「君では代わりになれない」と言われたので婚約破棄をしたら、相手が公開処刑されてしまいました。
霧雨が降っているそんな昼下がり、
レティリーヌ・バラン公爵令嬢は見てしまった。
自分の婚約者ブランド・アシェル公爵が、泣きじゃくる見知らぬ女性を抱き締めているのを。
ブランド・アシェル公爵は、28歳。若くして公爵位を継いだ金髪美男だ。
レティリーヌ・バラン公爵令嬢は18歳。茶の髪の容姿も普通の令嬢である。レティリーヌがアシェル公爵家に嫁ぐことになっている。互いに婚約者であった期間は3年間。もうすぐ結婚を控えていた。
それなのに、金髪のか弱そうな女性を王宮の廊下で、ブランドは抱き締めていたのだ。
それも泣きじゃくる女性を。
彼は女性の背を優しく撫でながら、何か話しかけているようだ。
表情は心配そうな顔をして。
そんなに感情を出せる人だったの?
あの人はいつも、わたくしの前で表情を全く崩さないじゃないの。
どうしてなんで?あんな顔をしているの。
女性の姿は背中からしか、こちらからは見えない。
でも、何かがレティリーヌの中で崩れていくそんな気がした。
ブランドは、マーガレット・マルディ公爵令嬢と婚約を結んでいたのだ。
だが、10年前、この王国のジュテル王太子に、マーガレットを盗られたのだ。
ブランドとマーガレットは熱愛カップルとして有名だった。
二人の仲の良さは、有名だったのだ。
それなのに、そこへ割って入って来たのが、ジュテル王太子である。
彼は父である国王を動かし、ブランドとの婚約を解消させて。
マーガレットと婚約を強引に結んだ。
ブランドは嘆き悲しみ、心を閉ざして、社交界にも姿を見せなかった。
マーガレットが王太子妃になった後も、父が亡くなり、爵位を継いだ後も、結婚しようとしなかった。
それをブランドは両親が亡くなっていて祖父母が健在だったので、祖母が強引に話を進めて、三年前にレティリーヌと婚約を結んだのである。
しかし、ブランドの心はいつもここにあらずで。
レティリーヌと婚約者の交流で会ったとしても、話は弾まない。
表情もいつも変わらない。
まるで砂を噛むようなそんな、感じの交流で。
両親の命令でブランドと婚約を結んだレティリーヌもうんざりした。
婚約の話があった時は嬉しかったのだ。
ブランドは綺麗な顔をしていたから。
アシェル公爵家は名門だから、バラン公爵家の娘として相応しい嫁ぎ先。
そう思えたのだ。
ブランドは会っても、心がどこにあるのか解らない。
話もまったく弾まない。
きっと、ブランドの心はまだ、マーガレット王太子妃の元にあるのだろう。
そう思って、レティリーヌは悲しくなった。
ブランドにある日、聞いてみる。
「貴方はわたくしを見ておりますか?わたくし達は夫婦になるのですわ」
ブランドは、
「ああ、君が私の妻になるのだったね。よろしく頼むよ」
「なるのだったねって‥‥‥」
「あの人は、深紅のドレスが好きだった‥‥あの人は青い空が好きだった。あの人は‥‥‥」
そう、マーガレット王太子妃の事を思い出すのか。
遠くを見て呟くのだ。
悲しそうな様子ではなく、無表情で。
わたくしはここにいるのよ。
わたくしの方を見てよ。
結婚するのはわたくしなのよ。
この婚約を解消したい。
でも、両親は乗り気である。
解消なんて出来る訳がない。
悲しかった。どうしたらよいか解らなかった。
王宮で華やかな国王陛下の誕生日を祝う夜会があると聞いて、ブランドに会った時に思い切って聞いてみた。
「わたくし、今度の夜会に出席したいのです。エスコートをして下さいませんか」
「深紅のドレスを着るがいい。髪を結い上げて、ああ、君は茶色の髪だったね。あの人は華やかな金髪なのに。マーガレット様のように華やかだったらエスコートしてやったのに」
と興味なさそうな感じで、了承して貰えなかった。
わたくしだって、夜会に出たいのよ。貴方、ちっともエスコートして下さらない。
そういつもそう‥‥‥エスコートして下さらない。
だから思い切って言ってみたの。
あの華やかな夜会に出席したいって。
深紅のドレスを着ろだって???
