XVI イルオーネの危機
アレッタはその人物に近づき、その服の袖をまくって僕に見せた。
「ねぇ、これ! これって、イルオーネの魔法使いの印だよね………?」
どれどれ、と 僕が覗き込むと、そこには赤い紋章がある。
「確かに、これはイルオーネの夢器使いの紋章………だと思う。 でもなんでこんなところに……?」
「んー、見た感じ荷物もそんなに持ってないみたいだし………。 追いはぎにでもあったのかな? あ、でも1つだけ大きな箱を持ってる。」
アレッタが指差す方を見ると、その人は大きな箱に覆いかぶさるようにして、うつ伏せに眠っているのが分かった。
「なんか不思議な形の箱だねぇ〜! ルーカ、中身見てみる?」
「いや、多分中身は夢器だと思うよ。 僕の予想だとトロンボーンかな。」
「あ! あの、ソレッラが持ってるやつ!? 確かに箱の形が似てるかも。」
「それにトロンボーンの紋章は赤色なんだ。 トロンボーンは火の精霊と相性がいいからね。」
「そうなんだ。で、この人どうする? ここに放置しといたら風邪ひいちゃうかな?」
「そうだね……。アレッタが迷惑でないなら、君の家に一時避難させた方が安全かもね。」
「全然いいよー! 隣国から来た見知らぬ人を助けるのは慣れてるからね!!」
アレッタはにこにこしながら僕を見るが、なんと返していいか分からなかったので軽く流すことにした。
「じゃあ家まで運ぼうか。アレッタも手伝って!!」
こうして家に運び込むと、間もなくその人は目を覚ました。
改めて見てみると、髪はボサボサだし顔も土だらけで、もとの顔が分かりづらくなっていた。
それを見たアレッタが風呂を勧めると、その人は礼を言って風呂に入った。
やがて、風呂から上がったその人物をみて僕は一瞬目を疑った。
「え、あれ? もしかしてマリッツァ………?」
日焼けして、髪も背も伸びていたけど、なんとなく面影が残っていたので分かった。彼はマリッツァだ。
「あぁ、ルーカか。 よかった、ちゃんと会えた………。」
声は昔のままだったが、疲れているせいか喋り方に覇気がない。
「マリッツァ、どうして………!?」
「わりぃ、お前に用があって来たんだが、疲れすぎてて上手く話せそうもねぇや。もう少し寝かせてくれ。」
「布団出そっか?」
アレッタが気を利かせるけれど、マリッツァはそれどころではないらしく
「いや、大丈夫です。ありがとう。」
とだけ言い、床に横たわると数秒後には眠りについてしまった。
その夜、目覚めたマリッツァは、僕ら3人と共に食卓を囲んでいた。
ソレッラはやたらマリッツァに絡んでいたが、マリッツァが自分から喋ることはあまりなく、うるさいほどに元気だった彼はどこへ行ってしまったのかと思うくらいに静かだった。
食事を終え、アレッタが魔法の勉強のために部屋を離れた頃、不意にマリッツァが口を開いた。
「ルーカ、お前に話があるんだ。」
彼が急に喋ったもんだから、僕は少し驚いたのだが、彼の表情が真剣だったので僕も真面目に話を聞くことにした。
「なに?」
「いや………。何から話せばいいのかわかんねぇけど………。」
マリッツァはそこで少し言葉を切った。
そして数秒後、再び口を開く。
「……あのトランペットの神官が倒れたんだ。命に別状はないらしいけど、しばらく仕事には戻れないらしい。」
「それは……。」
「で、それから更なる問題が露見したわけ。簡単に言うと、今度行われる祭りで、ラルハのトランペットを吹く奴がいなくなったって話だ。」
ここでマリッツァの言う“祭り”というのは、そこらへんの夏祭りなんかとは違う。
イルオーネの民が全員参加して、夢器の力や少女ラルハに感謝したり、夢器に魔力を補充したりするもので、祭りというよりも儀式に近い。
この祭りが重要視されるわけは、そこで“夢器の魔力補充”をしなければその後一年間、夢器の能力を使えなくなる恐れがあるからだ。
そして、その魔力補充にはラルハのトランペットが使われる。
