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第08話_ラッキースケベ術師と賢者モードの石

バジリスクとの戦いから三日が経った。リーザの師匠をはじめとする道場の面々は、石化の呪いから解放され、徐々に元気を取り戻していた。


俺たち三人は、道場に滞在することにした。教会の追っ手から身を隠すには、これ以上の隠れ家はないだろう。リーザの師匠も喜んで了承してくれた。


「幸運さん、ちょっといい?」


朝の稽古を見学していた俺に、リーザが声をかけてきた。彼女の表情は何かを企んでいるようだった。


「どうした?」


「ついてきて」


リーザは俺とエリザベスを連れて、道場の奥にある小さな祠へと向かった。普段は立ち入り禁止の場所だったらしい。


「実は…ここに賢者の石があるの」


リーザの言葉に、俺とエリザベスは目を見開いた。


「賢者の石!?本当に?」


エリザベスが興奮した声を上げる。賢者の石といえば、魔法の力を何倍にも増幅させる伝説の宝石。その存在は聞いたことはあるが、実物を見たことがある者は稀だった。


「師匠が言うには、精神統一のために使っているんだって」


リーザは祠の扉を開けた。中央に置かれた台座の上に、拳大の赤い宝石が静かに輝いていた。その表面には複雑な文様が刻まれている。


「これが…」


俺は石に近づいた。光が文様に反射して、美しい模様を壁に映し出している。しかし、よく見ると、その文様はどこかで見たことがあるような…。


「待てよ…この文様…」


「どうしたの?」エリザベスが心配そうに尋ねる。


「ジョンの研究資料に書かれていたものと同じだ」


「ジョン?あの、おっぱい地動説を研究していた学者?」リーザが訝しげに眉を寄せる。


「ああ。彼の資料の中に、『賢者モードの石』というものについての記述があった。この文様と全く同じだ」


「賢者モードの石?賢者の石とは違うの?」


「賢者の石がマナを増幅させるのに対して、賢者モードの石は使用者の理性を極限まで高めるものらしい。煩悩を抑え、純粋な思考だけになる」


「なるほど…道場で精神統一に使っているというのは、それが理由かもしれないね」エリザベスが納得したように頷いた。


「本当に賢者の石なのか、賢者モードの石なのか、確かめる方法はないのかな?」リーザが腕を組む。


「…ある」


俺はニヤリと笑った。


「どんな方法よ?」


「俺の『ラッキースケベ』能力が発動するかどうかだ。もしこれが賢者モードの石なら、煩悩を抑えるはずだから、俺の能力は発動しないはず」


「…それは面白いわね」リーザが意外そうな表情を浮かべる。「じゃあ、試してみましょう」


「よし」


俺は深呼吸し、心の中で『ラッキースケベ』を発動させようと集中した。しかし…何も起こらない。


「どう?」エリザベスが不安そうに尋ねる。


「発動しない…これは本当に賢者モードの石かもしれない」


「そもそも、あなたはいつも好きなときに術を発動できてたの?」リーザはいぶかしげに訊ねた。


「いや、そうでもない」


「そもそも、それは本当に術なの?」リーザは眉をひそめながら訊ねた。


「なんで問い詰められてるんだ俺は」


「それじゃあ、実際に石に触ってみたらどうかしら?」エリザベスが提案した。


「いいのか?大丈夫なのか?」


「私も気になるわ」リーザも同意する。


「…わかった」


俺は恐る恐る手を伸ばし、石に触れた。


その瞬間、全身に電流が走ったような感覚。頭の中が急速に冴え渡り、今まで見えなかったものが見え始めた。空気の流れ、マナの波動、全てが鮮明に感じられる。


「お、おい…なんだこれ…」


俺の声が変わっていた。いつもの緊張感のない声ではなく、凛とした、どこか威厳のある声だった。


「幸運さん?大丈夫?」エリザベスが心配そうに俺の顔を覗き込む。


俺は立ち上がり、部屋を見回した。今まで気づかなかった細部まで見える。壁のヒビの一つ一つ、埃の舞い方、全てが情報として頭に入ってくる。


「大丈夫だ。むしろ、今までで一番クリアに物事が見える」


「声が違う…」リーザが驚いた表情で言う。


「試してみよう」


俺は祠を出て、道場の稽古場へと向かった。リーザとエリザベスが慌てて後を追う。


「幸運さん、待って!」


稽古場では、回復した修行者たちが真剣に剣を交えていた。俺は壁にかけられた木刀を手に取り、立ち上がった。


「師範、一本お願いできますか?」


リーザの師匠が不思議そうな顔で俺を見た。


「お前が?まだ傷が癒えておらんだろう?」


