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法務省・キラキラネーム診断ソフト・NAME右衛門(なまえもん)

作者: つくし賢二

某SF賞に応募してご縁がなかったものです。

初めての投稿なので、未熟な点もございますが、

最後まで閲覧していただけると幸いです。

  法務省・キラキラネーム診断ソフト・NAME右衛門なまえもん

                                      

 2030年・4月に、東京の体育系大学で2年生を迎えた青年【○○(苗字は伏せる)球児きゅうじ】は大学のため上京しており、2年生の授業カテゴリの把握と講義・実技演習が落ち着いた6月頃に、3連休を使って、あまり戻りたくない両親のいる地方の実家に戻った。

 その理由は、一般的な両親に反対されながら大学に入ったなどのタイプではなく、地元の役所にてある戸籍関係の手続きを行うためであった。

「6月3日の誕生日も過ぎて、俺はハタチになれたんだ。1年生の頃、柔道学部の新入生歓迎会で酒が飲めなかった事以上に辛かった自己紹介での思いを、今回の地元での役所にて晴らせれば良いんだけどな…」

 球児は連休初日、地元に午前11時頃に到着すると、まず実家に帰らずにそのまま自分の戸籍上、出身地登録されている市の役所に立ち寄る。

 中に入ると彼は迷いなく市役所3階の【戸籍・名前課】の部署に訪れた。

 そこの受付前待合室には、連休の影響もあっておよそ15名が地方にも係わらず待機しており、その過半数は球児とほぼ同年代である。そんな彼らは球児も含めて皆、世間やマスコミから【改名病】と呼ばれる世代の若者達だった。


 現代で生まれた子供に名前を両親が名付ける際、特別視し過ぎて奇抜な印象の名前を他人世間から感じられてしまう命名のことは【キラキラネーム】と呼ばれ、それが成長した子供達の自己嫌悪や他者の偏見、いじめ、就職不利などの影響を与えてしまう問題が少しずつ浮き出ている。

 それが更に十数年進んだ未来では、そんなキラキラネーム世代が新たな社会人として出るのと同時に、自分の名前に不満を持っていたそんな世代が、ほぼ一斉に改名しようと行動に移り出し、負の社会現象化となってしまった。

 そこで戸籍管理する法務省が、凡そ1千万人近く増えたとされる改名病ことキラキラネーム世代の改名希望者への対処のため、5年前から全国各地の役所に法務省・名前課を起ち上げ、改名に対応した。

 ただし、安易な手続きで改名させても意味は無く、むしろ悪用される危機があり、法務省も【よほど悪質でなければ親の尊厳を第一に、付けられた名前に見合う業績を成し遂げることが条件】という【名前改定新法】を設立し盾に、改名を諦めさせやすいようにもされている。

 そんな全国各地の名前課には、平均10名ほどの役員【名前エージェント】がおり、彼らは全員名称の個性を無くし、平等に審査できるよう、ナンバー名称で3ヶ月毎に転勤、仲間内でも本名を伏せ、一人につきにひとりと特注パソコンソフト一つが、丁寧に名前課の個室内でマンツーマンに改名判断を審査していた。


 しかし、この一つこと【法務省・キラキラネーム診断ソフト・NAME右衛門なまえもん】が改名者達の鬼門であった。

 日本中の過去は昭和初期から、現在に至るまでの名前書類・凡そ2億種類から、名前を結集したこの専門人工知能ソフトは、次々と改名希望者をなぎ払う判断を下す。


「○○粋伊都スイートです。仕事は会計士です。よろしくお願いします」

「名前エージェントのNo,520(男性)です。では、審査を始めます」

 容姿は女性で20代後半だが、スイートという名前にしてはアトピーの痕が激しい顔で目も細く、印象も幸薄そうなことは本人も自覚しており、明らかに名前負けしている。

 審査を開始し、プロフィールと自己アピール確認後、入力審査結果がNAME右衛門から現れ、説明する名前エージェント。

「名前課のデータベース(NAME右衛門のこと)との審査の結果、貴方は『洋菓子店で最低でもアルバイトから仕事を始め、最低1年以上勤めれば、改名を認められます』」

「そんな…。私名前の印象と真逆の印象と性格であることを自覚しているから、改名を望んでいるのですよ? これは両親の悪意ある命名による改名権でも良いのではないのですか!」

