあんたについての資料を見つけて、読んでたところだぜ、二尉殿。俺ぁ調べものするのが好きでね、あんたのことは、ずっと気になってたんだ。ちょくちょくすがたを消す、不審なあんたの行動がな。ようやく、見つけたぜ」


 樽本の挑戦的な笑み。

 その眼は、ギラギラと光っていた。

 獲物を前にした獣。


「あんた、大臣直属の兵士だったんだな。こいつの命令のもと、極秘の任務を引き受ける特殊部隊の一員。それが、あんたの裏の顔だったってぇわけだ。色々とあくどいことやってんなぁ。一番たまげたのが、この箇所だ──暴動を起こす恐れのある西南地区の者を始末せよ。恐れのある、だと? 疑わしきは罰せよってか。ここに、暴動を起こす恐れのある人間のリストがあるぁ。随分な大量殺戮だ」


 その場にいた者がみんな、村崎二尉を見た。


「存在しない任務の書類は、抹消するよう進言したはずですが」


 陸将の死体に目をやり、顔色一つ変えず、村崎は手にした拳銃を持ち上げた。

 冷徹な顔。


「いますぐ大臣を解放しなさい」

「なぁ。こいつは、俺たちを見殺しにしようとしたんだぜ。いつだってそうさ。俺たちは、こいつの駒でしかなかった。あんたこそ、その最たるもんじゃねぇか」

「もう一度言う」


 撃鉄を引き起こす音。


「大臣から離れなさい」

「命は、あんたにとって、なんでもないのかい」

「この都市を守るためよ。犠牲というものは、いつだって必要とされる」


 一行は、突然の展開に、成り行きを見守ること以外、どう動くこともできず。


 手を腰に当てる。

 そこにナイフがあることを確認する。

 だが、変化したところで、いったい、だれに刃を向ければいい?


「この都市はなぁ、子どもを犠牲に成り立ってんだ。子どもだけじゃねぇ、役立たず、はぐれ者、そう認定された者、そういった奴を犠牲にして成り立ってんだ。だれもそれを気にしねぇ。当たり前だと思っていやがる。だれも考えようとしない。ほんとうに、ほんっとうに、この都市に守るべき価値があるのかってな。俺たちを犠牲にして成り立ってる世界で、俺たちが生きてく意味ってぇのは、あるのか。俺たちはただのスペアだ、そこの大臣や大人どもにとっちゃあな。いくらでもいる、そのほか大勢の内の一人に過ぎねぇ。こいつらが考えてることはひとつ、自分たちが老いて自然死するまで、平和な世界がありゃあいい、それだけさ。次の世代である俺たちの未来なんてどうでもいい、自分たちの現在が守られりゃあ、それでいいのさ。俺たちは、俺たちの都市を守ってるんじゃねぇ。こいつらの都市を守ってんだ。そうだろ? えぇ?」

「君たちの未来など、もはや存在しない」


 大臣のふくみ笑い。


「人類は二度と子を産めないからだとなった。これは、まぎれもない事実と認定された。未来は消えた。この現実だけがのこったのだ、私の兵士よ。我々に可能性は必要ない。いまここにいる我々が生き延びるというかぎられた現実があれば、それでじゅうぶんなのだ」

「てめぇらだけの現実じゃない。俺たちの現実でもあるんだ。俺たちにも未来はあるんだ。どれもこれも、勝手に消しちまう気か、お前ぇらは!」

「人類という歴史の輪が閉じられようとしているいま、なんのために諸君らは未来を求める。なんのために生きたいと願う。すべて哀れな自己憐憫にすぎない。もはや人類として、種の存続など果たすべき役割の消えた諸君らに、役を与えてやろうと言うのだ。この都市を守り、懸命に生きて、使命感や、それを果たした満足感とともに死ぬ機会を与えてやっているのだ。感謝してもらいたいくらいだ、我が子らよ」

「ふざけんな」


 樽本──銃を大臣に向ける。


「俺たちのために都市が在るのか。都市のために俺たちが居るのか。どっちなんだ。それとも、都市も俺たちも、みんな、お前ぇのためにあるのか」

「この都市を守ることしか、我々にはのこっていない」


 村崎二尉──拳銃をかまえたまま、言い放つ。

 重い響きを持った言葉。


「それ以外になにを為す。いますぐ集団自決する? 私もお前も、もうすぐ大人となり、クラッグとは戦えなくなる。そのときまで、懸命にこの都市を守る。みんな、そうしてきたから。みんな、役割を果たしてきた。いまの我々がこうして生きているのは、いまお前が銃を向けている大人たちの戦いがあってこそだ。私も役割を終えるまで戦いつづける。守りつづける覚悟よ」

