XIX ラッパ使いになるということ
ラルハのトランペットを吹ける者が現れたという噂は瞬く間にイルオーネ中に広まった。
幸い、それが僕だということはそれほど広まらなかったが、それでも街中を歩いているとほぼ必ず声をかけられる。
別に嫌だとかそういうわけじゃないけど、今までと違う待遇にいまいち慣れない。
今日だって神殿に着くまでに何回声をかけられたことか。日に日に人数が増している気がするのは気のせい?
……あの日から僕は毎日神殿に通い、祭りで使われる伝統の旋律を伝授してもらっている。
ラルハのトランペットはあれ以来美しく鳴ってくれたことは1度もなく、最近は音はなるもののまるで初心者のような音色しか出ない。何故あの日はあんなに上手く吹けたのかは自分でも分からない。
でも、言うまでもなく今この国でこのトランペットを鳴らせるのは実質僕と神官しかいないので、いくら下手だろうと僕が徹底的に練習するほかない。
祭りまであと10日とちょっとだーーー
僕が家に着いた数分後、ドアが軽やかにノックされるのが聞こえた。
ドアを開けるとそこには半年前と変わらないエランテと、少し背の伸びたキアロが立っていた。
「やぁ、元気にしてたかい?」
「お兄さん久しぶり!!」
「なんだ、君らだったのか! 久しぶり!! さ、上がって上がって! 丁度夕飯の支度をしようと思ってたんだ」
2人に会えたのが嬉しくて鼻歌を歌いながら食事を作ったから、エランテに「色んな曲を学んだんだね」と言われた。しまった、これから話そうと思っていたのに。
「えへへ、僕ねぇ、曲だけじゃなくて色んな楽器を勉強したんだよ! でもやっぱり1番はホルンだね!!」
話したいことが山のようにあるのだろう、キアロは「それでね、それでね!」と、目を輝かせながら早口で続ける。
「僕、またしばらくしたら他の国に行きたいなぁ。 お父さんとお母さんに頼んでみようかなぁ。」
「僕も祭りが終わったらマレイヤに戻るつもりだよ。まだまだ全然学びたりないからね!」
僕がそういうと、キアロは「マレイヤもいいね! 僕もマレイヤに行こうかなぁ」と少し考えるような顔をした。
「エランテは?」
「なんだい、ルーカ」
「エランテはこれからどうするの?」
「そうだなぁ、イルオーネの“祭り”を見たらスティアに戻るかなぁ」
「そっか、じゃあまた僕と同じ時期にここを出るわけだね。キアロのご両親はいつ帰ってくるの?」
「毎年、祭りには帰ってくるんだ。 だから多分今年もそろそろ帰ってくると思う。」
「じゃあ、また祭りまでは3人でいられるんだね。」
「そうだね」
「やった! あ!そういえば、お兄さんの旅の話も聞かせてよ!!」
それから僕らは旅のお土産話に花を咲かせた。
この2人といると本当に飽きないし、世界の色んなことについて考えられる。
次、マレイヤに行ったら何をしようか。どんな人に会ってどんなことを学ぶのだろうか。あぁ、早くマレイヤに戻りたい!
ーーーそうこうしているうちに数日が過ぎ、祭りはついに2日後へと迫っていた。
僕はなんとか伝統の旋律を吹けるようになってきたし、とりあえず祭りは無事に終えられそうだ。
しばらく前から神殿では祭りの準備を行っていたのだが今日はそれの最終確認が行われるらしく、僕は邪魔になってしまうような気がしたので神殿には行かなかった。
特にすることもなかったので家で昼寝をしていたときだった。
僕が寝ている間に誰かが玄関の鍵をこじ開けて入ってきたようで、僕が起きたとき 部屋はすっかり荒らされていた。
やばい、泥棒かもしれない。そう思った僕はマリッツァに貰った短剣を片手に、恐る恐る家の中を確認して行った。
手前の部屋から順に確認していって、3つ目の部屋のドアを開けたとき、部屋に置いてあったクローゼットを漁る人影が視界に入った。僕はひるまず短剣を握りしめ、少しずつ人影に近づいてゆく。
あと1.2mというところになってようやくその人物は僕に気がついたようで、こちらを振り返ると少し睨むようにしてこう言った。
「べ、別に何も盗っちゃいねぇよ。ラルハの楽器があると思ったんだけど見つからなくてよ。部屋、荒らしちまったのは悪かった。謝るから許してくれ」
いやいやいや、普通許さないだろこんなの。人の家に勝手に忍び込んで、部屋を荒らして大事な楽器を盗もうとした挙句、反省する様子もないのに許せと言われても許せるわけがない。
しかし敵意はないようなので、とりあえず短剣を鞘にしまう。と、それを待っていたかのように泥棒は僕との距離を一気に詰め、みぞおちに一発殴りを入れ、僕がうずくまったのを見て逃げ出した。
「代理といえど、お前みたいなやつなんかに神官がつとまるかよ! 自分の夢器満足に使えるようになってから出直せ!!」
という捨て台詞を吐いて。
殴られたみぞおちはそのあともしばらく痛んだが、それよりも荒らされた部屋の片付けをせねばならず、僕は痛みをこらえて片付けをはじめた。
重要な役職に就く大変さを改めて知った気がした。
そして同時に、僕だって本当にやりたくてやった、というわけじゃないのに……と思ってしまった。
この仕事をもらえたこと自体は誇りに思っているし、最後までやり遂げたいとも思っている。しかし、はっきり言ってしまうと僕は運がよかっただけで、なりゆきでなってしまったと言ってもおおかた間違いではないのだ。
なのになぜ、こんな目に遭わればならないのか、そう思わずにはいられなかったのだ………。