Ⅵ スティアの横笛
「まぁ、トランペット使いじゃないって分かった理由はその紋章だけじゃないんだけど…」
フルート吹きが小声で何か言った。が、僕の耳には届かなかった。
「そうだ、僕の名前を教えてなかった。
僕はエランテ。見てわかる通り笛吹きさ。」
「僕はルーカっていいます。もうばれちゃったけど、一応サックス使い…です。」
「いいじゃないか、サックス。僕、サックス使いってあまり見たことがないんだ。聞いた話だと他の夢器使いよりも少し数が少ないみたいだね。」
「そうみたいですね…。」
「まぁ数が少ないから偉いとか、多いから偉くないとかそんなことはないんだけど…。
夢器にはそれぞれ得意な魔法があって、どれも他とは違う素晴らしいものばかりだからねぇ。」
…そうだ、魔法!
思い出した、僕は新種の魔法を見るためにここに来たんだった!
「あの!」
僕が急に大きな声を出したのでエランテは少し驚いたようだ。
しかし、すぐに笑顔で答えてくれた。
「急になんだい?」
「僕…その、聞き慣れない旋律を聞いて、気になってここに来たんですけど…。
あれって新しい魔法の旋律ですか?どんな魔法なんですか!?」
少しの間沈黙が流れる。しまった。1度に二つも質問してしまったのがまずかったのかもしれない。
「あぁ…なるほどね。あの噂は本当だったのか…」
エランテは少し考えるような、感心しているような、よく分からない表情をした。
「えぇと、君…ルーカ!僕の楽器をよく見てごらん?」
そう言ってエランテはフルートを差し出す。
「僕の相棒だから、落としたりしないようにね?」
「は、はい…」
僕は言われたとおりにフルートを観察するがとくに変わった様子はない。
ただ、木製だからか普通のフルートと少し作りが違った。キィの付いていない穴がいくつかある。
「なにか分かったかい?」
「珍しい形だなと…。あと、木製のフルートなんて今どき珍しい…」
「そう。他には?」
「いえ、特には…」
「そうか…。」
エランテはまた少し考えるような顔をした。
「じゃあ大ヒント。そのフルートを見て。」
さっきから見てるじゃないか。
そう思ったが言われたとおりフルートを見る。
「問題です。サックスの紋章は淡い青色でしたが、フルートの紋章は何色でしょう?」
それを聞いて気づいた。僕はすごく簡単なことを見落としていたんだ。
「どう?分かった?」
「紋章がない…。このフルート、夢器じゃないってことですよね?」
「正解。つまり僕には魔法なんて使えません。もちろん魔法の旋律も吹いてません。」
「じゃあさっきのは…」
「僕のふるさとの楽曲さ。その楽器も本当はフルートじゃない。スティアの横笛だよ。」
スティア笛は知ってるぞ。
確か元はフルートと同じ楽器で、イルオーネよりも東にあるスティアというところに伝わったときに
そこの職人が独自に改良したのが始まりだと聞いた。
「すごい。本物のスティア笛って始めて見たかもしれません。」
「そうかい?僕はスティア生まれだから珍しさがよくわからないんだ」
エランテは残念そうに笑った。
「それよりも僕はイルオーネの人々が、本当に楽器を魔法の道具としか認識してないってことに驚いたな。
少しは音楽に関心を持ってるんだと思ってた。音楽の国、なんて言われてるくらいだし…」
「スティアの人は、どんなときに楽器を使うんですか?」
「どんなときって言われてもなぁー。そうだな、祭りのときには使うかなぁ。
でも、基本はみんな趣味でやってるよ。」
趣味!僕は驚いた。
スティアの人はみんな、僕がトランペットを吹くのと似たような感覚で楽器をやっているのだろうか。
「僕も笛は趣味でやってるようなものだけど、もう少し深く学びたいと思って”音楽の国"に来てみたのさ。
さっき吹いてたの以外にもスティアには素晴らしい楽曲がたくさんあるよ。」
音楽を学ぶためにわざわざ遠くまで旅をする…。
他の国や地域ではそれが普通なのだろうか?
それにエランテは「スティアには素晴らしい楽曲がたくさんある」と言った。
僕が知っている、どこの国のものかも分からない民謡の他にも
世界の色んな地域にはそれぞれ独自の楽曲があるということだろうか。
僕の中に次々と疑問が浮かんだがそれをエランテに訊こうとしても
まず何から尋ねればいいのか分からず、結局その後はなにも聞けないまま雑談をするうちに日がくれた。