2-6 紫苑の歌
歩きながら、周囲を囲む仲間たちに目をやる。
薬音寺と樽本がとなりを歩き、真幸、マリア、美奈は前方を歩いている。
真幸が景気良く話しかけているが、美奈はうつむいたまま顔を上げない。
「それにしても、あの妹の性格は難儀だよな」
薬音寺が樽本に会話をふる。
「んなこたぁねぇよ。可愛いじゃねぇか」
「あんたがそう甘やかすから駄目なんじゃねぇかっての。もっと怒ってもいいんだぜ、兄貴なんだからよ」
「俺に指図するたぁ、偉くなったじゃねぇか。女の扱いかたを教えたのは俺だろうによ」
歩きながらの会話。
会話の切れ目を狙って、ずっと気になっていたことを薬音寺に訊いてみる。
「ノイズの過去について、なにか知ってるか?」
「あ? ノイズの? 知らねぇよ。あいつ、過去の記憶がねぇって聞いたぜ。それに、ほら、ちょっと変わり者だしよ。なんでだ?」
「あいつの壁に写真が貼ってあった。子供の頃のノイズや、他にも子供が写っていた。どれも見たことのない顔だった」
思わぬ方向から返事が来た。
「聞いたことがある」
樽本がふりむき、言う。
「ある任務で全員が死んだそうだ」
「ノイズだけが生き残ったのか?」
「見捨てたってぇ、うわさだ」
まさか、あのノイズにかぎって。
そう言おうとしたが、樽本がさきに顔を近づけてきた。
「あいつぁ、ほんものの味方殺しだって話だ」
なんだそれ、どういう意味だ。
疑問を口にしようとしたとき、袖が引っ張られた。
ふりかえると、美奈だった。
「美奈も……会話、入る」
「おうおう入れよ、美奈ちゃん」
薬音寺が受け入れる。
「俺は寂しがり屋のマリアの相手をするさ」
「だれが寂しがり屋よ、ばーか。あんたが可愛いあたしと話したいだけでしょ」
強がるマリア。
いまは、誰よりも、もろくなっているはずなのに。
「そんなんだから、お前はいまだに彼氏の一人もできねぇんだよ」
「できないんじゃなくて、いらないの。あたしはね、凛々しく生きる女なの!」
背後の言い合いを聞きながら、となりの美奈を眺め、なにを話したものかと困り果てた。
もともと、だれかと会話をすること自体が苦手だ。
それなのに昨夜の紫苑との会話は、どこか自然と成り立っていた。
「雄輝……」
美奈がつぶやく。
「腕に傷、ある」
「あ、ああ。あるな」
自分でもあきれるほどに、そっけない返答。
「痛くない?」
「痛くないよ。もう、かさぶたも取れかけてるし」
すると、美奈の手が伸びてきた。こちらの胸に触れる。
「痛くない?」
樽本を横目で見る。
いまは真幸と会話をしていた。
痛くないよ。
そう答えようとして、美奈の質問の意図を理解する。
美奈の手は、ちょうど心臓の付近に当てられていた。
まるで心を、過去を見透かされたような気分になる。
それで、ひさしぶりに顔の筋肉を動かし、いわゆる「笑顔」という表情を作りだした。
「大丈夫。痛くない」
美奈は、こくんとうなずき、樽本のもとへと戻っていった。
空を見上げる。
意外なことに、どうしても、会いたいと思える人がいた。
「……薬音寺。食堂はパスする」
告げると、薬音寺はすこしおどろいたような顔をしてから、「許可する」と声を発した。
兵舎に戻る。
ちょっとした聞きこみ調査の結果、目的の人物は、西南地区に向かったことがわかった。
自分も、その方向へと足を向ける。
西南に入ると、道ばたに座っている人が多く見受けられた。
住む場所さえないのだ。
行き交う人々に活気はなく、亡霊のように通りすぎていく。
まるでセピア調の写真のように、色のない空間。
そんななか、かすかになにかが聞こえることに気づいた。
この空間で、ただ一つの色。
人々の合間を、風のように縫って、聞こえてくる。
歌だ。
知っている声。
心臓が高鳴って、歌の聞こえるほうへと足を運ぶ。
見つけた。
彼女は、薄汚れた道のすみで軽くあぐらをかき、ギターを手に、詩を、歌っていた。
彼女の歌と、大きく広がる、はるかな世界。
そこには、一つの宇宙があった。
ずっと耳を澄ましていたくなる歌声。
紫苑の、だれも知らない一面。
声をかけるべきか悩んだ。
いつもの自分なら、このまま引き返していただろう。
だが、今日は──。
意外なほど、彼女に声をかけたいと強く願う自分がいた。
「……紫苑」
呼びかけると、彼女はおどろいて顔を上げ、こちらを見つめた。
「雄輝? な、なにしてるんすか?」
いまさらのようにギターを隠そうとする。
「自分でもよく分からない」
これは本当のことだった。
「薬音寺たちと出かけたんじゃなかったんすか?」
「綺麗な歌が聞こえたんだ」
その途端、すこし紫苑の頬が紅く染まった。
「いや、その……慈善事業てヤツっすよ。偽善者っすよ、どうせ。笑うっすか?」
「笑わない」
「秘密にしておいてもらって、いいっすか? その……この件について」
「だれにも言うつもりはない」
息を吐く紫苑。安堵したようだった。
「よく来るのか?」
「いや、まあ、暇なときにちょくちょく……」
「あまり触れないほうがいい事情とかあるのかな?」
「や、ちがうんす、そういうんじゃないんすけど。ただ、の……自己満足っす」
「歌、上手いんだな。知らなかった」
「上手くないっすよ。ここでしか歌わない素人なんすから」
「ギターも弾けるのに?」
「……ここで色々やってる内におぼえたんす」
「次、またこういう機会があるなら、聴きに来てもいいか?」
「そ、そんな、聴きに来るだなんて、そんな大層なものじゃないっすよ」
「それだけの価値を見出したんだ」
「……本当に、雄輝っすか? やけに口が上手いじゃないすか」
「紫苑とは自然に話せるんだ。こんなこと、いままで、なかったよ」
その言葉に、どういうわけか、紫苑は一瞬、複雑そうな顔をして見せた。
「雄輝、その──」
なにか言いかけたとき、腰の携帯端末に連絡があった。
呼集命令だった。
「……出撃っすね」
紫苑にも連絡が来たようだ。
なごり惜しそうにギターをしまい始める。
「紫苑──」
「行こうっす、雄輝。自分たちは、戦うのが仕事なんすから」