「そのとおり。私を撃ったところでなにも変わらんよ」


 大臣が目を閉じて言う。


「この都市と、人類の現在と、諸君らの存在は、変わらずのこる」

「そんなのぁ、頭の悪ぃ屁理屈だ」


 進み出ようとする樽本を、村崎が銃で牽制する。


「なにもかもゆがんでる。ゆがんできてやがる。なのに、だれもそれを指摘しようとしねぇ。なぜだ? ここがゆがんでるからだ。この都市そのものがゆがんでるからなんだよっ!」


 突如として、背後で銃声が聞こえた。

 つづけて扉が押し開かれ、少年少女の兵士たちが突入してくる。

 全員無表情で、銃をかまえている。

 その銃は、樽本たちに向けられていた。


 大臣が笑みを浮かべる。


「私に銃を向けて、拳骨で済むとでも思ったか?」


 無表情の少年少女たち。

 その先頭に立っているのは、美奈だった。


「美奈──?」


 自分に向けられた銃口と、それをにぎる妹の顔とを見くらべる樽本。


「美奈、俺だ、わからないか」


 近づく樽本。

 銃口が上がり、彼の胸を狙う。


 ノイズがいきなり動き、美奈に近付いて髪をかき上げる。

 美奈は、ノイズを認識していないのか、動かない。

 美奈の額に、ノイズと同じ手術痕。


「なんと……いうことを」


 ノイズのうめき。

 無表情の少年少女十人の兵士たちを見わたす。


「そうか。君は失敗例の一人だったな」


 大臣がノイズに言った。


「君らのような兵士が、我々には必要だったのだよ。従順な兵士。戦うための兵士が」

「こいつはなにを言ってやがんだ、ノイズ。俺の妹は──?」


 ノイズの顔が険しくなる。


「君はおぼえていないのだろう。仲間たちがどうして死んだのか。唯一無事だった君は、記憶喪失に陥った。それでも、あの実験のせいだということだけはおぼえているようだね。大丈夫、もう悲劇はくりかえさないよ。そこにいるのは、完璧な兵士として生まれ変わった、私の自慢の子供たちだ。私に従順で、私のために動く。それが、この都市の理想のすがただ」


 樽本──銃身がふるえる。

 美奈に手を伸ばす。

 美奈──無表情のまま銃を突きつける。


「樽本君。彼女が君の言うことしか聞かないのは、大変問題なことだった。ここは私の基地であり、私の都市だ。私が出撃を命じれば、それに従い、命を懸けて守れと命じれば、そうする。そういう兵士を私は欲していたのだから」

「てめぇ、美奈になにしやがった!」

「ちょっとした手術だよ。これで彼女が恐怖を感じることは二度とない。母親の死におびえることも、兄に縛りつけられることも二度とないのだ」

「縛ってただと? 俺が美奈を束縛してたってぇ言いてぇのか」


 樽本の顔が怒りにゆがむ。


「それだけじゃない。彼のように」


 大臣がノイズに顎を向ける。


「大人になったとしても、クラッグから感染することはなくなる。妊娠すら可能かもしれない。これは、人類の希望なのだよ。君の兄としてのエゴで潰していい問題じゃない」

「なんっ……だと……」


 部屋中で、おたがいに向けられる銃口。

 争いは避けられそうもなかった。


 ナイフを抜こうと、腰に手をやる。

 その手がつかまれる。


「クラッギー、お前さんに人殺しはさせないべ」


 ノイズの声。

 真後ろから、ささやくように。


「そんな奴は、おいらだけでじゅうぶんだ」


 足音。

 ノイズが歩み出てくる。

 先頭に立つ。


「大臣」


 ノイズが、手に持っていた銃を床に置いて言う。


「ここで撃ち合っても、あんたの言う、この都市を守る兵士の数が無駄に減るだけだべ。だれにとっても、大きな損失となる。ここは、なにもなかったことにして解散するってのはどうだべか。そんでおしまい。悪くない提案だと思うだが」

