その婚約破棄は国王陛下のご乱心でしょうか?
凛とした魔女らしくありたいと、感情を隠そうと頑張るリリーの『不快』には、いろいろな意味があるようでして。
「王子たちの婚約は、すべて破棄させてもらう」
ある夜に開かれた、王宮での大規模な晩餐会。国王陛下の爆弾宣言により、高価な衣服に身を包む方々の悲鳴や怒号が、壁際に立つ私の鼓膜をビリビリと揺らしています。非常に不快ですね。
今夜の晩餐会に招かれた方々のことは、詳しくは存じません。見慣れない方も多いようですので、国内外から、様々な下心をお持ちの高貴な方々が、集まっておられるのでしょう。
「なぜですか! 陛下!」
「予言があった。王家に招き入れてはいけない者がいるようだ。明日から、新たに選び直しだ」
また、予言ですか。ん? 多くの視線が私に突き刺さります。私ではありませんよ?
「どこぞの魔女が、そのような進言をしたのですか!」
「誰かに何かを言われたわけではない。私の夢に出てくる声が、このままではいけないと警告したのだ」
国王陛下は、そのまま退席なさいました。どこぞの魔女というのは、私のことでしょうか。
私、リリー・ファルマは、18年前ファルマ伯爵家に生まれました。正妻の娘ではございません。そのため、領地内にある別邸にて隠されて育ちました。
10歳の頃、各地を巡り豊穣を司る魔術師に、私には魔術の才能があることを告げられました。全寮制の魔術学校への入学を強要され、15歳で卒業すると同時に、王宮務めが決まりました。
その後しばらくして、私の父であるファルマ伯爵が、私を娘だと公表したことで、ただのリリーであった私の名は、正式な場では家名をつけることになりました。あれだけ必死に隠しておられたのに、どのような心境の変化でございましょう。非常に不快ですね。
◇◇◇
翌日、王家に嫁ぐ意思のある者は王宮庭園に集まるように、という内容の書面が、各地に掲示されました。王子の妃を立候補させるおつもりのようです。予言に導かれたというより、ご乱心ではないかと、いささか心配になってしまいます。
当然のように、掲示された条件に当てはまる女性が、国内外から押し寄せて来られました。
「リリー、集まる女性達が王家に相応しいかを調べてくれ」
まさかの第三王子ロバート様からのご依頼です。婚約者だったアイリス様が選ばれるようにせよ、ということでしょうか。
「ロバート様、私には難しいです」
「有能な魔女であるキミなら、可能なはずだ。リリーは、なぜ父上がこのようなことを宣言したか、知らないのか?」
「申し訳ございません。さっぱり、わかりません」
素直にそう申し上げると、ロバート様はクスッと笑われました。美しい中性的なお顔に自信を持っておられるのでしょう。策士だとも言われるロバート様は、柔らかな笑みを浮かべれば、私が何でも言うことを聞くとお考えなのでしょうか。
「リリーなら、できるよ。私が説明しよう」
追撃のように向けられる優しい微笑み。そんなことで、私が頷くとでもお考えなのでしょうか。
「かしこまりました」
「ふふっ、ありがとう」
クッ、ロバート様の反則級の笑みのせいで、うっかり、お引き受けしてしまいました。不快ですね。
「リリーは、高い魔力を持っているから、感染病にはかからないだろう?」
「いえ、そんなことはありません。感染したら、すぐに治癒するだけです。私は王宮務めを……」
「そうか。リリーがいるから、私達も感染しないのだな」
なっ!? 真っ直ぐに見つめて、ふわっと微笑むのは、強力な思念攻撃でしょうか。頭がクラクラしてしまいます。ふ、不快ですね。
「数日前に、各地を巡る豊穣の魔術師殿が、王宮に来られたのを知っているか? わが国には、アイドロイド脳症に罹患した者が多数いると指摘された。本人には何の自覚症状もないらしいが、子孫は、人ではない生物になる」
「アイドロイド脳症ですか。アイソマリを好む方に起こる病ですね。脳機能が著しく低下するそうですが」
「あぁ、不治の病だ。発病から時間が経つと、あの植物を媒介として、数百年前に滅んだアイドロイド国の亡霊に取り憑かれるのだからな。王家に入り込まれると、この国が滅ぶことになりかねない。アイソマリを排除したくても、隠れて入手する者をすべて見つけ出すことは不可能だ。リリー、見極めてくれるな?」
ロバート様の表情からは、先程までの笑みは消えていました。不安に揺れる瞳で、私を真っ直ぐに見つめておられます。そんなに見られると、私は溶けてしまいそうです。頬が熱い。ふ、不快ですね。
