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XVIII 虹色のラッパ

街の雰囲気のようにどんよりと曇った空の下、ありふれた街の風景のなかに、ひときわ目立つ大きな白い柱が見える。

その白は長い年月を経てすっかりくすんでしまっていたが、空の灰色とコントラストをなしていつもより白く見えた。


マリッツァが、門番をしている男に声をかける。


「すみません! 国外に行っていたトランペット吹きを2人連れてきたんですけど、ラルフィエに会わせていただけないでしょうか?」


「あぁ、トランペットが吹けるなら誰でも大歓迎さ。早く入んな! ラルフィエは神殿の一番奥にいるよ!」


「ありがとうございます! ルーカ、ソレッラ、行こう!!」


僕達は黙って頷く。本当は緊張で声が出なかっただけなのだけれど。


神殿のなかは暗いとも明るいとも言えず、おまけに聞こえるのは僕らの足音だけで、本当に“音楽の国”の神殿なのかと思うほどに静まり返っていた。

入り口からずっとまっすぐに歩いていけば、神殿の奥まで辿り着ける。そこにはきっと、ラルハのラッパと、僕らを見つめるラルフィエ達が待っているのだ………。


ーーーラルフィエというのはこの国で神官に次ぐ地位にいる15人の夢器使い達のことで、少女ラルハが この国で最初に楽器を教えたという15人の人物に由来する。

現在では、国内で最も優秀だといわれる15人の夢器使いが国民の投票により選ばれ、この役職に就くことになっている。

そのため、ラルフィエ達の使う夢器には指定がなく、皆自分の得意な夢器を使って神官の補佐をしている。

祭りで神官と共に魔力補充の旋律を奏でるのもラルフィエだーーー


「………着いた。」


マリッツァが呟くように言う。

僕らの目の前には、見慣れない模様が刻まれた白い扉………。ここを開けた瞬間、全国民の運命は僕らに委ねられるようなものだ。そうだ、僕がラルハのトランペットを吹けなければ祭りは台無しになってしまうかもしれないんだ…………。


「行こう、色々迷ってると余計に楽器が吹けなくなる。」


ソレッラは表情を変えずにそう言い、一歩歩み出ると扉を押した。

重そうな扉が音もなく開く。僕の緊張は最高潮に達していた。


「あら、誰かしら?」


金色の髪を肩まで伸ばし、切れ長の眼をした、ラルフィエの1人と思しき女性が僕らに気づいた。


「あっ、あの! こ、こないだはお世話になりました!! その、えっと、知り合いのトランペット吹きを連れてきたので、それで………!!」


マリッツァも緊張しているようで、うまく喋れていないし、ソレッラは僕の隣で直立不動の姿勢をとっている。僕は足が震えそうなのをなんとかこらえるので必死だ。


「おーぉ、この前のトロンボーンの坊主じゃねぇの! ちゃんと覚えてるぞ、お前、他の奴らよりも一生懸命 音出そうとしてたもんな! 偉かったぞ!!」


真っ黒に日焼けした大柄の男性がマリッツァに声をかけるが、先ほどの女性がそれを遮るように言う。


「今重要なのはそこじゃないでしょ。それで、トランペットを吹けるのは誰なの?」


「はっ、はい…っ!わ、私です!」

「あ、の…、ぼ、僕もですっ!」


ソレッラは声が裏返り、僕はかすれ声になった。とても格好悪いが、今はそれどころじゃない。


「あら、2人もいるのね。来てくれてありがとう。緊張しなくてもいいわ、吹けなくたって誰も責めやしないわよ。街では心ない連中が好き勝手言ってるみたいだけど。

……情けない話だけど、誰も候補が見つからなかったということは、当然 私達ラルフィエだって吹けなかったってことだからね………。」


そうか、ラルフィエだって吹けなかったんだ。僕が吹けなくてもそれは当然の事なんだ………そう思うと少し気が楽になった気がした。


「ほら、トランペットを持って来ましたよ。お二方、準備はよろしいですか」


色白で細身の男性が、重そうな黒い箱を持ってきて、僕らの前に置くと蓋を開けた。


中に入っていたトランペットは、形こそ僕のトランペットと大差はないものの、反射した光を虹色に輝かせ、まるで自身が虹色の輝きを放っているかのように見せていた。

僕らがその姿に見惚れていると、色白の男性が短く咳払いをした。


「では、さっそく吹いていただきたいのですが、どちらからお試しになりますか?」


僕らは顔を見合わせ、互いの様子を見あった。僕が、目で「ソレッラが先にやりなよ」と伝えると、彼女は「分かった」というように頷き、男性の方を向くと言った。


「ル、ルーカが先にやります………!」


「ルーカ様とおっしゃるのですね。素敵なお名前です。では、前に出てどうぞ。」


色白の男性は微笑みながら僕にトランペットを差し出す。ソレッラは多分、僕に反抗的な態度をとったわけではなくて、1人目が吹けなかった場合、さらに緊張感が増すであろう2人目というポジションを自ら選んでくれたのだ。そんなに気を使わなくてもいいのに。


震える手でトランペットを受け取ると、ひんやりとした感触が手に伝わってくる。自分のトランペットよりも何倍も重く感じるそれを持って、ゆっくりと前に出た。


場にいる全員が僕を見ているのを感じる。夢だった、宝石のような楽器が今、自分の手の中にある。

僕は音もなく楽器をかまえた。静寂が聴こえる。僕が息を吸い込むと、場に緊張が走るのを感じた。

僕は覚悟を決め、柔らかに、そして力強く楽器に息を吹き込む。



とたん、神殿に橙色の光がさしたーーーそこにいる誰もがそう錯覚した。

そこにいた17人は見たのだ。なめらかで繊細で、それでいて猛々しい、なんとも言い表し難い神秘的な音を発するルーカに、ほのかな光が差しているのを。


まるで時が止まったような不思議なひとときだった。

ルーカが吹いたのは他国の楽曲で、そこに居合わせた人物は皆、はじめて聴くはずであったが、なぜか懐かしいような謎めいた感覚に襲われていたーーー




僕が静かに楽器を下ろすと、周りの皆はすっかり放心しているようで、僕を見つめながら微動だにしなかった。


「すっげぇ………」

しばらく経って、ようやくマリッツァが口を開くが、それはほとんど声になっていなかった。


僕はそこではじめて、自分がラルハのトランペットを吹いたという実感を持ち、嬉しさと達成感から自然と笑顔になった。頬が紅潮しているのが自分でも分かる。


皆が我を取り戻したのはそれから少し後のことで、ソレッラは目を輝かせながら「すごいよルーカ!! すごいよっ!!」と繰り返していた。

ラルフィエ達は笑顔で盛大な拍手を送ってくれて、その横でマリッツァと大柄な男性は、なぜか抱き合って大泣きしていた。


僕はというと、嬉しさと感動と、色々な感情がごちゃまぜになって、トランペットを抱きしめたまま泣き笑いしていた。


これでイルオーネの民は救われたし、僕の夢も叶ったーー

ここで一生の運を使い果たしてしまっていたとしても、僕はきっと後悔なんてしないだろう、今日は人生で最高の日だ!!

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