神官と、神殿に仕える夢器使い達が共に特別な旋律を奏でることによって、全ての夢器に魔力を補充するのだ。
そんなことが出来るのも ラルハのトランペットに備わる、無尽蔵の魔力のおかげだ。もし祭りでそれが吹けないとなれば………
「なんてことだ!! そんなことになったら夢器使いは、イルオーネの民は………!!」
「そうなんだ。だから今、イルオーネは国をあげて臨時の神官を探してる。
でも、今まで集められた候補者は全員、ラルハのトランペットは吹けなかった………!!」
「そっか、トランペットには夢器使いがいないからね……。」
「お前も知ってたんだな。俺はついこの間知ったばかりだけど。」
「まぁね、マレイヤに来てから色々学んだからね。」
「まぁそういうわけで、夢器に出来ないって理由でトランペットをやらない人が多いらしくて、トランペット吹きを見つけるだけでも一苦労なのに、更に誰もラルハのを吹けないとなるともう手の打ちようがないんだ。」
「じゃあ祭りは………!!」
「そこで、“もういっそ音さえ出せれば、祭りまで死ぬ気で練習すればどうにかなる”っていう安易な考えを持つ輩が出てきて、国も、もう打つ手がないからその考えを採用するしかなくなった。
そこで呼び寄せられたのが俺ら金管楽器使いってわけ。」
「それで、臨時の神官は見つかったの……?」
「トランペット吹きでも吹けないトランペットが、俺らに吹ける思うか?」
「そ、それはそうだけど……」
「そんなわけで、イルオーネは今混乱の真っ只中。トランペット吹きや金管楽器使いは、他の夢器使いから責められる毎日さ。
俺なんかは特に、トランペットと同じ直管楽器だからってひどい扱いをされるんだ………。」
「なんてこと………。」
「だからルーカ、お前に頼みがある。もう分かってると思うけど………。
イルオーネに戻ってトランペットを吹いてくれ!!!」
「イルオーネには戻るつもりだったけど………。他のトランペット吹きに出来なかったことが僕に出来るなんて思えないよ………。」
「でも! やってみなきゃ分かんねぇだろ!! このままじゃ本当にヤバいってことぐらいお前にだって分かるはずだ!!」
「そうだね。それに、こんなかたちになっちゃったけど、夢だったラルハのトランペットに触れるせっかくの機会だしね………!!」
「さすが!! それでこそルーカだ!! お前ならきっと出来ると俺は思う!!!」
「あとね、僕の他にも優秀なトランペット吹きを知ってるよ。」
「おぉ! まじか!! その人にも会えたりするか??」
「もちろん! 紹介するね、僕の先生、ソレッラだよ!!」
僕がソレッラの方に視線を向けると、それまで寝そべって本を読んでいた彼女は 急に名前を出されて驚いたようで、手を滑らせて本を顔に落下させた。
だが、何事もなかったかのように咳払いをすると、本の形に沿って若干赤くなっている顔をこちらに向ける。
その表情はみたこともないくらいりりしくて、作っているのがバレバレだ。僕は笑いそうになるのをこらえた。
「マリッツァくん、と言ったね。知っていると思うが、私はルーカのトランペットの師、ソレッラだ。
話は聞かせてもらったよ。私も一応イルオーネの民でね、祖国のためとあらば、私も是非協力させていただきたい。」
うわ、口調まで変えてるよ。僕はまたも吹き出しそうになる。
「イルオーネの方だったんですね! トランペット吹きが2人もいるのは心強い! 是非、協力願いたいです!!」
マリッツァは嬉しそうに言う。こいつ、よく喋れるな。僕は今喋ったら笑いがとまらなくなりそうだ。
「よぉし、なんか希望が見えた気がする!! やるぞルーカ!! 俺らでイルオーネを救うんだー!!!」
あ、いつものマリッツァに戻った。
「ラルハのトランペット、私が華麗に吹いてみせるわ!!
そしてイルオーネの英雄になるの!! みんな、私のことを“ソレッラ様”って呼んで慕うんだわ!!」
あぁ、この人達と一緒に行動するのか………イルオーネに着く前に疲れそうな気がしてきた。