XII マレイヤの楽器吹き
その日、特に行くあてもなかった僕はアレッタの家に泊めてもらうことになった。
「夕飯の支度するからちょっとそこらへんに座って待ってて!」
アレッタは言い終わらないうちに家の奥へ駆けていった。
「何か手伝うことある?」
「ない! いつも1人でやってるから大丈夫!!」
それでも1人でくつろいでいるのはなんだか申し訳なくて落ち着かなかった僕は、アレッタの邪魔をしない程度に家の中を見て回った。
………もちろん、勝手に部屋を開けたりするのはさすがに気が引けるから、ただ歩き回っていただけなんだけど。
僕が家を一周してもと居た部屋に戻って来たとき、玄関が開く音がしてアレッタに似た よく通る声が聞こえた。
「アレッタ、ご飯まだー? 私空腹で倒れそう!!」
「あらそう? それは好都合だわぁ〜!! うるさいのが1人いなくなって私ものどかに暮らせるようになるしね!!」
奥からアレッタが答える。
「ひどい! アレッタも昔はもうちょっといい子だったのに!!」
「あ、あのぉー……」
情けない声が出る。
こういうとき、僕はどうすればいいんだ。
というか今帰ってきた(?)この女の人は誰なんだ……?
「あら、誰この子! もしかしてアレッタの……!?」
その人はニヤニヤしながら言った。
あぁ、何かあらぬ誤解をされたような気がする………。
「違うわよ! 誰がこんな弱そうな男と!!
旅してきたみたいで泊まるとこがないらしいから泊めてあげることにしたの!」
奥でアレッタが答える。
ぼ、僕ってそんなに弱そう……?
「なんだぁ、つまんないの!! 坊や、旅人さんだったのね。どこから来たの?名前は?」
「坊や」って呼ばれたの何年ぶりだろう。
確かにこの人はアレッタや僕よりも年上に見えるけど……。
マレイヤの人ってみんなこうなのかなぁ。僕、完全にナメられてるよこれ。
「イルオーネから来ました、ルーカです。よろしくお願いします。」
「イルオーネのルーカ、ねぇ………。」
女性は一瞬喋るのをやめた。
僕の名前がそんなに珍しかったのだろうか?
「よし覚えた。私は……そう、ルーチェよ!」
「よろしくお願いします、ルーチェさん。」
「ルーチェでいいよ」
そう言ってルーチェは笑った。
夕飯を運びにきたアレッタは 僕らの会話を聞いて、堪えられないという風に笑っていた。
「くくく……あんたは少し人を疑った方がいいよ、ルーカ。」
アレッタが笑いながら言う。
僕は何がおかしいのかよく分からず、首を傾げた。
「ご飯だー!!!」
ルーチェは勢い良く椅子に座ると、膝に手を置いてアレッタを見た。
「はいはい、大きな赤ちゃんみたいでちゅねー。」
アレッタが料理の乗った食器をルーチェの前に置くと、ルーチェは待ってましたとばかりに食らいつく。
僕はふと、この人もなんだかトランペットを教わったお姉さんに似ているな、と思った。
「あ、ルーカも座って。特別にいいもの見せてあげる!」
そう言うと、アレッタはいたずらっぽく笑った。
僕は言われたとおりに近くの椅子に座る。
「よーく見ててね。………それっ!」
アレッタはなんと、食器の乗っているプレートを勢いよく横に引いた。
危ない!!
僕は慌てて受け止めようとする。
が、食器が床に落ちることはなかった。
「へへーん。 どーだ!」
アレッタはプレートを脇に抱えて得意気に笑う。
「す、すごいや……。」
僕は宙に浮いた食器を眺めながら言った。
「でっしょー!? 待っててね、今ルーカのとこまでもってくから………それっ!」
アレッタが人差し指をたてて動かすと、食器達が僕の方へ向かってくる。
そして僕の目の前にくると、静かに机に降りた。
僕は自分の前にきた食器を恐る恐る 覗き込んだりつついたりしてみるけれど、食器はぴくりとも動かなかった。
「………アレッタが……やったの?」
「すごいでしょー? 私、魔導師見習いだからね! このくらい朝飯前だよ!!」
「もう夕飯だけどね!!!」
ルーチェが茶々をいれる。
「そーいう意味じゃない! これだから頭の悪い女は……。
ルーチェも楽器ばっかりやってないで少しぐらい勉強しなよね!!」
「私はこれでいいの。魔導師様みたく賢くなりたいなんて微塵も思いませんもの?」
ルーチェがふざけた感じで返す。
「はぁぁ…。 同じ楽器吹きでも、ルーカの方がかなり賢く見えるわぁ…。」
アレッタが僕を見る。
これって褒められてるんだろうか。
「何!? ルーカも楽器吹くの!? なんだぁ早く言ってよ!!
ひどいのよアレッタったら! いつも楽器のこと馬鹿にしてばっかりで……」
ルーチェが急に食いついてきた。
「そ、そうなんですか…」
「それはルーチェに対してだけ! ルーカは違うもん!」
そんなアレッタの言葉を無視するかのようにルーチェは僕に提案をする。
「ルーカ、今度私と一緒に演奏しない? 2人でやればきっと楽しいわ!」
それはいい!と僕は思った。
イルオーネでは僕以外に曲を吹く人もいなかったので、僕はいつも1人で楽器を吹いていた。複数人で合奏をするという体験をしたことがなかったのだ。
自分と違う楽器の音色が隣から聞こえる。その音色に合わせてメロディを紡いでいく………
そんな貴重な体験が出来るのか。
なんだかワクワクしてきた!!
「是非!! お願いします!!」
僕は目を輝かせ、ルーチェの提案に賛同した。