XI 赤茶色の瞳
次の日、見知らぬ森で目覚めた僕が最初に目にしたものはなんだと思う?
神秘的な木漏れ日? 見たこともないような植物や動物? それとも 身ぐるみはがされて裸になった自分の姿、とか?
少なくとも今挙げた3つは全部ハズレだ。
………3つ目じゃなくて本当によかったと思うけど。
で、何を見たかって話だけど
僕が目を覚ましたときに目の前にあったのは2つの瞳さ。
赤がかった茶色というか、暗いオレンジというか、とにかくそんな色だった。
………こんな冷静な分析が出来たのは寝ぼけていたお陰だ。
だんだん頭が冴えてくると、僕はこの状況の異常さに気づいて飛びのいた。
が、後ろは木だったので軽く背中を打った。
その目はまだ僕を見ている。
なんなんだ。とりあえず荷物は何もなくなっていないようだし、馬もしっかり木に繋がれているのが確認できたので少し安心した。
僕は急いで寝袋を仕舞い、荷物を持つと馬を連れてその場を去ろうとした。
「ねぇ。」
しっかりとした、よく通る声が後ろから聞こえる。
僕は気にせず歩いた。
「ねぇってば!」
さっきよりも大きな声がして、反射的に振り向いてしまった。
そこにはさっきの茶色い瞳がいる。
「どこから来たの?」
聞かれたが、僕は答えなかった。
「言葉がわからないの?」
やはり僕は答えない。
それにしてもよく通る声だな。
出会い方が違ったなら僕も話してみたいと思っただろうに。
『どこから来たのか聞いたんだけど。』
「…!?」
なんだ今のは。
声が頭に直接響いてきたというか………。
目の前の瞳が笑っている。こいつの仕業か。
この国の魔法か何かなのだろうか。
とにかく、これ以上だんまりを決め込むのは得策ではなさそうだ。
「言葉はわかるさ。僕はイルオーネから来たんだから。」
「なんだ、喋れるんじゃん。ちぇ、魔法の無駄使いしちゃった。」
「どうみても君は不審人物だからね。そういう人とは関わらないのが1番。」
「ひどい! あたしのどこが不審なの!?」
先ほどから「瞳」と呼んでいるこの人物、よく見ると僕より少し年上に見える。
女性で、名前はアレッタというそうだ。
前も思ったが、赤茶色というか、濃いオレンジというか……言い表しづらい瞳の色をしている。
本人は明るい赤茶色と言っていたので、僕もこれからはその言い方を採用することにする。
アレッタは快活な人物だった。
少し話しただけだけど、男の僕より度胸があって勇敢な女性だという印象を受けた。
その雰囲気は、僕が昔トランペットを教わったお姉さんに似ている…ような気がした。
(彼女は僕にひととおりトランペットを教えるとすぐにどこかへ行ってしまったので、恩知らずだとは思うがぼんやりとしか思い出せないのだ。)
比較的内気な僕が、すぐにアレッタと打ち解けられたのはそのせいかもしれない。
アレッタはやはりマレイヤの住人で、「魔導師」とやらになる訓練をしているそうだ。
彼女はこの「魔導師」についても分かりやすく説明してくれた。
マレイヤではイルオーネのように住人全員が魔法を使えるわけではないらしい。
住人のほとんどは、「魔導師」と呼ばれる 魔法の専門家が使う魔法の力を利用して生活しているそうだ。
そして、その魔導師の長である“魔導師長”という人物が国を治めるシステムだという。
イルオーネでは夢器使いの長が“神官”となって事実上 国のトップとなっているので、このシステムは僕にも理解しやすかった。
魔導師になるのはとても難しいらしいが、アレッタは「絶対なってやるんだから!」と意気込んでいた。
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アレッタに案内されてマレイヤの街を歩く。
少し歩いただけでも驚きが満載だった。
道は石畳が敷き詰められて整備されていて、街灯には魔法の力で光るという石が使われている。
何気ない景色全てがイルオーネと違うのだ。
改めて他国へ来たという実感がわいた。
何よりも、道端で楽器を吹く人が大勢いることに驚いた。
もちろん、その人達は「魔導師」ではない。無論、楽器も「夢器」ではないーーー
一つの民族が、移動して来た際に二手に分かれ、それぞれの国を作ったとされるイルオーネとマレイヤ。
しかし、肌の色や言葉は同じでも、それぞれ違った文化をもっているということを、僕はたったの1日で確かめることができた。