Ⅳ 閃き
家に帰るなり僕はすぐさま横になり、しばらくぼんやり天井を見ていた。
そしてとくに理由もなく自分の腕を見る。
青い紋章はまだそこにあった。
よく見ると雫をモチーフにしているようにも見える。
そうか、サックスは水の精霊と相性がいいんだっけ………
そんな風にしばらくぼーっとしていたので、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
ちょっと吹いてみようかな、そう思って僕はサックスの入った箱を開けた。
(こんな僕だってイルオーネの民だ。吹いたことがない楽器でも基本的な奏法ぐらいは把握している。)
サックスをかまえると、息を深く吸い込んでマウスピースを軽く噛む。
そしてふぅっと息を吹き込む…
ふぁ〜ん
………なんてまぬけな音なんだ!
いや、はじめて吹いたのだから当たり前か……
でも、このままじゃ魔法の旋律だって吹くことができない。
そんなの夢器を持ってる意味がないじゃないか!
宝の持ち腐れとはまさにこのことだ。
なんだかちょっと悔しくなった僕は、それからしばらくサックスの練習をした。
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「駄目だ、音階を吹くだけで精一杯…」
当然だ。1日で楽器が吹けるようになるなら誰も苦労はしないさ。
部屋の隅に目をやると、使い古された布製のケースがある。トランペットが入っているのだ。
一向に上達しないサックスの練習に飽き始めていた僕はそのケースに手をのばし、中から金色の楽器を取り出す。
あぁ、やっぱりトランペットは素敵だ…
楽器を持ち、マウスピースを軽く口に当てる。
そしてそのまま息をおくる…
パーン パパパパーン
なんていい音がするのだろう。
やっぱり僕はトランペットが好きだ。改めてそう思った。
でも僕はトランペットで魔法を使うことができない。
僕の吹くトランペットはこれからもずっと、ただ音が出るだけのただの楽器なのだ。
でも僕にはやはり、あの魔法のサックスよりも今自分の手の中にあるただのトランペットの方が価値のあるものに思えてならない。
「夢器じゃない楽器には何の利用価値もないのかな…」
独り言だ。当然誰も答えてくれはしない。
しばらく静寂が続く。
その間、僕の脳内では自分の台詞が何回か繰り返された。
”夢器じゃない楽器には価値がない…”
………
突然、僕は立ち上がった。
突拍子もないことに気づいてしまったのだ。
それは本当に突拍子もない考えだった。
ーーこのトランペットで、「音楽」をすればいいじゃないか…
サックスはあくまで魔法を使うための夢器として吹き、トランペットは「音楽」のために吹けばいいんだ…!
自分の夢器にサックスが選ばれたからってトランペットが吹けなくなるわけじゃない。
確かに僕の夢はトランペットで魔法を使うことだった。
でも、魔法が使えなくたってトランペットは充分素晴らしい楽器なんだ。
僕にとっては夢器に劣らないほどに。
なんだか気分がよくなった僕は、いつものように祖父に教わった民謡のメロディを吹き始めた。