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第09話_ラッキースケベ術師と伝説の剣

「うりゃあ!」


リーザの木刀が空を切る。道場の稽古場で、修行者たちが再び剣術の鍛錬に励んでいた。バジリスクの事件から一週間が経ち、賢者モードの石の効果が切れたことによる修行者たちの「煩悩過多」状態も少しずつ落ち着いてきたようだ。


俺は稽古場の端で、リーザの動きを見つめていた。流れるような動作、無駄のない足さばき。彼女の剣術は実に美しい。


「よいぞ、リーザ!」


師匠が満足げに頷いた。彼もまた、あの狂騒状態から正気を取り戻していた。


「幸運さん、あなたも練習してみる?」


エリザベスが声をかけてきた。彼女は魔法の練習をしながらも、俺の様子を気にかけているようだった。


「いや、俺は魔法の方が…」


「魔法も大事だが、術師でも護身用に剣術を学んでおくとよいぞ」


師匠が俺に近づいてきた。彼の目はどこか懐かしむような光を湛えている。


「そういえば…」


師匠が稽古を中断するよう手で合図した。修行者たちが手を止め、彼の方を向く。


「あの日、幸運殿が賢者モードの石に触れた時の剣さばきを覚えているか?」


修行者たちが口々に「ああ」「あれは凄かった」と答える。


「あれは百年に一人の天才レベルだった」


師匠の言葉に、リーザとエリザベスが俺を見た。


「本当に何もなかったことにするつもりなの?」リーザが小声で言う。


「何を?」


「あの時のあなた…全く別人だったわ。まるで本物の…」


「勇者、ですか?」エリザベスが言葉を継いだ。


俺は黙って肩をすくめた。あの時の記憶は断片的で、自分が何をしたのか完全には思い出せない。剣を握った感覚、魔法を唱えた時の高揚感、そんな断片的な記憶だけが残っている。


