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2-7 リストカット・ヒーロー

 爆裂。

 砂塵が舞う。


「もう見飽きたぜ、砂塵なんざ!」


 薬音寺がさけび、短機関銃を掃射した。


 クラッグのさけび〈スペル〉、悲鳴〈スペル〉。

 それらをかき消すようにして、やたら響く大声が戦場にとどろく。


「おかげでプリン食べ損なったじゃないのよ、馬鹿クラッグ!」


 今回のことの起こりは、偵察部隊による報告。

 各地で、都市を囲うようにして、クラッグが集結しつつあるとの情報があった。

 前回のような事態になるまえに、各集結ポイントを個々に撃破し、先手を打つ作戦が立てられた。

 各ポイントに、数個分隊での襲撃を行う。

 空中部隊による支援も行われる。


「この前だって緊急招集のせいでアイス食べ損なったんだから、ばかぁー!」


 がむしゃらだぁーっ! とマリア、恨みのこもったマシンガン・トークが炸裂している。

 マリアのあつかう三脚装着のM240G汎用機関銃が、一分につき九百五十発、七.六三ミリ口径の弾丸を吐き出している。

 射程は三千七百二十五メートル。


 から元気だ、無理してる、頭がそう告げるが、だからってどうすればいい?


 敵は次から次へと地面を裂いて登場する。

 さながら、射出されるミサイルのようだ。


「雑魚がぁ! 次々と出て来ぃやがって! 今日は妹と飯ってたんだぞ!」


 樽本が、やはり恨みのこもったフルオートをお見舞いする。


 空からは、軍用ヘリが援護射撃を行っている。


 慣れ果てた戦場。

 身に染みた戦場。


 だが、新しく地面から飛び上がってきたクラッグが、樽本の弾丸を弾いたとき──すべては、未知のものへとさま変わりした。


「──なんだぁ? あの野郎は」


 樽本が茫然とつぶやく。


 ほかの深紅色に輝くクラッグとは、あきらかに別格。

 漆黒の岩のかたまり。

 暗黒の息を吐き出しながら、そのクラッグは咆哮〈スペル〉した。

 身の毛もよだつ低音。

 腹の底まで響く重音。


「なんなんだ、ありゃあ。新種か?」

《仕留めます》


 真幸の宣言。

 ズガンと響く狙撃銃のうなり。


 弾かれる弾丸。

 クラッグには、傷一つついていない。


 漆黒のクラッグ──唸り〈スペル〉、炎を投げつけてくる。


 一同、とっさに身を伏せる。

 盛り上がった地形による、自然の壁に、かがんで身を隠す。

 炎が壁の向こう側で爆発する。


 樽本の判断は瞬時だった。

 無線機に口を押しつけるようにして、わめいた。


「粉砕分隊より本部へ! 敵の新種が出現、増援を要請する! 手持ちの装備では歯が立たない! 至急――馬鹿みてぇに硬ぇんだよ!」


 それからすぐ、ほかの者たちへも無線連絡を行う。


「敵の新種だ! 全員後退しろ!」


 射撃をくりかえしながら、じりじりと後退。

 ほかの者たちも合流する。


「どうなってる! おい樽本、なにが起こってやがる!」


 薬音寺がさけぶ。


「わかんねぇ! とにかく、あの黒い奴にゃ、手持ちの銃じゃ太刀打ちできねぇ」

「抵抗の意思」


 紫苑がつぶやく。


「いままでのクラッグは、ちょっと衝撃をくわえてやれば、まるで自ら望んでいたかのように、破滅をむかえてたっす。でも、ひょっとすると、一部のクラッグは破滅を受け入れることをやめた。自分の破滅する意味を問うということを、おぼえたのかもしれないすね」

「そんな難しいこと考えてる場合じゃないっての、紫苑!」


 ふと脳裏にうずく、ささやき声。


(我々の一部が我々と拮抗した。我々は我々の一部を再び受け入れるため、我々の一部を模倣した我々の一部を、我々の一部と邂逅させる)


