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Ⅲ 青い紋章

神官が吹くトランペットは、なんとも不思議な音色だった。


この旋律はどこかの国の楽曲なのだろうか…いやこんな場でそれを吹くはずはないか…

そんなくだらないことを考えているうちに音色が止んだ。


辺りが少し騒がしくなる。

右隣のマリッツァが おぉ、と小さく声をあげた。


見ると、マリッツァの肩より少し下辺りに赤い紋章が浮かび上がっている。


僕もなんとなく自分の肩の下に目をやると、やはり紋章が浮かび上がっていた。やや淡い青色の紋章だ。色も形もマリッツァのそれとは異なる。


左のセレーナはというと、彼女の紋章は青がかった淡い緑色で、やはり僕のともマリッツァのとも異なる形をしていた。


僕達はこれと似た物を何度も見たことがある。


夢器を持っている大人たちの腕にも同じようなものがあるのだ。

だから、この紋章が自分の夢器となる楽器を表しているのだろうという予想もついた。


なるほど、トランペットは青なのか。

トランペットという楽器に、勝手に暖色系のイメージを持っていた僕は少し驚いた。



他の者も自分の紋章を確認し終えたらしく、辺りは再び静まりつつあった。


いつの間にか奥から出てきた巫女達が列の端から順に重そうな箱を渡していく。


「なあなあ、あれ、夢器だよな!?」


マリッツァが小声でたずねてくる。


「だと思うよ。ほら、あのちょっと丸いの、ホルンじゃない?」


「やっぱりそう思うよな!! 俺らもついに夢器使いか〜!! あー! ドキドキしてきた!」


僕らの同級生達が次々と夢器を受け取るにつれ、だんだんと僕らの番が近づいてくる。


あぁ、あの子はフルート、隣はクラリネット、ハーモニカ、スーザフォン………


などとぼんやり考えているうちにマリッツァの番がきた。

あの細長い箱はきっとトロンボーンだろう。


あとでおめでとうって言ってやろう…。



そしてついに、僕の前にも箱をもった巫女がやってきた。


僕のは当然トランペットだ。もらった箱は思っていたよりも少し大きくて重かった。

やはり夢器となると、普通の楽器とは少し違うのだろうか。


セレーナもオーボエを受け取ったようだ。


よかった、終わったら3人で祝いあおう。僕はそう思った。



------



「はぁ〜!やっと終わったねぇ〜!!」


セレーナが言う。なんだか少しテンションが高い。

きっと夢器をもらって浮かれているのだ。僕も人のことは言えないけれど。


「な!早く箱開けて夢器見せあおうぜ!!」


マリッツァの提案に僕達は同意した。


「じゃあ、せーので開けるよ?いい?」


「「「せーーーの!!」」」




「すっげーー!!こんなピカピカなトロンボーンがもらえるなんて、俺は幸せ者だーーー!!!」


「すごいわ。これは相当な職人技ね…」


2人の箱の中に入っていたのは、それぞれの腕にある紋章と同じものが刻まれた夢器だった。

もちろん、僕の箱の中にも紋章の刻まれた素晴らしい夢器が…


「ルーカ!見てくれよ俺のトロンボーン!!同じ直管楽器なら、この魅力分かってくれるだろ!!なあ!ルーカ?聞いてんのか?」


「もちろん、ちゃんと聞いてるさ…。すごいな、こんなトロンボーンはじめて見たかもしれない」


「ルーカのトランペットはどんなのだったんだよ?もったいぶらずに見せてくれよ〜」


そういいながらマリッツァは僕の箱を覗き込む。


「お、おぉ…お前もなかなかいい楽器もらったじゃねぇか…。うん、落ち込むな。本当にいい楽器だぜこれは…」


マリッツァがなぜ僕を励ましているのかって?


答えはすごく簡単さ!!

僕がもらったのはトランペットじゃなかったんだ!!!


「なかなかいいサックスじゃないの。そう落ち込むことはないわ。サックスの夢器使いは結構レアだもの。」


…そう、僕の箱に入っていたのはトランペットではなくアルト•サキソフォンだった。


なぜここまでそのことに気づかなかったのかと言うと

アルトサックスとトランペットの箱は似たような大きさで、しかも僕は浮かれていてその差に気づけなかったからだ!


今思えば、箱が少し大きくて重いと思ったときに気づけたはずなのだ。


トランペットでないという事実は覆らないにしても、早い段階で気づいておけば期待を裏切られた絶望感は今よりいくらか小さかったかもしれない。



なんて今考えたって無駄だ。



つまり僕はトランペット使いに選ばれなかった、それだけだ!!


「それにほら、優秀な夢器使いは複数の楽器を使うことを認められてるじゃないか!まだチャンスがなくなったわけじゃないぜ…!!」


マリッツァは本当に優しくていいヤツだ。

でも、今の僕には誰の言葉もあまり理解できない。



「2人とも希望の楽器になれて良かったね。本当におめでとう。僕のことは気にしないで。それじゃあもう疲れたから帰るね。バイバイ」


これ以上場の空気を壊さぬよう、僕はその場を立ち去った。


もう、これから何を目標に生きればいいのかも分からなかった。


僕の生活はトランペットが全てだったのだ。

幼い頃からの夢が、こんなにあっけなく散ってしまうなんて思ってもいなかった。


でも、マリッツァが言ったように優秀な夢器使いになって、トランペットを吹いてやろうという気も起こらなかった。


自分の心にあいてしまった穴を、無力な僕はただただ見つめることしかできなかった。

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