ショートショート「謎のケーキ」
営業の帰り道、ある一軒のケーキ屋を見つけた。
普段はめったに甘い物を食べない私だが、この日は仕事の疲れからか、ふらふらと中へ入ってしまった。
「いらっしゃいませー」
狭い店内に男の店員が一人。ほかの客もいない。
「ショートケーキひとつ」
そう一言だけ告げ、私は近くの席に座る。
ぼんやりと辺りを見回していると、一つの席に目が止まった。
誰も座っていない石に一切れのケーキと、コップ一杯の水。
誰かトイレに行っているのだろうか。
疑問をぼんやりと頭に浮かべながら、じっとその席を見つめていると、ぬっと目の前に腕があらわれた。
「ショートケーキです」
店員はコトリと皿を置いた。
軽く会釈をし、ケーキを口に運ぶ。
途端に口の中に異様な味が広がった。
甘味は強いが、生臭さも強く、端的に言うと、マズい。
「あのー」
私はその場にフォークを置いた。
「あそこの席は誰かいらっしゃるのでしょうか」
私はあのショートケーキが置いてある席を指差した。
「いいえ、誰もいません」
店員は首を振る。
「じゃあ、何故」
私の問いに、店員は笑みを浮かべただけだった。
そのままどことなく居心地が悪くなり、私は店を出た。
しかし、出たはいいが、やはりあの席が気になる。
もっと店員と仲良くなれば教えてくれるかもしれない。
また今度行くことにしよう。
そう意気込み、私は歩を進めた。
その日から、私は毎日のように店に店に通った。
雨の日も風の日も、借金で首が回らない日も、無理をして通った。
そしていつもあの席には一切れのケーキと水の入ったコップが置いてあった。
不思議なもので、何度もあのマズいショートケーキを食べていると、いつの間にかあの味にハマってしまっている自分がいた。
店員とも十分に仲良くなった頃、私は店員に聞いた。
「もうそろそろ教えてくれてもいいだろ。何であそこの空席にはケーキと水が置いてあるんだよ」
すると店員は笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「あそこの席にケーキと水を置いておくと、勝手に常連客が増えるんですよ」