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3-3 相棒

 老医師の狼狽。

 あの極端な反応について考えながら、心のどこかで恐怖をおぼえながら。

 分隊部屋のほうへ戻ろうとしていたときだった。


「おう、雄輝」


 薬音寺とすれちがった。

 休憩用のベンチやスタンド灰皿が脇にいくつかならぶ、開放的な屋外通路。


「マリアは?」


 立ち止まり、訊ねる。


「キャシーんとこだ」


 薬音寺も立ち止まり、ふりかえると、手にしたボトルに口をつけ、水を飲んだ。


「大丈夫なのか?」

「強い女だからな、本人いわく」


 そう言って笑みを浮かべる薬音寺。

 そのすがたに、つい、口を開いた。


「お前は――」

「んあ?」

「いや」


 目をそらす。


「――うらやましい、と思って」


 それを聞き、薬音寺は、一瞬きょとんとした顔つきを見せてから、やがて爆笑。


「なんだよ」

「悪い悪い。お前がそんなふうな口をきくなんて、とな」

「今日の自分は素直らしいんだ」

「みたいだな」


 しばらく、二人で会話もなくたたずんでいた。

 心地良い距離感、関係性だった。


 薬音寺は腕を大きく広げてベンチに座り、空をあおいだ。


「俺は下手なんだ」


 やがてつぶやく。


「なんの話だ、下ネタか?」

「ちがうっての。人との接しかただよ」

「なにを言う」

「ほんとうだ。下手なんだ。いつも必死だよ、どう言えば相手が傷つかないかとかってよ、すごく考えんだ。だから、ときどき思う。俺の気持ちは誠実か、ちゃんと相手には届いているか、てな。もちろん俺は……行動派っての? 口よりさきに、からだを動かすタイプだ。それでいいとは思ってんだが、最近、こう、なんだ……なんの話してんだ」

「知るかよ」


 苦笑。

 だよな、と薬音寺も笑う。


「けど、俺は言葉にしてぇんだ。言葉で伝えてぇんだ。ちゃんと、自分の気持ちを見せてぇんだ。なのにさ、口から出てくるのは、くだらない冗談だったり、茶化す文句だったりするのさ。これ、不器用っての?」

「お前の誠実は伝わってるさ」

「はん。そう思うか?」

「思う」


 風が、薬音寺とのあいだを抜けていった。


 薬音寺が、照れたような笑みを浮かべ、ふりむく。


「……ふしぎだな。雄輝は、こういう相談するのにもっとも適してない相手だろうし、もっとも遠くかけ離れてる奴だろうってのに、雄輝がそういうならそうなのかも、て気になった」

「なかなかひどくないか」

「はは。ほらな、俺ってば、こうやって、すぐ茶化すだろ」


 薬音寺が立ち上がった。


「いまだって、ほんとうは、こう言いたかったんだ。――サンキュな」

「昼食一日分で手を打とう」

「策士め」

「これでも友情価格を提示したつもりだ」

「はっ」


 薬音寺が不敵な笑みを浮かべる。

 そんな表情のまま、


「……ありがとうよ、相棒」

「相棒?」

「もう二度と言わねぇ」


 空が青いな、と上空を見上げ、薬音寺。

 まるで照れ隠し。


「今後とも、よろしく頼むぜっての」


 薬音寺が突き出してきた拳。

 己の拳をぶつけた。


「粉砕〈クラッシュ〉」


 薬音寺は、まるで祈りの言葉のように、それを口にした。

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