嫌よ。
深紅は嫌‥‥‥
マーガレット様の好きな色だから。
貴方はマーガレット様しか見ていないの?
ブランドがぽつりとつぶやいた。
「君ではマーガレット様の代わりにはなれない」
悲しかった。
心が一つ、一つ、死んでいく。
そんな気がした。
とある日、王宮に用事があって出かけた。
霧雨が降るそんな日の昼下がり、王宮の廊下で見たのだ。
見知らぬ女性を抱き締めて、あやすように、心配そうに見つめているブランドを。
相手はマーガレット王太子妃ではない。
まるで知らない女性だ。
あんな表情見たことがない。
わたくしと話していてもマーガレット様のことばかり、心、ここにあらずだったのに。
あの女は誰?
あの人が本命だったの?
レティリーヌが立ち尽くしていると、背後にマーガレット王太子妃が立っていて驚いた。
金髪でとても華やかなマーガレット王太子妃。
マーガレット王太子妃は、レティリーヌに、
「可哀そうな貴方。あの人の心は貴方にはないのね。あの人はいつもわたくしの事を思っているって聞いているわ。ずっとずっと愛されなくて可哀そう。本当にお気の毒様」
「お、王太子妃様。でも、ブランド様はわたくしの婚約者です。いつか心が通じれば」
「貴方、優しい言葉をかけてもらったことがあるかしら。あの人はほら、自分の妹にだってあのように、優しく接しているわ」
「妹?」
「あの女性はマリーア。最近、アシェル公爵家に引き取られた庶子だそうよ。やはり自分の妹は可愛いですものね」
マーガレット王太子妃は微笑んで、
「ブランドは本来なら感情とても豊かよ。婚約者時代、わたくしと色々な話をしたわ。
それなのに、今はどうなのかしら。聞いた話によると、貴方とは冷たい関係だと。愛されていないんだわ。本当に可哀そうに。可哀そうな貴方。一生、愛されなくて過ごすのね」
愛されていない。
やけに強調してくるマーガレット王太子妃。
ああ、この人はまだブランドを愛しているんだわ。
確かに、ブランドはわたくしに対して、冷たくて心がここにあらずという感じで、酷い男だといつも思っているけれども。
だからって、マーガレット王太子妃にこのような事を言われる筋合いはないわ。
「ブランド様と結婚までまだ日があります。きっとあの人は変わって下さいますわ」
「さぁ、どうなんでしょう。あの人は、夜会にくるたびに、わたくしの方を熱い視線で見て下さるわ。貴方は知らないでしょうけれども。あの人、一人で夜会に来て、じっとわたくしを見ているの。だから、わたくしはあの人の好きな深紅のドレスを着て、微笑んであげるわ。ただ、わたくしは王太子殿下のエスコートで出席するから、相手はしてあげられないの。あの人の心を思うと悲しくて。でも、これも仕方ないわね。ジュテル王太子殿下に望まれてしまったのですもの」
深紅のドレスっ。あの人が呟いていた言葉だわ。
あああ、悔しい。とても悔しいっ。
わたくしは一生、この想いを抱えて生きなければならないの???
翌週、交流の為に、アシェル公爵家に出かけたら、マリーアという女性を紹介された。
この間、ブランドの胸で泣いていたあの女性だ。
「私の妹に当たるマリーアだ。最近、妹だと判明した。よろしく頼む」
そう言われた。
マリーアはにこやかに、
「マリーアです。よろしくお願いしますね」
「レティリーヌ・バランですわ。こちらこそよろしくお願い致します」
マリーアはブランドの隣に座ろうとして、慌てて、
「婚約者の交流に私がいるとお邪魔ですよね。でも、私、レティリーヌ様とお話がしてみたくて。お話していいですか?」
「ええ、構わなくてよ」
マリーアはレティリーヌの隣に椅子を持ってきて。
「わぁ、公爵家の令嬢って、生まれも育ちも高貴なだけあって、本当にお綺麗ですね。私は、市井でついこの間まで育って。母が亡くなってどうしたらいいか解らなくて。父が残したという手紙を頼りに、王宮へ行ってお兄様にっ。お兄様が引き取ってくれるって言ってくれたから。私は死ななくて済んだのです。本当に感謝しているんですよ。この間なんて嬉しくて泣いてしまって」
ブランドは首を振って、
「いや、妹なのだからうちで面倒を見るのは当然だろう」
泣いていた理由は解ったけれども‥‥‥
まただ。また、ブランドは優しい眼差しでマリーアを見ている。
自分には関心すら寄せないくせに。
耐えられなかった。
どうしてなんで?