「大丈夫です」


師匠は少し考えた後、首を縦に振った。「わかった。手加減はせんぞ」


「必要ありません」


木刀を持つ俺と師匠が向かい合って立つ。師匠が構えた瞬間、彼の全ての動きが予測できた。筋肉の緊張の仕方、呼吸の深さ、視線の向き、全てが情報として入ってくる。


「はじめ!」


師匠が猛烈な勢いで斬りかかってきた。その動きは目にも止まらぬ速さだ。しかし、俺の目にはスローモーションのように見えた。


「はっ!」


俺は軽やかに身をかわし、反撃の一撃を放つ。師匠の動きを完全に読み切り、隙を突いた。


「なっ…」


師匠の驚いた表情が見えた。しかし、俺は攻撃を緩めない。剣術の型が自然と体を動かす。まるで長年修練を積んだかのように。


「これは…!」


リーザが息を呑む声が聞こえた。


さらに師匠の攻撃を二回、三回と受け流し、見事なカウンターを決める。最後は師匠の胸元に木刀の剣先を突きつけ、勝負あり。


道場は静まり返った。誰もが驚愕の表情で俺を見つめている。


「こ、これは…」師匠が呟いた。「一体どうしたというのだ…」


「次は魔法を」


俺は木刀を置き、手のひらを上に向けた。魔法の詠唱が自然と口から流れ出る。


「炎よ、我が掌に宿れ」


手のひらに小さな炎が生まれた。それはみるみるうちに大きくなり、見事な炎の渦を形作る。


「すごい…コントロールが完璧…」エリザベスが驚嘆の声を上げる。


次に俺は炎を消し、別の詠唱を始めた。


「風よ、舞え。地よ、揺れよ。水よ、流れよ」


次々と魔法を操り、見事な魔法の演舞を見せる。通常なら長い詠唱が必要な複雑な魔法も、短い言葉で発動させることができた。


「これは前世の記憶…」俺は静かに呟いた。「俺は確かに勇者だった」


しかし、その瞬間、突然頭に鋭い痛みが走った。


「うっ…」


視界がぼやけ始める。力が急速に抜けていくのを感じた。


「幸運さん!」


エリザベスが駆け寄る。俺は膝をつき、冷や汗を流した。


「効果が…切れる…」


そして、道場全体に奇妙な変化が訪れた。修行者たちが突然、手を止め、きょとんとした表情を浮かべ始めたのだ。


「あれ?俺…何してたんだっけ?」

「なんか頭がすっきりした…」

「おい、あそこに可愛い娘がいるぞ!」


修行者たちの態度が急変した。これまで真剣に修行していた彼らが、突然女性に目を向け、色めき立ち始めた。


「おい、エリザベスちゃん、今夜一緒に食事しないか?」

「リーザさん、その腰つき素敵だなぁ」


修行者たちが次々とリーザやエリザベス、さらには道場を訪れていた女性たちに声をかけ始めた。


「な、何これ!?」リーザが慌てて身を引く。


「どうやら…賢者モードの石の効果が切れたようだ。俺のラッキースケベの力を抑え込むのに石の多大なエネルギーを使い果たしたようだ」俺は弱々しく言った。


「そして長い間、修行者たちの煩悩が抑えられていた反動で、彼らの欲望は通常以上に強まっているんだ」


道場は完全な混乱状態だった。修行者たちは女性を追いかけ回し、中には酒を飲み始める者も。剣の稽古など全く身が入らない状態だ。


「なんてこと…」師匠も頭を抱えていた。「こんなことは初めてだ…」


状況は刻一刻と悪化していった。剣術の達人だった者たちが、まるで別人のように振る舞い始めている。壁に飾られていた木刀が投げ捨てられ、酒樽が道場の中央に転がり出される。


「ちょっと!やめなさい!それは大切な…」


リーザが制止しようとするが、誰も彼女の声など聞いていない。むしろ彼女に群がる修行者たちの数が増えていく。


「リーザちゃん、その引き締まった腰つきは何年鍛えたんだ?」

「俺と手合わせしてくれないか?剣じゃなくてな…」


ある者は師匠の蔵から高級な酒を持ち出し、別の者は道場の壁飾りを笑いながら外している。静謐だった道場が、まるで狂宴の場と化していた。


エリザベスも同様に囲まれている。彼女は魔法の盾を展開して自分を守っているが、その魔法すらも「きれいな光だ!もっと見せろ!」と称賛され、余計に男たちの興味を引いている。


「これは…制御不能ね…」エリザベスが困惑した声で呟く。


師匠でさえ事態を収拾できない。むしろ彼自身も若い女性に昔話を聞かせようと、酒を片手に説明し始めていた。


「わしの若かりし頃は、十人の剣士を同時に相手にしても負けなかったのじゃよ。そして女性にもモテてのう…」


道場の敷地を出て、外に逃げた女性たちもいた。すると村からは「何事か?」と好奇心から人が集まり始める。そして彼らもまた、その場の雰囲気に感染したように、普段は決して見せない奔放な姿を見せ始めた。