「スイートは『甘い・お菓子』というだけの意味で、社会的に悪意ある名前ではありません。条件を飲みますか?」

 粋伊都さんは泣きながら名前課を後にした。しかしこんな事は名前課では、ほぼ日常的である。


 この日も名前エージェント達は、次々とお互いさえもナンバーで呼び合うほど名前のプライバシーを保護して堅実に仕事しながら、次々と改名希望者達を裁いていった。

「○○秘芽香ひめかです。女性器みたいな名前で、どうしても変えたいです」

「ご両親は、挫けても芽生えるようにと名づけたかもしれませんよ」

「○○れいです。男で体重110キロ、容姿も割に合わないので遼太郎とか、もっと硬派な名前にしたいです」

「このれいはゼロを示すため、数値をゼロへ目指す目標条件例が相当と言えるでしょう」

「○○樹林庵じゅりあん。俺男っすよ、しかも百パー日本人で外国籍じゃないですし」

「ジュリアンはキリスト教徒の聖人名で多い名前だそうです。改宗…? いえすいません、条件は保留しますので、後日お呼びします。またお越しください(NAME右衛門でも宗教を変えろだなんて、入力の仕方が悪かったか?)」


 そして40分ほど待った所で、いよいよ【柔道セミプロ選手なのに球児】の番がやってきた。今までのケースを考えればまだ真っ当な方であり、自分の目指す目標と相反して、野球好きな父親が球児が生まれた当時名づけた名前だ。

もちろん父親とは何度も名前の件で対立しており、今回の改名もハタチで改名が自分一人で審査登録可能になったことで、両親に黙って来たのだった。

「本日貴方の改名希望を担当致します、No,343と申します。よろしくお願い致します」

 球児の担当は20代後半と思わしき女性で、球児は容姿がいいとは思うも、改名を普通に口説くのはやや難しそうな印象を受けた。

「○○球児っていいます。すんません『さんびゃくよんじゅうさん・さんよんさん』さんって呼びづらいんで、343の当て字で【みよさん】で良いっすか?」

「…まあ、いいですよ。貴方の改名審査が今日っきりでなければ分かりやすいですし」


 5分ほどの球児の事情を聞いた参考と書類上の経歴を参考に、みよさんはパソコンでNAME右衛門へ入力を行っていく。その工程にどこか機械的な分類をされていると感づく球児。

「俺はいくら親父の息子だからって、自分の道は自分で決めました。少し遅咲きですが、その柔道で県大会を準優勝し、体育大学にも入れて、残り数年で全国大会からのオリンピック出場にも懸けています。俺はその決心も含めて今日改名したいんです。体育会系の大学で柔道なのに、球児は流石に恥ずかしかったです。だから…」

「気持ちは分かりますが、法務省的には、親が名づけた理由と意味の方が絶対なのです。親がいなければ、貴方は生まれなかったのですから。この話も反論するとパラドックスで、キリがないので止めて下さいね」

「そんなコンピュータで俺のこの先に関わる運命を決めようってか?」

 改名者にたまに指摘されるコンピュータ上のNAME右衛門に対する指摘に、みよさんはお決まりの定型文で返す。

「こう瞬間判断も無いと、日本では1千万人もいる改名病な人達を悪用されずに管理判断出来ないの。我慢して」

「(これが…改名希望者の多くが挫折する原因って、噂されるやつか…)」


 直後、みよさんが入力した改名希望の結果が、NAME右衛門から返ってきた。

「出たわ『球児の名前の世間の印象から、野球に見合った業績をなす事』更にこれに条件を貴方自らが加えることで、この改名条件は完成するの」

「やっぱ球児と言えば野球か。もっとボールを使うスポーツ系って広い定義かと思ったが、野球好きに多いネーミングだからか…。俺が野球に唯一関わったのは、小学校3年生の頃1年間程、3年生から6年生までで編成されたチームの草野球で、試合に触れただけだぜ」

「それ、それでもいいけど」

「へっ? 大昔だぞ。それでも良いって事か」

「今、改名にあたって名前に関したことを果たさないとダメなの。だから例えば『今のキミの母校の小学校で一定期間、草野球に関わる監督やコーチをする』とかなら採用されやすいわ」