気づけば、コクリと頷いておりました。なんたる失態。感情を隠すべき魔女が、子供のようにコクコクと……。
「ふふっ、リリーは、いつもかわいいね」
なっ? そ、それは、私が魔女として未熟だということでしょうか。
私は、魔術学校で学んだ『魔女は感情を隠すべき』という教えを、忠実に守ってまいりました。ときどき失敗してしまうのは、ロバート様が、私の心を大きく乱されるためだと思います。やはり、ロバート様は、噂通りの策士なのでしょうか。
◇◇◇
庭園に集まった大勢の女性たち。皆、美しく着飾っておられますが、目はギラギラ、化粧もコッテリ、下心は丸出しのようです。
「まずは、宮廷魔導士により、選別をさせていただく。黒いローブを身につけた者の指示に従ってもらいたい」
宮廷魔導士には私も含まれるはずですが、私は別室にて待機をしております。私のような若輩者に最終選考を任せるとは、とんでもない事態でございます。
『アイツら、何を言うとんねん! あほちゃうか〜』
クッ! こんな時に、もう一人の私が目を覚ましたようです。そう、私には前世の人格が残っていて、それが時々、このように語りかけてきます。非常に不快です。
『不快指数マックスやんな〜。呪われとるアホなんか、簡単に見抜けるやん。せやろ? リリー』
私には、反論する術がございません。一方的に乱暴な言葉が聞こえてくるだけなのです。これは、魔女に共通の悩みでございましょう。高い魔力を持つ者には、前世の記憶がこんな形で現れるそうです。
『呪われとるアホには、パターンがあるんや。アイドロイド国は機械の国やろ? 何が不治の病や。電源を切ってまえば、治るっつーねん』
はぁ、前世の声が何を言っているのか、私には意味がわかりません。機械? 電源? そのような物は、この世界には存在しておりません。
コンコン!
「リリーさん、最終選考に残った貴族のご令嬢を通しますね。貴女は、その一人のフリをしながら、観察してください」
ひぇぇえ! もう、最終選考なのですか? 数ヶ所ある扉から、私が待機していた中庭の見える細長い部屋に、3人の美しい女性が入って来られました。アイリス様らしき方も、残っておられるようですね。
「皆様、こちらで少し休憩なさってください」
執事たちは、私にまで頭を下げています。最終選考者のフリをして、彼女たちの本音を聞き出せばよろしいのでしょうか。素直になる魔法でも使ってみましょうか。
ササッと用意された白い円卓と白い椅子。次々に運ばれてくるお菓子や紅茶。私の分もありそうです。
「まぁ、かわいいクッキーが15枚とタルトが10個。私達は4人なのにね。数を間違えたのかしら? 申し遅れましたわ。私は、レイシェル・アイランドよ」
「ご自由にということでは?」
「そう? クッキーは3枚、タルトは2個なら、食べても構わないわね」
アイランド侯爵家のご令嬢は、計算がお得意のようですね。無くなる前に執事が補充するでしょうから、そのような配慮は不要だと思いますが。
「このような場では、家名を口にするのはやめておきましょう。私は、ルーナよ。せっかくだから、クッキーをいただこうかしら」
ルーナ様は、誰もが知るノーダム公爵家のご令嬢であり、第二王子サクス様の婚約者だった聡明な女性です。普段とは、少し言葉遣いが変わりましたね。
「私は、リリーと申します。皆様とお会いできて光栄ですわ」
私は、一番最後にと考えておりましたが、アイリス様が手帳を見ながら考え事をされていたので、先に自己紹介をいたしました。
「やはり、リリーさんなのね。私は、アイリスですわ。ロバート様とよく話す方のことは、記録を取ってあるのよ」
「アイリス様、ご無沙汰いたしております」
「リリーさんも、一応、貴族でしたわね? この休憩所は、貴族家の令嬢だけに用意されたと聞きましたけど、使用人の子でも、堂々と着席なさるのね」
私は、ぎこちない笑顔になってしまったでしょうか。ですが、アイリス様の冷ややかな眼差しを跳ね返す能力は、私にはございません。
『呪われとるのは、二人やな。あの呪いは、数字と記録に固執するんや』
また、もう一人の私が……。えっ? なぜか私が注目を集めてしまっています。一体、何が?
『ウチが、みんなに念話を聞かせてるからやで。はっきり言うとくけど、不治の病ちゃうし。電源切って、しばらく放っといたら、勝手に治るっちゅーねん』
な、何ということでしょう! まさか、この声が私の前世の人格だとは、知られていませんよね?