「ねえ、いつもあなたのことを見ているわ…」

「今日は酒が飲みたい!仕事なんか放り出して!」


混乱は道場から村へと広がりつつあった。


俺は頭を抱えてこの状況を眺めていた。「これは…俺のせいか?」


混沌が極まってから約10分。俺は道場の天井を見上げた。そこには古代の知恵が刻まれた給水システムがあった。道場の建設当初から備えられた、火災時の緊急装置だ。


「そうだ…」


俺の頭に閃きが走った。前世の記憶の片鱗が蘇る。詠唱が自然と口から流れ出た。


「プチファイア」


小さな炎が俺の指先から生まれ、天井の木製水槽の底を焦がした。道場が火事になれば自動的に作動する仕組みだ。木材が焦げ、小さな穴が開くと、天井に据え付けられた巨大な水槽から水が漏れ始めた。


水槽を支える仕掛けが働き、竹筒と木製の回転板で構成された古代の散水装置が動き出す。天井全体から雨のように水が降り注いだ。


「うわっ!何だこれ!」

「冷たい!」


突然の水浴びに、熱狂していた修行者たちが驚きの声を上げる。女性たちを追いかけていた男たちが足を止め、放蕩していた者たちが我に返り始めた。


師匠も顔を水で濡らしながら、周囲を見回した。


「これは…火災時の散水装置。誰が作動させた?」


水は数分間降り続け、道場にいる全員がびしょ濡れになった。しかし、その冷たさが熱くなった頭を冷やし、徐々に理性を取り戻していくようだった。


俺は、水に濡れた自分の手を見つめていた。「プチファイア」—前世では当たり前に使えた初級火魔法。それを無意識に唱えていた自分。そして今、俺の体には再びあの熱い感覚が戻ってきていた。「ラッキースケベ」の力だ。


リーザとエリザベスが、濡れた髪を手で押さえながら俺に近づいてきた。


「あなた…やったの?」エリザベスが静かに尋ねる。


俺は黙って頷いた。


「どうやって?」リーザも不思議そうに見つめてくる。


「わからない…」俺は正直に答えた。「ただ、火の魔法の詠唱が自然と口から出てきたんだ」


三人は互いを見つめ、そして周囲の混乱が収まりつつある様子を見守った。


「前世の記憶…本当なのかもしれないわね」エリザベスがつぶやく。


俺は黙ったまま、自分の中の二つの力について考えていた。ラッキースケベの力と、前世からの記憶。どちらも確かに自分の一部。でも、それらをどう共存させればいいのか—。


道場は水浸しになったが、人々の心は冷静さを取り戻していた。師匠はため息をつきながらも、珍しく笑みを浮かべていた。


「まったく…久しぶりに人間らしさを思い出したよ」


「すみません、師匠…」俺は頭を下げた。


師匠は首を横に振った。


「いや、むしろ感謝しているよ。あまりに長く『賢者モード』にいたせいで、感情を忘れかけていたのかもしれん。喜怒哀楽も、人間の大切な部分だからな」


濡れた床を見つめながら、師匠は続けた。


「しばらくは石の使用を控えることにしよう。賢者モードと普通の状態、その間で上手くバランスを取っていかねばな」


修行者たちは頭を冷やし、羞恥に顔を赤くしていた。彼らの中には女性たちに謝罪している者もいる。


俺は壁に寄りかかり、ため息をついた。リーザとエリザベスが近づいてきた。


「幸運さん…あなた、本当に勇者だったのね…」エリザベスが静かに言った。


「あの剣技と魔法…只者じゃないわ」リーザも認めるように頷く。


「わからない…」俺は正直に答えた。「あの時は確かに、全てが思い出せたような気がした。けど、今はもう…断片的にしか…」


「でも、可能性は証明されたわ」エリザベスが優しく微笑んだ。「あなたの中に、本当に勇者の力が眠っているのかもしれない」


「ラッキースケベ術師と勇者…面白い組み合わせね」リーザがくすりと笑った。


俺も笑顔を返した。


どちらが本当の自分なのか。「ラッキースケベ」の幸運か、それとも「賢者モード」の勇者か。


答えはまだ見つからない。だが、今日一日で、新たな可能性が開けたことは確かだった。


「それにしても…」リーザが周囲を見回した。「修行者たちの煩悩、完全には収まってないみたいね…」


確かに、修行者たちの目は、まだ少し妙な輝きを持っていた。彼らは理性を取り戻しつつも、その欲望は完全には消えていないようだった。


「さぁ…」


三人は顔を見合わせ、笑い出した。


道場の外では、隣国からやってきたとされる魔物たちの脅威が迫っていた。だが今は、この不思議な状況を見守ることにした。


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