「俺、球児って名前だから当時、その体育の先生の監督する野球部に無理やり先生が俺を入れて、1年間ずっと喧嘩しながら無理やり続けて、担任の説得もあった時にやっと辞めたんだ。今もそこで野球監督してるけど、きっと今でも俺を恨んでいる」

「出た【母校の小学生の草野球で監督を務め、1度試合に勝利する】が決定条件よ。これ以上の再検討は他の人を待たせるから、次回にしてもらうわ。どうなの」

 少し迷った末、球児は事情を知ってもらう頼み事で、引き受けさせてもらうことを決心した。

「やります。それで改名が認められるのなら、俺は一度だけ『球児として』その野球の条件を飲みます」

 改名条件を受けたとして、みよさんは即座にNAME右衛門へ登録を行う。

「それと、これは私の連絡先が書かれた用紙です。くれぐれも証拠を証明出来るように…」


 それから球児は実家に戻る直前の午後に母校の小学校を訪れ、警備員に案内されて、当時からシワが少し増えただけの小柄ながらも筋肉質な、例の先生・吉岡と出会った。

「…という事ですんません先生、でも俺、この名前のままじゃ折角の柔道での成り上がりに支障が出ると決意して、この名前を捨てるために先生のお力をお借りしたいんです」

 当然、吉岡は当時球児の名前のために尽くそうとしていた信念が一度折れたのに対し、十数年後の今度はその名前を捨てるために、ライフワークの野球の力を借りたいと申し立てていることについては、二重で苦しまざるを得なかった。

「お前も今流行りの改名病っちゅうやつか! しかも知っちょうじゃろう、この俺がお前を野球嫌いにさせてしまった、一番の要因であることは!」

「みんなにこう言います『君たちは、もし今野球が好きだからって、生まれた時からそう名付けられたら嫌な子もいるだろ? お兄さんは嫌だったタイプで、しかも君たちぐらいの頃に柔道の道を決めたんだ。今、大人になってチャンスを得たお兄さんが監督して【名前を勝ち取る力】をほんの少しだけ貸して欲しい』と」

「…人助けなら応じてくれるわ。ワシも皆には『プロ野球選手になるなんて思うな、野球が好きな今を磨くだけでええんや』と教えちょるから」


 それから1ヶ月半後の8月上旬、世間では夏休みに入った期間、大学も夏休みである球児は母校の小学校に行き、野球部のメンバーと吉岡先生に合流した。

「…という訳で今、大人になってチャンスを得たお兄さんが監督して【名前を勝ち取る力】をほんの少しだけ貸して欲しい」

 小学3年生から6年生の、ほぼ全ての野球部子供達は首を縦に振った。

「球児、夏休みが終わる9月の5日までに、他校試合は4回ある。それ以降は不定期的やぞ。困ったらワシに聞く以外は自分で指示することやな」

 吉岡先生のルールを聞き終わると、球児は練習光景を観察し、一人ひとりを見極めようと試みた。

「ああそうだ、名前課にはこういうのって、どう連絡すりゃいいのかな。ギネス記録みたいに、ビデオを試合毎で吉岡先生に撮っとくか」


 そして、最初の試合週。流石に1回目は普通に相手チームに敗北し、5―7と途中から大きく切り離された。しかし最大の問題は、ここでもキラキラネーム世代であることが影響に出ていた。

「子供達の名前の過半数が覚えられない…。玲雄レオとか四里有珠シリウスとか戀太郎れんたろうとか、苗字はダブっているのが2組もいるし、背番号呼びは冷遇に感じ取られてしまう…」

「焦るんやない球児、ワシも今の子らの名前には苦労したが、2ヶ月でマスターしたわ。後はいつの時代も変わらん、一人ひとりの容姿と照らし合わせることやな」

 球児はこれ以降、小学校選手の一人ひとりの能力を見極めることよりも、学校の先生と変わらない、顔と名前を照らし合わせる照合から、的確に子供達を見極めようと試みた。


 すると2週目、今度はあっさりと相手チームの学校に勝利し、点差も4―1と3点も引き離した完勝だった。

 子供達もあまり面識の長くない球児ではあるが何とかしたいという思いで、勝てたようなものだと吉岡先生は球児にささやく。球児は子供達の純粋さに感謝しながら、録画した試合のビデオを早速名前課の担当、みよさんに持ち込む。