いいえ。この人は、今でもマーガレット王太子妃を愛しているんだわ。
身内である妹マリーアには、関心を持っていて、身内としての愛情を持っているけれども、わたくしは他人だから?わたくしに愛情を持つのは、マーガレット様への裏切りだと思っているの。
耐えられなかった。
だから、立ち上がって。
「帰りますわ」
そしてはっきり言ってやった。
「一生、マーガレット様を思って生きて下さいませ。わたくしはマーガレット様に踏みつけられて、愛のない結婚生活を送るつもりはありません。え?我が父母が反対するだろうって?わたくしが嫌なのです。わたくしはわたくしをちゃんと扱って下さる方と結婚しますわ。さようなら。失礼致します」
ブランドとマリーアがあっけに取られたような顔をした。
マリーアがブランドを睨みつけた。
「お兄様。お兄様は何をやらかしたんです?レティリーヌ様にかなり失礼な態度をとっていたのではないでしょうね?」
ブランドは、
「私はレティリーヌを愛していない。私が愛しているのはマーガレット様だ。今も思いだすのはマーガレット様。マーガレット様への裏切りになるだろう?」
「お兄様。お兄様の婚約者は誰ですか?お兄様が結婚なさるのはどなたですか?」
「レティリーヌだ。それ位、解っている」
「それを??レティリーヌ様に失礼ではないの?」
嬉しかった。マリーアが自分に代わって怒ってくれたのだ。
ずっと言いたかった。ずっとずっと言いたかった。
ブランドは、
「でも、私の心は死んだのだ。マーガレットと引き離されて心は死んでしまったのだ。
婚約したのだから結婚するだろう。ただそれだけだ」
「お兄様は女心を解っていないわ。かなり失礼だわーーー」
マリーアが謝って来た。
「ごめんなさい。失礼な事をっ」
ブランドがマリーアに、
「お前は我が公爵家に引き取ってやったんだ。少しは私に遠慮して物を言え」
「でも、失礼すぎるでしょ」
レティリーヌは、
「ええ、失礼過ぎますわね。わたくしに対して。わたくしの心が許さないのです。貴方を。ええ、婚約破棄して差し上げますわ。両親が反対しようとも、婚約破棄致します」
背を向けて、アシェル公爵家を後にした。
馬車の中で、そうは言ったけれども、両親がどう出るだろう。憂鬱になった。
家に戻って両親のバラン公爵夫妻と兄に報告した。
父は、
「これは政略だぞ。相手は名門アシェル公爵家だ。仮面夫婦でもなんでも、結婚すればよい」
母も頷いて、
「この縁を逃せば、ろくな結婚相手は残っていないのよ。我慢しなさい」
兄ラウドが両親に向かって、
「いくら名門だからと妹を馬鹿にしております。そうでしょう?確かに、ブランドとマーガレット二人はジュテル王太子殿下に引き離された。悲劇のカップルとして昔は騒がれた。だが、過去は過去。それをいつまでも引きずって、レティリーヌを傷つける事は別だ。婚約破棄をしましょう。慰謝料をたっぷりと貰いましょう。向こうからレティリーヌにプレゼントだって貰ったことはないじゃないですか。こちらは贈っているというのに。夜会だってエスコートすらしない。婚約者として馬鹿にしています。しっかりと婚約破棄を致しましょう」
兄が味方になってくれた。
凄く嬉しかった。
両親と兄を連れて、アシェル公爵家に再び出向いた。
翌日の事である。
両親はあてにならないので、ラウドが交渉してくれた。
「レティリーヌに対して、婚約者としてプレゼントを寄越さない。交流の場でも、まともに相手もしない。我が公爵家は、愛を大事にする公爵家です。愛を大事にしない貴方のところへ妹を嫁がせる訳にはいきません」
ラウドがとんでもない事を言って、慌ててしまったレティリーヌ。
愛を大事にする公爵家?初めて聞いたわ。
