Ⅴ フルート吹きとの出会い
それからも僕は以前と変わらず、毎日丘に通ってはトランペットを吹いた。
祖父に教えてもらった何曲かの民謡はすべて覚えてしまった。
もちろん少しはサックスの練習もしたが、こちらはまだ満足のいくレベルに達していない。
マリッツァとセレーナはとっくに夢器を使いこなせるようになっていた。
マリッツァはトロンボーンの力で火を操れるため、実家の鍛冶屋で重宝されているらしい。
セレーナは国土の端に少し残っている砂漠地帯に植物を生やす活動に参加しだした。
僕はというと、ようやくチョロチョロと水を湧かすことができるようになったばかりだ。
この間見かけたサックス使いが、大量の水を噴水のように湧かせていたのとは大違いだ。
街の人たちが、トランペットを吹く僕を見て
「かわいそうに、希望の楽器に選ばれなかったショックから立ち直れないんだ」とか
「希望の楽器に選ばれない人なんて大勢いるのに甘えている」だとか思っているのは分かっている。
でも僕はこれでいいと思っている。
好きなことをしてなにが悪いんだ。
そんなことを考えながら僕は今日もまたトランペットを背負って家を出る。
ーーーーーー
街を小走りで進む。
今日もイルオーネの街は音で溢れている。
ふと、僕は聞きなれない音を聞いた気がして立ち止まった。
…いや違う。聞きなれない「音」ではない。聞きなれない「旋律」だ…
新種の魔法だろうか。
そういえば最近は新しい魔法の開発があまり進まないと聞いた。
だから僕はまだ、「新種の魔法」というのをあまり目に(…いや耳に?)したことがない。
興味をひかれた僕は音の主を探して歩き出した。
ーーーーーー
…見つけた。意外と近くにいたんだな。
音の主は、見慣れない服を着て木製のフルートを吹いていた。
今どき木製のフルートなんて珍しいな…。僕はそう思い、新種の魔法に期待して立ち止まった。
通りがかる人は皆不思議そうな顔をしてその人物を見るが立ち止まる人はいない。
僕だけがそのフルートから発せられる音色に耳を傾けていた。
やはり聞いたことのない旋律だ。どんな魔法なのだろう…。
そこで僕は気づいた。
フルートは主に怪我や病気の治療に使われる楽器だ。この場でその魔法の効果を目にすることは難しい…。
僕がその場を立ち去ろうとしたとき、音色が止んだ。
「君も楽器が吹けるのかい?」
フルート吹きは、僕に訪ねたようだ。
「吹けます。フルートは吹けませんが。」
僕は答えた。
「そうか、まぁイルオーネの民なら当然っちゃ当然だけど…。君もきっとすごい魔法を使えるんだろうなぁ…」
「いえ、僕はただ好きで吹いているだけで。」
「好きって気持ちは大事だよ!何事も好きじゃなきゃ続かないしね。君は何の楽器を吹くんだい?」
「僕ですか?僕は…」
言いかけて一瞬迷う。ここはトランペットと答えるべきか?いや、やっぱりサックス…?
「え、と…。と、トランペットを…」
そう。僕はトランペット吹きだ。さっきこの人も 好きって気持ちが大事って言ってくれたじゃないか。
「そっか。さっき好きだって言ってたのはトランペットのことだったんだね」
「はい、まぁ…」
「じゃあ、君は自分の夢器のことは好きじゃないのかい?」
「…!!」
なんで知っているんだ。僕の夢器がトランペットじゃないって。
この人も僕のことを批判している街の人々の1人なのか?
「なんで、って顔だね」
フルート吹きは笑いながら言う。
「僕は別に怪しい奴じゃないさ。それを見たんだよ。」
そう言って、僕の腕の紋章を指差す。
「サックス…なんでしょ?」
「…はい…。」
そうか、イルオーネで長い間夢器を使っている人物なら、紋章を見て区別がつくのも分かる…
不本意だけど1つ勉強になった。
これからこの街で誰かに、僕の楽器は何かと尋ねられたら サックスと答えよう…本当は嫌だけど…。