 だが、みよさんはまず「何故配布した注意事項を読まなかったの」と球児に注意を呼びかけ、球児は6月に訪れた際に渡され今はクシャクシャになった、改名審査の注意事項用紙を読むと【スポーツ類などの改名条件で試合の勝利が条件の際は、名前エージェントが直接確認した試合でなくては認められない】と書かれていた。

 だからみよさんは、彼女個人の連絡先を教えたのであって、完全に球児の確認ミスであった。

「もういい分かった、俺のせいです。子供達になんて言えば…」

「何なら試合がある度、私を呼んでもいいわ。仕事の出張扱いになるし、ただ試合鑑賞すればいいだけで、ここだけの話だけど、仕事サボれるの。名前エージェントは代わりナンバーがいくらでも移り変わって居てるし、私は現在貴方しか改名条件の継続担当者はいないから、早めにケリを付けてね」

 みよさんは、仕事の出張辺りの話から、球児にしか聞こえないように小声で語りかけた。

彼女はほくそ笑んで頷くが、どこか球児の努力に付き添いたい印象を感じさせる。


 球児は吉岡先生に事情を伝えると、やはり怒られ、更には監督代行を打ち切ろうとして球児は慌てる。

「真剣に取り組んどる子供らを馬鹿にしとんのかワレ!」

「ほ、法務省の改名法律が厳しくなったみたいで、名前エージェントという審査の方が同伴しなきゃいけない事に…」

 そこで球児はみよさんから、個人的にアドバイスされ渡された彼女の【市の役員という立場としての証明書】を吉岡先生に見せると、吉岡先生は内容よりも明らかに右上にある、写真のみよさんの容姿を気に入ったように凝視しており、気を緩めていた。

「(担当が同年代の女性で助かった…)」


 そんな二度もチャンスを拾ってもらえた球児監督の気合も、大きく試合指示に反映される。

銀臥ぎんがー!ここは安定ヒットしやすいお前が行けー!」

「玲雄、次のピッチはお前の大きな特徴である微カーブ球で、バッターをアウトに追い込め」

「えっ、次の表バッターの威瑠子イルスはトイレにいるっすだと? そんな冗談今いらないだろ!」

「…かーっ! また打たれたか…」

 だが、みよさんが訪れた3、4回目の試合は所謂ボロ負け回で、2―5・0―2と苦しんで、夏休みの草野球は終わった。

「球児、もう大学が始まるんだろう。名前よりも柔道に本腰入れんと、元も子もないんちゃうんか?」

 8月4週目の試合後、吉岡先生が球児に喝ではない冷静なアドバイスを球児に持ちかける。

「…そうですね。次他校試合があるとすれば、9月の22日でしたっけ。こっちも来年3月の柔道全国大会・予選前に向けた、体づくりを始める時期ですが…」

「…球児、ここは一つ、22日は来んでもええから、俺に『勝利する時期の目利き』をさせてもらえんやろうか」

「えっ?」

「今の時期はあの子らも急に寒うなってきて、鈍ってしまう頃やし負の連鎖が試合に感じ取れる。だから何時になるか分からんし、急に呼び出すやもしれんが、ここは一つ、ワシの目利きを信じてはくれへんやろうか」

「…吉岡先生、ありがとうございます」


 そして春先が近い翌年2月の中旬、遂に吉岡先生は勝利の転機がチームに訪れたと、球児に2月18日の他校試合日に来るよう連絡を取った。

 当日、球児はみよさんと共に駆け付け、監督として久し振りに子供達と出会う。だが、事情を知らない吉岡先生は思わぬことを球児から告げられる。

「先生、実は丁度今頃行われている『柔道・全国大会予選の出場権試合を棄権』してでも、ここまで来ました。オリンピックに出ることだけが、柔道の全てではありません」

「お前…なんて奴だ…」

 それはみよさんにも知らされておらず、球児の名前へプライドをすべて懸けた思いが彼女を貫いた。

「(そこまでして改名を得たい人に初めて出会った。私は今まで仕事を2年続けてまだ2人しか出さなかった改名者。この様な人もいたかも知れなかったチャンスを、私はこと如く潰してきてしまったのだとしたら…)」


