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ツナガルネガイ  作者: 蒼鳥
第一章
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第四話 氷咲藍花という少女

 広間を出、まずは外に出ようと足を動かした時、時無は物陰から僅かな魔力の気配を感じた。


「……誰だ」


 《デスゲーム》はまだ始まっていないが、念には念をと時無が銃を向け誰何すいかすると、すぐさま慌てたような声が返ってきた。

「ま、まって! 敵じゃないからっ! 本当に!」


 物陰から怯えながらも現れたのは、暗闇でよく見えないが、おそらく時無と同じ年頃の少女であった。


 少し高めのどこかで聞いたことがある声音に時無は少しの間思考した後、先ほど青年に抗議をしていた女性だと想起する。


 しかしだからといってここにいる理由にはなっていない。時無は警戒の色を濃くしたまま質す。

「敵じゃない? しばらくすれば俺達は殺し合う仲になるのに」

「ちがっ、いや確かにそうなんだけども、そういうことじゃなくて…………ひ、ひとまず銃を下ろしてもらえると助かるなぁ……なんて」


 要領を得ない彼女の話に、時無は苛立ちを露わにする。

 と、少女は焦った様子で本題を口にした。


「え、えっと、わたしと手を組まない?」

 だから銃をおろしてくれない? と怯えた目付きで再度懇願した少女に、時無は一瞬逡巡した後、ひとまず銃口を彼女から外した。無論、指は引き金にかけたままだが。


 それを見て幾分安心したのか、少女はゆっくりと暗闇から姿を現した。

 少女の顔に先ほどのモザイクのようなものはなく、おそらく時無にもないことから、事実初めて互いに顔を見せ合う形になった。


 卵形の小顔を包む鮮やかな黄赤の長髪に、栗色の双眸。まるで世界屈指の美術家たちが彫刻したかの如く整えられた端正な顔立ち。見た目からして、年齢は自分と同じ一〇代後半だろう。


 格好は肩の部分を露出させるタイプの薄着と色白の綺麗な腿が強調されているフリルのスカート。どちらも黒を基調としている。


 少々小柄な体躯の割には出るとこはそれなりに出ており、各所から露出している艶のある肌は、欲求の溜まっている年頃男子なら見た途端襲いかかってもおかしくないほど麗しい。


 もっとも、どんなに彼女が美少女であろうとも時無が警戒を緩めることはない。これから殺し合うことになる相手なら尚更だ。


「……つまり共闘しようということか?」

「そう。わたし魔術師と言ってもそんなにすごいわけじゃないし、戦いに使える魔術はほとんど知らなくて」

 普段の調子を取り戻したか、好意的な笑みを向けてくる少女は、おそらく嘘は言ってはいないだろう。


 魔術はその属性によって得意分野が異なり、特に“水”なんかはどちらかと言えば直接戦うより支援することに秀でており、もし彼女が水の属性の魔術師なら、この戦いを独りで勝ち残るのはかなりきついだろう。

 ならば他の誰かと組む、という選択も妥当と言える。


 しかしまだ彼女の真意が読めない。読めない以上、下手な返答をするわけにはいかない。


 無言のまま時無が思案していると、何を思ったか足早に少女がこちらに近づいてきた。


 そして不意のことに時無の対応が寸分遅れた隙に少女は懐に潜り込み、鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで顔を近づける。


 まるで最初からそうすることを決めていたかのような、円滑な動きだった。


「……なんの真似だ」

「別に悪いことじゃないよ。ただ答えに迷っているようだから、もうひと押ししようと思ったの。……わたしの想いが伝わるように」

 不敵な笑みを浮かべた少女は細い指で時無の首筋、唇をなぞった後、小悪魔な笑みを浮かべた次の瞬間、その艶やかな唇を時無のそれに押し当てた。


「……んっ」


 鼓膜から直接脳内に溶けていくような艶かしい声を上げながら、少女は時無の欲求を駆り立てるように唇を強引に吸ってきた。さらに半ば強引に舌を入れ、官能的な音を響かせながら絡ませてくる。


 妖艶な少女に、時無は珍しく困惑したが、すぐに状況を理解した。


 もうひと押しがまさか“色仕掛け”とは。心のなかで時無は苦言を零した。


「ん……んんっ…………ぷはぁ」

 呼吸をしていなかったのか、少し息苦しそうに唇を離した彼女の口元には絡まった唾液が垂れており、これでもかと時無を蠱惑し、本能を刺激する。


「もし手を組んでくれたら……、あなたが望めば、いつでもしてあげる……」


 ぺろりと絡まった唾液を舐めた少女は、可愛らしい顔に大人っぽい妖艶な表情を浮かべながら甘い声音でつぶやく。

「これだけじゃ物足りないって言うのなら――いいよ?」

 時無の耳元で甘い声を出しながら、少女は躊躇なく両手で時無の手を取りそのまま自身の胸元へ誘導する。


 触れるか触れないかの距離になったとき、しかし時無は彼女の手を軽く振り払った。


「せっかくの申し出だが……遠慮しておく」

 無表情で言い放つ時無に少女は酷く驚いた顔をしたが、すぐにその意図を理解し、満足気な笑みを浮かべた。


「それじゃ交渉は成立ってこと?」

 交渉とはよく言ったものだ、と時無は心のなかで呟いた。


 ようするに彼女は共闘という形で利用しようといているのだ。自分の火力不足を補うために。

 自分の処女――なのかどうかは知らないが――を捨ててでも叶えようとするその覚悟。彼女はいったいどれほどの願いをその胸に秘めているのか。

 それは時無には分からない。


 しかし少なくともその行動力は賞賛に値するものであり、味方につけられば心強いはずだ。そして時無が最も攻撃魔術に長けた火の属性の魔術師だと知れば、彼女はおそらく最後の最後まで裏切ることはないはず。


 もし仮に最後の二人として残ったときは、全てが未知数のこの少女に勝つ自信はある。

 それだけの確信をもてるだけの実力は、あるつもりだ。


 ならばここは相手の思惑通り、手を組んだほうが良策か。


 そう判断した時無は引き金から指を離し、銃をホルダーに入れる。


 面白い。そちらがそのつもりなら、こちらも存分に利用させてもらおう。


「あぁ、成立だ。……俺の名前は時無だ。短い間だがよろしく頼む」

「――うん、こちらこそ。わたしの名前は氷咲藍花ひさき あいか。藍花でいいよ」


 月明かりだけが灯りの暗い建物の下、報われぬ願いを胸に秘めた両者は、互いに利益となる秘密の取引を交わした。



 己の願いを叶えるために、互いに互いを利用する、実に希有な関係。これが二人の出会いだった――。




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