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キーウの盾

作者: Xsara

第1章:夜空の咆哮

2025年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から3年目の夜。キーウの空は凍てつく寒さと、遠くで響く爆音に支配されていた。ヴィタリー・ホロドニツキー大尉は、107防空隊の指揮所である古びたコンクリートの掩蔽壕に陣取り、暗闇に浮かぶモニターを見つめていた。画面には、赤い点がキーウの郊外に接近する警告が点滅している。ロシアの自爆ドローンだ。

「全隊、配置につけ!」ヴィタリーの声が無線越しに響く。107防空隊の隊員たちは、凍りつく夜気の中、旧式のZPU-4対空機関砲の周りに散らばった。ソビエト時代に設計されたこの装備は、現代の戦争では時代遅れもいいところだ。だが、キーウに迫るイラン製シャヘド136やその改良型に対する最後の防衛線として、107防空隊はこれに頼るしかなかった。

ヴィタリーは30歳の若さで大尉に昇進した。戦争が始まる前は、キーウの大学で航空工学を教えていたが、侵攻初日に志願して軍に身を投じた。107防空隊は、彼のような志願兵や、各地からかき集められた新兵で急造された部隊だ。訓練は不十分、装備は旧式、だが彼らの士気だけは燃えていた。

「目標、方位270、距離15キロ!」観測手の叫び声が掩蔽壕に響く。ヴィタリーは双眼鏡を手に屋上へ駆け上がった。夜空には、星の光を遮るように黒い影が低空で蠢いている。ドローンのエンジン音が、まるで死神の羽音のように近づいてくる。

「撃て!」ヴィタリーの号令一下、対空機関砲が火を噴いた。闇を切り裂く曳光弾の軌跡が、ドローンを追う。1機が炎に包まれて墜落するが、別の1機が旋回し、キーウ中心部の高層ビル群へ向かう。「追え! 絶対に市内に進入させるな!」ヴィタリーの声は怒りに震えていた。



第2章:急造の家族

夜が明けると、107防空隊の隊員たちは疲れ切った顔で掩蔽壕に戻ってきた。昨夜の戦闘で、3機のドローンを撃墜したが、1機が市内に到達し、住宅地に着弾。死傷者の数はまだ報告されていない。ヴィタリーは無線機を握りしめ、被害状況の報告を待った。胸の奥で、やりきれない怒りと無力感が渦巻く。

隊員の一人、19歳のオレーナが、コーヒーの入ったマグカップを差し出す。「大尉、飲んでください。顔色がひどいです」彼女は戦争前に高校生だったが、家族を空爆で失い、復讐を誓って志願した。ヴィタリーは彼女を妹のように思っていた。

「ありがとう、オレーナ。でも、俺が休んでる暇はない」ヴィタリーは苦笑し、コーヒーを一気に飲み干した。「次の波が来る前に、機関砲の整備を急がせろ。あと、弾薬の在庫を確認しろ」

107防空隊は、戦争の長期化で補給が滞る中、限られた資源で戦い続けていた。弾薬は底をつきかけ、部品の故障も頻発。ヴィタリーはキーウの地下工場から回収したスクラップを再利用し、隊員たちと夜通しで修理に励んだ。彼らは単なる部隊ではなく、共に生き抜く家族だった。

その夜、ヴィタリーは掩蔽壕の片隅で、オレーナが書いた日記を見つけた。そこにはこう綴られていた。「私たちの大尉は、いつも先頭に立つ。でも、彼の目には疲れが見える。彼が倒れたら、私たちはどうなるの?」

ヴィタリーは日記を閉じ、胸に手を当てた。「倒れるわけにはいかない」と自分に言い聞かせる。だが、心の奥では、戦争が終わる日が来るのか、疑念が芽生えていた。



第3章:最後の盾

3月に入り、ロシア軍のドローン攻撃はさらに激化した。キーウの電力網を破壊し、市民の士気を挫くのが狙いだ。107防空隊は連夜の戦闘で疲弊していたが、ヴィタリーは隊員たちを鼓舞し続けた。「我々がここで倒れれば、キーウは無防備になる。俺たちは最後の盾だ!」

3月10日の夜、過去最大規模のドローン群がキーウに迫った。モニターには、20機以上の赤い点が点滅している。ヴィタリーは全隊に総力戦を命じた。掩蔽壕の外では、対空機関砲の轟音が夜を切り裂く。だが、ドローンの数が多すぎる。1機が防衛網を突破し、キーウの病院に向かって突進する。

「オレーナ、そいつを追え!」ヴィタリーは叫び、自身もトラックに飛び乗って追跡を開始。オレーナの操る機関砲が火を噴き、ドローンを辛うじて撃墜したが、爆発の衝撃波でトラックが横転。ヴィタリーは瓦礫の下に埋もれた。

意識が遠のく中、ヴィタリーは隊員たちの声を聞いた。「大尉! 持ちこたえてください!」オレーナの泣き声が響く。ヴィタリーは力を振り絞り、瓦礫を押しのけて立ち上がった。「まだ…終わってない…」



終章:夜明けの希望

ヴィタリーは重傷を負いながらも、107防空隊を率いてその夜の戦闘を生き延びた。キーウは被害を受けたが、市民たちは瓦礫の中から立ち上がり、再び抵抗を続けた。ヴィタリーは病院のベッドで、オレーナから一通の手紙を受け取った。

「大尉、あなたは私たちの希望です。あなたがいる限り、キーウは落ちません」

ヴィタリーは手紙を握りしめ、窓の外を見た。夜空には、星が静かに輝いていた。戦争はまだ終わらない。だが、彼は確信していた。107防空隊は、キーウの盾として、最後まで戦い抜くと。



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