『安心しとき。ウチが、リリーの前世やってことは、内緒にしといたるわ』
ちょ、今の声は?
『あっ、全国放送してもたわ。あはは、ま、えーやん。ほなな〜』
と、とんでもない注目を集めてしまったようです。はぁ、もう、ここには居られませんね。
私が立ち上がったとき、数人の近衛騎士が、部屋に入ってきました。私を捕えるつもりでしょうか。
「皆様、入って来られた扉の先へお戻りください。リリーさんは、こちらの扉から出てください」
近衛騎士が指した扉の先には、普段は利用されない裏門へ通じる廊下がございます。私は、意味不明な念話のせいで、追放されてしまうのでしょうか。それも仕方ありませんね。
扉に手をかけると、これで自由になれるかと、少し心が軽くなるように感じます。もう一人の私が、今の私を、窮屈な世界から解放してくれたのかもしれません。
◇◇◇
誰も通らない裏門へ通じる廊下を歩いて行くと、窓の外を眺めている男性の姿が見えてきました。
不覚にも、私の心臓はドキッと大きく跳ねてしまいました。ですが、感情を隠すべき魔女は、去り際も魔女でなければなりません。
「リリー、お疲れ様。リリーの心の声は、随分と変わっているんだね」
「あ、えっと、ロバート様にも聞こえてしまったのですか」
「聞こえたよ。リリーは魔力が高いから、広域に念話を届けることができるんだね。それに不治の病ではないと教えてくれた」
「は、はい。もう一人の私が話すことの意味は、全くわかりませんが……」
「大丈夫だ。魔導師殿には、理解できたみたいだ。アイソマリがなく、亡霊が入れない聖なる場所に隔離すれば良い、と言われたよ。これから隔離場所を作ってくださるそうだ」
「魔導師様は、王宮におられたのですね」
「いや、念話が届いたんだ。だから父上が許してくださった」
反則級の優しい笑みに、うるっとしてしまいますが、ここは耐えねばなりません。ロバート様は、何か話したいことがあって、ここで待ってくださっていたようです。別れのお言葉でしょうか。私は、凛とした魔女として、これまでのお礼を伝えるべきですね。おそらく裏門には、私を追放するための兵が待っているでしょうから。
「国王陛下は、何をお許しになったのですか?」
私の質問がおかしかったのでしょうか。ロバート様は、クスッと笑われました。お話をするのも、これが最後になるでしょう。ロバート様の楽しそうなお顔を見られなくなると思うと、涙が出そうになります。ですが、耐えねばなりません。
「父上は、私の相手は好きな人を選べばいいと、許してくださったんだよ。私が生まれる前に勝手に決められたことは、気にしなくて良いとね」
「まぁ! では、アイリス様と……」
「なぜ、彼女の名前が出てくるんだ?」
「ロバート様は、アイリス様と婚約なさってましたし、不治の病でないなら、アイリス様との……」
えっ!? 今、私の唇には、ロバート様の人差し指が触れています。しゃべりすぎたのでしょうか。
「私が好きなのは、リリーだよ。魔女らしくないキミをからかっているうちに、どんどん惹かれていったんだ」
「ええっ!? わ、わた、私?」
「ふふっ、やっぱり、リリーはかわいいね。キミを二番目の妻にすることは、以前から父上に許可をもらっていたんだけどね。私は、リリーだけでいいんだ」
「はひ?」
「使いの者がファルマ伯爵に申し入れをした時、彼は慌てていたようだよ。リリーは、家名を名乗らせてもらえてなかったんだね」
「あ、それで……」
「私と婚約してくれるかな? いきなり結婚でもいいんだけど?」
私は、何も言葉が出てきません。ただ、子供のようにコクコクと頷くばかりです。不快です。感情を隠すべき魔女である私が……。
「ふふっ、良かった。これでも緊張したんだよ?」
そう言って、ふわっと抱きしめられたロバート様の胸の鼓動は、私と同じくらい、トクトクトクと速く聞こえました。不快ですね。
きっと、いえ、絶対に私の方が好きなのに、同じ速さだなんて、どういうことでしょうか。
こんなに顔が熱くて、こんなにロバート様が温かくて、どうしたらいいかわからなくて……ふ、ふかっ、不快です〜っ!
皆様、本作を見つけて最後まで読んでいただき、ありがとうございます♪
作中では触れませんでしたが、ルーナ様は、無事に、第二王子サクス様の婚約者に戻られたようです。




