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1-1 灼熱の黙示録〈スコーチング・アポカリプス〉

 咆哮〈スペル〉と光が、目前で炸裂した。


 ギリギリの跳躍。

 敵の放った炎が、たび重なる戦闘で砂地と化した大地をえぐる。

 直後、爆発。砂塵が舞う。


 ガスマスク越し、砂塵の向こう、垣間見える敵の姿に突撃銃を向ける。

 M16A2の三点バースト。


 四匹の敵が弾を避けながら一か所に集まっていくのを確認し、銃に装着されたM203擲弾発射器で、まとめて粉砕する。


「四匹、殺った。これで合計、十六匹だ」


 襟もとの無線に告げると、怒りに湧いた声がとどろいた。


《くそったれ! まだ戦闘開始して五分だぞ!》


 声の主が、少し離れたところで短機関銃を掃射しているのを、視界の隅に確認する。

 百メートル走、中隊内一位の脚力による俊敏な動き。

 耐熱スーツに身を包み、顔には、もちろんガスマスクを着用している。


《こっちは、まだ十三匹だっての!》


 彼のさけびをかき消すように、通信にべつの声が入りこんでくる。


《あのぅ、僕、十五匹倒しました》


 優秀な狙撃兵の幼い声が遠慮がちに言う。


《ちくしょう、真幸もかよ!》


 衛生兵でナンバーワン走者の薬音寺が嘆く。


《だったら、あたしがイチバンね!》


 甲高い女性兵士の声が、炸裂する連射音の合間から聞こえてくる。


《雄輝、薬音寺、あんたら、ノロすぎ! いま、十八匹目を吹っ飛ばしたわよ》


 パワフルな機関銃手マリアによる制圧射撃に正面は任せ、側面からの敵に集中する。


 向かってくる敵に照準を定め、撃つ。

 そろそろ装填弾薬が尽きる、と脳が告げている。

 弾倉内の残り弾薬数を、身体がリズムで覚えている。


「装填!」


 さけぶ。

 薬音寺の援護射撃。

 敵の攻撃を避けつつ、空になった弾倉を落とし、予備弾倉を叩きこむ。

 装弾。

 その間、わずか一秒足らず。

 習慣化された動き、訓練のたまものだ。


《今日は早く帰れそうだなぁ。お前ぇら、敵は既に壊滅状態だ。圧倒的に撃滅しな》


 無線から分隊長の声がする。


「了解」


 全員が唱える。

 自然な連携で敵を追い詰める。

 たがいのすがたなど、もはや、目視していない。

 ただ、認識している。

 誰がどこで働いているか、皆、理解している。


 身を隠す障害物も、周囲を見わたす高台も存在しない、どこまでも広がる荒野。

 淡々と、ライフルを撃ちつづける。タタタン、と三点バーストがリズムを刻む。


 突然、真下の地面が膨れ上がった。


 地を蹴って後退し、裂けていく大地に銃口を向ける。


 咆哮〈スペル〉。大地の奥から。

 轟音と共に、炎に包まれたかたまりが地中から飛び出してくる。


 人間の倍はあるであろう巨大な身体。

 岩石に包まれた硬質の肉体。

 溶岩を内蔵し、赤く沸騰する表面。

 全身を包む高熱の炎。

 燃える岩の塊。


「突き出た岩〈クラッグ〉──」


 思わずつぶやく。


 新たに大地から出現したクラッグは、迷わず「僕に」突進してくる。

 四つの赤い目がこちらを向く。

 巨大な岩を思わせる身体から突き出した腕を振り上げ、迫ってくる。

 四つの目の下の岩が割れ、尖った歯のようになる。

 咆哮〈スペル〉。


 そこでようやく、「引き金を引く自分」以外の自分を再認識する。

 おびえず、おそれず。

 落ち着いて、背中のタクティカル・ショットガンを抜く。


 目前に迫ったクラッグの突進を、回転しながら回避する。

 ショットガンの轟き。

 意外にもろい岩が、簡単に弾け飛ぶ。飛び散る炎。


 もともと、内部に爆弾を抱えているような存在であるクラッグだ。

 少しの衝撃で破裂する。


 肉の爆ぜた悪臭。

 周囲から敵の姿は消えている。

 気を抜かず、息を吐く。


「落ち着いたもんだべ、岩石男〈クラッギー〉」


 となりに大きな図体の通信兵がならぶ。

 通称ノイズ。

 生まれつきか後遺症か歪んだ顔立ち。

 それに、どこでおぼえたのか、奇妙なしゃべりかたをする。