「君たち全員を捕らえ、手術を施すという手もある」

「大臣。みんなが手にしてる銃は飾り物じゃねぇ、玩具じゃねぇだ。相手を撃つのにも、自分を撃つのにも使える、万能の道具だ」


 大臣──ふむ、とおもしろそうにノイズを見つめる。


「君は、ここにいるみんなの命と、なにかを取引できるかね?」


 ノイズ──それには答えず。

 少年兵士たちを見まわす。


「曹長、銃を下ろすだ。みんな、死ぬだけだべ」


 樽本、ふるえる銃を──ふるえる腕を、見下ろす。

 ゆっくりと銃を下ろし、大臣から目をそらし、美奈を見つめる。

 なにも見ていない、敵だけをとらえた、美奈の瞳を。


 樽本に従い、少年兵士たちが銃を下ろす。

 それを見計らってか、大人の兵士たちが駆けこんできた。

 銃をこちらに向け、大声で怒鳴っている。


 ノイズ──歩き出す。


「これは、おいらが始めた騒ぎだべ。責任はすべて、おいらにある。そうさな、大臣」


 取引の答えだった。

 大人たちにも聞こえるように言う。


 大臣が、いいだろう、と言うようにうなずく。


「ああ。他の者は、こいつに踊らされただけだ。この者を捕らえろ」

「それには及ばないだ」


 ノイズ、兵士たちに銃を向けられたまま、部屋の中心まで歩いて行く。


「おいらは、なにひとつ、わすれちゃいないだ、大臣。知っていた。おぼえていた。みんなのことを忘れるはずがないべ。みんなとの日々は、ちゃんと記録していただ。長い月日が経っただが、おいらは、みんなを置き去りにするつもりなんて毛頭なかっただべ」


 脳裏に浮かぶ、壁に貼られた数十枚の画用紙。

 その奥に隠された写真。


「みんな、君が殺した。置き去りにしたのは君だ」


 と大臣。


 ノイズ、自然な動作で手を上げる。

 その手に握られた拳銃。


「それも、知ってるだよ、大臣」

「君が彼らを殺したのだ。彼らは、どんな思いを抱いて眠っているのだろうね?」


 一瞬の躊躇。

 自嘲気味の薄笑い。


「──神様だけが知ってるだ〈ゴッド・オンリー・ノウズ〉」


 だれにも止めることはできなかった。


 ノイズの手元から放たれた銃弾が、大臣の脳を吹き飛ばした。


 デスクの前で椅子に座ったまま、死をむかえる内閣総理大臣。


 沈黙が、ずっとつづきそうな沈黙が、その場を満たした。


 ノイズが、銃を下ろした。

 手から力を抜き、銃をデスクの上に置く。


「……残念よ、ノイズ二曹」


 沈黙が覆う場で、唯一、強い意志のもと、声が発せられた。

 村崎二尉──その銃がノイズに向けられる。


 ノイズ。

 ただ、笑みを浮かべた。


「やめて──」


 誰かの嘆願するようなささやき。

 おそらく真幸。


 銃声。


 血が一筋、垂れた。

 つづいて、血飛沫が飛んだ。


 ノイズ──膝をついた。

 その口元から血がこぼれる。


「──おいらは、あんたを知ってるよ……村崎……和美……幼いころから……」


 かぎりなく優しい声。

 村崎二尉──表情を変えない。


「人一倍、銃を撃つことに抵抗をしめしていた……優しい子だっただ……」


 ノイズが顔を上げる。

 天井を越え、空を越え、遠く近いなにかを見つめる。


「いつの間にか……おいらだけが、こんなに生きて──」


 壁に貼られた写真──みんな笑っていた。


 やがて倒れ、動かなくなるノイズ。


 都市がノイズを殺す瞬間。


 樽本──銃を落とす。

 両手を額に当ててくずれ落ち、すすり泣く。


 大人たちがいっせいに動き出した。

 運び去られる陸将と大臣、ノイズのからだ。


 苦々しい顔をされながらも、樽本や少年兵士たちは解放された。

 内閣総理大臣の最期の命令、ノイズの優しさによって。


 意識がはっきりしない。

 自分が自分の足で歩いていることすら、頭の片隅でぼんやりと理解しているだけだった。

 地面との距離が、やたらと遠い。


 どうやって外に出たのかもおぼえていない。

 空を振りあおぐ。

 灰色にかすむ低い空。


 僕たちは。


 ふと酸味が喉にこみ上げる。

 猛烈な嘔吐感。


 僕たちはなんのために戦っているんだ。


 ぶちまけた。

 腹が空になるまでつづいた。

 口から漏れるうめき声が、他人ごとのようだった。


 かすかに硝煙の匂いがした。

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