「美奈!」


 樽本の指示。

 美奈が手榴弾を投げつける。


 目標のクラッグに着弾。

 爆発。

 爆風が巻き起こり、煙が周囲を覆う。


「やったか?」

「駄目です」


 真幸が狙撃銃のスコープを覗きこんで報告。


「敵に損傷なし」


 煙が風で吹き飛び、その漆黒のすがたが出現する。


 漆黒のクラッグは跳躍した。

 その重量感溢れるからだを宙へと踊らせ、援護射撃を行っていた軍用ヘリの尾にしがみつく。

 衝撃でヘリの機体が揺れ、クラッグの重みで、垂直方向にかたむく。


 クラッグが口を開き、炎を噴き出した。

 高熱の炎。

 窓ガラスが割れ、みるみるうちにヘリがゆがんでいく。

 無線機から、ヘリの乗務員の悲鳴がほとばしる。

 ヘリは、クラッグとともに降下し、ここから離れた地上へと落下していく。


 クラッグがヘリから飛び降り、ずしんと地を震わせて着地。

 背後で、ヘリが爆音を立てて、燃え上がる炎と化す。


「ちくしょう、ヘリがやられた」

「これでもかぁー!」


 マリアの機関銃が炸裂した。

 その威力・速射。

 やはり弾は弾かれながらも、クラッグの動きが止まった。

 両腕を盾にし、マリアによる攻撃を防いでいる。


「弾が切れたら終わりだ! それまでになんとか──」

「見ろ!」


 薬音寺のさけび。

 その指の差す先に、もう一匹、漆黒のクラッグがすがたを見せていた。


 すぐ背後で轟音。

 ふりむく。

 地面が割れ、漆黒のクラッグが飛び出す。


「気持ち悪い気味悪い不愉快だよ死んじゃえ消えちゃえくすんじゃえ美奈帰りたいよ」


 美奈が呪詛を吐きつつ手榴弾を放り投げる──巻き起こる爆発。

 やはり効き目なし。


 着実に、こちらが包囲されつつあった。


 このままでは、全員がやられる。一人たりとも生き残れない。

 死が押しつけられる。


 腰からナイフを抜く。

 袖をめくる。


 薬音寺が真っ先に気づき、腕をつかんでくる。


「馬鹿、コントロールもできねぇのに、やめとけ!」


 ──なにも言うな!


 遠いさけび声。

 それに必死であらがう。


「僕はさけぶ!」


 宣言する。

 腕に新たな線を刻む。


 熱がやってくる。

 からだが炎をまとう。

 服が溶けていく。

 肉が硬質化していく。


 変化。


 意志を保つ。

 知らないあいだに戦って、知らないあいだに敵を倒しているなんて、ごめんだ。


 この意志で、この手で。

 僕のさけびを思い知らせてやる。

 分からせてやる。

 あいつらに!


 炎を撒き散らす。

 が、近くにいた仲間たちには、火傷一つおよぼさない。


 炎に分別がある。対象を区別している。

 そう。

 これは僕の炎だ。


 飛び出す。


 漆黒のクラッグが高らかに咆哮〈スペル〉する。

 叫び返す〈スペル〉。


 真っ正面から激突する。

 拳を打ちつけ、岩と岩同士、おたがいの頑固なまでの硬さを証明し合う。

 重い圧力が拳にくわわる。


「割れろぉ!」


 心の底からさけぶ。


 みしり、と亀裂の走る音がする。

 つづいて、拳を打ちつけている個所に割れ目が生じ、やがて目の前の漆黒の岩がばらばらに砕け散る。


 おおおぉぉ──と雄叫び〈スペル〉を上げながら、くずれ落ちるクラッグ。


 残る漆黒は二体。

 一体はこちらへ、もう一体は仲間たちのもとへと向かっている。


 自動的に仲間の援護に向かおうとするが、こちらへ来る一体が邪魔をする。


 跳躍。

 自分のものとは思えない運動能力。

 クラッグの目前へと着地。

 轟音。


 跳躍。

 両の拳を繋ぎ合わせ、強く握り締めて振り下ろす。


 クラッグ──頭から一刀両断──というよりも、一拳両砕。


 二つに分かたれたクラッグの身体の片方をつかみ、跳躍──最後の漆黒へと接近。


 漆黒のクラッグが、こちらをふりむき、炎を投てきしてくる。

 炎にくるまれた岩石の飛来。

 空いてる片手で受け止める──信じられないほどの握力で、それを粉砕。


 第二弾を放とうとするクラッグに向けて、二つに砕かれたクラッグのからだを思いきり振り下ろしてやる。

 岩と岩がこすれ、けずり合う音。

 クラッグが、吹っ飛んで遠くに不時着する。


 走る。

 とっかん。

 岩と化した手を振り上げる。


 物体の質量×加速度=力。


 粉砕。


(我々の一部は我々の一部をも否定した。我々は我々の理解不能を肯定する)


 理解されてたまるか!

 と全身がさけんでいた。


 他人に理解されて、認識を押しつけられる、そんなのは願い下げだ!


 くだけたクラッグが、ただの岩のかたまりと化して、地に転がった。

 衝撃音の残響が、耳もとでうずまく。


 こんなふうに。

 こんなふうに、僕は僕だ。


 敵はのこっていない。

 戦闘の終わった戦場で、徐々に変化を解きながら、僕は両の拳をにぎり、上空をあおいで膝をついていた。

 ああ、僕だ、と、どこか満足すらおぼえていた。


 遠くで、薬音寺が手をふっていた。

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