頭に来ていたから、ブランドにはっきり言ってやった。
「兄の言う通りですわ。わたくしは愛ある家庭を築きたいのです。ですから、わたくしをないがしろにした貴方を婚約破棄致しますわ」
ブランドが口を開く前に、マリーアが、
「かしこまりました。この婚約破棄受けてたちましょう」
ブランドが慌てたように、
「私の家は名門だ。名門アシェル公爵夫人になれるのだぞ。そこに愛なんぞ必要ないだろう。私の愛はマーガレット様に捧げている」
レティリーヌは、
「だったら、その愛を一生、マーガレット様に捧げて生きて下さいませ。それが貴方の生き方なら尊重致しますわ。ただ、わたくしは貴方の生き方に合わせる道理もありません。ですから婚約破棄致します」
マリーアが頭を下げて、
「この婚約破棄承りました。慰謝料をたっぷり兄に請求して下さいませ」
ブランドは、
「私は承知した覚えはない。私が公爵だぞ」
マリーアは、
「慰謝料は痛いでしょうけれども、マーガレット様に一生を捧げられるのなら安いものです。お兄様」
ブランドは黙った。
こうして、婚約破棄は成立した。
あれから時が過ぎた。
ラウドが紹介してくれたマルド商会で働いている。
バラン公爵家が経営するアクセサリー商会だ。
そこの会長となって、レティリーヌは仕事に生きる事にした。
家から出て、働く日々はとても大変だけれども楽しい。
マリーアが秘書となって、手助けしてくれる。
レティリーヌは行き場の無くなったマリーアを助ける事になった。
それは‥‥‥
ブランドが処刑されたのだ。
マーガレット王太子妃と共に。
マーガレット王太子妃に子が産まれた。
その子がジュテル王太子に似ても似つかぬ子だったからだ。
この王国では、公開処刑に当たる罪。
だから二人は公開処刑された。
しっかりと二人が処刑される様をレティリーヌは見に行った。
二人は暴れる様子もなく、目隠しをされて、処刑台に連れて行く。
群衆たちがどよめいた。
「いくら悲劇のカップルだからって、王太子殿下を裏切るとはな」
「これは酷いだろう。死んで当たり前だ」
「石を投げろ。石をっ」
二人に向かって群衆たちは石を投げつける。
二人は俯いて、痛みに耐えているようだった。
苦しいでしょう。痛いでしょう。
そうまでして、愛を貫きたかったの?
愛の結末をしっかりと見届けなくては。
わたくしは‥‥‥
一人、一人、処刑台へと処刑が執行される。
首が落ちる瞬間、ブランドの唇がわずかに動いた気がした。
最後に何を言おうとしたのだろう。
最後に何を‥‥‥
首が落とされる様を、レティリーヌはしっかりと瞼に焼き付けた。
真実の愛を貫いたのだから、満足でしょうね。二人とも。
マーガレット様は愛されなくて可哀そうと言ったけれども、わたくしは愛されても、処刑されるなんてごめんだわ。今は仕事に生きているから幸せ。
さようなら、ブランド様。
愛を貫けて良かったですわね。
涙がこぼれる。
本当によかった?
本当はわたくしを見て欲しかった。
わたくしと楽しく交流して欲しかったの。
愛して欲しかった。
貴方と夫婦になりたかった。
あんなにわたくしを見てくれなかった貴方。
でも、わたくしは貴方に見て貰いたかった。
愛して貰いたかったのだわ。
だから、アシェル公爵家が無くなって、行き場が無くなったマリーアを引き取った。
彼女は私に味方してくれた。
だから今度は私がマリーアを助けるの。
マリーアは感謝をして、
「私、一生懸命、働きます。レティリーヌ様の為に役に立ちます」
そう言って抱き着いて、涙を流して泣いた。
背を優しく撫でながら、ふと、レティリーヌは思いだした。
ブランドがマリーアの背を優しく撫でながら、慰めていたあの光景を。
思いだしながら、涙を流すレティリーヌであった。