「幸運殿、私室に来てくれないか。話がある」


師匠の言葉に、俺は少し驚いた。しかし、素直に頷き、後に続いた。リーザとエリザベスも同行するよう、師匠に招かれた。


---


師匠の私室は質素だった。壁には古い巻物と剣の飾りがいくつか掛けられている。師匠は小さな棚から古ぼけた書物を取り出した。


「私はこれまで多くの剣士を見てきた。だが、あの日の幸運殿の剣さばきは特別だった」


師匠は書物をゆっくりと開き、黄ばんだページを捲る。


「伝説の勇者の記録だ」


三人は息を呑んだ。


「実は…私は伝説の勇者の剣の存在を知っている」


「勇者の剣?」俺は思わず声を上げた。


「北の山岳地帯、古代の神殿に祀られているという。真の勇者のみが抜くことができる剣だと伝えられている」


師匠がページを指さす。そこには古代文字で何かが書かれ、剣のイラストが描かれていた。


「もし幸運殿が本当に前世で勇者だったのなら、その剣を手にすることで記憶が蘇るかもしれん」


師匠の言葉に、俺の胸が高鳴った。前世の記憶を取り戻す手がかり…。


「そういえば…」


師匠がふと何かを思い出したように表情を変えた。


「もう一つ、伝説の剣がある」


「もう一つ?」


「伝説のラッキースケベの剣だ」


一瞬の静寂が訪れた。


「何だそれ!!?」


リーザとエリザベスが同時にツッコミを入れた。


「冗談でしょう?」リーザが半信半疑で尋ねる。


師匠は真面目な顔で首を横に振った。


「南の湖の中央にある小さな島の祠に祀られている。触れた者の運命を劇的に変える、奇妙な力を持つ剣だと言われている」


「そんな怪しい剣、本当にあるの?」エリザベスが疑わしげに尋ねた。


「正真正銘、両方とも実在する伝説の剣だ」


師匠は断言した。その真剣な表情に、三人は反論できなかった。


「どちらも遠く離れた場所にある。同時に取りに行くことは難しいだろう」


師匠の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。


「自分の本質を見極めるために、どちらかを選ぶ必要があるな」


俺は腕を組んで考え込んだ。本当の自分はどちらなのか。勇者なのか、それともラッキースケベ術師なのか。


「私としては…」リーザが言葉を切り出した。


彼女の目には、意外にも決意の色が浮かんでいた。


「ラッキースケベの剣を探すべきだと思う」


「えっ?」


俺とエリザベスは驚いて彼女を見た。


「あの時の賢者モードみたいな姿、あれから一度も見せていないじゃない」


リーザは肩をすくめた。


「あれ、もしかすると見間違いだったのかもしれないわ。でも、あなたのラッキースケベな体質は明らかだし…」


「なるほど…」


エリザベスも頷いた。


「確かに、日常的に見せているのはラッキースケベの方ですね」


「おい、俺だって…」


反論しようとしたが、二人の目は真剣だった。


「ねえ師匠、どう思いますか?」エリザベスが尋ねた。


師匠は静かに目を閉じた。


「どちらも幸運殿の一部かもしれん。だが、まずは自分自身が何者かを見極めることだ」


「どうやって?」


「それは幸運殿自身が見つける必要がある」


師匠は立ち上がった。


「今日はもう遅い。温泉で体を休め、明日決断するといい」


「温泉?」


「そうだ、この道場の敷地内に小さな温泉がある。修行の疲れを癒すにはうってつけだ」


温泉という言葉に、俺の中の何かが反応した。


---


「ああ、気持ちいい…」


エリザベスの声が湯気の向こうから聞こえる。女湯の中で、彼女とリーザは肩まで湯に浸かっていた。岩で仕切られた向こう側には男湯があり、俺と師匠、それに数人の修行者が入っている。


「ねえ、本当にラッキースケベの剣に向かうべきだと思う?」


エリザベスはリーザに尋ねた。


「正直、わからない…」


リーザは湯に顔を半分沈めながら答えた。


「でも、今の幸運を見てると、ラッキースケベの方がしっくりくるのよね」


「確かに…」


二人は静かに笑った。


「もし本当に勇者だったとしても、今の彼にはそれを引き出す何かが必要なのかもしれないわ」


エリザベスが湯から立ち上がり、濡れた髪を手で絞った。


---


男湯では、俺が一人で考え込んでいた。他の修行者たちは既に上がり、師匠も先に部屋に戻ったと言って出て行った。


「俺は何者なんだ…」


手のひらを見つめる。この手で剣を振るい、魔法を使った記憶。だが、それは断片的で、夢のようだ。一方で、「ラッキースケベ」の能力は日常的に発動する。


「確かめる方法はあるはずだ…」


ふと、頭に閃きが走った。


「そうだ…ラッキースケベなら、女湯を覗いても成功するはず…」


俺はニヤリと笑った。これは単なる覗きではない。自分の本質を確かめる実験だ。そう自分に言い聞かせ、湯から上がった。


岩の仕切りにある小さな隙間に向かって、慎重に近づく。


「俺がラッキースケベなら、必ず成功するはず…」


心臓が高鳴る。隙間に目を近づけた瞬間、不思議なことが起きた。


湯気の向こうにリーザとエリザベスの姿が見えるはずだったが、一瞬、眩い光が目に飛び込んできた。


「なっ…」


金色に輝く剣の幻影。まるで勇者の剣が目の前に浮かび上がったかのようだ。


「なぜこんな時に…」


混乱する俺の背後で、声がした。


「何してるの?」


振り返ると、湯上りのリーザが湯冷めを防ぐために羽織った浴衣姿で立っていた。その表情は徐々に怒りに変わっていく。


「まさか、覗き!?」


「違う!これは実験だ!俺が本当にラッキースケベかどうか確かめようと…」


「言い訳!」


「違う、聞いてくれ!今、勇者の剣の幻影が見えたんだ!俺は勇者でありスケベだ!両方の要素を持つ存在なんだ!」


俺の必死の訴えも空しく、リーザの怒りは頂点に達していた。


「この変態!」


彼女の鉄拳が俺の頬に炸裂した。


「ラッキースケベの剣しか似合わないわ!」


俺は宙を舞い、湯船に逆さまに落ちた。


---


翌朝、青あざのある頬を手で押さえながら、俺は師匠に報告した。


「ラッキースケベの剣を探しに行くことになりました」


師匠は少し残念そうな表情を浮かべたが、理解を示すように頷いた。


「ラッキースケベの力も侮れぬものだ。まずはその本質を知るがよい」


「どう侮れぬものなのよ!?」


リーザとエリザベスは呆れつつ、旅支度を始めていた。南の湖に向かう準備だ。


「勇者の剣については、またの機会に」


師匠の言葉に、俺は頷いた。


「ありがとうございました、師匠」


「気をつけて行くがよい。そして…」


師匠が俺の肩に手を置いた。


「どちらの剣を選ぼうと、お前は間違いなく特別な存在だ。自分を信じるがよい」


その言葉に、少し勇気づけられた気がした。


道場を出る前、俺は一度だけ振り返った。あの瞬間見た剣の幻影。それは何だったのか。いつか、その謎も解き明かせる日が来るだろうか。


「幸運!早く来なさい!」


リーザの声に、俺は現実に引き戻された。


「はいはい、行くよ」


俺たち三人の新たな冒険が、今、始まろうとしていた。


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