 試合は相手校が小学生野球・県大会常連にも係わらず、3―2で後半なんとか8回表に1点入れたことで、遂に正式な勝利を球児達は勝ち取った。

「終わった…。みんな! 俺はこれで本当に改名できるようになりました! ホントにありがとう! お兄さんは君たちが野球からそれぞれ別に道へ行っても、決して今日の日を忘れません!」

「行くんや球児、長居はお前の不名誉な名前の思い出を延ばしてしまうことになる。また次会うことがあれば、この子らがキミと同じく改名に悩んだ際の相談相手ぐらいや。一時のお試し監督やったが、君のことは忘れんで」

「先生、俺、今日だけは球児という名前で本当に良かった素晴らしい日でした! これで大丈夫だよな、みよさん」

「…うん、もし最終審査にも通ったら、個人的に私の本名、教えても良いぐらいに」


 最終審査はそれから2週間後に行われ、NAME右衛門に改名条件の達成をレポート後、ソフトから挙がってきた報告書を法務省・名前課の上層部に拝見され、合格すれば無事改名が認められることになっている。

 だがここに来て、球児と彼を応援するみよさんの苦労を一瞬で流してしまうような審判が、あのNAME右衛門への審査報告とその結果によって、下されてしまう。


 その日、球児は午後1番からの改名審査を優先予約しており、そこで最終審査を受けることとなっているが、事前の昼休みを利用して、みよさんは密かかつ先行的に、結果報告をNAME右衛門で管理する球児のアカウントに送信して、結果を先に得ていた。

「なんで…、何度入力しても『プロ野球選手になることが、命名からして業績の達成に相当』だなんて、ソフトでも勝手過ぎる!…」

 しかし、何度文面を変えて苦労の苦しみを表現しても、NAME右衛門は一貫して【プロ野球選手になることが、命名からして業績の達成に相当】としか応じず、まるで球児の改名への過程を監視する悪魔が、イタズラに応じているようにしか思えない残酷さだった。

 やがて球児との面談による、最終審査が始まってしまうが、始まっていきなりにみよさんは、先程の事実を球児に説明する。

「みよさん、去年10月、あるプロ野球球団に一人、ドラフト会議から入団した選手に『球児』がいて、これで日本のプロ野球界には『球児が3人いる』事と、もしや…」

「…このソフトはネット上から、膨大なニュースも吸収して知能にしているわ。3人のプロ野球選手という数値が、ソフトの基準を上げてしまったのだとしたら…本当にごめんなさい…」

「じゃあせめて、努力した俺からのお願いだ。本当に心の底から謝ってくれているのなら、代わりにソフトに頼らず、名前課の上司に直接『最終診断結果が条件から飛躍し過ぎており不服』だと訴えてくれ、頼む」

「ええ…。この仕事には個人の感情を表に持ち込んではいけないけど、これは起訴出来るレベルよ。貴方は全国大会という大きなチャンスまで失ってるのだもの…」


 翌日、みよさんは上層部への緊急報告としてアポを取り、3日後東京にある、法務省本部の民事局・名前課・局長へ「最終診断結果が条件から飛躍し過ぎており不服」と直接電話連絡した。局長はこう答える。

「キミも若いね。自虐だが、週刊誌に時々書かれるように我々上層部は正直天下り集団であり、ここはその終着駅だ。凡そ1千万人の改名の責任なぞ人では取れん。だが信用のため、人は看板としてそれなりに立っていなくては、工場に認定されるのでね。分かってくれたまえ」

 みよさんはそう聞いた直後、セールスの電話を断るようにお礼無く電話を切ると、名前課の休憩室にて、あるNAME右衛門に向けた文章の下書きと、退職届の書類を用意していた。

「もう決めたわ。これとあと1つ、私が用意する通算3つの条件が揃えば、NAME右衛門の裏を返せて、球児さんの名前に因縁する問題が解決するはず」

 

「○○球児さん、おめでとうございます。無事以下お伝えする条件に合格したため、条件に満足して頂ければ、無事改名が可能となります」

「えっ!? 絶望的じゃなかったのかよ?」

 1週間後に市役所の名前課・みよさんから呼ばれた球児は、諦めの通達を覚悟して胃をキリキリしながら出向いたのに対し、意外な返事が帰ってきたので驚いていた。

「ですから、今からお伝えする改名ソフトに通った条件を飲んで頂きたいのです。もし、嫌でしたら断られても構いません」

 球児はみよさんが、プロ野球選手になる以上かつ、今の自分でも可能な条件を通したと考え、それに対する返事を緊張しながらも聞こうとしていた。

「ソフトには『みよさんの辞職と球児との結婚を機に、次なる子供に球児と名乗って遺志を継がせれば達成できるために、改名を認めて欲しい』と記述し、無事承認させました。直ぐの辞職も嫌な職場だったし、精々出来ます」

