XIV マレイヤでの日々
それから数ヶ月のあいだ、僕はその「昼は楽器、夜は魔法」というサイクルを続けていた。
もちろん例外は何日かあり、昼にアレッタと一緒に魔導師の師匠のところに連れて行ってもらったことも数回あった。
その師匠は手をくるっと回しただけで火の玉を生み出したり、地面に手をかざすだけでそこに細い水流を生むことが出来た。
呪文等との組み合わせによっては、もっと強力な魔法が使えるらしい。
僕もそこでアレッタと一緒に魔法を習ったがやはりその短い期間ではまともに魔法を習得出来ず、せいぜい小さいものを少し移動させられるようになったくらいだ。
最初にアレッタがやったように、重い食器をいくつも自在に操れるようになるには相当の訓練が必要なようだ。
僕が肩を落としていると、その師匠がこう言った。
「マレイヤの魔導師は1人でなんでも出来る。炎をおこしたり、植物を育てたり、暗い道を光で照らしたりと、1人で何種類もの魔法を使い分けられるんだ。
だけど、イルオーネの民はそうじゃない。1人で何種類もの魔法を使う人はほとんどいないと聞く。でもその代わり、1人1人がとても強力な魔法を使いこなせるんだ。
例えば雨乞いの力。イルオーネでは山一つ覆えるくらい大きな雨雲を呼ぶ人がたくさんいるだろう? だけどマレイヤでは雨雲を呼べるのは一部の強力な魔導師だけで、その彼らでさえも山一つ覆えるくらいの雨雲を呼ぶのはなかなか難しい。
つまりイルオーネの民は、自分の得意分野であればマレイヤの優秀な魔導師にも劣らないということさ。
限に君は魔法を練習し始めて間もないというのに、君の水魔法は何十年も魔法を研究してきた僕のそれと同等かそれ以上のレベルだと思う。
だから決してイルオーネの魔法がマレイヤのものと比べて劣っているわけではないし、もちろん君の能力も僕らに劣っているわけではないよ。」
かっこいいことを言うんだな……。
「師匠」と呼ぶには少し若いような気さえする人物だったが、言動は人の師となるに値するように思えた。
でも、アレッタの師匠に褒められるレベルになるまで水魔法を特訓してくれたのはルーチェだ。
僕らの夢器使いとしての能力は、楽器吹きとしての能力とイコールでつながる。
ルーチェはそれを分かっているようで、わざわざ知り合いのサックス吹きのところまで僕を連れて行ってくれた。
その人に色々と教わったおかげで、はじめはチョロチョロと細い湧き水しか出せなかった僕が
いつの間にか自分のへその高さまである噴水を作れるようになったのだ。
他の夢器使いからしたら僕なんかまだまだ初心者で、僕の魔法なんか大したことないんだろうけど 少しずつ出来ることが増えていくその感覚が嬉しかった。
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その日はサックスの先生が急用で家にいないということで、僕とルーチェは久々に一緒にトランペットを吹くことにしていた。
「ねぇ、ルーチェはトロンボーンも吹けるんでしょ?」
とくに深い意味はなく、なんとなく思ったことを口にしただけだった。
「まぁね。でも私はトランペットの方が好きかな。」
「そうなんだ。ねぇ、ルーチェのトロンボーン、僕にも聴かせてよ!」
「いいけど。驚かないでよぉ?」
ルーチェは持っていた大きな箱を開ける。
なんだ、ちゃんと持ち歩いてるんだ。
「見よ! これが私のトロンボーンだー!!」
ルーチェは大げさに楽器を掲げる。
金色の楽器が太陽の光を反射してとても眩しかった。
それを見た僕はあることに気づいた。
「あれ…?」
「どうした?」
「いや、それってもしかして………」