「お前さんの破壊力は誰にも止められないだな」


 ノイズ二曹の言葉には応えず、周囲を見わたす。

 敵のすがたはない。


「殲滅完了、オールクリアすね」


 ノイズにつづき、となりまで歩いてきた同い年の小銃手──紫苑が口にする。

 整った顔立ちに、戦闘時はスーツの内側に隠してある、肩まで伸びた髪。

 女の子特有の円らな瞳に、小さめの唇。

 基本的に無表情・無感動を、彼女は保持している。


「まあアレだ、俺の特技は射撃じゃねぇ、治療だっての」


 薬音寺がマスクを半分脱ぎ、言いわけしながら帰ってきた。短機関銃を肩に当て、宙に向けている。黙っていればハンサムな横顔で、マスクの内側には、戦場を舐めているとしか思えない黒のサングラスと、バックに流したロングショート・ダックテール。


「どれだけ殺すかじゃなくて、どれだけ救うか。お、いまの名言?」


 スパン、といい音がして、薬音寺がつんのめった。マリアに後頭部をはたかれたのだ。

 母親がフランス人のハーフである彼女の髪は、戦場に似つかわしくない、赤毛のポニーテールだ。

 薬音寺より一つ下の十五歳で、さきほどから噛みつづけているピンク色の風船ガムを紅い唇のあいだから膨らませる。

 弾ける。


「あんたはねぇ、手よりも先に口が動いてる人種なの。行動力がないのよ行動力が」


 機関銃手マリアによる説教連射は、薬音寺にとっては、いつものことだ。


「だいたいね、あんたが足を引っ張るから、あたしは──」

「おおい、みんな聞いてくれ!」


 突如、薬音寺がマリアをさえぎり、さけぶ。


「我が粉砕分隊の女性隊員が、紫苑とマリア、天と地ほどもかけ離れたプロモーションを備えていることに、お気づきか! DカップにBカップ。片や夢の狂乱、世界の華である一方で、残る一方は……遺憾である! 嘆かわしき由々しき事態である! 両名ともに豊満であったなら、我らが日常はぁ――!」

「いっぺん死ねぃ!」


 マリアの拳が薬音寺の腹に沈みこむ。

 ぐふぅと倒れこむ薬音寺。


「あたしのだって、需要あるわい!」

「あ、あのぅ、みんな、怪我はなかったですか?」


 狙撃手の真幸が、自分のからだより大きめの狙撃銃──自動方式のM21を担いで登場した。

 あどけない童顔で、どういうわけか、つねに泣きべそをかいている。


「大丈夫。今日も見事な狙撃だったよ、真幸」


 いつもの荒さとは打って変わって、すっかり母親顔で優しい口調のマリアだった。


「いやぁ、お前ぇら、お疲れさん。帰ってコロッケでも食おうや」


 十七歳の樽本陸曹長は、粉砕分隊の分隊長だ。

 坊主頭の猛犬と呼ばれる、ガラの悪い人相。

 額から右頬に傷痕が走り、片目を潰している。

 彼は、一年後に現役引退が迫っていた。


「美奈ぁ、お前ぇも、よくやったなぁ」


 真幸と同じくらいの背丈の少女、美奈。

 金色に染めた髪の、短く小さいツインテールの少女は、手榴弾を大量に所持した、小さな擲弾手だ。


「死んじゃえ腐っちまえ腫れちまえぶいぶいぶい」


 下を向いたまま、なにやら呪詛のようなものを、ブツブツつぶやいている。


「あいかわらずウツな感じですな、妹さん」


 薬音寺が樽本の肩をたたき、銃をかついで伸びをした。


「あたし、カレーコロッケに一票」


 マリアが手を上げると、薬音寺が怒鳴る。


「馬鹿、クリームコロッケだろ」

「ばかばかばーか、撃破数最低のあんたに、決める権限なんてあるわけないでしょ」


 コロッケの中身が決まらないまま、回収のヘリコプターがやって来る。


 ヘリに乗りこみつつ、あちこちで燃えくすぶっているクラッグたちの残骸を見つめる。


 クラッグ。

 突然の襲撃者。人類の脅威。敵。

 地中から現れては人類を襲う魔物。怪物。


 地震がクラッグ出現の予兆であり、地震計による敵接近を察知し、クラッグの到来と同時に駆逐作戦を展開、戦闘を実行し、結果、勝利する。

 これが、日常だ。


 散らばった死骸。

 いまだにつづいているコロッケの話題。

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