 そう言うと頬を赤らめるみよさん。3つ目の条件とは、球児との結婚による子供の発生で親となることで、名前の尊厳を継がせるという、名前改定新法の裏を突いた策だった。

「で、でも私は辞めるのだからソフトとの縁は無くなるし、本当に子供に球児なんて付けなくても…」

 球児は10秒ほど黙ると、みよさんの熱の篭った顔を見つめ、ため息後に返答した。

「それでいい。でも素直に好きっていいなよ。後、俺と育みたいのも」

「こ、ここは公共の場所ですから、続きは仕事後の夜9時頃に、この市役所前に来て下さい。辞めたからって、すぐに結婚ではないですけど、前提として、これからの貴方との私的なお付き合いを始めますので…」

 やがて、改名審査にしては長過ぎると上司からのクレームに、そそくさと改名審査の個室から別れた二人は、みよさんは上司への辞職決意を表意し、球児は実家に帰って、改名する意思を両親に伝えた。

 みよさんの上司も球児の両親も、共通するのは「たかが名前だけで辞職と結婚か」という返答だったが、改名という苦労を乗り越えた二人は、既にかけがえの無い関係だった。


 そしてその日の夜9時頃、二人は市役所前で再会。

「改名、翔児にする。憧れた柔道オリンピック金メダリストの人から1文字だけ頂いた」

「私も、みよさんから元の本名『○○さくら』って変更で」

「桜さんだったのか。いっちゃあアレだが、普通てか地味な名前だったんだ」

「父親が公務員で、今もあるかもしれないけど、私が生まれた当時、NAME右衛門ていう改名ソフトの試作品による実験が行われていて、それの命名機能のテストに参加したの。   

 将来、娘がお役所仕事(公務員)に優遇されるコネとして、全国で3万人近くの公務員家庭が受けたそうよ。

 それがどうやら『機械が名前を統一する』という恐ろしい程、改名管理の手間を省く機能らしくて、『男の子は一郎から十郎。安、雄、助とかの凡庸な男性名のランダム』とか、『女の子は、全300種類の高貴な花の名前からランダム』らしいの」

「これじゃあ『メカメカネーム』だな。…だから桜か」

「でも私は別に翔児みたいに、決心してまでも変えるほど嫌じゃないわ。つまらない名前だけど。だから近い将来、本当に子供が生まれた時、成長してどう思われるか分からないけど、やっぱり願いを名付けたいの」

 球児は一方的に名付けられる親権を恐れていたものの、真逆で桜の機械的な命名の過去に驚かされたことで、やはりこの世で一組しかいない親として、真面目に名付けたいと二人で分かち合っていた。

「ああそうしよう、俺達なりに子供の為を思った、的確な基準の名前にな」


 それから五年後、会社員として社会人柔道家で安定した翔児は、桜と待望の結婚を果たす。そして二年後生まれたのは女の子だった。当然球児だなんて名付けない。

 二人は相談した結果、妊娠期間中に鑑賞したバレエの美しさに感動したことが大きなきっかけとなって、その子には【好湾スワン】と容姿とバレエを期待される印象を名付ける。


 これが読んでいる貴方にとって、キラキラネームで子供が可哀想と思うか、鳥からの命名はひばり、ひたきの様によくあるものだと考えるかは、貴方自身が名前課・NAME右衛門の感覚となって、判断して頂きたい。

 ただ少なくとも、昭和生まれの翔児と桜の両親一族が受けた、主な命名決定時の印象(本音)は「こだわり過ぎていて、どこか中国語っぽい」と思われたことだけは、記述しておこう。(了)



最後まで呼んで下さり、ありがとうございます。

ご意見、ご感想などがございましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

次回は、幾つか書きためた短編の投稿消費後に、全く趣旨の異なる連載ラノベ系に挑めたらと思っております。

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