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二章 風邪で弱ってただけ!…ってことにしてください。

 とある日の夕刻、たくさんの足音が重なった。


「母さん来たよーっ!演習で腹減った!」

「母上、会議の件を食後に…」

「…母さま、新しい陣、見てほしいです」

「お母様!お手伝いしますわ!」

「ママ、エプロンのリボン結び直してあげる!」


「はいはい、全員一度黙ってね。

どうして、当然のようにみんな来てるの?

……親離れって言葉、知ってる?」


「知ってる!」

「でも実行はしない!」


「もう……」


 皆を座らせてひと息ついたところで奥の扉が開いた。


「やあ、席は残ってる?」


 セドリックが当然のように私の隣へ腰を下ろす。肘がかすかに触れた。


「うわっ殿下!」

ジャックが眉をひそめる。

「母上は静養中ですよ」

コンラッドは冷ややかに言う。

「お母様の隣は不可侵領域って何回言ったら分かりますの!」

エレナが指を刺して叫ぶ。

「殿下まだママの事狙ってるの?」

ルリアが目を細める。

「……はあ、殿下が来ると騒がしい」

カイルもぼそっと付け加えた。


「王命により滞在中だよ。それに、師の隣は弟子の特権でしょう?」

とセドリック。


「特権なんて制定してないわよ」

「今、施行しました」

「勝手に法を増やさないで」


 スープの湯気。パンを裂く音。家族の声。


「母上の味付けは王都より繊細です」

「母さんのシチューが世界一!」

「母さま、デザート食べる?」

「ちゃんと食べてねお母様」

「これママのお水ね!」


「ありがとう……でもね、そろそろほんとに親離れをしなければ――」


「無理!」


「はあ……もう」


 横でセドリックがその様子を見て笑う。

「アウラは――本当にいつも可愛いね」


 空気がぴしりと固まった。


「…殿下、いくらなんでもそのお戯れは…」

「母さんをからかうな!」

「お母様が可愛いのは当たり前よ!」

「ママはわたしのもの!」

「……さいてい」


「本心だよ」


 (……そんなに見つめられると)

 胸が、ふっと跳ねる。


 ズキンッッ


 殴られたような痛みに、思わず眉間が寄った。


「母上!?」「母さん!」「母さま!」「お母様!」「ママ!」

「落ち着いて。――呪いが反応した?」

セドリックの声は静かに硬い。


「やっぱり殿下は出禁にしようよ!」

「母上に何かあったら…」

「昔っからお母様に馴れ馴れしいわ」

「…ママに何かあったら殿下でも…」

「……魔法で縛る?」


「もお!全員座って!」

私は手を叩く。

「別に、大丈夫よ。ほら覚めちゃう、でしょ…、」


 言いながら立ち上がった瞬間、視界が傾いた。

 熱い。そして寒気。

(……寝不足?いや、風邪?)


「母上?」

コンラッドの声が近づくより早く、背に腕が回った。


「…落ち着いて」


 セドリックの声が耳の近くで低く響く。体温に力が抜けた。


「だいじょ……ぶ、すこし、めまいが」


 言い切る前に世界が滑る。

 椅子の脚が床を鳴らす音。


 抱き上げられた。


 胸板の硬さ、布の感触、心臓の鼓動。


脳が遅れて状況を理解したころには、私の体はもうセドリックの腕の中だった。


「おい、殿下!」「母上を下ろしなさい」「お母様はここに――」「ママはわたしの——」「母さま!」


 騒ぎが上がる。

 見上げたセドリックはいつもの飄々とした笑みは消えている。琥珀色の瞳が鋼色に冷え切っている。


「――下がれ」


 空気が凍る。

「…君たちの母の前に彼女はか弱い女性だ」


 場の時が止まり、皆が息を呑む。

「親離れしろ、そう年の変わらない彼女に頼り切りでどうするんだ」


 沈黙。破ったのはまたセドリックの声だった。


「ジャック、水を汲んできて。カイルはアウラがいつも使っている風邪薬を。エレナは着替え、ルリアはお湯を沸かして。――コンラッド、は、あー、泣くな、アウラが心配するから」


 的確な指示で子供たちが散り、私は抱えられたセドリックの腕の強さに何故か安心した。


(……弱っているんだわ、それだけよ)


 廊下を進み私室の扉が開く。

 セドリックは私をベッドにそっと下ろし、布団をかけ、額に背の甲を当て、熱をみた。


「熱が上がってる。おそらく、風邪だね。心当たりは?」


「……すこし、考えごとを……だいじょうぶ、だから……」


「…君は、いつも大丈夫ばかりだな」

 低く、短く。

手のひらが私の額から身体へ滑り、治癒の光の温かさがゆっくり降ってくる。


「…セドリック、そんな、泣きそうな顔しないで」


 彼の手が一瞬、止まる。

 睫毛がわずかに震え、顔が近づいた。潤んだ私の瞳をじっと見る。声がいつもよりかすかに掠れていた。


「……君が絡むと、私はどうもおかしくなる」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「頼むから――少しは、頼ってよ」


 胸の奥が痛み、同時に温かくなった。


(……やめて。そんな言い方、ずるい)


「努力はするわ。……でも、あの子たちの母だから」


「…私は君の子供ではないよ」

 その言い方は、拗ねた子供のようだった。


 扉の向こうで子供たちの小声が重なる。


「母上は?」「母さん、どう?」「母さま……」「お母様……」「ママ……」

 セドリックが扉へ歩み、短く告げる。


「風邪だよ。今夜は私が看るから、寝なさい」


やいやい言う騒ぎ声をセドリックが追いやっている。

「……貴方って私の、なんなのよ……」

私は枕に顔を半分埋め呟いた。


(……私はただの幼馴染で、ただ護身魔法を教えた、だけよ)


 戻ってきたセドリックが椅子を引き、ベッド脇に腰かけた。

 やさしい触れ方で目を瞑らされる。


「……おやすみ、アウラ」


「……ここにいるつもりなの」


「…王命だからね」


「そう……起きても、いる?」


「…いる」


 目を閉じる。弱っているんだわ、と心の中で繰り返す。

 額に残る熱は風邪のせいだけではない気もした。

 

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