Ⅰ イルオーネと夢器について
ファゴットの呼び声で雨雲が現れ、サキソフォンの足踏みで水が湧き、アコーディオンの旋律が水流を導く。
コルネットが語りかければ太陽が覗いて、ヴァイオリンの歌声に合わせて風が吹き、オーボエの音色を聴いて草木が顔を出す。
ホルンは動物とお喋りの真っ最中だ。
ここは音楽の国、イルオーネ。
ーーいや…音楽の国、という呼び名は外から来た人が勝手につけたものだ。
僕はどちらかというと「音の国」の方が正しいんじゃないかと思っている。
なぜかというと、ここの人々は楽器を「魔法を使うための道具」として認識している。
彼らには音楽という概念があまりないのだーー
僕らイルオーネの民は、夢の楽器 「夢器」と呼ばれる不思議な楽器と共に暮らしている。
僕らは魔法を使うとき、夢器を奏でる。
なんでも、魔法を使うには自然界に無数に存在する精霊たちの力を借りなければならないらしく、僕らは夢器の音色でその精霊たちと会話をし、力を借りるのだそうだ。
(他国では何やら難しい呪文を唱えたり、石を使ったりする所もあるらしい。)
そして、なぜ僕が「らしい」などと曖昧な説明をしているかという話なのだけれど、これには簡単な理由がある。
僕は夢器を持っていないのだ。
だから本当は夢器についてもあまり詳しくない。
………いや、待ってほしい。ここで僕が落ちこぼれだとか、どうしようもない問題児だとか、そういう誤解をしないでほしい。
僕にだって夢器使いの素質はある!
(大袈裟に言っちゃったけど、正直なところイルオーネの民はみんな楽器が出来るし、そういう人は普通に夢器が使える。
だからイルオーネに夢器が使えない人なんてほとんどいない。僕だって例外じゃないさ。)
僕が吹く楽器はトランペットだ。
この国に最初に楽器を伝えたといわれる少女、ラルハが持っていた楽器。
もちろん自分の夢器もトランペットをと頼むつもりだ。
そしていつかは山の上の蔵にある、少女ラルハが吹いていたというトランペットを吹くのが僕の夢さ!!
………おっと、そろそろ丘に行かなければ。
何のためって?決まってるじゃないか、トランペットを吹きにさ。