Ⅸ 別れ
翌日から僕はマレイヤ行きの準備をはじめた。
エランテは自分の帰郷の準備と同時進行で僕の準備も手伝ってくれた。
準備といっても大きめのリュックに荷物を詰めるだけだ。
数日間暮らすのに困らないくらいの最低限の荷物を。
幸い、僕は夢器を使って水を湧かすことができるので水はわざわざ持っていかなくて良い。食料は本当に少ないスペースに収まった。
エランテは これは持っていた方がいい、とか これはあまり必要ない、といった助言をしてくれた。
そんなこんなで準備は1日で終わった。
明日はみんなに挨拶と報告をしに行こう、そう決めて僕は布団に潜る。
そしてそのまま眠りについた………
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次の日、僕は前日決めたとおりみんなに報告をしに行った。
いつも良くしてもらっている近所の大人たちはみんな同じように「そうか…」だとか「頑張れよ」だとか「さみしくなるね…」などと同じようなことを言った。
マリッツァは「なんでだよおおおおおおお!?」とか言って泣きそうになったり飛びついてきたりして相変わらずうるさかった。
この楽しい奴ともしばらく会えないと思うと少しさみしいような気がした。
セレーナは多分動揺したのだろうけど、いつも通りクールにそれを隠そうと「そ、そう…。あなたが決めたのなら私は応援するまでだけど。」とか言っていた。
でも最後に「絶対に絶対に元気で帰ってきてね。待ってるから。」とさみしそうな笑顔で言ってくれたのが印象に残っている。
一通り報告を終えた僕はエランテがイルオーネを経つのと同じ日、3日後にマレイヤへ経とうと決めた。
それから2日間は今までと同じようにトランペットを吹いて、夜はエランテとくだらない話をした。
そしていよいよイルオーネに別れを告げる日。
朝早く家のドアがノックされた。
出てみるとそこにはマリッツァとセレーナ。
僕の顔を見ると2人は同時に喋り出した。
「「ルーカ、これ見て! いいもの持ってきたよ!」」
「これ、俺が作った短剣! お前の手に合わせて作ったんだぜ。万が一何かあったときの護身用にな!」
と、マリッツァは僕に短剣を渡す。
シンプルだがさりげなく赤や青の模様が刻んであって、握ると僕の手にぴったりフィットした。
小さい頃から両親の仕事を見てきただけあって、マリッツァの鍛冶屋としての腕は期待できる。
これは頼もしい贈り物だ。
「ありがとう。本当に僕の手にぴったりだ。さすが僕の親友マリッツァだね!」
マリッツァは少し照れたように笑った。
「ねぇ、私を無視しないで! 私だってルーカに贈り物を持ってきたのよ」
セレーナがふくれっ面をする。
「ごめんごめん、2人同時に話すもんだから…」
僕が言うと、セレーナは相変わらず不機嫌そうな顔で木製の箱のようなものを取り出した。
「これ…、トランペットとサックスのケース。布のケースじゃ強度が不安だし、選定のときにもらった箱じゃ重すぎるでしょ。
私のオーボエで育てた木から作ったんだから、大切に使ってよね!?」
ケースはそれぞれトランペットとサックスの形に合わせて作られていて、きちんとした金具と、肩にかけるための紐も付いている。
金具が少し曲がっていることと、セレーナの手が絆創膏だらけだということは無関係ではないだろう。
これもありがたい贈り物だ。
「ありがとうセレーナ。これで楽器を存分に練習できる。」
僕が早速楽器をケースに入れるとセレーナが言った。
「本当に行っちゃうの…?」
そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
「また帰ってくるから、2人ともそれまで待っててよ。」
「もちろん! それまでに俺はもっと魔法の力をつけて、マレイヤなんかで暮らしてたお前になんか追いつけないくらいすごい夢器使いなってやるけどな!」
マリッツァが笑う。
「じゃあ、私もどこかのサックスが吹けないサックス使いさんが泣いて教えを乞うぐらい腕のいい夢器使いになっていてあげるわ。」
セレーナも笑った。
「酷いなぁ、2人とも。僕だってマレイヤに行っても魔法の研究は続けるさ。
腕のいい夢器使いになって、サックスだけじゃなくてトランペットも自分の夢器にしなくちゃいけないしね。」
僕も笑った。
3人で笑い合う、この瞬間が僕は大好きだ。
「そろそろ僕らは行くよ、ルーカ」
「遅いよ〜ルーカお兄さん〜」
エランテとキアロが言う。
僕はこのまま2人と話していたかったけど、それだと名残惜しくなってしまいそうだ。
「ごめん、マリッツァ、セレーナ。僕もう行かなきゃ。」
「いってらっしゃい。頑張ってね!!」
「ルーカああああああ!!! 早く帰ってこいよおおおおおお!!!」
セレーナは笑い、マリッツァは泣きながら抱きついてきた。
「うん、ありがとう。2人も頑張ってね!」
マリッツァをさりげなく体から離す。
そしてサックスをリュックの隙間に押し込み、そのリュックを背負う。
トランペットを肩にかけるとセレーナが言った。
「絵本で見た音楽家みたい。かっこいいよ、ルーカ」
僕はありがとう、と言うと靴紐を結んで家を出た。
小走りでエランテ達に追いつき、振り向くと親友2人が叫びながら手を振っている。
「元気でねえええええええええ!」
「サボらずにちゃんと勉強しろよおおおおおおお!!」
僕も手を振り返す。
「またねええええええええ!!」
そのまま3人は、お互いが見えなくなるまで手を振り続けた。