Ⅱ 青空の丘で
楽器を背負って走る。このケーキ屋を曲がればすぐ丘が見えるはずだ。
ところで、すごく個人的な話だけど僕はこうやってトランペットを背負って街を歩くのが結構好きで…
「おいルーカ、おせーぞ! また遅刻か!!」
あぁ、すでに仲間達は練習を始めているようだ。
「ごめんごめん、それに遅刻ってなんだよ、もともと時間なんか決まってないだろ」
僕は笑いながら答える。
「あーまあ確かにな。でも俺らっていつもなんとなーく集まっちゃうんだよなぁー!」
このちょっとうるさそうな(というかうるさい)奴はマリッツァ。
鍛冶屋の息子で、夢器はトロンボーン希望らしいが他にもテューバやチェロなんかも出来るし、こう見えて結構有能だ。
「にしても今日は天気いいよなー! まあ最近はいつもいいけどさ、やっぱこう、青空って清々しくていいよな!! 気持ちがスカーっとするってゆーかさ!! な!?」
マリッツァが肩に手を回してくる。
暑い。というかこいつがいるところはいつも周りより気温が高い気がする。
「マリッツァはなんでいつもそんなに元気なの…。僕、楽器の準備するから離れて?」
「なんだよー早く準備しろよ遅刻魔ー!」
マリッツァはいつもこうだ。何を言っても黙らない。
だから軽く聞き流すことにして、僕らの他にもう1人、いつも丘に来る人物を紹介しよう。
彼女の名はセレーナ。
オーボエの名手で、今も美しいオーボエの音色が聴こえてくる。
あれは「芽吹きの旋律」だ。あのオーボエが夢器だったら、多分そこらじゅうに草木が生えてくるだろう。
そんなことを言ったらマリッツァが吹く「火炎の旋律」なんか、あのトロンボーンが夢器でないからこそ今ここで吹けるのであって、あれが夢器なら辺りは火の海だ。
そんなくだらないことを考えながら楽器を準備する。
耳をすませば…すまさなくても色々な音が聞こえる。
この丘だけでなく街の方から聴こえてくる楽器の音色も、全て「魔法の旋律」だ。
前にも述べたかもしれないが、ここの人々に音楽という概念はない。
…実は僕はその「音楽」とやらに少し興味がある。
小さい頃他国を転々としていた祖父から聞いた外の国の話に出てきた人々は、楽器を魔法の道具としてではなく娯楽として使うそうなのだ。
そのとき僕は、駄々をこねて祖父に他国の民謡の旋律を教えてもらった。
最近はこの丘でそれを練習するのが1日の楽しみなのだ。
マリッツァやセレーナには「聞いたことのない変な旋律だ」とからかわれるし、僕だって魔法が使えない楽器に価値なんてあるのかと疑問に思うこともなくはない。
ただ、なんとなくその無意味なものに惹かれているのだ…。
ともあれ、明日は夢器選定の日である。要は自分の夢器をもらえる日だ。
対した準備は必要ないがなんとなくそわそわする。
それはみんな同じようで、マリッツァはまだしも、いつも人の前では大人ぶっているセレーナでさえもそう見えた。
そんなセレーナに僕は声をかけた。誰かと喋っていないとなんだか緊張してしまいそうだったのだ。
「おはよう、セレーナ。調子はどう?まぁ、聞かなくても完璧だって分かるけどね。」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいけど。」
「喜んでもらえて僕も嬉しいよ。セレーナなら、明日の選定でもきっとオーボエに選ばれるさ」
「どうかな。自分の夢器はラルハ様からのお告げで決まるんだもん。別に人数制限とかはないけど、もしかしたら私がトランペットになるかもしれないんだよ?」
「いいじゃないか。そしたら2人で同じ楽器背負って歩こうよ」
「冗談。私はオーボエが好きなの!」
「ハハハ、ごめんごめん。まあ、もし僕がオーボエになったら頼むよ!」
「オーボエになったらね。じゃあ私、ご飯の用意しなくちゃ!バイバイ」
僕は手を振ってセレーナを見送った。
トランペット以外の楽器になる気なんて更々ないけどね!!
その夜は選定のことが気になって眠れなかった。
翌朝、僕は選定を受けるためにラルハ様が祀られている神殿に向かった。
神殿に入ると、僕らは横一列に並んだ。
これから1人ずつラルハ様に自分の夢器を選んでいただくのだ。
ラルハ様の代弁をする神官が僕らの前に立つ。
そして、少女ラルハが吹いたとされる例のトランペットを構えると、僕らが聴いたことのない旋律を吹き始めた。